破業の鬼・起の巻(3/8)
「おい夜光!
悪い事言わねえから今回は俺様に従えって!」
何やら言い争うのが聞こえる。
クセ毛の少年鬼・夜光。そしてその首に髪の毛を巻いてぶら下がった頭蓋骨・カムナだ。
夜光は青鬼・冠羽の村を後にし、先に帰った八重を追って都に向かっていた。
「百之助達が俺を必要としている。
それに、アイツ……、珠もほっとけない。」
「そう、そいつだよ!
珠を巡って、角狩と赤鬼で大喧嘩になるのも時間の問題だ!
貴重な雌鬼だし、お前の親父・酒呑童子の血もひく上物ときたら、アイツら全部を殺してでも奪い返しに来るぞ!
ズラかるなら今のうちだ!」
カムナはいつもよりも必死に説得しようとしていた。
「カムナ、うるさい。置いて行くぞ。」
思春期か反抗期の子供のようにうっとおしがる夜光。
カムナはその態度にカチンと来たらしく、下顎をカタカタさせて荒ぶり、夜光の頭に齧り付く。
「はあぁぁん!?テメエ、良い度胸だな!
いくら親父が強え鬼だからって、単細胞で何も出来なんだお前に知恵を貸して生き延びさせてやったのは俺様なんだからなー!
今回だって、今まで以上にやばいって教えてやってんのによ!」
「何が来ようと倒せばいい。」
「冠羽の野郎にちょっと稽古つけて貰ったくらいで、うぬぼれてんじゃねえ!この……モガッ。」
夜光はカムナを懐に押し込んで隠す。そして自分は頭に頭巾を被って角を隠した。
都に近くなり、人気のある場所まで来たからだ。
門のある外堀付近まで進む。
橋の手前では狩衣姿の者達が取り調べを行っており、それに待たされた人々の行列が出来ていた。
入門しようとしている人間達に一人ずつ紙札を当てて、帳面に書き込んでいるのが見える。どうやら、鬼や妖が紛れていないか調べているようだ。
「あのヒダヒダした変な服、卜部の……。」
行列を避けて門内に入ろうとすると、武装した門兵が険しい表情で追い払おうとする。
「ちゃんと列に並べ!取り調べしてない者は妖として斬り捨てる!」
その時、背後から馬の蹄や、話し声が近付いて来る。
長槍を持った集団。綱隊だった。
「お、夜光か?
戻ったのか!」
射貫が馬の手綱を引きながら歩み寄る。
嬉しそうだったが、疲労と寝不足で顔がやや疲れ気味だった。
馬の背には着物を被った少女が顔を伏せていた。
「射貫……!
着物が鬼の血だらけだ。怪我、してないか?」
「ああ……、ありがとな。
それより、早く百之助に会いに行ってやってくれ。
きっと喜ぶ。」
***
五暁院・鬼門省。
八重といろはの寝床。
髪の長い少女・八重が大太刀の手入れを行っている。
大きめの油紙を床に敷き、朱色の液体が塗られた刃を乾かす。
側では狐面の男・いろはがそれをじっと見ている。
ようやく妖気が落ち着いて、人型に化けられるようになったらしい。
「……いい顔になったな。
彼を亡くした直後のお前の顔だ。
赤鬼の襲撃のせいで死んだ、お前の夫になる『はずだった』あの人間の男をな。」
いろはは目を細めて囁く。
八重は一瞬だけ手を止める。
「あの人間じゃ無い。『萩ノ助』さんよ……。」
「一時はお前が鬼への憎しみを忘れて夜光の奴に心移りしたんじゃ無いかと心配になっていたが……。」
「あの人に少し似ていると思った。それだけよ。
……あの人に生涯を捧げる気持ちは今も変わらない。
だからあの子が一線を越えるなら、私はあの子を拒絶する……。」
八重は瞳に影を落とし、無感情に呟く。しかし、心の中に摩擦のような痛みが感じられる気がした。
(無邪気なあの子の事だからきっと何かの間違いだと思ってた。本当に間違いなら良かったのに……。)
「……それでいい。
