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夜行鬼  作者: 参望
7話/破業の鬼・天の巻
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破業の鬼・天の巻(2/8)

 川の音に覆いかぶさるように響く、大太鼓、ドラ、笛の音。

 壮大な渓流と色づいた木の葉を背景に、筋肉質な鬼と妖艶な鬼女が肉体美を強調した舞を踊る。

 更にその手前には赤い野点傘が二つ並ぶ。

 百之助は元実の誘いに乗り、友交の証として杯を交わす事になった。

 

 日よけの野点傘の下、赤い敷物の上に置かれた床几に座って元実と向かい合っている。

 元実もクシナダの鎧の浄化の力を警戒して、数メートル程の距離を取っている。また、立場の差を表現しているのか、鋼玉の玉座に座っており、野点傘は金の装飾が入って百之助の方のものよりも豪華だ。


 元実は肘掛けに肘をついて余裕そうにゆったりと構えている。

 百之助も兜を脱いで薄く愛想笑いを浮かべている。

 

 百之助の側には木次郎が、元実の側には赤鐘が控えている。

 4人は、無表情、愛想笑い、しかめっ面と、腹を探られまいと各々で表の顔を繕っているが、殺気だけで殺し合えそうな雰囲気だった。




 一方、夜光達は少し離れた場所に並んで焦げ茶の敷物の上に座らされていた。

 数メートル向かい合った先には赭、東雲、紅鳶が正座している。

 無表情でピクリとも動かず、実に不気味である。


 「兜を外して、大丈夫かしら……。もし不意打ちされたら……。」

 八重は心配そうに遠くの百之助を見る。

 その肩に隣のいろはが手を置く。


 「鬼ってのは自分達の恐ろしさにビビった奴は下に見る性格だ。

 だがその代わり、力の強さや肝の据わった所を見せてやればその勇ましさを認めて対等に扱わざるを得なくなる。だから多少無茶でも堂々としてれば安全なのさ。」


 「いろはの言う通り、奴らにはこの対応が最善という訳だ。

 今は百之助様を信じて姫の護衛に集中しろ。」

 三ツ葉も静かに彼女を諭してやる。

 百之助が離れてる今の状況では、いろはや三ツ葉が戦況を読むしか無い。

 

 「夜光、お前もだ。」


 三ツ葉の声に、反応しない夜光。

 耳を研ぎ澄まし、角に神経を集中させてずっと警戒したままだ。


 「元実も、目の前の人鬼も、普通の鬼よりも嫌な感じのする奴らだ……。

 どう攻められるか分からないのに、こうしているのは時間の無駄だ……!」

 いつも以上に目を細めて、鋭い目付きで周りを見回す。

 

 見かねた三ツ葉が夜光の袖を引っ張る。

 「落ち着け夜光。

 静かではあるが、百之助様は既に戦っておられる。

 その邪魔をしてはいけない。」


 夜光の様子に、彼の胸にぶら下がったカムナが溜息をつく。

 (今のコイツは何かの拍子にブチキレていつ鬼をブッ殺してもおかしくねえ。別に角狩がそれに巻き込まれてもどうでもいいが、百之助達との連携を崩した隙に夜光が赤鬼達に総叩きにされるのはマズイ……。

 クソ……、困ったぜ。)




 盃の赤い液体を一気に飲み干す元実。血である。


 「せっかくだが、喉が乾いてないので結構だ。『同族』の血は少々……。」

 百之助は愛想笑いを浮かべながら、丁寧に断ろうとする。


 元実は口元の赤い汚れを懐紙で拭い、ふてぶてしく笑う。

 「安心されよ。私のこれは人間の血ではなく、大熊の血だ……。大江一番の上等な獲物を今朝仕留めて搾ったものだ。


 代わりに頼光殿には特別な銘酒を用意させた。

 人間の血では下手物過ぎて、この様な席の飲み物に相応しくないのでな。」

 「それはそれは……。」

 軽くかわす百之助と、隣の木次郎の目が一瞬鋭くなる。

 

 天鬼の侍女が漆塗りの盃に酒を注ぐ。

 無色透明の液体には金箔が少し入っている。

 百之助は一応毒に警戒しながら酒を一口含む。

 そして驚いたように眉を上げた。

 

 「これは、かなりの上物ですな……。」

 「そうだ八雲の蔵で作らせた。」

 「八雲の酒蔵!昔、帝に美酒を献上奉っていたあの?!

