破業の鬼・翔の巻(6/7)
冠羽の村の子供達から事情を聞いた後、夜光は村へと急いだ。
(また俺のせいなのか……。
俺があの村に関わったからみんなが!)
無我夢中で地面を蹴って進む。
その後を八重が馬で追いかける。更に後ろには、いろはがぴったりと付いて走る。
山道の方では百之助達が休息をとっていた。
苔生した大きな岩のある場所だ。
卜部の隊員は子供達と馬に水を飲ませ、三ツ葉は岩の上で鷹文を飛ばし、珠は百之助の隣にいた。
百之助の隣に立つ木次郎が怪訝そうに尋ねる。
「……百之助、何故夜光を行かせた?
クシナダの鎧の効果時間を知らんお前ではないだろう。」
「分かっています。木次郎様。
その他にもこの遠征に夜光と八重は重要な存在であり、敵が潜んでいるならば尚更安易に動かすべきではないと。
これはあくまで偵察を頼んだだけです。
戦闘を避ける事と、非常事態はいろはの狐火で合図を送れと言っています。」
「部下の感情のみに流される程、お前も甘くないはずだが?」
「今回は私の戦闘時間を削る価値があると判断しました。
鬼による悲劇とは何か再確認してもらいます。
何かを失った後、絶望に陥った後、人は固い志を持って生まれ変わります……。」
「お前さんのように、か?
夜光に人の心が半分あるならそれも良いだろう。
坊主は感情が育まれる度に強くなる。生まれたての赤ん坊みたいに一つから多くの事を吸収する。
しかし問題はその衝撃が強すぎて、抱えきれなくて暴走しないかどうかだ。」
「彼はもうある程度を乗り越えていると思います。最後の最後できっと踏み止まれる……。」
一方、夜光達は村の境までやって来た。
夜光は帰る時に自分を送り出してくれた冠羽や村人達を思い出す。しかし、今や人気を感じない。
「血の匂いはこんなにする。けど、人の気配も鬼の気配もしない……。」
夜光は着物の袖で鼻と口を覆う。
いろはも毛皮で口を覆う。
「獄鬼や餓鬼は数だけは多くて、こう言うのは手早いからな。
それに命令する奴もいれば引き際も心得てる。」
「……じゃあ、おじ様を倒した奴ですらもう何処かへ?」
3人は村の内部へ侵入した。
田畑を抜け、家屋があった場所まで来る。
途中、引きずって残ったと思われる血の跡が地面のあちこちに見られた。
「!!」
そして広間まで来た時、夜光達は戦慄する。
予想できていなかった訳ではない。しかし、目を背けたくなった。
まだ赤い肉が付いた骨。背骨、頭蓋骨、肋骨ー。
それから、血まみれで破れて散らばった何着もの着物。
匂いが強くて残したと思われる腸。
それがあちこちに転がっていた。
鬼達の残飯、元人間達の身体の一部であった。
ここに生きてる者はいなかった。
夜光にとって、鬼が人間を捕食する光景は特別珍しい事ではない。八重達と出会う前はよく見かけていた風景だ。
その頃の彼は自分が生きる事で精一杯だった事もあり、精神的な痛みを感じる事はなかった。何よりも、人間だったら弱いからそうなっても仕方ないと感じていた。
しかし、今は違った。
夜光は冠羽の祭壇のある方へ走り出す。
「夜光!単独行動は駄目よ!」
八重達も追いかける。
祭壇ももぬけの殻だった。
納屋が壊され、注連縄のある洞窟も神棚が壊されていた。
夜光は地面の黒いススの跡に触れる。
数日前、祭りで篝火を焚いた場所だ。
震えた声で語り出す。
「……ここに大きな火があったんだ。
その側で、上手いものを沢山出してくれて、その後はみんな踊ってたんだ。遊びに来た青鬼も一緒に……!
皆んな、俺を鬼だって怖がらなかった……。普通の人間と話す時みたいに、嫌な顔せず、世話してくれた。
まるで夢みたいだって思った……。
でも確かに笑ってたんだ!男も女も子供も年寄りも!
笑って、いたんだ……ここで!」
カムナが顎を開く。彼をなだめようとする。
「……夜光。こんな様な事、過去に何度もあった事だぜ?
