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夜行鬼  作者: 参望
6話/烈風の鬼・後編
60/168

烈風の鬼・後編(8/8)

 大江曽山。

 赤鬼軍の本拠地・大江曽城。


 地下深くにある会合所。

 族長である元実が許した者のみしか立ち入りの許されていない部屋であり、内密の話をする時に使われる。

 音漏れを防ぐ為、窓は無く、分厚い岩肌のみで構成されている。

 扉もやはり分厚い岩の引戸となっており、その開閉を行うのは聴覚器官を摘出して聴力を失わせた特殊な人鬼である。

 開ける時は元実が直接彼の頭の中に念じる。


 そんな防音がなされた部屋の中から、扉の外まで聞こえる程の轟音と地響きが聞こえた。


 部屋の中央にある、天然の岩を切り出して作った長机。

 分厚いそれが割れて崩れている。


 壮年の朱天鬼が握り拳から破片を落とし震えている。

 元実である。

 身内以外に対しては冷淡で厳格な態度を崩さない彼だが、今回は目を血走らせて怒号を放っている。


 「何故だ……!何故、子鬼1匹も捕まえられんのだ!」


 周りの重臣達はひたすら面を下げたまま、肝を冷やしっぱなしだった。 

 奥で小椅子に腰掛けて控えている息子の陽光も、冷や汗を流している。

 平気そうなのは元実の人鬼である赤鐘、東雲。

 そして壁際で暇そうに横になって寛いでいる酒呑童子・緋寒であった。

 「鹿和津(かわづ)!説明をせよ!」


 元実が威嚇する虎のように睨んだ先。

 幸薄そうな顔の男の鬼が半泣きで震えている。

 面長で、細っそりとした体型に整った顔立ちは女子に好かれそうではあったが、目の周りには皺や濃いクマがあった。

 心労を象徴するそれは、彼がどうしようも無く不運である事を物語っている。

 鬼としての威厳がまるで無い男だが、そこそこ良い血を引く朱天鬼である。

 しかし、要領が上手くなければ、そんな地位など無意味だ。

 彼は珠の付き人と言う任を預かっているのだが、陽光との顔合わせの為に珠を大江曽城に連れて来た後、彼女を外に逃してしまうという大失態を犯してしまったのだ。


 雌が生まれにくい種族である鬼にとって、珠は重宝される存在であり、またその優れた血統は赤鬼の部族の中で地位を強固にする為の大事な交渉材料でもあった。

 

 (くそう……!あのじゃじゃ馬!

 私をこんな酷い目に!今までのおいたの中でも超最悪だ!)

 鹿和津は酷い喉の渇きと回らない呂律と戦い、どうにか殺されないように取り繕うとする。

 「は、はいぃ。

 み、都の方角まで、わ、私の人鬼全てを捜索に回してるのですがぁ……。

 全て連絡が途切れてしまいぃ……。」


 元実は最後まで言い終わるのを待たず鹿和津の首を片手で引っ掴む。

 そして顔面を思いっきり地面に叩き付ける。

 「珠姫の付き人を任せてやったと言うに!使えん奴め!」


 鹿和津は鼻血を出しながら、恐怖のあまり泣きじゃくる。

 大の大人が痛みに喘いで涙を流す姿は見ていられなかった。

 「あっ、えっ、ひぃぃっ!」

 

 隣で鹿和津の頭を下げさせ、自分自身も深々と頭を下げる者がいる。

 白い口髭を生やした筋骨隆々の老鬼だった。

 「申し訳ございませぬ……。

 自分の甥であると過信し、この者に任せた私め、大志摩(おおしま)の責でも御座います……。」


 大志摩は古くから元実やその父・関緋に仕えている家老のような存在である。

 赤鐘が軍事の管理を任されているのに対し、大志摩は城内とそこで働く天鬼達の管理などを任されている。

 また、元実の教育係でもあった為、赤鐘の次に信頼されている。


 「最早、大志摩が頭を下げてどうにか収まる事ではない……!」

 元実は石の玉座に腰掛け、こめかみを押さえながら重い溜め息を吐く。 


 元実が一旦落ち着いたのを見計らって、今度は赤鐘が話す。

 「まあ、珠姫様は生まれつき見たものに姿を似せる妖術を使えますしねぇ。現に、他の天鬼達も捜索に手こずってますし。

 でも、弁柄(べんがら)はともかく、あの優秀な紅鳶(べにとび)までやられたってのは良くない流れですね。

 我々が大嫌いな『あの人間達』と『歪の子』が既に接触してると考えてもいいです。」

 紅鳶は八重と戦った人鬼で、弁柄は数日前に角狩衆・貞光隊の三ツ葉が仕留めた女人鬼の事である。(※6話前編参照)

 

 赤鐘はいつものにこやかな表情で、手を叩いて煽る。

 「ほらほら、鹿和津様。漏らしてないでさっさと血文を回収して下さい。仕事熱心な彼の事ですから直前まで色々残してくれてる筈です。

 紅鳶の血の主なんだからそれ位考えて働いて下さいね。」

 

 鹿和津はあらゆる屈辱を感じながら唇を噛む。


 (やっぱりあの時、珠姫の手足を折っておくべきだった!)




