酒呑童子の変(4/6)
門の屋根から矢が飛んで来る。通常より速く鋭い射撃。
綱・三成の長弓だった。
緋寒はそれを問題なく掴み取る。
門の二階で堂々と待ち構える全身甲冑の男。
彼だけを見入って微笑む。
「俺の目を見ても心が怯まないか。」
波綱は冷やかに緋寒を見下ろす。
「我々・角狩衆は人間同士の殺し合いに使われる兵とは違う。
鬼・妖以外の殺生を極力避ける事を誓い、神仏からの加護を受けている。その鬼術で我々は操れん。」
緋寒から波綱への視線を外させるように、三成は大声で叫んだ。
「来い化け物っ!さあ、お遊びはここまでだっ!」
三成は朱矢を3本同時につがえる。その朱矢には鳳凰札が括り付けられている。
三成は緋寒が避けるのを読んで、予想地点へ矢を放っていた。
やはりそれさえも緋寒には当たらない。矢は地面に刺さった。
三成の長弓は全長が通常より長く、弓弦も特注で特別硬い。
そして一般の弓兵では力が足りず扱えないこの代物も、鍛え抜いた三成の剛腕ならば可能だった。
つがえるのも、引くのも速く、連射速度は弩を遥かに上回る。おまけに、弩砲に近い威力で矢を飛ばせる。
皮膚が硬い鬼とはいえ、普通の鬼ならば余裕で貫通しただろう。同時に、括り付けられた魔除け札が密着する事で動きも止まったはずである。
三成の矢の雨は止まらない。矢3本同時を数回連続で放つ。
丸太のように太い矢筒から、矢がどんどん減っていく。
緋寒は頭を掻き、困り顔で降って来るそれを悠長に見上げる。あまり危機感は無い様子だ。
「雨粒より大きいんじゃ、大した事ない、なっ!!」
緋寒は一気に走り出した。
走る緋寒を狙い撃とうと、三成の矢がそれを追う。
しかし、矢が刺さるのは緋寒の後方だ。
脱兎以上の速さを肉眼で捉えて、行き先を読んで狙って素早く放つ三成も凄腕だが、緋寒は速い以上に三成の先読みの先も読んで動いていた。
三成の矢が尽きる。
「ちぃっ!終わりかっ!」
「大粒の通り雨。いい湿りだ。」
緋寒は踏み込んで跳躍体勢に入る。波綱の元に行く気だ。
しかし妙な音が耳をつんざき、緋寒は動きを止めた。
キィーッ!
金属同士で思い切り引っ掻いたような音。
緋寒は動こうにも動けなかった。
耳を塞ぎ、八重歯を見せて口が裂けそうな程口角を上げる。
「耳を抉る、自然には無い音……。少々目障りか……。」
門の屋根から一人何かが飛び降りる。
脱ぎ捨てられる薄地の衣。
着地したのは裸の女。
宮比であった。
素肌には赤い液体で梵字の模様が描かれていた。この液体は人間の血である。
宮比は身を艶めかしくくねらせながら、手に持った羽子板のような物を琴爪で引っ掻く。
キィーッ!
この羽子板は特殊な鉄板で出来ており、引っ掻く事でこのような耳障りな高音が出せる。
またこの音は、鬼の聴力器官を過剰に刺激する。
人間が聞いても不快な音だが、あらゆる感覚器官の優れた鬼には脳内を引っ掻き回すような音、つまり拷問であった。
「『極楽琴』の音はさぞや気持ちが良いでしょうね。
早く私を食い殺しにおいでませ、酒呑童子様。」
宮比は自分の腰や腿を艶めかしく摩って誘う。
感覚器官を狂わせられた上に、好物の生き物の血の匂い。
理性を失わせて、餌でおびき寄せ、その無防備な状態に止めを刺す罠だ。
緋寒は笑ったまま手を強張らせる。
先に宮比を始末しようと動いた矢先、体に何かがぶつかり、それを阻害した。
「アタシと緑青が遊んでやるよ!この男女ぁ!
体は男の癖に、チャラチャラ女みたいに髪伸ばしやがって!」
金平だった。鉞を叩きつけて来る。
緋寒は寸出で重い鉞の刃を片手で止める。
駄目押しとばかりに、飛び降りて来る男。
日吉丸が小太刀の二刀を逆手持ちで突き立てる。
「男顔負けの筋肉達磨に乳房が付いてるお前が言うでない!金平!」
もう片方の手足で払い除ける緋寒。
そして金平を腕ごと掴んで投げ飛ばそうとする。
その時、緋寒の動きが妙に重く、鈍くなる。
彼の肌に蜘蛛の足のような紫の模様が浮かび上がる。
三成が矢を降らして、あちこち矢が刺さっている周りの地面。目を凝らすと、その何本もの矢が蜘蛛の糸のようなものによって結ばれているのが分かった。
「ふー、仕掛けが全部上手く動いたな。」
金平と日吉丸に取り押さえられている緋寒に歩み寄る初老の男。
木次郎だった。
「南門ではあの強力な結界をよく解いたな。
この結界や魔除け札は本来、触れた鬼・妖の血の道や体の活を止めて体を動かなくさせる仕組みだ。
それをお前って鬼は、止まってたはずの血の道や活を無理矢理に気合いと馬鹿力で元に戻して、しかも結界の効力を自分の活力と妖力で押し退けて通ったんだ。
だがよ、それは痩せ我慢に過ぎねえ。
鬼のお前さんがそれをやるのは、本当はとてつもなく体力を使うんじゃ無いか?一度死んだ体を気力と底力で復活させるようなものだからな。
しかも、それを何回も繰り返したら?
お前がここに来るまでにぶち破ってきた何枚もの結界。あれさ。」
「ほお……?」
金平と日吉丸に腕を拘束されてもなお、不敵な笑みを止めない緋寒。
二人を引き剥がそうとするが、皮膚の下に通った紫の壊死した血管が突っ張って上手く動かせない。
「あれでお前の体力は大分削らせて貰った。
証拠に、流石のお前も三成の『蜘蛛の矢』でこんだけの数の結界が展開されて動けなくなってやがる。
さあ、覚悟しろ化け物よ!」
木次郎がそう言い放つと、門の二階で何かが光る。
陽の光のような眩い白い光の線が闇夜に浮かぶ。
それは鞘から抜いた剣から発せられる光だった。
四天王達はある人物に視線を送った。
((((全てはこの機会を確実に作る為!))))
浄化の霊気を漂わせる氷の鎧・クシナダの鎧。
そして、同じく霊気が漂う半透明の剣・スサノオの剣。
跳ぶ波綱。
天蚕の絹の外套がサラサラと舞って広がり、鎧と剣が水晶のように艶めく。
落下で勢いが乗った袈裟斬り。
剣の光が緋寒の顔に降り注いだ。
緋寒は迫り来る霊山の如く清き存在に心を奪われる。
恐ろしく無垢な瞳の輝きと心酔の顔。
(鬼を否定するもの、俺を……完膚無きまでに否定してくれる人間……!)
「頼光ーーーーーーーっっっ!!!!!!」
笑い混じりの咆哮。
「離れろ、隠岐!」
間に入ろうとする木次郎。
緋寒は青い炎を纏いながら皮膚に侵食された蜘蛛の足を焼く。
木次郎と、同じく異変に気が付いた金平と日吉丸を熱風で吹き飛ばし、皮膚を硬化させる。




