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夜行鬼  作者: 参望
7話/破業の鬼・起の巻
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破業の鬼・起の巻(5/8)

 再び百之助の控え所。


 「以上が枯皮からの報告だ。」

 「それから兼十は大丈夫なのか?」

 夜光は心配そうに尋ねる。百之助は目を逸らしながら頷く。

 「……ああ。」


 「言わんこっちゃねえ……。」

 ボヤくカムナ。

 「成程。同時進行で綱殿の方が向かわれた西の国を滅ぼしたのも自分達の圧倒的な力を見せ付ける為か。

 金時殿を殺さなかったのもそれか。」

 冷静に分析するいろは。夜光達とは離れて座っている。


 「それでも姫を本当に返して貰いたいという、交渉の意思は一応あると思う。現に、交渉に応じる旨を伝えたら約束通り進軍を止めたからね。

 だが、うちの戦士達の心を折るような真似はすべきでは無かったな。……後に後悔するだろう。」

 百之助は静かな怒りによって膝の上で拳を作っている。しかし、対応不足だったと言う自責の方が強いのか遣る瀬無い表情をしていた。


 「さて、ここまでに何人死んだかな?国一個とその他多数……。」

 いろはは珠に視線を送る。いつのもの皮肉混じりの笑みを浮かべているが、眼差しが冷たい。

 八重は顔をしかめるが、あえていろはを止めない。


 珠は悲しげに俯いているが、擁護を求めず黙って聞いていた。

 (赤鐘達が……。わらわを追って人間を沢山……。)


 「で、どうする気だよ?アホみたいな数と力差で脅された上に、大将がヘコヘコ頭下げて姫をおてて繋いで連れて行くのか?完全に奴らに舐められてるぜ。」

 

 「色々考えたが、ここは奴らの誘いに乗ろうかと考えている。」

 

 そこにいた一同は一斉に百之助を見て声を上げる。

 無表情なままなのは夜光だけだった。


 「おいおいおい!こんなの罠だって夜光でも分かるぜ?

『大事な姫を連れて来てありがとう。お礼に死ね!』ってな。」

 「カムナ、馬鹿にしてる……?」

 夜光がムッとする。


 「まあ罠を見越した作戦については今話を進めて調整している所だからそれは後で。

 遅かれ早かれ、いずれはこう言う日が来ると言うのは分かっていた事だ。」


 百之助は姿勢を正し、夜光を見据える。


 「そこで夜光。君に頼みがある。

 赤鬼の長・元実との交渉に一緒に参加して欲しい。

 交渉決裂となったその時、戦いになるのは必然。

 君の妹を守り、共に元実達を倒すんだ。」

 「元実……。」

 「珠姫から聞いた。君の父上の兄弟だとね。抵抗はあると思うが……。」


 話を進める中、珠が足を崩して俯いた。

 異変に気付いた八重が近くに寄って背中を摩る。

 「珠ちゃん大丈夫?」

 「ちょっと、気持ち悪い……。」

 「少し隣の庭で空気を吸うといい。あまり遠くには行かないように。」

 百之助は八重に目配せする。いろはには待機を命じる。




 控え所の横にある小さな中庭。

 その花木を見て歩く珠。八重は縁側の方で様子を見てる。

 「……八重ねえ。

 わらわは、元の城に戻されちゃうの?会えなくなっちゃうの?」

 呟く珠。心労による目眩と吐き気を堪えている。

 具合が悪くなったのも、自分がどうなるのかという不安と、自分も鬼である為に鬼の悪事を聞いて肩身が狭くなっている事が原因だった。

 「分からないわ……。もし赤鬼達が約束を守らなかったら珠ちゃんを渡さないけど、守るならこちらも義理を通さないといけない……。」

 八重は当たり障りの無い回答をする。言い方は優しく心掛けているが、最初に出会った時よりも壁を作っている感じだった。

 「城を出てから、鬼の姫として縛られていた時よりもずっと楽しかったんだ。雛菊や八重ねえ、色んな人間と仲良くなれたから。

 離れたく無いよ……。」


 珠は温かさを求めて八重に擦り寄ろうとしたが、八重の悲しげな表情に何処か距離を感じて止めた。


 「きゃっ!」

 庭の奥で少女の声がした。


 行ってみると、柳の木の茂みに誰かが倒れていた。

 紫の打掛と長い黒髪が美しい、高貴な雰囲気の少女だった。


 「……転んだの?大丈夫?」

 珠は笑顔で手を差し伸べる。 

 「……。」

 少女は虚ろな目で珠を見つめる。

 そして重い表情のまま、口元だけ笑みを作った。

 珠も微笑み返す。

 握手する異種族同士の童女。

 