 鹿和津は珠が城から脱走した日、数日前の出来事を思い出す。

 

ーあれは城にやって来て滞在3日目位……。姫が陽光様と大分打ち解けて来た頃。

 酒呑童子が久しぶりに城に戻り、紅天鬼の図冥と一悶着やらかした日でもあった。

 その夕刻だ。

 赭や東雲に珠姫の見張りを交代すると言われ、その言葉に甘えて暫し羽を伸ばしてから戻った時の事。

 珠姫はあのバケモンの酒呑童子に遊んで貰って寝て起きた後だったかな。


 「鹿和津お願い!外に出たい!

 歪の子、兄上にどうしても会ってみたいのじゃ!遠目から一目見るだけでもいい!話を通して!」

 

ーどう言う訳だかそんな事を言い出した。

 アホか。そんな勝手な事したら私が元実様に殺されるだろそんなん。


 いつもの突拍子も無い思い付きかと思いきや、今回は特別だったようで、どんなに物で釣って気を逸らそうとしても諦めようとしなかった。

 だから私も面倒臭くなってこう言った。

 

 「珠姫様!あんまり言う事聞きませんと『説教部屋』ですよ!」

 

ー手足を折って数週間牢屋に押し込む。

 元実様も許可してる仕置きだ。大事な姫であっても脱走して何かあるより、出ていかないように処理する方がましだからな。……結局、一族にとって大事なのは雌鬼としての顔と機能だけだし。

 で、流石のじゃじゃ馬もこれはトラウマらしく、いつもはこう言えば黙らせられた。だが今回はこれでも黙らなかった。

 だからお望み通り骨を折ってやろうとした。


 だが、寸前で「ごめんなさい。もうしません」と馬鹿に素直になったから、懲りただろうと思って離してやった。

 

 だがこれが間違いだった。


 その後、隙を見て逃げやがった。

 よりにもよって酒呑童子の姿に化けて脅かしやがってな。

 しかも追い打ちに、大事な玉を潰されて……。

 門番の獄鬼も同じ手口にやられて、後はこの通り……。

 

 


 鹿和津は回想から我に帰り、自分の過ちを呪う。


 血で繋がった紅鳶の魂へ意識を集中する。

 (もうお前だけが頼りだ!今度こそ出てくれ!)

 殆ど真っ暗で静かな感覚の中、声が聞こえて来た。


 『カ、カ、カ、カ、ワ、ヅ、サ、マ……。』

 

 (おお!紅鳶!生きてたりしないか?!は、早く状況を説明してくれ!)

 『シ、死んでから血文を作る怨念を溜めるのに思ったよりも時間がかかってしまいましたぁ。頭の損傷が酷かったせいですぅ。』

 

 血文は人鬼が死んだ際に最後の力を振り絞って主人の天鬼の魂に直接送る念のようなものである。

 このように精神と精神を繋ぐことが出来るのは、天鬼が人鬼の血とそこに染み込む魂を預かっているからである。


 (やっぱり死んでるのか!何て事だ……。)

 『それより、早急にお伝えすべき案件がいくつも御座いますぅ……。』 

 (分かった!早く、送ってくれ!)

 

 鹿和津は白眼を剥き痙攣して倒れる。


 (ああ、確かに受け取ったぞ。頭の中に流れて来る。

 しかし、惜しいな。お前のような出来のいい人鬼を失うのは……。)

 『心配要りませぬ、我が主人ぃ。私はまだ働きます。』

 (え?)


 『そう天鬼なのにクソ使えねえ、あなた様に代わってねぇ!

 消えるのはテメエだよ!クソ無能主人!』

 

 (ま、待て!手下の癖に私の魂を乗っ取ることなんてでき……、ぁあああああああああああ!!!)


