破業の鬼・起の巻(7/8)
五暁院の中庭。
その池の向こう岸にある八角形の墳墓の地下。
そこに晶洞がある。
夜光が初めて百之助に会った場所である。
見た所洞窟ではあるが、群集した水晶の尖った結晶があちこちに見られ、天井から下に突き出た巨大な木の根や、細い滝が奥に見えた。
居るのは白装束の百之助。
それともう一人。後ろにはその側近らしき者が帯刀して控えている。
やや小柄で、冕冠(玉すだれの飾りがついた冠)を被り、裾の長い深紫色の直衣を纏っている。
百之助は恭しく跪き、頭を下げたままだ。
「いよいよか。百之助よ。
彼の者と共に悪鬼を祓い、無事に戻る事を願っている。」
「必ずや諸悪の根源を絶って参ります。それまで不便な思いを……。」
「それはもう良い。
お前達が出掛けている間、都に集まって来るであろう赤鬼の群を四天王を含む連合軍で一網打尽……。そして相手が読み通りこちらを裏切った時は、赤鬼の将を討つ。
全て私が許可した事だ。」
冕冠の人物は笑みを浮かべた後、悲しげに語り出す。
「17年間、私には何も出来なかった。
酒呑童子の変で将軍を失い、元々傀儡の存在だった地位も更に地に落ち、都から遠方に向かって散った武家達を引き留めて纏め上げる事も出来なかった。赤鬼達の蛮行や民達の悲観で満ちた、この世で……。
しかし、それも終わろうとしている……。
お前達には、苦労ばかりをかけたな……。」
「……勿体無きお言葉。天命に従い集った同志故に、成すべき事を成すのみで御座います。
『帝』。」
百之助は感慨深そうに言葉を噛み締め、更に深く頭を下げる。
この冕冠の人物こそが、この島国の建国の神々の血を引く天子・『帝』その人であった。
帝の居る内裏にはこの晶洞に繋がる隠し通路があり、彼は忍んでこの場所にやって来たのである。
晶洞は邪気を払う浄化の力で満ちており、内裏、及び都全体はそこから外に漏れた力に守られている。
つまりこの都は対魔の要塞でもあるのだ。
この自然の力を動力とした半永久的な自動防衛機関は、建国後の太古の時代から稼働しており、それを知る者は皇族とそれを守る選ばれた武士のみである。
「さて、そろそろ戻らねば。
最後に彼の者を見たい。」
「どうしても、でしょうか……?」
「そうだ。」
帝は頷く。
百之助は少し不安そうにしながら、後ろに目配せして合図する。
近くの鍾乳石の陰から夜光が現れる。
カムナは晶洞内の浄化の力で長く居られない為、院内にいる珠に預けている。
「さっき説明したように、視線は地面に、頭を低くしなさい。」
百之助は小声で言う。
「……わ、わかった。」
夜光は少し緊張気味だった。浄化の力の影響で少し怠そうだ。
「面を上げよ。顔も見ておきたい。」
「帝!それだけはなりませぬ。
それだけは棲み分けなくては……。」
帝は百之助を手の平で制し、黙らせる。
「良い。彼を受け入れたお前を信じておる。
さあ。」
「……。」
夜光はおずおずと顔を上げる。
帝は微笑んでいる。玉すだれの飾りと飾りの隙間から見える目や口元はとても穏やかだった。
(不思議な感じがする……。頭がスーッとして落ち着くような……。)
「ほお。片目は鬼の目だが、もう片方は人と全く変わらぬ。髪の色も。
きっと其方を産んだ人間の母君は美しい黒髪の婦人なのだろう。
人間の童のようで、酒呑童子の子だと言うのを忘れてしまうな……。
百之助、私の代わりに其方の血を与えよ。」
百之助は深く頭を下げる。
「はっ、勿体無き……。」
二人は伏せたまま目を合わせる。
「百之助、俺で良いのか……?」
「帝のご厚意だ……。深く謹んでお受けしなさい。」
二人は立ち上がり、向き合う。
百之助は小刀を取り出して手の平を切ろうとする。
しかし、夜光を見つめたまま止まった。
「夜光……、わかるかい?これは儀式だ。
君が角狩衆として民の為に戦い続ける事を、帝に誓うと言うね。」
「誓い?」
「固い約束だ。
君が悪しき心で裏切りや殺め事をする事があれば、私や帝は悲しむ。その時、君は償いをしなければならなくなる。」
「約束、守る。何かあれば俺の命をやる……。」
「……分かった。」
夜光は百之助に跪いて、手の平に口を近付ける。
百之助の手の平を杯に、彼が流した血を飲んだ。
彼の脳裏に様々な光景が流れ込む。
氷のような甲冑を着た白く長い髪の男が、血溜まりの上に膝を突いている。
髪と同じく目が白く濁り、唇さえも血の気を失って薄紫がかっている。
『お前が私を庇い死に、私が生き延びる時では無いと悟ったのだ……。
お前は並の戦士として死んで良い存在では無い……。
帝を支える武家に生まれた理由を知るのだ……。
そして他者を責めず、己を責めるその愛おしむべき甘さを持った訳も……。
全てはなるべくして定められている……。』
そして、肉を丸ごとえぐられた腹を抑えながら、険しい顔をほころばせて笑う。
『だからもう泣くな百之助……。次代の……源頼光よ。
帝を……頼んだ。』
白い髪が粒子となり、最後に鏡のような輝きを放つ鎧と、骨が残る。
身体の透けた少女が舞い降り、その骨を抱く。
「波綱っ、波綱ーっ!!」
若い青年は彼から託された大剣を胸に、闇夜に向かって泣き叫んだ。
(百之助の思い出か……?
