破業の鬼・翔の巻(2/7)
「話に付き合ってくれてありがとよ。
お陰で臨戦態勢が整ったぜ。」
見ると冠羽の風袋が空気で一杯になっていた。
話を広げて時間稼ぎをしたようだ。
「青鬼はそう言う種族だと学んだが。
弱い者程、姑息な真似をする……。」
睨む赭と、悪怯れない冠羽。
「てめえらが熱すぎんのさ。
頭ってのは常に冷えてなきゃ、よ!」
冠羽は風袋を叩き、溜めた空気で空気弾を発射する。
受け身を取って避ける赭。
石や土塊ごと巻き上げる風と、墓穴より深く抉れる地面。
「上か!?」
見上げると両足を揃えて踏み込んで来る冠羽の姿があった。
赭はどうにか踏み込みを避ける。
しかし、すれすれで当たらなかった筈の左肩の肉が圧縮されて爆ぜた。
(触れてない場所が?!)
赤い肉片が更に圧縮されて小石のように散らばる。
冠羽は赭が肩を押さえて離脱した隙に、風袋に次の空気を補充する。
(重い岩か何かで押し潰されたかのようだ……!
それに奴の足の周りも空気が重く、呼吸もおかしくさせられる……。
間違いない……。紅鳶の報告にあった技だ。)
つい最近、赭の仲間・紅鳶は冠羽からこの空気の圧縮攻撃を受けて一度死んだ。
背後からの強襲と高濃度の空気の毒で全く対応出来なかったと言う。
「よく避けたな。しかも深追いしてたら片腕だけじゃ済まなかったぜ!」
冠羽は一方的に空気の補充と踏み込みによる圧縮攻撃を繰り返す。
赭が捕まえて動きを封じようとするが、空中の羽のようにフワリと身をかわされてしまう。
時に天女のようにたおやかに、時に向かい風のように力強く、冠羽は宙と地面を舞うように飛び回る。
「疲れたろ?そろそろ終わりにしようや……。」
冠羽は先程よりも空気を大きく溜めて跳び上る。
赭は肩と首をダランと落として動かない。
身体のあちこちが小さく抉れ、柘榴石のようなかさぶたが出来ていた。
いくら鬼が傷の回復が早い種族であっても、それには体力を消耗する。掠り傷も多過ぎれば持久力が先に尽きて戦意喪失になりかねない。
しかし、彼は視線を冠羽から外してなかった。
冠羽が一定の位置まで降りた時ー。
赭は跳んだ。
「こっ、自分から!?」
揃えようとしている冠羽の両足を避けながら、風袋を掴んで引き寄せ、襟首から触手を放つ。
触手の空を裂く音。剣のようにピンと張って冠羽の首を狙う。
腕に貫通する触手。
冠羽は辛うじて首を守ったが、腕が吹き飛んだ。
切れ味が良かったのか断面は綺麗な円になっていた。
遅れて血飛沫が上がる。
「ぅうっ!」
冠羽は顔を歪めたが、まず赭の負傷した肩に膝蹴りを入れた。
赭が呻いて風袋を離した隙に離脱する。
触手をゆらゆらさせて構え直す赭。手負いの獲物を見定る蛇のようだ。
一方、吹き飛んだ腕を拾って断面と断面を当てがっている冠羽。相手を睨んで隙を見せない。
(骨は……不味いな。肉や腱より治るのに時間が掛かる……。)
「やっぱりな……。
空気を圧縮させる時、その袋のような膜は影響を受けない。
足を始めとする身体が空気の重りを纏って直立体勢になる中、その膜だけ軽そうに宙に漂ってるのは不自然だからな。
何度か技を見て分かった……。」
「けっ!根暗な赤鬼は気味悪くて笑えるぜ……。」
冠羽は風袋に空気を溜めようとする。
そこにまた赭の触手が突出する。
風袋を狙っていた。
(まずいっ!)
冠羽は背後に跳ぶ。
「先程は膜を引き千切って逃げる事も出来た。
しかし、貴様はわざわざその腕を犠牲にして逃げた。
今も照準がその膜と見た瞬間、焦って逃げた。
貴様の技の大半はその膜が無ければ使えないと見える。」
「……ペラペラと。赤鬼にしちゃよく舌を噛まねえな。」
冠羽は睨み付けながら歯を見せて笑う。
「図星……のようだな。
どうした?頭は常に冷えてなきゃいけないのだろう?」
赭は涼しい顔で煽りながら、襟首から触手を抜く。
すると触手は真直ぐにピンと張って平たい槍のようになった。
その槍先を向けて一気に踏み込む。
弧をいくつも描き、唸る槍。
冠羽はそれを足でいなして捌きながら、後方に退く。
腕は切れた腕をもう片方の腕で持って癒着してる最中の為、両方が塞がっている。
(クソ!膜を穴だらけにして使い物にならなくするつもりか!穴が開いても再生しない訳じゃないが、馬鹿力の赤鬼と殺り合うには体力を消耗し過ぎる……。
持久戦に持ち込まれたら不味い……!)
