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夜行鬼  作者: 参望
7話/破業の鬼・翔の巻
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破業の鬼・翔の巻(3/7)

 赭は脳を揺さ振る衝撃の中、二人の人物の幻を見た。

 

 (……すまない。私はそちら側に行けない。)


 3つにも満たない幼子と、それを抱いている娘。

 赭が長槍に止まった赤蜻蛉を捕まえて差し出すと、子供は目を輝かせて笑った。娘もそれを見て笑った。


 ー……これは私が人間だった頃の息子と妻。

 だが、二人は死んだ。


 かつて私が仕えていた主人は、一国の主でありながら最後の最後で民を、家臣を、国を捨て、武士の誇りを捨て、親類を頼って一人逃げる道を選んだ……。

 そのせいで他国から侵略を受け、息子達は乱取り(戦闘後の人や物の略奪行為)から逃れる為に自害した。




 赭は更にかつての主人とのやり取りを思い出す。

 『ふーん。この篠笛の調べはなんだ?』

 『幼い頃、故郷の貧しい兄弟達に唯一してやれた励ましの調べで御座います。』

 『そうか。確かに幼稚さが残る感じがする。

 笛はもう良い、下がれ。

 次はもっと今様な(流行りの)調べが良い。』


 ー前の主人は、人でありながら、情に欠け、その上卑劣だった。

 だが陽光様は違った。

 鬼でありながら、他者の心を見抜き、思い遣る力があった。

 落ち武者となって死にかけていた私は、そんな幼少の陽光様に血を与えられ、人鬼になった。

 憂いなど無かった。全てを失った後では人の世を想う気力など残されていなかったからだ……。


 陽光の顔が浮かぶ。

 『赭。今日も良い音だ。

 虫の声と合わせて節を変えたのか?とても趣があって良かった!』





***




 赭が地面に叩き付けられるのを待つ事なく、冠羽は風袋から空気を後ろに噴射して突進する。


 (トドメは……っやらせん!)


 頭部の外骨格を破壊しかねない強い衝撃であったにもかかわらず、赭にはまだ意識があった。

 激しい目眩と両目の損傷で視力を失っても尚、角に神経を集中させて相手との距離を測り、頭を低くし、両腕を胸の前で立てて素早く防御体勢になる。


 顔半分は硬い皮膚を失って剥き出しで、所々が抉れていた。半ば剥き出しの黄金の目と、再生の為に粘着質になったドロリと垂れる血糊が痛々しい。

 いくら鬼であれ、戦い慣れしてない者ならば痛覚の多い箇所にこれだけの損傷を受けては、冷静さを失い痛みで失神するだろう。

 しかし彼は激痛を感じながらも、闘志を失わず、次に動く事を止めない。


 (貴様など、目で見ずとも射抜ける……!

 その小柄さでは逃げるのは上手くとも、ぶつかり合いには不利……!

 ……来いっ!打ち負けさせてやる!)


 赭の背中に隠れる触手。獲物を仕留めようと鎌をもたげる蛇の如く。

 

 燕のように空を切って接近する冠羽。

 風袋が大きな翼に見えた。


 向き合う両者。


 赭の触手が剣型となって冠羽の心の腑に突出する寸前ー。

 冠羽は大きく緊急左折した。

 速度を保ったまま赭の背後に素早く旋回。

 すれ違い様に爪で触手をはねて上空へ飛び去る。


 「……何故そちらをっ!?」


 「武器の持ち込みは厳禁。

 今から天女の住処に案内仕るぜ!」


 冠羽は赭から十分距離を取ってから、風袋をなびかせて着地する。

 地面を滑りながら止まるのを待つ事なく、天地の構えをする。

 息をゆっくりと吐いて、手の平で巴を描く。

 風袋の口が夕顔の花のように大きく開いて広がる。


 (この流れは、風を巻いているのか?……まさか!!!!)

 赭は踵を返して冠羽から離れるように走り出す。


 草原に円を描くように舞い上がる土煙や草。

 その風は一瞬で烈風となり、巨大な竜巻きに変わった。

 天まで伸びて雲を巻き込みながら激しく渦巻く。


 それは人が蟻の歩みを阻むのが容易いように、一瞬にして赭を飲み込む。


 赭の巨体は雲上の天空まで舞い上がった。


 竜巻きが消え、雲海に青空が何処までも広がっているのが見えた。

 風に殴られて骨をあちこち折って動けない赭の背首に、冠羽が片手と膝を突いて乗る。


 「雲の上ってのは何度見てもいい……。

 見えるか?この清々しい空が……。」

 先程までの荒々しさは無く、虚無を感じているかのような声だった。


 赭達は浮上から一転、急降下を始めた。

 冠羽は突いた手に力を込める。


 「これで終わりだ!!!!

 最後にてめえの魂飛ばしてクソ主人に伝えな!

