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夜行鬼  作者: 参望
特別編/酒呑童子の変
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酒呑童子の変(2/6)

 やがて日が落ち、滲んだ茜色を残しながら濃紺に変わる空。

 昇る月。満月のそれは朱色がかっており、不気味だった。

 

 風がそよぎ、草や木が騒めく。

 雲が動き、月を覆い隠す。




 波綱は内裏の門の二階から空を見上げていた。

 視力は落ちていても、彼には今が『時』だと認識できた。

 

 無言で氷のような兜を装着する。

 冷気のような粒子が漂い始める。


 周りの四天王達も武器を構える。



 

 南の羅城門。

 風が止み、辺りは静かだった。虫の声さえも聞こえない。

 月が隠れた事で、辺りは暗闇に包まれている。

 見えるのは、屋根で待機している兵の持つ松明と、その周りの篝火の灯りだけだ。


 カラカラカラ!!


 門に飾られた五色の風車が狂ったように回り始める。

 風は止んでたはずだ。


 (やぐら)の見張り兵が何かを視界に捉える。

 「風車に反応、接近する者あり!

 多数です!」

 「例の鬼か?!」

 上官が尋ねるが、見張り兵は答えに困っていた。見た事の無いものばかりだったからだ。

 「あ、妖の類かと……!」




 闇に光る無数の目の光と牙や外骨格の光沢。

 突如ぬかるみに変化した地面をグチャグチャと音を立てて進む。

 漆黒の闇にうごめくのは、大百足、入道、鬼蜘蛛、がしゃどくろ、その他、名前の分からない異形の何か、それから人間の亡者も混ざっていた。

 何処から続いてるのか分からない行列。

 呻き声や奇声を上げながらゆっくりと門に向かって来る。


 固唾を吞んで、震える兵達。

 



 しかし、魑魅魍魎達は急に動きを止めた。

 黙り込み、怯えたように道の端に寄って道を開ける。

 開かれた道の中央から、人型の何かがやって来る。

 ボロを纏っており、背が高い。


 「何だ、またお前達か。俺が戦いたい時には、いつもいる。」

 呆れたような男の声。比較的若く、妖艶な響きがある。

 萎縮する魑魅魍魎達に話し掛けている。




 回り過ぎて、大破する風車。


 角狩衆の一人が叫ぶ。

 「や、奴です!酒呑童子です!」

 それを合図に上官が命令する

 「射手、用意!

 完全な鬼に変化する前に討つ!」

 上官の合図で兵達は一斉に矢を番え、弓弦を引いた。

 角狩の隊員は弩を構える。

 矢は両者とも朱矢だ。




 男はボロを捨てて走り出す。

 馬の蹴りより力強く、猪の猛進より速かった。

 あっと言う間に、門前まで距離を詰める。


 篝火や松明の灯りが遂に彼を照らし出す。


 中性的な顔立ち、炎のような朱色の髪、虎目のような黄金の瞳、無駄なく鍛え上げられた筋骨隆々の体。

そして鋭利な二本角。


 酒呑童子・緋寒だった。


 踏み込んで高く跳び、門の屋根の兵へと手を振り上げる。


 バチッ!


 それを見えない壁が阻んだ。

 魔除け札による結界だ。

 壁に張り付くような体勢のまま痙攣する緋寒。


 「お前達には強力な結界がある!今の内に射て!!」

 

 (守護神獣である青龍、白虎、朱雀、玄武を象った自然の景観、内裏の地下から溢れていると言われる浄化の力……。

 そうだ、都は元々退魔の為に設計された要塞。

 それを基盤に、僧侶や禰宜達が総出で力を送り込んで作った結界だ!今までもどんな化け物とて、破る事は出来なかった!)


 しかし、緋寒は腹を抱えて笑っていた。

 乱れた髪がかかる顔を上げる。皮膚は結界の力で血の道が止まって赤紫色になっている。

 その隙間から黄金の瞳が覗く。

 虎目の絹束のような光沢が瞳の中でうごめき、瞳孔は針のように細くなる。


 一斉に放たれる千の矢。


 呆気なく針山にされると思えたその時ー。

 緋寒の前に影が踊り出る。


 「おい!?何をっ!」

 

 弓兵の一人だった。

 両手を広げて泣き喚く彼に、仲間達の矢全てが刺さる。


 「こいつ鬼術も使えるのか!?」

 角狩の隊員は術返しの鏡を緋寒に向ける。

 「皆、奴の目を見るな!身体を傀儡にされるぞ!」


 上官は迅速に指示するが、後方から悲鳴が上がる。

 今度は別の兵が刀で仲間に斬りかかったのだ。

 「ち、違うんだ!俺は!」

 上官は急いで操られた者を斬り伏せる。 

 兵達の混乱は収まらず、次々と同士討ちが始まる。


 そうこうしている内に、緋寒は身体中に無理矢理力を入れ、痙攣を自力で止めて動き出す。

 結界への頭突き。

 バリバリと雷のような音が轟き、閃光が走る。

 それを何度も繰り返し、やがて結界にヒビが入る。

 その僅かな亀裂に角先が打ちこまれ、内側へと貫通する。

 

 「不味い!一旦待避だ!」


 上官がそう判断した時にはもう遅く、緋寒は頭から結界を通り抜けた。 

 彼の存在を拒むように、激しくバチバチと雷火が散らばる。


 兵達は味方同士で鍔迫り合いをしながら青ざめる。

 

 緋寒が僅かに両手を広げる仕草をした。

 それは兵達が最後に見た現世の光景となった。




 羅城門の内側。大通り。

 人一人おらず、内裏のある場所まで設置された篝火だけがパチパチと燃える音を立てている。


 その静寂の空間に貧しい身なりの少女が迷い込む。

 壁を伝ってヨタヨタと歩いている。

 「お父さん……何処?」

 

 その時、曲がり角で何かにぶつかる。

 大きな人型の何か。


 「……御免なさい。お父さんを探してるんです……。

鬼退治が始まるから北側に逃げていたのだけど、途中で迷ってしまったの……。

 方向を教えて頂けませんか?」

 少女は太い膝下にすがる。


 「ふうん。お前、目が見えないのか。

 だから俺を前にしても何もならない。」


 ぶつかられた緋寒は少女の前でしゃがみ込む。


 そして、少女の頭を鷲掴みにして引き寄せ、耳に吐息を吹きかけた。

 少女は涎を垂らして激しく痙攣した後、猿のように何処かへ駆け出した。目が見えるようになったかのような動きだった。

 

 緋寒は何も無かったように大通りを北に向かって歩き出す。

 

 彼が来た道、即ち少女が向かった方向は足の踏み場が無い程散らかっていた。

  それは羅城門まで続いている。




 真っ赤に塗られた門壁、瓦屋根から地上にバシャバシャと流れ落ちる赤黒い液体。

 何処がどの部位か分からなくなるまで刻まれた人体や防具や武器の残骸。

 その残骸を門の外にいた魑魅魍魎達が取合って食す。緋寒が破った結界から侵入して来たのだ。

 そこに先程の少女も加わる。夢中で肉にかぶり付き腹を満たす。


 門を含む南側に配置されていた兵およそ1000人。

 それは僅か数分で失われたのだった。




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