破業の鬼・起の巻(2/8)
天守閣から遠くの景色を見ている者がいる。
この山城の城主である。
城下やその麓は火の手が上がっており、夜の暗闇に不気味な緋色の光がぼんやりと灯っていた。
山のように大きな鬼・岳鬼が放つ黄金の眼光もそこに混じる。
「何故だ……!あれだけの兵力を……!
鬼どもを寄せ付けない呪具にも手を抜かなかった……!」
ふと、下の階から家臣の凄まじい断末魔が聞こえた。
城主が後ろを振り返った瞬間、床板を突き破って大きな影が現れる。
硬化した赤土色の皮膚に覆われた、筋骨隆々の体。
襟首から鞭のような長い触手が伸びている。
人間より3回りも大きな、一本角の赤鬼だった。
「我が主の覇業成就の為……。
覚悟!!」
黄金の瞳が開眼すると同時に、触手が槍となって空を切る。
「!!」
反撃する間も無く、城主は血の花を咲かせ、事切れた。
***
夜の山道。
紺碧の夜空には星が流れ、静寂に包まれている。
しかしそれを乱す者達がいる。
重い蹄の音。
20頭程だろうか。
乗り手達は松明を掲げ、枝などを腕や槍で払いながら進む。
松明はその者達の姿を照らす。
金属の鱗が縫い付けられた黒い装束、そして刃が朱色の長槍。
角狩衆・綱隊。その中の長槍部隊だ。
戦闘があった後なのか、装束が返り血や砂埃などで汚れたり、破れたりしている。
先頭は隊長の柴本射貫だ。
特注の戦装束である革の鎧を纏い、鬼の牙で飾られた面頰を装着している。
「い、射貫隊長ー!やっぱ無茶っすよ!
1日に3箇所同時になんて!夜道の奇襲も怖いですし、馬も持ちません!」
若い隊員の一人が弱々しく叫ぶ。
「だからって運が悪かったで済ませるのか?!
お前達は後から来い!俺一人でもなんとかする!」
「そう言う訳には行かんでしょうがー!」
本日の夕刻頃、各地を偵察している貞光隊から五暁院に鷹文が3通同時に届いた。
赤鬼から襲撃を受けている村や国があると言う報告である。
都より西と北西、北の方向で、どちらも馬で6時間はかかる距離であった。
当然、隊を分散させる手なども出されたが、相手のその数を聞いて断念した。
相手は獄鬼・餓鬼の鬼兵が500、おまけに前に天津城を攻めたあの岳鬼も混ざっていると言う。それが各所にそれぞれだ。
いくら人を増やしたばかりとは言え、50前後の隊を分散させるのは得策ではなかった。
一先ず、比較的都に近い北の農村、そしてその隣の北西の小国と言う順番で駆け付け、鎮圧を行った。
そして今、最後に残された西の国に向かっている。
他の村や小国と違い、その国は豊かだった。
都を壊滅に追い込んだ酒呑童子の変以降、縮小し続ける帝の勢力に対し、元々の土地の豊かさを活用して大幅に力を伸ばした地方勢力の一つだった。
その為、他の小国などと比べると鬼や妖を避ける護符を確保する資金にも困らなかった。
現に以前に百々助が助けがいるか文を送った所、『妖避けさえ貰えれば、後は全て自国で対処出来る』と、宣言された事もある。鬼達の数倍の兵数を携え、人間の戦にも鬼の戦にも勝った実績がある為、ただの豪語では無い。
その様な理由もあり、比較的余裕があるとみなされ、そこは最後に回された。
しかし射貫達は休みも取らず、この様に急いでいる。
『まさか』が起こったのである。
「クソっ、間に合えっ……!」
射貫は手綱を強く握り締めた。
夜が明けた。
隊員達は呆然としていた。
目の前に見える景色は炭だらけの真っ黒な大地だった。
木も草も焼け、建物は黒い倒木のようになり、人骨や家畜の骨らしきものがあちこちに転がっていた。
