破業の鬼・起の巻(6/8)
百之助が夜光を招いて数日後ー。
都の郊外。
荷台を押したり、家畜を連れたりして、大荷物で道行く人々。鬼の被害でいつもは空いているのが、今日はかなり多い。
それも行商人など流通目的の人々ではなく、農民や貧しそうな身なりの人々だ。
都の門がある方に目をやると、田畑を何十周も出来そうな長さの行列が見える。
行列は門のある外堀付近まで続いている。
橋の手前では卜部隊の者達が鬼や妖が紛れていないか取り調べを行なっている。
「検査が終わったら立ち止まらないで!」
「大通りを役人のいる奥まで進んで!後ろにもまだ人がいます!」
夜光が数日前に来た時よりも、何倍もの人数を相手にしている為、非常に慌ただしくしている。
卜部隊の統率者である斗貴次郎までもが現場に駆り出されている。
「追加の朱紙持ってきました!
状況は?」
「今の所、化けた妖術鬼はいません。
ただ、全員入れるのが間に合えば良いのですが……。やはりこれだけの人数を収容した後の問題も……。」
「この辺一帯の村人全員と、鬼によって居場所を失った人もですからね……。
後の事は収めてから考えるしかありません。衛兵や大臣達の対応を信じましょう。」
武装した門兵が叫ぶ。
「本来なら許可なしにお前らなど中に入れぬが、帝の勅令を賜っている故、仕方がない!
だが、少しでも何かしたら外に叩き出すからな!」
***
五暁院。
百之助は廊下を移動しながら伝令と話をしている。
「……そうか、何とか民を収容できそうか。」
「でも2日以上居させるのはキツいと思います……。」
「なんとか短期で決着を付ける……。」
伝令は届いたばかりの文を渡す。
「元々、帝側に付いていた武家に加えて、協力してくれた大名から借りた兵を合わせてやっと9対1か……。
それでもありがたい。人員を増やす努力はしたが、結局各地方に侍らせる程は集められなかったからな。」
「その代わりこちらの兵器の製法が知りたいと。」
「やっぱりそう来たか。
建前は神仏の力を借りて戦う聖職者だ。人を殺すのに使わせる訳にはいかない。
代わりの品をできる限り渡そう。
筑紫や飛騨方面の大名達は?」
「返事がありません。」
「このような時の為に前々から交渉してはいたが、駄目か……。
この島国の末端まで逃げた所で、一時は良くてもいずれは赤鬼が勢力を広げて侵略されると言うのに……。」
前方から夜光が現れる。その後ろにくっついて歩く珠。
「百之助……。
俺も何か手伝うか?」
「わ、わらわも……!」
「いや、珠姫と休んでいてくれ。
休んで本番に備えるのも立派な仕事だぞ。」
「なら百之助も休め。一昨日から眠そうだ。」
「実は楽しみで眠れないんだ。ははは。」
百之助は頭を掻いて笑う。
笑顔や冗談を忘れないようにしているが、目元や声のハリから疲れが伝わる。
「……まあ、肝心な所でぶっ倒れるなよ。」
カムナは夜光の行動に猛反対だった数日前の面影は無く、燃え尽きたように静かだった。
「カムナも有難う。
そうだな。強いて言うなら妹の世話をきちんとしてあげる事だ。本当は八重が世話役なんだが、今戦いに備えて禊をしてるから頼めないしね。」
「世話……。」
夜光は珠を横目で見る。
「遊んでやれば良いんだよ。人間の長男達は皆そう言う仕事をこなして来てるんだ。」
「……分かった。行くぞ珠。」
「怪我しないようにねー。
……彼の素直さに報いらなければ。」
百之助は疲れを追い払うように目頭を押さえる。
夜。
頼光の控え所にて、頼光四天王との間で出発前最後の会合が行われていた。
頭を突き合わし、床の上の紙を覗き込む百之助、木次郎、射貫、斗貴次郎、宮比達。
「で、これが作戦の最終決定か……。
短時間だったとは言え、ちょっと無茶じゃねえか?」
射貫が盃に口を着ける。酒は飲んでいても既に戦装束を纏い、真剣な顔付だった。
「射貫が弱気なのは珍しいな?」
「俺の持ち場の話じゃねえ。モモ、お前だよ……。」
射貫は百之助をジッと睨む。
同時に斗貴次郎も手を小さく上げて、辿々しく話す。
「僕も今回だけは射貫に賛成です……。
やっぱり交渉に向かう組にもう少し人をやった方が……。」