冠羽は槍の突きの猛攻を躱しながら、大きく後ろ宙返りをして風袋に空気を溜めようとする。
「逃がさん!」
弛んで鞭のようになる槍。
それが強くしなって冠羽の身体に膜ごと巻き付く。
「やられたっ!」
「空気を溜める時間など与えん!落ちろ子雀!」
鞭を引っ張る赭。
触手を引き千切る事も出来ず、為す術も無く宙から引き寄せられる冠羽。
赭は皮膚と共に鞘ごと赤く硬化した腰の小刀を抜く。
それで仕留める気だ。
冠羽は数秒の間考える。
(少しの風が出せても、牽制にも体勢の崩しにもならない……!
蹴りで脱出……?いや振り出しに戻るだけだ!
奴の懐に入る好機と仕留めに……、風が足りないのに何を出す?!)
視界に切っ先を向けて構える赭の、必殺と意を決した表情。
その巨体の鬼の姿にとある記憶の人物が重なり、冠羽の頭の中で駆け巡る。
***
『なあなあ、あれどうやるんだよ!教えろよ蒼!』
冠羽はある青年の鬼に纏わり付いている。
『しつこい!
食事や寝る時どころか厠の邪魔までしようとするなっ!』
青年の鬼は鬱陶しそうに舌打ちする。
群青色の髪と2本の角をもつ、背の高い痩せ型の男の鬼。
かつての雷神の友。その青年時代の姿だった。
『だっておめえ、ここまでしないと何にも言わずにいっつも無視するだろぉぉぉっ!?一度儂に勝った位で調子に乗んなオラ!』
『知らん!お前と勝負なんてした覚えはない!』
『し・た・わっっっ!儂があんまりにも弱過ぎて記憶に残らないってか?!
そう言う無関心が知らない内に相手を傷付けんだぞ!』
『じゃあ、お前はもう少し人の迷惑って奴を知れ!』
冠羽はイライラしながら蒼の後ろ首に跨って首を締め上げる。蒼もイライラしながら冠羽の顔に爪を立てて揺すって落とそうとする。
『あれだよ!儂を初めて負かしたあの拳!
雷がバチバチしてピカッ、ドーンッ!ってなる奴だよ!』
『……あんなの、生まれた時から出来る。
こんな物、無くったっていい。』
『なっ!』
冠羽は突っかかろうとしたが、悲しげに自分の手の平を見つめる蒼を見て止めた。
『出来た所で意味なんてないんだ……。人間達はそれを見て益々化け物と追い立てるだけだ。』
『なあ、蒼。
儂は前に住んでいた山じゃ負け無しだったんだ。
同族の青鬼も、赤鬼も、その他の強い妖怪も全部一人で倒して来た。
……でもな。お前と初めて戦って、戦う相手が強くて怖いと思って頭が真っ白になったんだ。
図体もデカくて、見た事ない技と、底知れない凄みとか。全てが衝撃だった……。
だから凄えワクワクしてんだ。超えてやりたくてさ……。』
冠羽は拳を握りしめて蒼を見据える。
『側に鬼が住んでなくて、人間の友達もいなくて一人ぼっちだったってなら心配するな。
今、儂が引っ越して来た。
これから毎日お前んちに勝負しに来てやる!』
蒼は小さく驚いた顔をした後、外方を向く。
『勝手にしろ……。
でも、日の出と一緒に来るのは止めろ。俺は朝は弱いんだ。』
***
(相手の動きが遅く見える……。儂は何焦ってんだ。
殺す気でやってこれか?
殺す気が無いのに、重くて速いあいつの拳に比べりゃこんなもん、遅えんだよ!)
冠羽の眼前に赭の刃が迫る。
冠羽は小刀の刃に噛み付いた。
(血迷ったか青鬼!非力なお前では止められず、喉から脳に刺さって死ぬのみ!)
しかし、狙いはそれでは無かった。
赭の腕に足だけで絡み付いてる冠羽。
身を捩って赭の腕を外側に捻り、均衡を僅かに崩す。
そのまま地面に降りて回し蹴り。
足の爪先で目を引き裂く。
「っ!噛んだのは気を逸らす為?!」
膜をバッと広げ、弛んだ触手を払う冠羽。
広がった瞬間、膜には空気が入った。
冠羽は風袋を腕に巻き付け、圧縮した空気を拳に纏う。癒着中のものとは反対側の方だ。
「人間辞めて鬼になった奴がよお……、得物なんざ使ってんじゃ、ねえっ!!!」
鉛のような重さを纏った、素早く鋭い正拳突き。
砕ける赭の顎。
頑丈な赤鬼の皮膚にヒビが入って割れた上に、その衝撃が骨まで伝わったのだ。
顔の半分の歯・牙・肉片が砕けて爆ぜる。
赭は後方に吹き飛ばされた。