これなら夜光の奴が暴走した場合や、赤鬼の姫を始末するとなった時、お前ならやれるだろう。その血でな……。
何て言ったって奴らの親は赤鬼の親玉の……。」
夜光の父親の正体と特殊任務は百之助が八重といろはのみに伝えた極秘の案件だった。
「それはもしもの時の最終手段よ。
百之助様はそうならないように努めるともおっしゃっていたわ。」
八重は顔をしかめて指摘する。
(それでもあの子達だけは、憎めない。憎みたくない……。)
八重は手の平を見つめる。
珠と夜光の手の温もり、冠羽の村で一緒に墓参りした時や祭りの時の事を思い出す。
「おっと、そろそろ約束の時間だ。行くぞ。」
2人は立ち上がる。
いろはは八重の直ぐ後ろに立つ。
彼は一昨日の一件以来、些細な事でも彼女から離れなくなった。
「ねえ、いろは。一つ聞いていい?」
八重は親に叱られるのを怖がる子供のように、辿々しく言う。
「何だ?」
「もし、私が私のお母さんじゃなくて……、私の青鬼のお父さんに似て生まれてたら……。」
いろは仮面の奥の瞳の色を隠し、黙ったままだ。
八重は口をつぐむ。
「……ごめん、何でもない。」
いろはは安心させようと少し表情を柔らかくした。
「お前は彼女の、『与紫乃』の娘だ。それ以外、守る理由は要らない。」
「……うん。」
八重は目を逸らし、それ以上何も言わなかった。
その頃、夜光は射貫と共に入門し、そのまま五暁院に辿り着いていた。
「伍ノ蔵の焙烙玉はこれだけだ!参ノ蔵の隅に外身と中身を見かけた気がするから至急組立に回してー!」
「おい、この朱矢、朱液の塗りが甘いんじゃないか?!
今回は予備に手をつけてでも濃いめに仕上げろって聞いてないのか?」
「聖矢用の札上がりました!この上に置きますよ。」
中は慌ただしく、役人や各隊の隊員達が何か叫びながら武器や火器、薬品箱などの物資を何処かに運んでいた。
「じゃあ俺はちょっと血、洗い流して来るから。」
射貫は百之助の控え所の前で別れる。
夜光は入り口の簾を上げて入ろうとする。
しかし、背後から気配を感じて振り返る。
八重といろはが立っていた。
「入る時は一言かけなきゃ駄目よ。」
言い方は優しげだったが、無表情を作っていた。
「頼光殿、今参上した。」
代わりにいろはが声を掛ける。
百之助の返事の後、夜光を押し退けて八重の為に簾を上げた。
夜光の代わりにカムナが怒鳴りつける。
「おうおうおう、何だぁ犬野郎!?!
久々にやんのかコラァ?!」
いつもなら挑発に乗るいろはだが、今回は相手にしなかった。
「無視か?無視か?おーい。しかも八重まで……。」
ボヤくカムナをよそに、夜光はもう痛くないはずの頬を摩りながら2人に続いて中に入る。
百之助の控え所の内部。
普段は狭いここも、今日は几帳の置き場所を遠ざけて区画を広げられていた。鬼とはいえ、高貴な客人がいる為である。
「兄上……!会いたかった!」
控え所に入って直ぐ、銀髪の姫鬼・珠が駆け寄る。
「卜部隊って言う角狩達に、免罪符って言う札を貼られたりとか、血採られたりとか、色々大変だったんだよ!」
「俺もやられた事ある。安心しろ。」
縋り付く珠を適当に受け流す夜光。
彼は机の前に座っている人物だけを見ている。
畝り髮の優男・百之助も夜光に温かい表情を向けていた。
「君なら戻って来てくれると信じていた。
有り難う。」
「けっ、何が『戻る』だ。ハナからコイツの居場所だったみたいに言いやがって。」
カムナは早々に突っかかる。
一方、夜光自身は感謝されて照れ臭そうな顔をしていた。
「もっと兄妹の再会を見ていんだが、時は一刻を争う状況でね。」
「……何かあったのか?」
「兼十がいる枯皮砦は、覚えてるかい?まずそこから話そうか。」