 杜氏が失踪したと聞くが……。」

 「杜氏は私の命で我らの傘下に入った。今は朱天鬼に従う人鬼として働かせてやっている。」

 「なっ?!」

 

 元実は百之助に手の爪先を向け、握り拳を作る。

 「酒だけではない。

 ここ数年で、多くの鉱山や土地が我らの領となり、隣国の有力者や知識人も人間である事を捨ててこちら側に頭を下げてきた。

 天下はじきに我ら赤鬼の力にひれ伏し、我々の種族に塗り替えられるだろう。

 ……そして、お前達の守るべき人間もいなくなる!


 悪いようにはせん。

 素直に姫をこちらに返せば、今なら無傷で傘下に入れてやる。」


 百之助はひと息ついてから元実を見据える。

 「元実殿。種族を塗り替えるのではなく、互いの領域の不可侵を貫き、互いにそれぞれがその種族らしく生きる事は出来ないのか?」


 元実は尖った八重歯を見せながら豪快に大笑いした。目は笑っておらず、蔑むような目付きであった。

 「『互いの領域を侵さずに』だとぉ?!

 おかしな事を言う。お前達のいる領域は太古の時代には我らの住む領域だったのに、最初から人間の土地だったような口ぶりではないか?

 我々に有害な魔除け札を駆使して我々を奥山に追いやった古代の大戦後も、貴様らは侵略に侵略を重ね、広い土地を手に入れた。それでふんぞり返っているのはまだ良い。

 しかし、それを我々が取り返しに来たら『欲張って侵略しに来ないでくれ』と被害者のように喚き散らしているのは、誠におかしな話よ!」


 元実は急に笑うのを止め、顎先を向けて冷たく重い視線を投げ付けた。

 「……人間無勢がこちらの事を分かったように申すな!知力に乏しい小童めが……!」


 失言だったと、口をつぐむ百之助。

 (坂上田村麿、源頼光、そして太古の鬼退治の偉人達よ……。彼が言う『鬼達の歴史』は本当の事なのですか?

 そしてその歴史を後世の私達に伝える事は出来なかったのでしょうか……?

 知ってさえいれば、和解の道も違ったものになったかもしれません……!

 いや、結局戦わずなど、そんな甘い道はないのでしょうか……、波綱様……。)




 元実の話を聞いて、珠は恐る恐る声を上げる。

 「お、叔父上! 

 それでも、みんなが悪い人間じゃなかったよ!実際に会ってみたら話せば分かる人間達もいた!

 だから……。」




 一瞬だけ珠をじっとりと睨んで、無視する元実。




 代わりに向かい側の赭が首を振る。

 「珠姫様……。もう手遅れなのです……。」

 優しい口調だが、悲しい表情が覆せない現実を物語る。

 「赭!

 お前とも争いたく無い……。だって陽光が……!」

 

 珠が続けようとすると、紅鳶が面頬の下で不快な引き笑いをする。

 「だぁから、言ったでしょうぅ。大人しく姫の役割を果たしていればそんな面倒な事にはならなかったのですよぉ。

 まぁ、結果的に人間の大将を呼び出す『火種』になって頂いて、万事良しだったとも言えますが。


 ……ゴファッッッ!?」


 得意そうな紅鳶の腹に、東雲が肘突きをする。表情と顔向きは一切変えてない。

 みぞおちに深く入ったらしく、紅鳶は悶えて咳き込んだ。


 「私語は慎め、紅鳶。お前の汚らしい声は元実様の品格を下げる。」

 「えっ……!東雲ちゃん、酷くないぃ……?」

 



 そこへ怒鳴り声が聞こえてくる。 

 近くの森の入り口。手下の獄鬼達が料理や膳の用意をしている場所だ。

 獄鬼が女の腕を掴んで引きずっている。


 「おい!何やってんだ、この役立たず!

 人鬼様達の酒をこぼすなんて、この!」




 「!!」

 夜光はその女に見覚えがあった。

 (あれは!雛菊の母親!)