それは里から城のある山の方まで続いている。
「一晩だぞ……。一晩で、国一つ丸ごと……。」
射貫は黒い大地を睨み付け、震えていた。
肉が焦げたような嫌な匂いを熱風が運び、それにむせて再び面頰を装着する。
「魔除けも兵力も十分でした。
しかし、ある人鬼が結界を突破して破壊し、そこから鬼兵が一気に雪崩れ込んだんです。そして追い打ちに岳鬼数体の物理攻撃と火炎攻撃。
その後は……、遠くから沢山の悲鳴が……。
それが聞こえなくなった頃、夜明け前に去って行きました。」
偵察していた貞光隊員が憂鬱そうに説明する。
この地の状況を、鷹文を飛ばして来たのは彼である。
火の海から逃げ、単独で群がって来た鬼達を一晩中やり過ごしながら情報を掻き集めていた為、彼も負傷して血だらけである。
「生きてる奴を……、探せ!」
射貫は目を瞑って命令を下す。
隊員達は遣る瀬無い顔で走り出した。
こんな黄泉になった場所に、息をしてる者がいるはずが無いと言えなかった。人間と戦する立場ならその様な無駄な事はしないだろう。
しかし、鬼と戦うと同時に、人々を救うのも仕事である彼らには例え結果が分かっていても諦めは許されなかった。
「後ですね……、追っ手の処理に手がかかってて、今やっとここまで近寄れた所でして……。城の方はまだ見れてません。」
「城……。
おい?!あそこは水路の作りが凝ってるって噂だよな?」
「ええ……。い、射貫様?!」
射貫は何か思い付いたらしく、馬で山城へ向かって走り始めた。
途中、黒い禿山を駆け上がり、堀の近くまで来る。
城は炭と化した骨組みが僅かに残ってるのみだった。
焼けた橋を越えた堀の向こう岸付近で、四つん這いの人型が動く。
餓鬼だ。
餓鬼は水堀の一部に空いた排水口に入ろうとしていた。
「あそこか!」
射貫は堀に飛び込み、餓鬼に近付いて三叉槍を投げつける。
「ギャンッ!?」
餓鬼には目もくれず、槍を回収して、排水口から侵入して狭い通路を匍匐で進む。
「脱出用の通路と隠し部屋か。ならまだ誰か……!」
やがて地下牢のような広めの空間に出る。
暗い丸石の牢に、グチャグチャと不気味な音が響く。
血の匂いもした。
隅にいた濃い影がむくりと動き、二つの黄金の目が目を合わす。
射貫は躊躇わず三叉槍を突き刺した。
餓鬼の断末魔と、ジュウっと肉が焼ける音が響く。
「ぃいやあっ!」
同時に少女の悲鳴も聞こえた。
射貫は餓鬼を蹴飛ばして槍先から抜き、悲鳴のした方に駆け寄る。
「ここの姫君だな?!大丈夫か!」
少女と思われる目の前の人物は、か細く震える声で話す。
「……外は息が出来ない程の火事で、堀の外に上がれなくて、仕方なくここにいたら沢山の悲鳴が聞こえて……!
朝になったら、餓鬼がここを嗅ぎつけて……。」
「大丈夫だ。もう倒した。」
しかし、少女はすすり泣く。
「母様が『鬼に身を穢されて食われるくらいなら、自分で命を終えましょう』って言ったの……。
でも母様が自害した後、私は怖くて後に続く事が出来なくて……。
そしたら、餓鬼がやって来て、私の目の前で母様をっっ……!」
少女はそこから先は言葉にならず、射貫の胸にしがみ付いて嗚咽した。
射貫は少女の膝元に寝そべっている赤い何かに目を凝らす。
暗闇に目が慣れてきた時、それが内臓を食い荒らされた人間である事に気が付いた。
射貫は少女をそっと抱きしめ、奥歯を噛み締めた。
「ごめんな……。
もっと、もっと早く……!」
その後、暫く生存者の捜索を行ったが、その姫以外生きている者は見つけられなかった。