 この時、珠は鬼故にある違和感を感じ取っていたのだが、幼さ故に人間と仲良くする言い付けを優先してそれを無視した。


 「姫様ー!こっちは駄目ですー!」

 侍女らしき女が慌てて駆けて来る。

 「姫?もしかしてこの子、例の西の国の……。」

 「左様で御座います。ご用の後、付き添いの私を避けるように駆けて行かれて……。」


 「うぁあっ!」

 声が聞こえ、八重は視線を珠の方に戻す。

 同時に侍女が悲鳴を上げた。


 西の国の姫は珠に馬乗りになって首を締めていた。

 

 「……死ね、死ね、死ね、死ね!

 父様と母様の元に行く前に、お前を阿鼻地獄へ突き落としてやる!」


 悍ましく据わった目。

 泥沼のような瞳の色が珠の脳裏に焼き付く。

 「や、止めてっ!」

 珠は我慢していたが、いよいよ限界になって姫を押した。

 飛ばされて仰向けに倒れる姫。

 (しまった!傷つけちゃいけないのに!)

 珠は軽く押したつもりなのだが、鬼故に力加減が上手くいかなかったようだ。

 

 姫は止めに入った八重に支えられながら立ち上がる。

 目を血走らせ、歯を剥き出しにしている。

 「みよ、鬼は皆そうだ!その邪な力で私も喰らう気だろう?!

 私の母様を食ったように!」

 「っ!!」

 珠は息を飲んだ。


 「赤鬼達が西の国を滅ぼした時、餓鬼が母君様の亡骸を無惨にも……。」

 侍女が言いにくそうに付け加える。


 「何事だ?」

 悲鳴を聞いて、百之助達が縁側に出て来る。


 八重が姫を羽交い締めにして抑える。

 「駄目よ、落ち着いて!」

 「離せ、離せぇ!

 角狩なら直ぐにこいつを殺せ!その赤い刀で顔を刻んで醜い火脹れにしてやるのだ!」

 姫は涙を振り撒きながら、声が枯れる程叫ぶ。


 夜光は縁側を降りて、ゆっくり近寄る。

 「悪かった……。」

 珠を庇って姫の前にしゃがんだ。軽く頭を下げている。


 「……そいつは悪い事してない。それでもムカつくなら代わりに俺を殴っていい。」

 姫は近くにあった石で夜光の額を殴る。

 夜光は流れるが血が目に入るのを気に止めず、頭を下げたままだった。 

 姫は夜光を何度も何度も殴った。

 「……そぅっ、皆を返せぇっ!!」

 やがて震える手から石を落とし、地面に手を叩き付けて泣き崩れた。

 

 「……兄上。」

 「気にするな……。昔から慣れてる。」


 夜光の胸にぶら下がったカムナが静かに顎を開く。

 「鬼が人間と仲良く、なんて寝言その物だ……。

 ……種族ぐるみで深過ぎるんだ。『業』がよ。

 覚えとくんだぞ、珠……。」


 珠は仰向けのまま起きれなかった。兄の背中を見つめている。

 八重もまた、そのやり取りを黙って聞いていた。


 百之助は頃合いを見て、一同に呼びかける。

 「全員私の所へ来なさい……。西の姫も、珠姫も。

 丁度いい機会だ。」




 一同は再び控え所に戻った。西の姫も隅で同席している。

 「知っての通り、角を狩る者として集った我々の中には、鬼と何かしらの因縁がある者もいる。

 私もその一人だ。」

 縁側の方の簾を上げており、外の景色が見える。

 百之助は外に顔を向けて語り出す。


 「あれは私が、10歳の頃だったか。

 代々朝廷から信頼の厚かった武家に生まれ、普通の武士の子供と同じく、父の後を継ぐ為武芸を磨き、ただ真面目に暮らしていた。

 一族が鬼に滅ぼされるまでね。

 

