破業の鬼・天の巻(3/8)
「珠ちゃん、しっかり掴まっていてね……。
いろは!」
「よし!」
八重の合図で歯を剥き出しにするいろは。
口が裂け、犬歯が生え、着ていた毛皮が扇のように広がる。
その瞬間、彼は人型から4つ足・獣型の九尾狐になった。
八重と珠はいろはの背に乗り込む。
獄鬼数匹が押し寄せて来たが、いろはが9つの尾をぶつけて薙ぎ払う。
百之助は地を踏みしめて接近する元実に警戒し、スサノオの剣を抜いた。
木次郎は餓鬼や獄鬼を朱刀や妖避けで封じながら、卜部の隊員と戦闘器具の準備をする。
「百之助、妙だ!
走って行った人鬼の奴ら、珠姫に目もくれず夜光の方へ行きやがる!」
百之助は呼び寄せた白馬に跨りながら考える。
(未だ不明の酒呑童子の配置先……。
元実が私に酒呑童子をぶつけず、わざわざ自分から勝負を持ち掛けた事……。)
「三ツ葉・八重・いろは!夜光の側を離れるな!
そして、奴らが誘導する先に『酒呑童子』がいる!
夜光を回収して都まで脱出するんだ!
奴ら今回の作戦で夜光を完全に潰す気だ!」
苦虫を噛み潰したような顔をしている木次郎。
(坊主が『言う事を聞ける状態なら』の話だ……。
知り合いの村の惨状を見せて、坊主の感情を煽ったのが裏目に出ちまったか……。いや、あるいはそのまま童子を……。)
いろはは百之助の援護をしている三ツ葉の脇を走り寄る。
「いろは、すまない!」
三ツ葉は、八重の後ろ側に素早く跳び、いろはに跨る。
そのまま全力疾走で東雲達を追いかける。
「百之助様は?!」
後ろを向いて叫ぶ八重。
「私の事はいい!
……元実を倒してから合流する!」
騎馬上から獄鬼を刺し殺しながら、叫び返す百之助。
遠ざかって小さくなって行く百之助。珠は彼に向かって叫ぶ。
「百之助ー!頑張れぇー!!」
百之助は一瞬だけ剣を掲げて見せた。
(本当は二人に戦わないでって言いたかった……。
誰にも死んで欲しくない……。誰も死なないで……!)
珠は人知れず涙を溜めて、それを我慢した。
一方、元実の重臣であるはずの赤鐘は木の上にいた。
ただ下の様子を笑って眺めている。
「おやおや、頼光さん。我々の真意に気が付いたのは褒めて差し上げますが、酒吞童子じゃない元実様になら直ぐに勝てると思っているのは良くないですね。
……下手をすれば酒吞童子の緋寒様より手が付けられないお方なのに。」
穏やかそうな垂れ目を細め、冷ややかな声色で呟いた。
夜光達を追って森を駆けるいろは。
途中、カムナの声を聞く。
「おーい!俺様も連れて行け!!」
「カムナ?!」
進行方向でピョンピョン跳ねてるのを、珠と八重が受け止めてやる。
「ふー!
意地でも、あの分からず屋の反抗期を止めちゃるわっ!!
俺様を地面に投げてぞんざいに扱った仕返しに、頭に噛み付いて、髪の毛全部引っこ抜いて、強制的に頭冷やして反省させてやるから、待ってろよ夜光のヴアァーーーーカ!!」
***
森の木の枝を吹き飛ばし、幹を引っかきながら進む、黒い鬼と赤土色の鬼。
先に先頭を移動している夜光と赭である。
黒い鬼になった夜光の目は、威嚇する虎のように瞳孔が細くなっており、口からは獣のような息遣いが聞こえる。また、銀の鬣は逆立って広がっていた。
怒りに任せて突進する今の夜光ならば、警告無しに赭に掴みかかっても不思議では無い。
赭は追いつかれて接近されないよう、必死に走る。
冠羽と戦って回復したばかりの所、休む間も無く鬼に変化した為、本調子とは言い難い。
それでも気を保ちながら、地面を蹴る。
赭は交渉開始前に元実が自分にかけた言葉を思い出す。
『貴様は元々、何処にでもいる死にかけの人間だ。潰される前の蠅のような存在だった。
それをまだ物を知らなかった子供の陽光が、慈悲などかけて契りを交わして人鬼にしてしまった、過ちの存在。
元々、我ら天鬼の血を分けるに値しない存在だったのだ。
それを忘れるな……!』
慈母のような陽光とは程遠い、元実の鋭い目付き。脳裏に焼き付いたそれを思い出す。
(後はない。
一度敵に負けて失態を犯した手負いの私に出来る事……。
それは命を捨てた囮……!)
やがて、赭と夜光は森を抜ける。
そこは開けた岩場だった。奥には高い崖から豪快に水を落として轟く大滝が見えた。
赭は周りを見回し、一本角に感覚を集中する。
(酒吞童子は……、まだ来ておられない?)
