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夜行鬼  作者: 参望
1話/黒む鬼
7/168

黒む鬼(3/5)

 怪しい者達の来客を前にして、すずねは『いつも通り』に振る舞った。


 「おじさん達、この先は行っちゃいけないよ。」

 鈴を鳴らしながら、感情を込めずに言ってみせる。

 

 「私ももう……。」

 すずねは苦しそうに腹を押さえるフリをして、着物に忍ばせていた山葡萄の実を潰しながらその場に倒れる。

 

 ボロボロの粗悪な腰巻を巻いた男達は、クマで輪郭がくっきりとした目でただじっと見ている。

 頭巾で顔を隠した痩せ型の男もピクリとも動かない。


 ……オオオオオオォ。……オオオオオオォ。

 

 風に混じって、獣のような声が聞こえて来た。

 洞窟の入り口の奥の暗闇に二つの円い光が浮かび上がる。


 頭巾の男が立ち上がった。

 そして声を張り上げて呼びかける。

 

 「この地に住まう『鬼』か?

 私は偉大なる朱天鬼(しゅてんき)の長・元実(がんじつ)様の命でこの地に参った。紫檀(したん)と申す!

 この洞窟が我が軍の拠点として相応しいかどうか視察させて貰う。

 

 もし適正と判断された場合、速やかにこの地を去り元実様に献上奉れ!」


 (((?!)))

 死んだフリをしているすずねと、鬼の目を演じている風太とゆきは、予想外の返事に息を飲む。

 

 「どうした、下賤の鬼よ聞こえぬか?!

 それとも……。」

 

 紫檀はすずねの首を片手で掴み、高く吊り上げる。

 

 「……っあが!」


 「まだこの茶番が通じると思うたか……?」

 紫檀は先程の艶っぽい声を濁らせ、憎悪を込めて言う。頭巾越しに荒い息遣いが聞こえる。

 顔と顔が触れそうな距離まで、紫檀の顔が迫る。

 頭巾の隙間からは飛び出そうな程大きく開いた目が見える。その目は怒りで血走っていた。

 

 「そのような子供騙し、『山葡萄』の汁など匂いでわかる……。」

 「っつ!!!」

 この場で殺されるかも知れないと言う恐怖と、息が出来ない苦しさで、すずねの頭の中は真っ白になった。

 「俺は躾のなって無い子供が大嫌いでな……、『角』が立っちまうんだよ……!」

 紫檀の頭巾を突き破って、何か尖った物が生えてくる。


 「!!!」

 紫檀の瞳が黄金に輝くのが目に焼き付けられると同時に、すずねは気を失った。

 紫檀はすずねからパッと手を離す。

 

 そして力無く地面に転がったすずねを気に留める事もなく、手をすっと挙げて腰巻の男達に命じる。


 「妖避けを剥がしたら、中へ。」

 「終わりましてございます。」

 男の一人がくしゃくしゃにされた妖避けの札を掲げて見せる。


 「では獄鬼(ごくき)ども『人を辞め』、心置きなく行くがよい。」


 腰巻の男達は赤い結晶のような物を腰巻から取り出して、噛み砕いて飲み込む。

瞳が黄金に光る。

 四肢の筋肉がパンパンに膨れ上がり、皮膚は硬い木の幹のようになる。

 骨格は人間本来のものから離れ、顔は醜く、背丈が大人二人分の大きさになる。

 最後に鋭く尖った長い角を額に生やすと、化け物は肉食獣のような雄叫びを上げた。


 彼らは赤い結晶を飲んで鬼に変化する、奴隷化した人間である。上級の鬼からは獄鬼と呼ばれ、下級の扱いを受けている。

 獄鬼達は最後に額に長くて鋭く尖った角を生やすと、洞窟目掛けて獣のように駆け出した。




*




 「……ん。」

 すずねは薄く目を開ける。

 

 「!!」

 手足は縛られ、視界は真っ暗で何も見えなかった。また、他にも目の前から人間の息遣いが聞こえる。


 天井を覆っていた木の蓋が開き、洞窟の岩肌が見えたと思ったら、獄鬼の黄金の目がぬっと現れこちらを覗き込んできた。

 

 すずね、風太、ゆきはどうやら深めの桶の中にすし詰めにされているようであった。

 

 「晩飯は手に入ったし、紫檀様も大層お喜びになられている……!