 虐殺した犯人は人鬼になってしまった私の叔父だった

 大江曽山方面に遠征に出た際、彼らに捕えられ、鬼にさせられてしまったらしい。

 当時はまだ赤鬼の進行も緩やかで、餓鬼や獄鬼と言った鬼兵も存在せず、鬼に対する脅威がまだ薄くてね。対魔用の武器無しに成すすべも無く、父も母も、兄弟達も皆死んだ。」


 「それで、悲劇の主人公気取りか?」

 カムナが皮肉る。百之助は困ったように笑う。

 「ははは。よくある話かもね。」


 「その後、大事な地位でありながら鬼を出してしまった罪は重く、一族は滅んだ事になり、唯一生き残った私は天涯孤独となった。

 

 だが不幸中の幸いか、この角狩衆に拾われたんだ。

 先代の源頼光、隠岐波綱(おきなみつな)様によって……。


 波綱様は聡明な方だった。礼儀作法は立派で、公家の出身でありながら柔軟な考え方も出来き、その上でどんな鬼や妖、怨霊にも負けない技と心の強さを兼ね備えていた。

 この世に二人といない素晴らしい棟梁だったよ。

 私は波綱様の恩に報いる為、懸命に働いた。


 だが、そんな彼でさえも『酒呑童子の変』で命を落とした……。」


 『酒呑童子の変』は夜光が誕生した少し後に起こった重大事件である。


 「都に酒呑童子が単独で攻め入り、多くの守り手達を殺め、血の海に変えた。

 人間では為す術もない絶望の中、波綱様は奴に立ち向かい退け、都を守り通した。

 自分の命を捧げる事でね……。


 私は赤鬼によって大切な人達を二度失ったんだ……。」


 「酒呑、童子……。」

 夜光はその名前を聞いて顔を歪める。自分の父親の事であり、それが百之助の恩人を殺した。

 彼は身が裂かれるような気分になった。


 「けっ!それで、コイツが甘ちゃんなのを知って、責任を感じさせて仲間に入れようって腹か?」

 我慢して黙っていたカムナが顎を開く。


 「それは決して違う。

 問題は私の悲しみなどでは無い。

 私と同じように、いやそれ以上に赤鬼に悲しんでいる者や苦しんでいる者がいると言う今の世、そのものだ。」

 珠と西の姫は俯く。


 「そしてその中には夜光も含まれている。君もその鬼の親によって苦しんでいるのだから。

 だから、終わらせたいんだ……。この戦いを。」

 夜光は百之助と目を合わせる。鬼による犠牲者と言ってくれたのは彼が初めてだったからだ。


 「それに、私達だけでどうにかなるなら君は巻き込まなかった。

 だがどんな手段でも使わないと勝てない戦いなら、子供に同族殺しを頼む偽善者と言われようが、私は君に頭を下げ続けるしかない。

 勿論、私も命を尽くす。それでも、確実に止めるには鬼を翻弄する君の優れた力も必要なんだ。」

 

 百之助は夜光と向き合い、床に伏すように頭を下げる。

 八重も慌てて同じように頭を下げようとするが、百之助は手の平を突き出して、それを制する。


 「拒否権は……?」

 カムナは怪訝そうに尋ねる。

 「ある。

 だが、約束の刻のギリギリまで君に頭を下げ続けるつもりだ。条件があるならそれにも応じる。」


 夜光は無表情で床の百之助の前にしゃがむ。

 そして、肩に手を置いてに微笑んだ。


 「手伝う。前から決めてた……。

 ずっと探してた。俺を受け入れてくれる場所を。」

  

 「夜光!?お前……。」

 カムナは少し悲しげな声を出して、そのまま黙ってしまった。


 「ありがとう……。」

 百之助は噛み締めるように目を閉じた。




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