今更人間のガキみてえに何取り乱してやがる?鬼らしく冷め切ってた昔のお前はどうした?!」
それでも夜光はその場に膝を突いて泣いていた。
側にいた八重も自分の二の腕を握り締める。
(そう。夢みたいな時程、無慈悲で、とても脆い。
数年前の私もこの夜光と同じだった……。)
「……行くぞ。頼光殿が与えられた猶予は多くない。」
いろはは八重の肩を掴んだ。
夜光は急に顔を上げて何処かに顔を向ける
「……消えかけの、鬼の気配だ。
冠羽!」
夜光達は祭壇から少し下った辺りにある林の中に入る。
開けた場所に仰向けの冠羽と、それを見守る雛菊がいた。
離れた場所で立ち止まるいろは。それをすり抜けて冠羽に駆け寄る夜光と八重。
鬼の再生能力では追い付かず、身体の欠損した部分は治っていない。血も止まっておらず、目の色も白くなりかかっていた。
「……よお、暫くぶりだな。
あんまり見ないでくれや。恥ずかしいからよ。」
冠羽は掠れた声でケラケラと笑う。
「冠羽!何か血になる物を……!」
踵を返そうとした夜光を冠羽が引き止める。
「……いや無駄だ。内臓をここまで失って、血が殆ど流れちまえば……もう出来る事はねえ。」
それを聞き、泣きそうな顔になる夜光。
雛菊は既に聞いていたのか、ただ冠羽の顔を抱いた。
「お、俺だ!俺がこの村に関わったから、冠羽達に悪い気がっ……!!だから大勢死んだんだ!」
夜光は声を震わせて、膝を突く。
冠羽は目をカッと見開く。
「違え……、違えんだよっ……!!
村を守れなかったのは、全部、儂が情けなかったからだ……。守るべきもん失って何が神だ……。」
無理に大声を出したせいで咳込む。
それを八重が介抱した。
「……おじ様。どうしてここまで……。
助けを呼んでくれれば私だって……!」
カムナが険しい声で問い質す。
「おい、夜光をぶちのめしたお前がどうしてこんなザマになった?
相手は?獄鬼達は?」
「……ああ、それを話すべきだな。
獄鬼達は儂が子供達を山道に逃した直ぐ後に北へ撤退を始めた。
戦った相手はお偉方の糞真面目な人鬼だ。
倒したが、次の相手が邪魔に入ってトドメを刺しそびれた。」
「次の?もう一人いたってのか?
そいつは今!?」
「……酒呑童子だ。
儂をここまでやった挙句、殺さずに北へ向かった……。」
「酒呑童子!お、俺の……!」
言葉に詰まる夜光。
「赤鬼共、思ったより早く出して来やがったな……!」
予想していたカムナ。
「……なあ、時間がない……。
夜光に渡したいものがあるんだ。
儂の血を……!」
「……駄目だ!何故俺に?」
「頼むから持っていけ……。
今のお前じゃ、お前の父親には、……敵わない。」
「冠羽!何でそれを?!」
夜光は身を乗り出す。
「最初にお前が戦った時に見せた燃える緋色の角と、手当した時に血を舐めて確認した時に既に……。」
「それを知ってて何で俺を……!」
冠羽はケラケラと笑う。
「さあな……。笑っちまうくらい奴に似てなくて、弱くて、お人好しだったからかな。
それに……前に言ったろ、お前の血に流れる人間の魂達がお前を信用してたって……。」
夜光は唇を噛み締めて俯いた。
そして暫く黙った後、青い炎を纏って黒い鬼に変化する。
膝を突いたまま冠羽の体を持ち上げる。
その時、雛菊が冠羽の手をぎゅっと握った。小さな手と鬼のゴツゴツした手。
涙を溜め、引き止めたくて叫びたいのを我慢している。
「雛菊。……約束、守れなくてゴメンな。」
冠羽は雛菊を見下ろして、手を握り返す。
次に八重の方を向く。
「八重。お前の親父を、蒼の事を嫌わないでやってくれ。」
八重は裾をギュッと握っている。
「……嫌いなんかじゃありません。でも、こんな時にさえいないのがやっぱり許せないんです……。」
「……それでもだ。」
そして最後にいろはに目配せする。いろはは冷たく重い色の瞳を向けるだけだった。
冠羽は夜光に視線を戻す。
悲しそうな瞳が彼を見下ろす。
冠羽が瞼を閉じるのを合図に、夜光は冠羽の首と肩の間に齧り付く。
夜光の喉を、塩辛い水と共に生温かい血が通り抜けて行く。
夜光が口を開けて放した時、彼の黒い体に空色の光沢が一筋増える。
「……どんな奴も親が誰であろうと、生まれて色んな奴と出会っていけば、その色に染められたり、自分から染まったりする。
……だからお前の血は、お前だけの物なのさ。」
冠羽は目を閉じたままそう呟き、息を静かに吐いて動かなくなった。




