破業の鬼・起の巻(4/8)
昨日、射貫が西の国に到着した時と同じ頃。
大江曽山の遥か南に位置する、枯皮砦。
角狩衆が都を防衛する為に構えた重要拠点の一つである。
五角形の形をしており、魔除け感知の風車や、大型弩砲などが設置されている。
北門の物見台では。
金時隊の一人が門の前にいる人物を睨み付ける。
北門のやぐらは隊員が横に並んで、弩を構えていた。
警戒する彼らの目線の先。
そこに立っていたのは市女笠の女だった。
紅色の着物と、薄い垂れ衣越しに見える口紅が色っぽい。
「お願いです……。水を一杯頂けませんか?」
旅用の杖を手に、いじらしくよなよなとその場に座り込む。
この砦から北に向かう山道を通る行商人や旅人はほぼいない。この先は道が険しく、鬼が多く出没する。
女一人で旅出来るような場所では無い。
「駄目だ、引き返しな。ここは旅人を休ませていい場所じゃねえ。」
隊員は色香に油断する事なく、険しい顔のまま言い放つ。
女はよよよと袖で顔を隠して泣き始める。
「臭い演技は止めろ!風車が動かぬ証拠さ。」
砦中に飾られた五色の風車。それが邪気を感じてカラカラと回っていた。
女は顔を上げて、スッと立ち上がる。
男の声になっていた。
「あれあれ?
あなた達は人間を助けるのも仕事なんですよね?
なんて言ったって、神仏の力を借りてる聖職者でもあるのだから。そのお札だって念仏や祈祷の力が注がれてるんでしょう?
なのに、困ってる人を追い返すんですかー?」
「どの口が言う!鬼めぇ!」
「うーん、流石にばれましたか。
一応先前線で戦ってるだけあります……、ね!!!」
怪しい女は市女笠を投げ、着物を脱ぎ捨て、走り出した。
着物の下の姿ー。
植物模様が描かれた黒い麻の着物を着、短い赤髪を後ろでまとめた好青年。
しかし、額に角が一本。
元実の人鬼、赤鐘だった。
矢を一斉に撃つ隊員達。
赤鐘は朱矢を全てかわし、門の壁を跳んで駆け上がる。
「速い!」
「だが恐らく人鬼だ!対・天鬼用の札を破れる訳が無い!」
「お前達!今すぐ門の下で構えてろ!」
隊員の背後からだ。
強靭な筋肉から風圧を発しながら走って来る、虚無僧笠を被った巨漢。
金時隊の隊長・兼十である。
「兼十様?!」
「まあ、普通の天鬼の犬(人鬼)ならあれですが、『あのお方』の犬ですから。私は。」
赤鐘の体ががバラけて龍の鱗のようになる。
その片鱗が粒子となって結界を通り抜けた。
「何だと!?」
赤鐘はやぐらに居る隊員達を次から次へと投げて回る。
鍛え抜かれた筋肉のお陰で体重が重く、実戦経験も豊富な金時隊。それを物ともせず、素早く巴投げを放つ。
巨体が地面に叩き付けられる音が響く。
その一騎当千の勢いのまま、門内に跳び下りる。
だが、その下から鉄の塊が突き上げて来る。
岩盤のような大きさ・分厚さ・重量感。兼十の鉞だ。
「そこまでだっ!!!!」
兼十は怒号を放ち、斬り上げる。
砂埃が舞い上がる。突風のような風圧でやぐらや門が軋む。
着物の襟が指先程度に切れる。
「わわっ。」
赤鐘はワザと驚いたような声を上げ、風圧に巻き込まれる事なく回避した。
懐に入り込む赤鐘。振り上げた武器を投げ捨てる兼十。
10秒足らずで数通りもの読み合い合戦が展開された結果、正面で組み合う二人。
ターンっと二つの手の平から身体中に響く激突音。
兼十の筋肉が最大限まで収縮し、筋が浮き上がる。
「ぅおおおおおおぉっっっっっー!!!!」
人間でありながら野良鬼と同じ体格の兼十。それに対し、枯れ木のような赤鐘。
だが、兼十は投げ飛ばせない。
「な……!コイツ細いのに、兼十様が動けない!?」
手の平から伝わる、小数点以下の速さで変わる体の微妙な動き。それを兼十も感じ取って動きを変えている。
兼十の熟練度なら、腕力が五分と五分でも相手の力をいなす事が出来る。問題なのはそれのみに止まらず、その後の手が絶えず変わって読めない事だ。
その状態は隊員逹には力比べの硬直状態にしか見えていない。
(コイツ、夜光が倒した天鬼よりも上手だ……!