「いや、奴ら真の狙いは『都』だよ。寧ろ留守番する組の戦力が心配な位だ。」
「しかし、夜光さんが味方になったとは言え、元実側は不明な点も多いです……。」
「だから俺も行くさ。百之助と同じ酒呑童子の変の生き残りだしな。きっと、あの時を生き延びた経験と悪運の強さが役に立つ。」
木次郎は心配そうな斗貴次郎の肩に手を置く。
「その割に私は連れて行ってはくれぬのかい?私もあの時の生き残りだが。」
宮比が聞く。艶っぽいが不満そうな言い方だ。
「宮比は鷹(情報)の管理もあるからね。それに、君の戦法は守りに向いている。」
「あい分かった。」
「兎に角、交渉組の戦いは私が全部責任を持つ。
留守番組の君達は帝と人々を守る事だけに集中してくれ。
ほら鬼の事だ。頼光の私が大勢連れて現れたらきっと大笑いされるだろう。」
百之助は笑みを見せる。
その笑みが部下を安心させる為に作ったものだと、誰もが気が付いていた。それ故にそれ以上何も言えなかった。
会合の後。控え所には百之助と射貫だけが残った。
射貫は机仕事を続ける百之助を睨み付ける。
「モモ、話がある。」
「すまん。まだやることがある。
お前は酒飲んで寝るんだ。って、もう一升も飲んでるか。」
射貫は怒りの形相で手に握っていた文を床に叩き付ける。
そして、手酌で酒を乱暴に注ぎ、百之助の胸に盃を突き出した。
「百之助。一杯やれ。」
冗談ではなく、真面目だった。
「戦いが終わったら祝杯をやる。」
軽く流す百之助。
「いいからやれ……!」
「冗談やってる場合じゃないだろ?綱隊の柴本射貫。」
百之助は手を止めて少し怪訝そうな顔になる。
「冗談はお前だろ!
もしお前が死んだら、俺が頼光をやれって?
一人で考え過ぎて頭おかしくなってんじゃねえか?
だからさっさと飲んで寝ろ……!」
射貫は床の文を見下ろす。
百之助が送った指令だった。
百之助は表情を曇らせる。顔の疲れがより浮き彫りになるが、眼力だけは強かった。
「丁度いい……。最後に強い者と手合わせしておきたかったんだ。
射貫、表に出ろ。」
控え所の隣の庭。
射貫は三叉槍の石突きを地面に突き、ゆったりと構えている
対する百之助は長めの朱刀を上段で構える。
狩衣にたすき掛けし、袖が邪魔になら無いようにしている。
「鬼を殺す時のお前で来い。射貫。」
「眠面かいてる奴にマジになるかよ……。」
睨み合いの末、百之助から動く。
上段からの袈裟斬り。
射貫は真っ向から横一文字にして受ける。
そのまま硬直状態になった。
「この命を、頼光の役を預かった身である限り、これが私の運命だ。
……それくらいでいかなきゃ。
あの波綱様が命を懸けても、奴を倒せなかったんだ。
あの人の足元にも及ばない俺なんか尚更、俺なんかの命張ったくらいじゃ足りないんだよ……!
既に、俺の対応不足で兼十は死にそうになった……。
失敗は許されない……やれる事全部、全部最後の最後までやり切る……、だが、それでもまだまだ……!」
百之助はそのまま力任せに射貫を斬り伏せようとする。
彼の目には酒呑童子の変の記憶が映し出されていた。
腹に大穴が空いた隠岐波綱。白く濁った瞳が百之助を見つめ、彼の剣を百之助の手に置く。
その手の赤さ。
縦一文字にして刃の方向を横に逸らす射貫。
外されて離れた後も、瞬時に立て直して何度も重い一撃を打つ百之助。斜め、横、下段、どの方向の斬撃も早かった。
射貫は仰け反るが、防御に回るだけだ。
「馬鹿にしているのか、射貫っ!!」
「収めな。そんな刃、受けたかねえんだよ……。」
射貫は攻めない。ただ噛み締めるにそう言う。
「お前が羨ましいよ……。酒飲んで、思った事だけを真っ直ぐ行動して。昔からそうだ!勢いと勘だけで何とか出来る。
でもな、俺はお前と違うんだよっ!」
百之助は震える手で打つ。
「肝心な所で恐怖に心が乱れる!
それで波綱様の身代わりに死ぬ事さえ出来なかった!
だからその弱さに負けない為に、全部の備えをしなきゃ駄目なんだよ……!二度と繰り返してはならないんだ……、あんな事!」
一頻り叫んだ後、百之助は我に返って朱刀を収める。
射貫が心労の百之助をわざわざ激昂させた意味が分かったからだ。
百之助達は控え所に戻った。
「スッキリしたか?