 これならおこぼれもあるかもなあ。」

 獄鬼は含み笑い笑いをしながら、長く鋭い爪のある大きな手ですずねの髪を掴んで吊り上げる。

 

 手には錆びた出刃包丁を持っていた。


 すずねは痛みを感じながらも震えて声をあげられなかった。

 風太とゆきも凍り付いた表情でただそれを見ているしかなかった。

 

 「……っぁ!」

 「指、いや手ぐらいならつまみ喰いしても怒られんかもしれん……。

 どうせ後でしめて料理するんだから、死ぬまでぶって遊んでやるのも楽しそうだ……!」


 「おーい。邪魔な岩どかすの手伝えってー。紫檀様がー。」

 洞窟の奥からもう一匹の獄鬼の声がする。

 

 「あーも、いいとこで。

 ……全く、早く肉で腹を膨れさせたいぜ。」

 

 獄鬼は草鞋ほどの大きさの舌を出し、すずねの腹の辺りにある山葡萄の染みをベロっと舐める。

 唾液まみれの舌による気持ち悪い感触に、すずねは小さく悲鳴を上げた。

 

 獄鬼は再び桶に蓋をして、その場から去って行った。


 「すずねお姉ちゃん……!」

 ゆきが泣きそうな声を上げる。


  すずねは奥歯を噛みしめ、息を大きく吐いてから、いつものように明るい声で言って見せた。

 「……だ、大丈夫よ!

 とにかく何とかして逃げましょう。縄が解ければいいんだけど……。」


 真っ暗闇の中、三人は顎や足の先で触りながら手足の縄目を探し出す。 

 そして口を使ってどうにか互いの縄をほどき合うことに成功した。

 

 最後に重石が乗った桶の蓋を協力して持ち上げ、外に出る。

 

 「昔お仙婆ちゃんが言ってた通り、鬼は力持ちだけど指先を使うのは苦手みたいね……。結びが下手で良かった……」

 「隠し穴のお婆ちゃん達、大丈夫かな……。」

 風太がゆきに手を貸しながら呟く。

 

 「あそこは入り口が狭いから鬼なんか入れないとは思うけど……。隠れ穴に向かうわよ。」




 *




 柔らかな日差しが木の葉の隙間から溢れる林の側に、勢いよく流れる川があった。

 その澄んだ水には、流れの弱い箇所に川魚の影が見える。

 

 その川原で火を焚いている人物がいる。


 夜光だった。

 六尺褌だけ身に着けただけの体は濡れており、髪から水を滴らせている。

 

 何やら真剣な顔付で手に持った黒い棒をじっと見ていた。

 しかもその黒い棒は夜光の足元に幾つも落ちており、中にはボロボロに崩れた状態のものもあった。

 

 「……。」

 

 「ヤマメ喰うって聞いたのに、何だこの炭は?

 流石のお前でも腹壊すだろ。」

 川原に転がされていたカムナが横に寝たまま夜光を野次る。

 

 夜光は酷く落ち込んだ様子で項垂れたまま立ち上がる。


 着物を拾って羽織りながら、カムナを鷲掴みする。

 そのままどこかへ走り出した。


 「焼き方、聞くの忘れた……!」



 

*


 



 岩と岩が支え合うようにして出来た狭い空間がある。

 天井には小さな隙間があり、わずかに外からの光が差し込んで来る。

 この空間は洞窟のとある箇所に開いた細い抜け穴からしか入れない場所だった。


 お仙はその空間でただ静かに座り、雀はお仙の着物の裾をぎゅっと掴んで項垂れていた。


 「お仙婆ちゃん!雀!無事か?!」

 風太が四つん這いで抜け穴から現れる。ゆきも順番で姿を現わす。


 「まあ!ふうちゃん、ゆきちゃん。無事だったかい?」

 お仙が土や埃まみれの風太とゆきを抱きしめてやる。


 「すずねは……?」

 「それが……。

 隠れ穴の入り口までは一緒だったんだけど、『外から助けを呼んで来る』って言って一人入り口の方に向かったんだ……。

 洞窟のあちこちには小さな横穴があるからいざとなったらそこに隠れるから大丈夫って言ってたけど……。」


 ゴンッ!ガンッ!


