破業の鬼・翔の巻(1/7)
上空で龍のようにとぐろを巻くように流れる雲。
地面を叩き付ける大粒の雨と木を薙ぎ倒しそうな暴風。
そんな嵐の中、3つの大きな影とその目らしき黄金の眼光が見える。
それらは全て筋骨隆々の屈強な鬼達だった。
1匹は風袋のような膜を持った細身で空色の青鬼。
その隣にいるのは、雷模様のある大柄で群青色の青鬼。
その2匹が対峙するのは、朱色の獅子の鬣のような髪を持ち、銅より鮮やかに身体を輝かせる立派な赤鬼だった。
空色の鬼は群青色の鬼と目を合わせ、頷く。
群青色の鬼は心配そうにグルルと唸ったが、渋々頷いた。
『冠羽……!
分かった……、行こう。』
『信じてるぜ……。雷神。』
空色の鬼は風袋のような膜に空気を溜め、走り出した。
朱色の鬼の、熱で緋色になった太刀のような角が迫る。
角に当たった雨粒が全て水蒸気となり、白煙の帯を生む。
躱す空色の鬼。ギリギリだった。
風袋から高圧の空気を噴射しながら、弾丸のように飛び回る。
朱色の鬼に何発も突きを放ち、爪で引っ掻くが、傷一つ付かない。
朱色の鬼は楽しそうに、咆哮混じりの笑い声を上げる。
ガッチリと捕らえて来る腕。
音速飛行であったにも関わらず、動きを封じられたのだ。
しかし、空色の鬼は確信を持って叫んだ。
『蒼っ、今だっー!!!!』
朱色の鬼達の背後。
いくつもの雷がうごめき、白い閃光を何度も放つ。
それは群青色の鬼の腕から発せられている。
雨粒までもがジグザクに走る閃光に変わる。
大地を抉る踏み込み。
そして下から突き上げる拳。
それが朱色の鬼の顎に当たった瞬間ー。
雷鳴が鳴り響いた。
辺りは目を焼くほどの白い光に包まれた。
***
空色の髪の少年鬼・冠羽は昔の友と繰り広げた激戦の記憶から我に返る。
彼は自分が妖術の霧によって守っている村の境にいた。
準備体操代わりに首を鳴らしながら、あーあと溜め息を吐く。
「何で今更思い出すのかね……。
ここは儂の村で、儂は強い。守るのに他の奴の手を借りる事なんざある訳ないのに。
今はもう……。」
カッと開眼し、子供の姿には似合わない鋭い眼光を放つ。
そして跳んで霧を破り、駆け出した。
(今日も儂は勝つ。
お前はもう必要ない。そうだろ、『雷神の相棒』……!)
冠羽の村を覆う霧の外側。
赤土色の髪を持つ体格の良い男の鬼・赭が辺りを散策している。その後ろを腰巻きだけ巻いた人間・変化前の獄鬼達が5匹程付いて歩く。
赭は額の一歩角に神経を集中させる。
「空気や水や自然物を利用した術と言えば青鬼の妖術……。
この霧の範囲の広さと、周辺に残った僅かな人間の匂いや痕跡の数を見るに、人間の集落を支配してるという事か……。」
赭の言葉に、獄鬼達は涎を拭きながらはしゃぐ。
「人間の?!そりゃいい!