 獄鬼に殴られそうなのを見てはいられず、駆け出す夜光。


 「あっ!夜光待て!」

 三ツ葉達が押さえようとした時にはもう遅かった。


 「東雲、紅鳶、ここは私が……。」

 赭もそれを追って走り出す。




 「こいつめ!」

 腕を振り上げる獄鬼。


 その頭に回し蹴りが飛ぶ。

 

 「モゲッッッ?!」

 後頭部を強打され、目眩を起こしてうずくまる獄鬼。

 

 夜光はそのまま止めを刺そうと思ったが、百之助の命令がないと踏み止まる。


 「生きていたのか、良かった……!」

 夜光は雛菊の母親に手を差し伸べた。

 

 しかし、彼女は歯を剥き出しにして威嚇し、狂犬の如く夜光の手に噛み付こうとする。

 「ガゥッ!!!」

 「?!」


 灰色がかった青紫の肌に、突出気味の黄金の目、そして鬼の牙と小さな角ー。

 以前は気さくでおっとりとした女性だったが、今は見る影もない程に獰猛だった。

 

 「この匂い……、鬼になったのか!?」

 狼狽える夜光。

 「……雛菊の母親だけじゃねえ、冠羽の村で見覚えのあった人間達が餓鬼になってやがる!

 

 村を襲った鬼共、ただ人間を食っただけじゃねえ……、食い残した人間を餓鬼に変えたんだ……!扱き使う奴隷を補充する為にな……!」

 カムナは吐き捨てるように言う。


 「俺だ!冠羽の弟子の……!」

 震える声で雛菊の母親に分からせようとする夜光。しかし、彼女は涎を撒き散らしながら吠えるのみだった。

 「無駄だ!餓鬼にされると頭が完全にイカレちまう。

 お前のことなんざ覚えていねえさ!」


 夜光は震える拳を握りしめる。

 そして歯を剥き出しにして元実や周りの赤鬼を睨む。

 「……どうして、どうして、お前らはっっっっ!!!!!」


 


 百之助は夜光達の騒ぎを耳に入れる。

 

 構わず続ける元実。

 「それよりも、さっきの話だが。

 これだけ言っても動かぬと言うなら、こうしてはどうか?

 鬼というのは女々しい情や理屈では動かん。我らが頼るは力のみ。

 そこで、今ここで大将同士で果し合いをし、勝ち残った者が珠姫を得るというのはどうであろう?」

 「断ったら?」

 「腰抜けと飲み交わす義理は無くなる。

 手早く殺して、その血を盃に注いでやるだけだ。」

 元実は盃を握って粉々にし、立ち上がる。


 膝を立てて臨戦体制に入る赤鐘と木次郎。


 「実に悲しい事だ……。」

 百之助も兜を手にする。




 再び兜が装着されるのを合図に、立ち上がる三ツ葉達。

 向かい側の東雲達も同時に動く。

 遠くで待機していた鬼兵達も一斉に跳んで駆け寄る。




 遅れて夜光の元に到着した赭は、雛菊の母と獄鬼を取り押さえている。

 元実達の様子を見て顔をしかめる。

 「始まってしまったか……。」


 「ゥウあああああっ!」

 そこへ手刀の突きを放つ夜光。


 赭はその腕を巻き込んで地面に叩き付けようとするが、夜光が素早くしゃがみ込んで顎に向かって掌底を放つ。


 互いに攻撃を寸前でかわし合い、一度距離を取る。


 「黒鬼よ……。

 さっき村の話をしてたようだが?

 あの青鬼の仲間なら、伝えておきたい事がある。」

 落ち着いた様子で淡々と話す赭。瞳の色が重い。


 「冠羽と言うのか?本当に強い青鬼だった。

 彼は私に勝っていたし、自分の村も守りきれただろう。

 最後に『貴方の父親』が来なければ……。

 

 青鬼は私と戦った時は冗舌で雄弁で決して弱みを見せなかった。

 でも、そんな彼が何度か痛みで泣き喚いているのを聞いた。

 可哀想に……。」


 「っ!!」

 夜光の背中を電流のような衝撃が通り抜ける。

 血塗れの冠羽の姿と、彼の血が自分の喉を通った時の温もりを思い出す。


 「会いたいか?」


 「乗るな夜光!やな予感がする!

 わっ!」

 夜光は叫ぶカムナの髪を引っ掴んで首から外し、地面に投げ捨てる。


 止まらぬ怒りは闘志となり、彼の体を『黒い鬼』に変化させた。

 変化の青い炎が消えぬまま赭に飛び掛かる。

 

 「……どこにいるっ?!答えろ!」


 赭も鬼形態へ変化をし、森の方へ走り出す。

 「付いて来るが良い!

 ……ずっとお前を待っている。」




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