鳳凰札を突き破れる辺り、上級の天鬼が従える人鬼か!)
続く読み合いの中、赤鐘がにっこりと笑う。
「話の出来そうな人からやって来てくれて助かります!」
「貴様の目的は!?」
虚無僧笠の覗き穴から、目で圧を送る兼十。
「まあまあ、先ずはご挨拶を。
全赤鬼の族長であり、非常に貴い身分の天鬼であらせられます、元実様のお側に仕えております。
私、赤鐘と申します。」
「……!」
(元実だと?!酒呑童子と並んで親玉だと目星が付いてる天鬼……。)
「その我が主から、貴方の主人に繋いで頂きたい案件です。
『停戦』のね。」
「……鬼は冗談が下手らしいな!」
「大真面目ですよ。元実様は戯言が嫌いですから。
お宅にウチの可愛いお姫様がそちらにお邪魔してるのは大体分かってます。
ちょっと連れて来て頂けますかね?
其方の大将・頼光さんの手で。
代わりに各地への進軍を止めてあげます。」
「なに?!」
「勿論、我が主も自ら出向いて交渉を行います。こんなの前代未聞、凄い事ですよ?
こんな時代だからこそ平和的に行きましょうって事です。」
『平和』という言葉が出た瞬間、兼十の手に力が入った。
今まで赤鬼逹がして来た悪行を思い出したからだ。
彼らは武器を持てない無抵抗な女子供でさえ容赦無く餌にし、餌にしなかった場合は餓鬼にして奴隷の扱いを受けさせて来た。
そしてその昔、兼十の部下を殺し、消えない傷を残した。
虚無僧笠の下、顔の傷が疼く。
「平和だと……?
貴様らが一度でも慈悲を持った事があったか?!」
兼十は赤鐘を門に向かってジリジリと押し出す。
「その誘いも角狩衆を根絶やしにする罠!そうなんだろう?!
貴様ら如きをっ、頼光の、百之助様の目に触れさせるものかぁ!!!!」
「あら怒っちゃいましたか。しょうがないですねぇー。」
赤鐘は素早く片足を掛けて兼十を足元から崩そうとする。
しかし、それが機会と頭突きを放つ兼十。
骨と骨が衝突する鈍い音。
脳震盪を起こしたのか、ふらっと仰向けに倒れる赤鐘。
だが、地面に手を突く。
「っと、なんちゃって。」
そのまま回し連続蹴りで牽制しながら立ち上がり離脱。
低空の燕の如く駆け出した。
「しまった!まさか!」
総出で追いかける兼十と隊員逹、赤鐘は速く、既に母屋まで侵入されていた。
「月輪ー!逃げろ!」
母屋の中。
兼十の不安は的中し、羽交い締めにされた彼の妻・月輪の姿がそこにあった。
彼女は懐妊した身である為、悪阻に耐えながらも武器の手入れや防具の修繕など、座って出来る仕事をしていた所だった。
赤鐘がそんな彼女を捕らえるのは造作も無い事だった。
「兼さん!私はいいから、コイツをぶった斬ってやって!」
月輪は夫としての兼十よりも、角狩としての兼十の立場が大事だと腹を括り、そのように叫ぶ。
「これはこれは。元気なお母様と、そのお子さんですね。」
赤鐘は月輪の下腹部をグッと掴む。
「あぁっ……!」
月輪は腹の子供を案じて必死に抵抗するが、赤鐘の腕はびくともしない。
「ど腐れがっ!身重の夫人にまで!」
「待て!