百之助がこの間話してた。この波綱という奴を殺したのは俺の父親だって……。
大切な奴らの大切な誰かが俺の親父の仲間のせいで死んでいる……。
もう知らなかった時のようには出来ない……!俺が戦うんだ……!)
夜光は目を開けた。
そして、自ら帝や百之助に向かって地面に平伏した。
「では数刻後に会おう……。」
百之助は手を差し伸べる。
2人は一旦そこで別れた。
***
この晶洞は階層が下にいくつも存在し、中でも最深部には地底湖がある。
透明や紫や青の結晶が剣山のように壁から生え、湖は深くて底が見えない。
百之助は白装束を脱ぎ捨て、とある剣の鞘だけを持って、裸で底に潜る。
この水は冬の湖より冷たく、鍛え抜かれた者でないと最悪心の腑が止まって死ぬ。
底には輝きを放つ何かがあった。
巨大な氷の塊に見える水晶。それが青白く柔らかい光を放つ。
その中には少女が入っていた。
貫頭衣のような装束に蝶々結びの形に結った髪。この時代の人間に見えない。
百之助はその少女の前で合掌し、心の中で念じる。
『古よりこの地に眠りし晶洞の巫女・オミナよ……。
其方の力を借りねばならない、戦いの時が来た……。』
すると、中の少女と同じ少女が透けた身体で百之助の前に現れる。
少女・オミナは百之助の頬を撫でた。
彼女は太古より半死となって祈りを捧げる巫女だった。その祈りは浄化の力を調節する。
『やあ……。あまり会いに来れなくてすまない。』
『いいよ。
それより剣がいるんでしょ?』
水晶の側で何かが輝く。
岩盤に刺さった剣の柄が見える。
『百之助、声が聞こえたの。まだこっちにきちゃいけないって……あの人、波綱が。』
『大丈夫……。行こう。』
百之助は心を決め、柄を手に剣を引き抜く。
すると眩い光が水底全体を包み込んだ。両刃の刀身から光が溢れているのだ。
それを持ってきた鞘に収めてやると、日没直後のように光が消えた。
次に百之助は中階層へ向かう。
中階層には岩を削って作ったと思われる水槽があった。
鹿皮の袴や籠手・脛当てで軽武装に着替えて待つ。
水槽の周りには追儺面で顔を隠し、狩衣を纏った作業員が数十人で太い縄を引く。何かを引き上げているようだ。
卜部の人間や木次郎の姿もある。
水槽の周りの木の柱に取り付けられた滑車が周り、水上に巨大な鉄の籠が上がる。
籠内には甲冑の一式が鎮座していた。
水の中にあったにも関わらず、錆一つ無い。
作業員の力を借り、装着する百之助。
「5日浸け込んで退魔の効果時間は丸1日、2日って所だ……。もっと強くしてやりたい所だったが、それ以上浸けると着てるお前まで粉になっちまう。隠岐のようにしたく無いんでな。悪く思うなよ。」
「分かっています、木次郎様。」
「富士の平善師匠から預かった留め具や装飾部品も全部点検完了ですー。テリや硬度もいい塩梅ですー。」
鉱童と思われるずんぐりむっくりの女が金槌を手に報告する。
「高濃度障石の浄化実験完了。邪気の浄化作用に問題ありません。戦闘範囲の規定を満たしています。」
その他、別の隊員からも点検完了の報告を受ける。
「行こう……。クシナダ……。」
百之助は兜を被った。
それと同時に、霊体で付いてきたオミナが体に宿り、全身が青白く発光し始めた。
***
都の門外。
草が風そよぐ。
角狩衆の綱隊、貞光隊、卜部隊、全ての人員がそこに集まっている。金時隊は隊員の半分が枯皮砦からこちらに戻されている。
彼らは何かを待っている。
夜光は交渉に向かう隊の珠、八重、いろは、三ツ葉と一緒に固まっていた。
風が止み、鈴の音と蹄の音が近付いて来る。