 急に辺りの岩壁が揺れ始めた。

 外側から何度も打撃音が聞こえてくる。


 「なんだ?!」

 天井からは小石や砂が落ちて来る。

 「みんな大丈夫かい?!」

 お仙は悲鳴を上げる子供達を庇った。


 ガラガラッ!


 天井から丸太の様に太い腕が岩を砕きながら入って来る。

 木の幹のように硬い皮膚と硬い猛獣のように鋭い爪のついたそれは、鬼の手だった。


 天井に大穴が空き、外が見えるようになる。


 土煙が晴れた時、獄鬼が笑いながらトゲトゲとした醜い顔を突っ込んで来た。

 「ばあっ!!」


 子供達は金切り声上げた。


 「……どうも隙間から匂いがするなと思ったんだ。

 見つけたぞクソ晩飯ども!紫檀様に怒られる前に戻りやがれ!」


 「皆んな抜け穴へお逃げ……!」

 お仙が子供達を先に行かせる。

 風太は恐怖で固まっている雀を無理やり引きずりながら、急いで抜け穴に入って行く。続けてゆきが入る。


 「邪魔だババア!」

 穴を塞ぐように身を丸くしたお仙を跳ね除け、獄鬼は抜け穴に腕を突っ込んで手探り子供の足を掴む。

 「いやっ!風太おにいちゃん!」

 「ゆき!」


 ガラガラッ!


 風太の進行方向の天井が崩れ、何者かによってその瓦礫が掻き出される。

 

 土煙が消えると、風太の目の前には鋭い爪のある太い足があった。

 「はい!とうせんぼおおおお!」

 抜け穴を崩した張本人であるもう一匹の獄鬼が風太達を見下ろす。


 二匹の鬼は喚く子供達とお仙を桶の中に放り込む。

 「晩飯が増えたぞー!紫檀様褒めて下さーい!

 グアッハッハッハ!」




*




 風が通る林の中の街道を走る人影がある。

 

 すずねだった。

 

 激しく息を切らし、時に蹴躓いてよろめく。それでも止まることなど許されていないとでも言うかのようにがむしゃらに足を前へ突き出す。


 (こんな無茶が都合良く続くなんて無いって分かっていた。

 私のせいだ……。分かっている。

 私がおたまお姉ちゃんの言う事だけを聞いて入ればこうはならなかった。それも分かっている。

 でも、自分に出来る事でみんなを守って、おたま姉ちゃんを安心させたかった……。

 その結果がこれ。

 それが子供の考えだったって、よく分かっている……。)


 ふと、どこからか煙の匂いが風に乗って来ているのに気が付く。

 

 街道を外れた林の奥の方に目を向けると、数人の軽武装した男達が焚き火を囲んでいるのが目に入った。

 (野武士?かなり数が多い。

 麓の町まで仕事中のおたま姉ちゃんを呼びに行ったんじゃとても間に合わない。

 こいつらでも上手く話を付ければ……?いや、でも……。)


 一人がすずねの方を振り向いて声を上げる。

 

 昨日洞窟の前ですずね達が鬼のフリをして追い払った山賊の一人だった。

 話し合いの最中だった野武士の頭と山賊の頭もすずねの方を向いた。




 (チクショウ……。チクショウ……!)

 全身の痛みに堪えながらすずねは心の中で呻いた。

 

 ぬかるみまで蹴飛ばされ、白い着物は泥だらけになり、腕や足は擦り傷だらけになっていた。


 数人の野武士達がすずねと山賊を囲い、酒を煽りながらせせら笑う声が遠くに聞こえる。

 

 三人の山賊達が心無い、汚い言葉を浴びせてくるのも聞こえる。 

 

 「いてえか?でも当然だよな。俺はお前らの小芝居に騙された挙句、急に現れた角の小せえ変な鬼にぶちのめされたんだから……。」

 「面白くねえなこいつ。もうちょいピーピー泣いてみろや、クソガキ。」

 「こんな泥臭え痩せたガキを脱がした所で何も面白くねえが、憂さ晴らしには良い。剥いて吊るしてやれ。

 そうすりゃ少しは泣いて謝るだろうよ。へっ。」 


 すずねは奥歯を噛みしめ、山賊を睨んだ。

 (私達は弱い者の寄せ集め。

 乱れたこの世で、弱いから、弱いなりきにこいつらのような暴力から生き残る方法を考えて生き残ろうとしているだけ。

 なのに……チクショウ!)