自分の家内の為に部下を傷付けられん……。頼む、お前逹は下がっていてくれ。」
兼十は怒りによる震えを抑えながら、部下逹に合図する。
「……鬼は停戦を持ち掛ける時、人質を取るのか?」
「人質……。それはちょっと違います。
私はそろそろ分かって欲しいだけなんですよ。」
赤鐘は微笑んだままだった。
細めたその目は優しげだが、口調は彼らを憐れんでいるような感じだった。
「まあ、分かりやすく説明してあげますね。
見ての通り私は痩せっぽちで、普段机仕事しかしないような下の鬼でして。
そんな私なんかでも、こんな人間が構えた砦の一つや二つ、一人でも潰せてしまえるんです。
例え前線の重要拠点であってもね。」
「なんだと!毎日休まず、鬼数百匹を血祭りにして来た俺達に喧嘩売ってるのか!」
控えていた兼十の部下が、耐え切れずに叫ぶ。
「あなた達が今まで戦ってきたのは雑魚の中でも雑魚の集団です。わざわざ送っていた理由は目くらましとか、使えない鬼兵の調整とか、まあ色々です。
真面目にやってたんじゃなかったんですよ。」
「へえ?私達をじゃあ舐め腐っていたと。
でも間違いさ!」
月輪は自分の肩のたすき掛けの結び目から何かを咥え、赤鐘の腕を目掛けて噴く。
赤鐘の腕に朱色の針が刺さる。
念仏の力も込められた、ここぞという時の特別なお守りだった。
皮膚に刺さり肉や血管まで達する事さえ出来れば、後は微量でも朱色の物質が皮膚を溶かし、念仏や祈祷の力が細胞や神経を麻痺させる。
一瞬だけ動きを止めた赤鐘から、身を低くして脱出する月輪。
「でかした!」
月輪が結び目に顔を向けた時、既に察して動き始めていた兼十。
「反撃だ!覚悟しろ!」
待ってたとばかりに弩を向ける隊員達。
「ああ……、人間ってやっぱり。」
赤鐘は無表情で瞳から冷ややかな光を放つ。
額の角が薄く青い炎の膜で包まれる。
隊員や兼十、月輪の身体の一部に赤い鱗模様が浮かび上がる。
その瞬間、砦の人間達は何かに苦しみ悶え始めた。
「熱い!身体が焼けるみたいだ!」
「こ、この模様から発せられる熱は!?」
「や、止めて!中の子に……!」
兼十は手の平や腕に、月輪は下腹部に浮き出ている。
全部赤鐘が触れた部分だ。
「最初に組み合った時から既に術を仕込んでいたというのか……!」
月輪を介抱しながら唇を噛み締める兼十。
「だから、殺そうと思えば簡単に殺せるんですってば。
今回は殺すなと命じられてたので、相撲の稽古で勘弁してあげただけなんですよ。挨拶代わりのね。
素直に交渉に応じた方が身の為なのは一目瞭然。
でないと、これからもっと犠牲が増えますよ。」
隊員の何人かが火達磨になって発火する。
「やめろ、やめろ!」
見知った者達の悲鳴に耐えきれず兼十は叫ぶ。
赤鐘の角から炎が消える。
その瞬間、模様は消え、兼十達の苦しみも消えた。
「では、良い返事を期待しています。」
赤鐘はニッコリと笑い、何も無かったように門を開けて去って行った。
砦に残されたのは何も出来なかった悔しさを噛み締める者達のみ。
一人赤鐘を追いかけようとする者、それを止める者、不動明王が彫られた武器を落とす者。
兼十もまた、彼らの悔しさを噛み締め、月輪を抱いたまま座す。
虚無僧笠の中から首に血が流れる。唇を噛み締めて出た血。
兼十は竹笛を取り出し、文を運ぶ鷹を呼ぶ。
「不動明王よ、坂田金時よ、そして百之助様……。
この汚名を必ずや、必ずや……きっと!」