……今更一人で抱え込むな。大事な時だからこそ。
ここが酒呑童子の変で一回壊滅しかけてから復興までに危ない橋だって、少ない知恵を互いに出し合って何度も渡って何とかここまで来たじゃねえか。生き残った俺達で……。
俺達じゃお前の背負った重荷全部なんて足りない位かもしれねえ。
それでもな、お前の休む時間ぐらい背負わせてくれよ……。
そんな顔じゃ鬼に笑われちまうぜ?」
射貫はフッと悲しげに笑った。
「ありがとう、射貫。少し眠る……。」
百之助は盃を受け取る。友を案ずる旧友の顔が映っていた。
射貫は背中を向けたまま声を掛ける。
「祝杯楽しみにしてるぜ……。百之助。」
「……ああ。」
***
同じ五暁院・卜部隊の研究所。
木次郎は机の上で乳鉢と乳棒を使って水晶の粉末を混ぜている。
斗貴次郎はその後ろで、資料や草子の整理をしている。
資料には魔除け札の模様である様々な曼荼羅が描かれている。どの模様が札にした時にどんな効果になるか、全部知り尽くしているのは斗貴次郎だけである。
斗貴次郎は心配そうに木次郎に顔を向ける。
「お爺様……。今回の役、僕がやって良いんでしょうか……。」
「どうして?」
木次郎は作業したまま聞き返す。
「僕は天津城の戦いで気が付いたんです。僕が卜部の上に立つ資格はないと……。
僕の判断力の甘さから隊や角狩衆そのものを危険に晒す所だった。」
「それで良かったんだよ。
元々失敗も含め現場の空気を感じて組織や責任について学んで欲しくて行かせたんだ。
最終判断は他の奴に任してたし、始めからお前が全部出来ると思って行かせた訳じゃねえ。」
「だったら尚更、僕に卜部の指揮なんて……。」
「いや俺もさ、天津も今回の戦もジジイの七光りで孫を過信して任せた訳じゃねえ。
卜部の中ではお前が一番、鬼の生態や魔除け札の構造に詳しいし頭の回転も早い。予想外が起こった時、迅速に対応策を思い付けるのもお前だと百之助達と判断した。
周りの話をよく聞いて相談しろ。それも出来てるなら問題ない。」
「はい……。」
斗貴次郎は木次郎の横に座る。
「おじいちゃ、いやお爺様……。
生きて……、いやご武運を……。」
木次郎は斗貴次郎が肉親を失いたくない幼い心を抑えているのを察し、向き合って肩に手をやった。
「ジジイってのはな、孫の為なら地獄からでも這い上がれるもんなんだ。
お前が誰の補助も要らず卜部を務められるようになるまで長生きするさ。」
祖父の温かい笑みに、斗貴次郎は勝利を固く誓った。
***
五暁院・鷹小屋。
文を運ぶ鷹を飼育する二階建ての縦細い小屋。
その一階。蝋燭の灯りしかない暗い8畳間程の部屋。
前髪の長い男・三ツ葉が正座している。
黒い装束の上着を全て脱ぎ去っており、細く引き締まった背中や腕のあちこちに古い斬り傷や噛み傷が見えた。
その直ぐ後ろには宮比が座っており、三ツ葉の背中の真新しい傷に薬草を塗っていた。
「ぅっ……。」
三ツ葉は僅かに呻く。表情は髪のせいで分からない。
宮比は呻き声をもっと上げさせるかのように、艶かしく指や爪先を滑らせる。
「羨ましいな……。元実らと直接戦えるなど……。」
「……申し訳御座いません。私めにこの様な大事な任
を……、っ……!」
三ツ葉は妙な気を起こす事無く丁寧に接する。
「一緒に行く八重にも言えるが、楽しむと良い。
復讐の情念を……。」
笑みを浮かべた宮比の口紅を灯りが照りつけ、艶っぽく見せる。
その唇が三ツ葉のへの字口を塞ぐ。
三ツ葉は身動ぎ一つせず、彼女の抱擁に身を任せている。前髪の隙間から見える瞳は恐ろしく無感情の色だった。
<おまけ>
百之助が机の横で横になった後、夜光がやって来る。珠をおんぶしている。
「百之助……。休まないでずっと働いてるから、夜食作った。」
「お、握り飯か。
どれ……、うっっ!?」
射貫が摘み食いしたその食べ物の食感は特筆しがたい物だった。
念入りにしっかりと握られたそれは、現代で例えるなら『消しゴム』だった。




