破業の鬼・天の巻(1/8)
葉が色付き始め、初秋を迎えた横這いの山・大江曽山。
時代の流れと共に名前が変わっても、その自然が作り出した雄大な地形と木々の清々しさは変わらない。
夏の日差しの強さが和らぎ、柔らかな光が山肌を照らす。
しかしその穏やかな風景とは裏腹に、南は暗雲が立ち込め稲光が見えていた。
大江曽山の開けた場所にある、刺々しい赤黒いヤマアラシのような山城・大江曽城ー。
その天守の最上階の廻縁に、女子のように美しい青年が立っている。
華奢な体に赤黒い鎧を纏った天鬼・陽光だ。
陽光は両手でこめかみを押さえながら、目を閉じている。
鬼が角に神経を集中させている時の仕草である。角は戦いの道具になるだけでなく、念じて鬼術を放ったり、危険を察知する為の特殊な感覚器官でもある。
彼は今、角に念じて自分の人鬼である赭と脳内で会話していた。
赭は南、即ち元実達が向かった交渉場にいる。
『そうか!何とか無事で良かった。赭……。
一瞬だけお前の感覚が途切れたから、心配したんだ。』
天鬼に血を捧げて契りを結ぶ人鬼。それにより双方は魂が深く繋がり、互いの危険を察知する事ができる。
『大変心配をおかけしました……。陽光様。
次の任が終わりましたら、今度こそ良い知らせを持ってお側に戻ります。』
赭は今度の任務の詳細を話す事が出来なかった。陽光が従兄弟なのにと憐れむ歪の子・夜光と戦う事になるからだ。
『休む暇もないのか……。可哀想に……。
あ、そうだ!』
『どうされました?』
『赭、「笛」を忘れただろう?お前が大切にしている……あの。』
『ああ……!どうりで懐が落ち着かないと思いました。』
『私が預かって置くから、帰ったら、きっと……!』
赭が何かを念じて返事しようとするが、雑念が入って音が聞こえにくくなる。
『陽光様、また任の後で……!初めての籠城、ご武運を!』
会話を終え、こめかみから手を下ろす赭。
背後には、男装した人鬼の女が仏頂面で腕を組んで立っていた。
「角狩共はもうそこまで来ている。遅れて元実様に恥をかかせるな。赭。」
「勿論だ東雲……。」
彼らは河原の岩の上にいた。
尖った大岩がゴロゴロとあちこちに転がった渓流と、秋色に染まり始めた美しい木々。
今回の交渉場・『二瀬渓谷』である。
***
平らな大岩の上に並ぶ各々。
馬に騎乗した百之助、珠、木次郎、八重、いろは、三ツ葉、そして夜光。
彼らが睨みつける視線の先。
河原に跪く岳鬼。
その山のような巨大鬼が恭しく頭を垂れて、優美な駕籠を両手に乗せて掲げている。
簾が上がった入り口から見える黄金の瞳と、赤黒く禍々しい鎧。
朱天鬼及び、全赤鬼の長・元実である。
腰掛けに座り、頬杖を突いて寛いでいるが、殺気で百之助たちを重く押し潰してくる。
岳鬼の膝元には数十匹の餓鬼や獄鬼がぐるりと円陣を描くように待機している。
そして、岳鬼の肩には赤鐘、東雲、赭、紅鳶。ゆったりと構えているが、その蔑むような目には、人間が石ころか塵にしか映っていない。
百之助達は息を殺して周りを警戒する。
どうにか体の緊張を抑え、直ぐに動き出せるように片足を少し後ろに出し、手の平を軽く開く。
目だけ動かして、瞬時に敵の数と配置を頭に叩き込む百之助。兜のせいで真横や後方までは分からない。
(どう出る……?
三ツ葉を先に行かせて伏兵をざっと調べさせたが、手応えは無かった……。
本当に、今目の前に配置されている数で全部なのか……?)
腕の携帯用風車をチラッと見る三ツ葉。
(矢千本を射られたように刺さる殺気……。いるのは前方だが、敵が配置されてない後ろや足元、四方八方いろんな方から嫌な気配を感じる……。
妖術で姿を消してるのか?)
珠を庇うようにギュッと胸に抱きしめながら、元実を睨みつける八重。
(あれが元実!鬼兵に私の住んでた村を襲わせた張本人!
それで『大切な人』を失った……。
そして冠羽のおじ様の村までも……!
百之助様が許可したら直ぐにでも刃を突き立ててやる!)
その時、足音が聞こえた。
耳を澄まし、冷や汗を流す百之助。
(やっぱり、伏兵!何処から!)
同じ時、首元に何者かに息をフッと吹きかけられるのを感じる三ツ葉。
(やはり、後ろか?!)
また同じ時、八重の目に元実が跳んでやって来るのが見えた。
(奴が来た!?私の目の前に!)
3人は武器の柄に手を掛けそうになる。
そこへ、いろはが一歩前に出て叫ぶ。
「各々方!
……少し落ち着いては?敵はあそこに纏まっているのみです。
確かに殺気を走らせて来てはいますが。」
いろはは八重の腕を掴んで降ろさせる。
木次郎も百之助を宥める。
「九尾のいろはが言ってんだから本当だ。
奴ら、殺気で俺らの不安を利用した幻覚を見せて、揺さぶろうとしているのさ。
そして、俺らが先に武器を抜いたら、それを口実に交渉を自分達が優位なように進めるという寸法だ。」
一方、夜光はいろはと同じく敵の策を見破り、ゆったりと構え、人鬼にも負けない冷たく鋭い眼差しを与えている。
(何処だ、何処にいる……?
冠羽に残っていた奴の匂いが薄くなってもう殆ど分からない……。
けど、酒呑童子が、俺の親父が、側に来ているのは確かだ!
目の前にいる奴らの殺気の他に微かに漂っている。
あの一番上の箱の中から見下ろしてる奴の重い殺気より遠くから……、胸を押し潰して来るような何か……!)
飛び降りて着地する赤鐘。
「どうもー。遠くからよく来られましたねえ。
まずは、一休みしませんか。」
白々しく、にこやかに笑っていた。