「クシナダの鎧……。到着なされたか……。」
いろはが呟く。
夜光は振り返る。
門の方から白馬が駆けてやって来る。
馬は隊を見渡せる丘の上で止まる。
同じく馬で並走していた木次郎は少し離れた場所から見守る。
魔除けの鈴飾りを付けた純白の馬。
そこに跨るのは、氷のような半透明な材質に鏡のような反射光を放つ甲冑を全身に纏った百之助だった。
彼の周りには冷気に似た細かい粒子が漂っている。
クシナダの鎧。
それは富士の洞窟にある解けない硬い氷を素材とし、浄化の力を放つ魔力を秘めた甲冑であった。
このような特殊な甲冑の制作は、妖や仙人に近い鉱童達の鍛造技術が可能にさせた。
装飾は古代の異国を思わせる紋様が彫られ、兜には平らな鹿の角を模った角飾りが目立ち、外套は天蚕の絹を織って作られている。この変わった意匠も鉱童の出身地である西の大陸の影響を受けていると思われる。それに対し、みずら型の布飾りや鈴や玉飾りなどの日本的な意匠も見られる。
武器も鎧と似た意匠の紋様で飾られた長い剣であった。
百之助は声を張って話す。穏やかさの中に強さが滲む、はっきりとした声だ。
「集まってくれた事に感謝する!
だが、出発の前に私は問いたい。君達は何故ここに立つのか?
武家のもので無い者いれば、生きる為に止むを得ずこの道を選んだ者もいるだろう。
また、私達はどのような功績を上げようとも一個人の名が残ることは無い。神仏の為、帝の為、人々の為にその命を捧げたからだ。
それでも尚、何故私達は凶暴な鬼達の大軍に立ち向かうのか?
それは私達が勇気ある者、真の武士であるからだ!
武士と名乗り力を持っていながら、鬼を怖がり一時凌ぎの安息の地へ逃げていった者達とは違う。
戦って取り戻さねばならない平和ならと、自ら名乗りを上げてここに集ったその何よりも誠実な心。
巨大な力と体を前にして、臆せず暁色の刀を持って立ち向かうその不屈の魂。
それを持って、怯える民達に光を与え、安息の笑みを取り返す。
その高潔さ、勇ましさを誇らずして何とする?!
私は誇りに思う。そんな君達と出会い、共に戦い、その命の重みを背負えた事を……。
神も仏もそんな君達にご慈悲を与えて下さろう。
時は来た!帝を、都を、民を、救え!
勝利は我らにあり!」
百之助は外套をはためかせ、剣を抜いた。
その輝く刀身を太陽にかざす。
それに感化され、その場にいた者は全員武器を掲げ、鬨の声を上げた。
(俺も、頑張るんだ……!)
夜光は黒い鬼に変化する。
そして共に叫んだ。
<おまけ・クシナダの鎧デザイン画>
『帝』
・日本に似たこの島国の中で建国の神々の血を引くと言われている皇族。
酒呑童子の変があった時はまだ10歳にも満たなかった。
争い事を好まない、穏やかで純粋な心の持ち主。
しかし、政治では権力者達や時代の勝利者の元で、権力を示す所有物として扱われている。
『オミナ』
・五暁院の墳墓の下にある晶洞の最深部にある地底湖に眠っている少女。
通称・晶洞の巫女と呼ばれている。
古代に鬼の襲撃を防ぐ為、浄化の力を操る為の人柱となった巫女だと言われている。
太古の呪術によって仮死しているが、祈りで洞窟の自動浄化システムを調整したり、幽体として移動したり、生きてる人間に憑依したり出来る。
退魔の武器・防具であるクシナダの鎧とスサノオの剣と魂が繋がっており、帝の許可か彼女が認めた人物にしか力を貸さない。
また巫女と魂を深く繋ぐ為、夫婦の誓いを立てる決まりがあり、長い時の中で何人もの夫の生き死を見守って来た。