仕事のついでに、おやつにありつけるって事ですね。ヘッヘッヘ!」
「……いや、それは暫く後になりそうだ。
お前達は離れて待機しろ……。分かりやすい無駄死にはさせたくない。」
赭は獄鬼達を背に身構える。
普段の穏やかそうな顔が強張り、冷たく重い眼差しで前方を見据える。
濃い霧の中から少年の鬼が現れる。
「へえ、赤鬼の人鬼にしちゃ賢いな。
だが、一つ見当違いがある。
ここに居るてめえらは全員生き残れねえって点だ。」
冠羽は殺気を放ちながら不敵に笑う。
赭は臆する事なく、落ち着いて話す。
「遊んでいる暇は無い。
赤鬼の長、元実様の為に今すぐここを開け渡せば良しとする。」
「おいおい、戦わずやり過ごそうってか?赤鬼様の人鬼にしちゃえらくビビリなワンちゃんだな?」
「それは元実様に邪魔立てする意思表示という解釈で宜しいか?」
「言い方が一々回りくどいんだよ、赤毛の犬っころよぉ?」
顎を向けて煽り続ける冠羽。
「……では仕方ない。
押し通るのみ!」
赭は青い炎に身を包んで変化する。
人間より3回りも大きな、一本角の赤鬼。
硬化した赤土色の皮膚は変化前の時よりも更に肉付きの良い立派な体だった。
襟首から鳳凰の尾のような長い触手が伸びて揺らめいている。
赭は手の爪先を向けて構える。
「貴様の首を献上するにも名前がいる。
貴様の名は?」
「儂か?『風神』ってやつさ……!」
冠羽は腕を一振りして風を起こす。
緑色の炎を纏って変化する。
細身で空色の皮膚を持つ鬼が、足を揃えて腕を組み側の木の上に立つ。
風袋のような半透明の膜を舞姫の衣のように揺らめかせている。
「最も献上するのは、てめえらの自身の首さ。
速達にして送り返してやるよ!儂の風でな!」
冠羽は風袋の入り口と両手を赭に向け、いきなり突風を起こす。
辺りの木や枝が激しくしなる。葉がむしれて、枝が折れて飛んで行く。
赭の獄鬼達も悲鳴を上げながら何処かに飛ばされる。
赭は体の均衡を崩し、その場に膝を突いた。
片腕で顔を覆って目を守る。
冠羽は暴風の中、大声で煽る。
「流石、赤鬼のドベみてえな図体じゃ飛んでいかねえようだな!!」
冠羽の蹴りが飛ぶ。
赭は足腰を踏ん張らせながら受ける。
赭と冠羽では冠羽の方が小柄で細い。
風を利用して飛び回るなら体重も軽いはずだ。
しかし、彼の飛び蹴りはどういう事か重い。
赭は両腕でその蹴りを受けたまま、押される。
地面に踏ん張った両足による、抉れた線が刻まれる。
(動いて組み付いてやりたいが、この風圧では直ぐに体勢を崩されてやられる!
空気を自在に圧縮する。これが奴の力か!)
木をなぎ倒し続け、やがて開けた草原に出る。
冠羽はそこで蹴りを止めて離れた。
「人鬼にしてはよく我慢したと言いたい所だが、ここなら思う存分暴れられる。覚悟しな!」
(この風に伝わる妖気の濃さは、お偉い方の人鬼って所か……。
問題はこの冷静さ……。戦い慣れしてるって点だ。)
「成る程……。先程の場所から離すのが目的か。
そんなに霧の中の人間達が大事か?」
赭は問いただす。皮肉ではなく真剣そうだった。
「儂を崇める大事な人間達だ。
時々儂を笑い者にして、ぞんざいに扱って、気安く触れてきて、大変不信心な、……どうしようも無くかわいい奴らさ。
力が弱くて何も出来ねえ癖にさ……。」
鬱陶しそうな言い方から、急に優しげにフッと笑う冠羽。
赭はそれを馬鹿にするでも無く、黙って聞いていた。
「貴様とそれに従う人間との関係性を我が主人が見たら何と言うだろうか……。
きっと可能性を見出すに違いない。」
赭は殺した人間の断末魔にうなされる陽光の姿を思い浮かべる。
「私は陽光様の慈悲に救われた。
しかし、慈悲が強き者に許された余興ならば、その余興は選び抜かれ精錬された血統、その長の血を引く御子の陽光様だけのもので良い。
私は陽光様が慈悲を行使出来るお立場を手に入れるようになるまで、非情を貫くのみ……。」
赭は襟首の触手を揺らめかせて手刀を構えた。