「……どこだっ?酒吞童子っ!!」
吠える夜光。
夜光は構えずに猫背になって力を抜いていた。
だが睨んだその目は、いつでも相手を八つ裂きに出来ると主張していた。
「遠くではない。もうすぐ到着されるだろう……。」
赭は冷静に夜光と距離を取ったまま、出方を伺う。
(視線を少しでも外したら、間髪入れず食いかかって来る……!)
一触即発の張り詰めた空気。
夜光は手を強張らせたまま、両手を胸の前で交差する。
肘から生える斧のような突起。
「そうか……、それなら先にお前を倒す!」
赤鬼は、全員殺す!!!」
突起が黒光りし、駆け出す夜光。
「良かろう!来い!」
赭は襟首から生えている鳳凰の尾のような長い触手を抜き取る。
触手がピンと真っ直ぐに張って平たい槍に変わる。
(童子が到着する前に、出来るだけ黒鬼の体力を消耗させなければ……!
陽光様、彼と戦います……。貴方の願いに背く事をお許し下さい……。)
夜光の斧と赭の槍が交差し合い、火花が散る。
両方とも鬼の硬化した皮膚で形作られた硬い武器である。
両肘の斧で鎌鼬のように素早く細かい斬撃。それに蹴り混ぜてを喰らわす夜光。
赭はそれを上手く受け流している。しかし、力と重量で負けてないにも関わらず、後退気味だった。
よく見ると、彼の体に細かい切り傷がついていた。あちこちから薄く血が流れる。
周りには何処からか火の粉が舞っている。
夜光の角先と斧の刃先からだ。両方とも炉のように赤く半透明に光っている。
(鬼術も混ぜているのか?
これでは火の粉で体を削られる……!)
今の赭は致命傷から回復したばかりの為、皮膚の硬度が落ち、傷が付きやすい。また回復に回す体力も残っていない。
そうこうしている内に壁際に追い詰められる。
跳んで肘落としで赭の両首を狙う夜光。
「終わりだっ!!」
赭は触手を槍から鞭の状態に戻す。
そして、近くの木に巻き付けて縮め、その反動で崖の上まで一気に跳ぶ。
(青鬼のように素早くこの高さを飛んでこれまい!)
赭は触手を再び槍に戻し、崖下の夜光に刃先を向けて狙う。
先程と違い、石突き部分だけが鞭状態になってたわんでおり、その先が襟首にくっついていた。
「逃げるなぁっ!!!」
赭のいる崖に向かって跳躍体勢に入る夜光。
ぼんやりと赤く発光する赭の角。
ボッシュッ!
謎の発砲音と大量の火の粉の噴射と共に、赭の槍先から何かが発射される。
火花を散らす赤い発光体。
「?!」
とっさに避ける夜光。
しかし遅かった。
激しい閃光で夜光の姿が見えなくなり、大地を轟かせる爆発音が聞こえた。
崖の上。背骨のような構造の槍から、一コマを空薬莢のように落とす赭。
「あの青鬼のように飛び回って近寄る的には使えんが、遅い的には重宝する。」
彼は槍から爆発する何かを砲弾のように発射したのだった。
鬼術の炎の熱を燃料に発砲し、更に皮膚を変化させて作った袋状の硬い何かが激しく膨張して破裂し、中の火薬のような物質にも引火する仕組みのようだ。
爆発の範囲は広かったらしく、夜光がいると思われる場所は地面が大きく抉れて、大小の砕けた岩石が散乱していた。
灰色の濃い煙が滞留して、夜光の様子はよく分からない。
「酒呑童子は残念がるだろうが、倒すに越した事はない。
トドメを刺してやろう。」
赭は静かに、そして冷ややかに呟いた。
(陽光様……、これは貴方のお父上の覇業成就の為なのです。
分かってくださいますね……?)
迷いを掻き消すように槍をぎゅっと握る。
白煙が消えかける。
もう一度刃先を向ける赭。
その先で何かが揺らめいている。
青い炎を纏って佇む何か。
防御をせず、手を広げて立っている。
炎が消えた時、夜光が無傷で赭を見上げた。
「!!」
(……何をした?!)
赭は反射的にもう一発、発光体を発射する。
夜光はもう一度手を広げる。
すると青い炎が彼を包み込み、彼の周りだけ爆風や熱を弱めた。
それはクシナダの鎧を思わせる、半透明の鎧のようにも見えた。
夜光は目を見開いている。
自分でも驚いているようだ。
(空にある太陽のような届かなくて、温かい感じ。
そしてそれを包んでいる空の色をした、キラキラした氷の壁……。
そうか……!これは百之助の血を飲んで思い付いた力!
百之助が着ていた鎧みたいに、俺を守ってくれる盾だ!)
赭は冷静を装いながらも、畏怖の目を向ける。
「成る程。この『体を自在に変えて適応する力』が富路様や白妙様までも葬ったという訳か……!
酒呑童子が喜ぶ所以だ……!」
夜光は再び構えた。
「百之助達が付いてる、何も怖くない……!
今度はこっちから行くっ!!」
<おまけ 赭・人間形態&鬼形態ラフ>