 髪や腕を掴まれ、抵抗するがその度に殴られる。

 反撃することに疲れた頃、すずねは昔の事を思い出した。

 

 義母に殴られ追い出された後、雨の中で一人で泣いたこと。

 雨がやんだ後、残った傷も涙も気に掛けるのは自分しかいなかった事。


 すずねは歯を食いしばりながら、心の中で弱々しく呼んだ。

 (おたまお姉ちゃん……。ごめん……。)


 ガサッ


 突風のような物が木々の枝を通り抜け、野武士達の輪の中へ飛び降りた。


 「すずね!」

 夜光だった。

  

 山賊三人は顔を真っ青にした。 

 

 「鬼か?!」

 野武士の頭が手下に合図し、武器を構えた。

 「旦那!俺らがさっき倒してくれって頼んだ鬼ってコイツですよ!うちの鉄棒使いのデカブツを簡単に負かしちまったみたいだから気い付けて……。」

 

 「鬼といえども一匹ならどうって事ない!上手く囲んでやれ!」

 山賊の頭の忠告を無視し、野武士の頭は刀を掲げた。

 

 野武士たちは横陣を組んで、槍で一斉に夜光を突き刺そうとする。

 夜光は猫のように跳んで槍の上に乗り、手が塞がった手下を蹴りや手刀の突きでねじ伏せる。

 手下は夜光の真横や背後に回るが、その槍先で触れることが出来ず、反対に柄を折られてしまう。

 構えなど最初からなく、大振りな動きも少なく、手早く急所を爪で切り裂き、時々腹を突いて破る。

 『鬼は力の強い猛獣で知能は劣る』という固定概念が染み付いていた野武士達は、その読めない動きと細い体から繰り出される重い一撃に焦燥した。

 

 「射手用意!射て!!」

 数十本の矢が放たれる。

 夜光は近くに居た手下の腕を固めて盾にした。


 僅か数分で辺りは血の匂いと死体で溢れかえっていた。


 「鬼め!兄弟達をよくも!」

 夜光は野武士の最後の一人である、野武士の頭の喉笛を手刀の爪先で切り終える。

 野武士の頭は血を噴き出して倒れた。

 (不利なら逃げれば良かったのに……。)

夜光は不思議そうにしながら、指先の血を払った。

 

 「夜光、こんだけ死体があるんだからよお……?」

 夜光の背中の方でぶら下がっていたカムナが嬉しそうに言う。

 「嫌だ、食べたくない。」


 夜光は三人の山賊達の前に立った。


 「……その子に用がある。」


 山賊達は武器を落とし、腰もすとんと地面に落とした。

 そのままガタガタと震え出した。 

 「わ、悪かった……。この小娘にはもう2度と手をだ……出さない!

 だから命だけは!」

 夜光は邪魔そうに山賊たちをドンッと両手で押す。

 「ぃひいっ!」

 山賊たちは気の抜けるような悲鳴を上げて、その場にバタバタと倒れた。

 

 すずねは戸惑いながら、近寄って来る夜光をただ見ているしか出来なかった。

 夜光が膝をつく。

 「全員、殺したの?」

 「殺そうとして来たから。自分から逃げた奴は知らない。」

 すずねの問いに淡々と答える。

 

 夜光の手足は真っ赤に染まっていた。

 

 「それより、すずね。魚の焼き方が分からない……。」

 夜光は困った顔をしながら、懐から焦げた魚を取り出す。

 

 すずねは一瞬呆然と夜光の顔を見ていたが、やがてほっとしたように微笑んだ。

 「な、何それ!ば、馬鹿じゃないの!そんな事の為に戻ってきたの?!