こんな鬼モドキしか作れねえ赤鬼が調子に乗るなってな!」


 「我が主人に、陽光様に敗北を伝える……?」

 赭は朦朧とした意識の中、口を開く。




***



 

 赭の脳裏にまた陽光との記憶が蘇る。

 赭とまだ幼かった頃の陽光。

 二人が出会って間も無くの頃の記憶。


 二人は崖の上から何かを見下ろしている。

 下には人間の親子がいた。


 『陽光様、馬遊びが羨ましいのですか?』

 『お父さんにやって欲しいなって……。

 でも、高貴な生まれの鬼が人間の真似なんてするなって言われると思う……。』

 『今なら家臣も誰も見ておりません。

 私が代わりにおぶって差し上げます。』

 陽光はどうしようか迷った挙句、赭の背に乗った。

 『赭の背中は大きいね。

 僕のお父さんの背中もこうなのかな……。』

 嬉しそうな表情。やがて瞳を潤ませて、地面に降りた。

 『もう良いのですか?』

 『うん……。

 僕がもっと頑張って立派で賢くて強い鬼になれば、お父さん、僕に笑ってくれると思う。……きっといつか。

 僕もそっちの方が嬉しい。だから、我慢する……。」


 陽光は泣くのを我慢して、赭に向き直る。

 『赭は僕がお父さんにして貰いたい事を代わりにしてくれる。けど、それに甘えてばっかりじゃ駄目なんだ。

 まず赭の主人に見合うようにもっと強くならなきゃ……。』




***



 

 陽光の涙を拭こうと手を伸ばすが、それはぼんやりと見える雲の影。幻だった。


 「……陽光様の、地位を、落とす事などっ!

 陽光様が優しい御心のまま、玉座に就くまで、この命やらぬ!」


 赭は呻き声を上げながら、その唯一動かせた手に力を込め、無理矢理外れた肘や肩の骨を直す。

 そして片手で冠羽の首に組み付き、頭を地面に向けさせる。

 角に神経を集中させて冠羽ごと火達磨になる。


 「こいつまだっ!?」


 このままの体勢では落下の衝撃をもろに受けるのは冠羽の方だ。

 地面はすぐそこまで迫っている。

 

 (手に空気の重りを纏わせて奴の首を押さえてたって言うのに!力を何処に残してやがった!

 落下と重りで即死を狙うより、落下を待ってトドメを刺すべきだったか……!)

 

 焦って無数の記憶を辿る中、冠羽はある者の言葉を思い出す。

 『冠羽、今度会う時は雨の降らせ方教えてくれ。

 これで好きな時に水が飲める。』

 

 (何でこんな時にひよっこの夜光の事なんか……!

 ……待てよ!)


 冠羽は辛うじて片手を上げ、角に神経を集中した。

 間も無く、水をひっくり返したような豪雨が2人に降りかかる。


 「雨が何になる!自分で死水を用意したか?!」


 冠羽は赭の腕から抜けようと、ひたすらもがき続けた。


 火が消え、2人の体が濡れ、血が押し流されて行く。


 (もう一息だ!このまま青鬼の顔面がぶつかって私の体重が乗れば、全て終わる!)

 そう赭が腕に力を込めた時、皮膚と皮膚が滑り、冠羽はそこから首を抜いた。


 「まさかっ!雨水で……?!」

 

 冠羽はそのまま地面に飛び降りる。


 二つの落下物。

 雨に逆らって舞い上がる岩や泥や飛沫。二つの衝撃音。

 大きく抉れる地面と大地の振動。




 雨が止んだ時。灰色の雲を割って再び大地に日が射す。


 霧のように霞がかったその場所で立ち上がったのは、冠羽だった。

 風袋が焼け落ちている。

 赭の方へ向かう。


 赭は泥水と共に先程出来た大穴にうつ伏せになっていた。 

 「よ、う、こ、う……さま。」

 泥を口にしながら、声を絞り出す。

 落下で外骨格の大半が砕け、完全に動く事が出来なかった。


 「負けたのは散々命を奪って来た、その報いだどうだって、人間みたいに言う気はさらさらねえ……。

 裁きだ、正しさだ、そんなものは儂達の間には存在しない。

 ただ、守りたい奴がいたらてめえの力で何とかして勝って、これが行くべき道だって証明するしかねえんだよ……。

 おめえさんも、鬼になったなら分かるよな……?」

 冠羽はそう穏やかに語りかけ、爪をギラつかせながら振り上げた。




 すると、日が雲に陰って再び辺りが暗くなった。

 

 冠羽の振り上げた手が微かに震えている。

 

 「懐かしいな。

 お前は少し覚えている。雷の青い奴の周りを飛び回っていたっけか?

 東雲が俺に追いつくまで少し時間がある。

 遊ぶか?」


 冠羽はゆっくりと振り返る。

 眉間を寄せて険しい形相だった。


 「お前は……!あの時の!」




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