 ほ、ほんと、あんたって……。」

 

 すずねは我慢できずに、目から涙を流した。笑ったら、体から全部の力が抜けて自然に流れてしまったのだった。

 それを隠すように夜光の胸に顔を埋め、抑えていた声を出し切るように嗚咽した。

 夜光は泣き続けるすずねに戸惑う。

 ただ胸を貸したまま、彼にとって理解不能なその感情の爆発をじっと目に焼き付けた。

 「お前……、傷が痛いのか?」

 夜光は目を丸くしながら、恐る恐る尋ねる。

 「ご、ごめん違うの……!

 助けなんか来ないって思ったの……。結局私が全部ドジ踏んだ事だから。

 でも、夜光が助けてくれた。

 私、あなたに意地悪ばっか言ったのに……、本当にごめんね。」

 すずねが涙を手の甲で拭いながら首を振る。

 「……俺は、そんな気無い。たまたま、お前に用があっただけだ。」

 夜光は無表情になる。

 「それでも……ありがとう。」


 「俺なんかに、簡単に感謝なんてするな……!」

 急に声を荒げる夜光。

 

 「お前は今笑ってる、でも明日は泣くかもしれない……。怒って、俺を死ねば良いと思うかもしれない。俺と居るときっとそうなる。

 俺は……鬼だから。」

 

 「……。」

 カムナは黙って夜光のその言葉を聞いている。

 

 「だから黙って、私達の洞窟を出て行ったの?」

  すずねは俯く夜光の頭をそっと撫でる。夜光は少しだけ顔を上げ、目を細めた。

 「夜光は偉いんだね。みんなの為に我慢して……。

 本当、おたまお姉ちゃんみたい……。

 でも、いいんだよ。一緒に帰ろう。

 鬼だからなんて関係ない、みんなで協力し合えばきっと上手く行く……。」


 すずねははっとする。

 「そうだ、夜光!みんなが大変なの!」

 


 

 *




 「久々に早く帰って来れたはいいが……。馬鹿に静かすぎる……。」

 おたまは洞窟の入り口近くにある、木の陰に隠れながら様子を伺っている。


 「とにかく隠れ穴に向かってみよう……。何かあったならそこに皆んないるはず……。」

 おたまは身を隠しながら素早く洞窟に足を踏み入れる。

 

 (あれは!)

 おたまは近くの岩に身を隠す。

 

 洞窟の奥から大きな桶を担いだ獄鬼がやって来る。

 桶はゴトゴトと動き、子供達の声がした。


 (まさか……。なんて事!)

 

 「ん?誰かいるのか?!」

 鼻をヒクヒクさせて、獄鬼が呼びかける。

 

 おたまはとっさに石を獄鬼の横側へ投げた。

 獄鬼が反応したその隙を見て一気に背後へ駆け出す。すれ違い様に妖避けの札を貼り付ける事に成功した。


 「グッガアアアア!」

 「たああああっ!」

 獄鬼が悶え苦しんだ時、おたまは刀を腹の辺りに突き刺した。

 

 しかしその切先に手応えは無い。

 

 痩せた頭巾の男・紫檀が刀を掴んで止めたのだった。

 「まだ餌が残ってたんですね。」

 

 「!」

 おたまは後ろへ退く間もなく拳で腹を突かれ、その場に崩れ落ちる。


 「有難うございますー!紫檀様お怪我は?」

 「気高き純血の鬼『天鬼(あまき)』の血を授かった『人鬼(じんき)』の私に妖避けなんかが効くわけなかろう。

 使えん獄鬼どもめ。いいからさっさと支度なさい。」


  紫檀は気絶したおたまの顎を引き寄せる。

 「この匂い……人間の雌か。ふむ。

 こんな不便な地まで派遣されて来た労が報われるというものだ……。」




 <登場した敵>

挿絵(By みてみん)

・人間を術や血で鬼に変えたもの。

 また、下級の鬼である餓鬼を鍛え上げたり改良を加えたりすることで獄鬼になることもある。

 鬼に変わる時は特殊な血を固めた赤い結晶・『金魚石』を飲み込む。定期的に結晶を摂取しないと禁断症状が起きる。

 名前は「地獄の鬼の様によく働き、使い捨ての餓鬼よりも使える奴」と言う上級の鬼たちのジョークが由来。

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