 暫くして、鹿和津が立ち上がる。

 「大変お待たせ致しました。元実様。

 早急にお伝えしたき事、そして、失敗の責を果たす為に提案したき策が御座いますぅ。」

 その喉を潰したような喋り方は紅鳶の話し方にそっくりだった。


 「あらら、人鬼が主人の魂を乗っ取っちゃうなんて。凄い執念ですね。」

 赤鐘は特に驚いた様子を見せず関心する。

 

 元実は溜息を吐く。

 「手下の精神力にも負ける奴の事などどうでも良い。

 それより申してみよ。鹿和津いや、『紅鳶』。

 これ以上私を失望させるな。」


 「仰せのままにぃ……!」

 紅鳶はニタリと笑って跪いた。



 

 ***




 会合が終わり、先に退席を命じられた重臣達が部屋を出て行く。


 再び岩の引戸が閉まり、部屋には元実、赤鐘、東雲、陽光、赭、そして緋寒が残った。


 元実は緋寒に背中を向けたまま話しかける。

 「……時に、緋寒。貴様、珠姫に余計な入れ知恵をしていたそうだな。」

 「何の事だ?」

 緋寒は朱色の髪を弄りながら答える。

 「惚けるな!

 見張りの東雲から全てを聞いた!」

 元実は掴みかからんばかりに怒鳴り散らす。身内相手であるせいか、怒り方が鹿和津の比ではなかった。


 元実は足鎧から重い金属音を響かせながら緋寒に迫る。


 「何度、俺に恥を掻かせれば気が済むっ!?何度、朱天鬼を危険に追いやれば気が済むっ!?」

 「恥?下っ端の天鬼達をおんぶに抱っこで管理しようとしている兄上こそどうかしている。」

 緋寒は不思議そうだった。

 

 元実は瞳孔を細くし、胸ぐらを掴んだ。

 「昔貴様が俺にしたように、貴様の角も折ってやろうかっ?!」

 岩肌や生物の肌に振動するような怒声。


 しかし緋寒は目を大きく開き、非常に楽しそうな顔をした。

 「ははっ、本当か!俺と戦ってくれるのか兄上?」

 緋寒は元実を見据える。


 「俺はいつでも大歓迎だ。角とは言わず、俺の四肢をへし折って見せてくれ。」

 彼にとって闘志は全て愛しむ存在であると言わんばかりに微笑む。

 細めた目は研磨された刃や下弦の月より鋭く、底知れぬ怖さがあった。

 元実は乱暴に手を離す。

 「……っ!!」

 目で射殺さんばかりに睨んでいるが、手は少し震えていた。


 「ち、父上、最初に珠姫様へ夜光、いや歪の子の話をしたのは私です!

 きっと私のせいでもあるのです!どうかお鎮まり下さい……!」

 本当の事を言おうかどうか控えていた陽光が立ち上がる。

 「陽光様っ……!」

 しかし、間合いが悪いと赭が止めようとする。 


 陽光の黄金の瞳は緑色に変化した。

 それを見た元実はすぐ様、陽光の頬を殴り付けた。


 「今『その目』で私を見るなっ!」

 元実は自分の首にある、縄で締めたような痣に触れる。

 荒い息遣いをしている。


 彼の脳裏には父・関緋の冷たい眼差しがあった。

 緋寒の残虐性が父と重なったのだ。

 そして、緋寒はその父親すら殺している。


 陽光は頬をさすりながら、父親の手だけに留まらない体中の震えを感じ取っていた。

 (父上……。)

 


 

 ***




 会合所に残った者達もそこから解散し、各々がそれぞれの任の為に行動を開始する。

 作戦の提案者は言うまでもなく、紅鳶だった。


 篝火が焚かれた、天守の入り口。

 闇夜の中、獄鬼や人鬼、天鬼までもが慌ただしくしている様子を、燃え盛る炎の明かりが照らす。


 その慌ただしさから逃れるように、離れた静かな場所に陽光と赭が居る。

 石段には赭が座り、手甲や脛当てなどの装備点検を行っている。

 それを陽光が心配そうに見下ろしている。

 

 「赭、すまない……。私の軽口のせいでお前を戦いに……。」

 「何も仰らないで下さい。

 それよりも貴方のご友人に当たらない任で良かったと思います。」

 虫の声に混じって、彼の低く落ち着いた声が響く。


 「しかし……。」

 「私は貴方に血を与えられ、人から鬼になった身。戦わずして何が人鬼でしょう。

 ようやく元実様や紅鳶の命で戦いの場が与えられ、貴方の名を立てる機会が与えられたのです。恩を返す機会が……。

 私は今、喜びに打ち震えているのです。」

 そう陽光に不敵な笑みを向ける。


 普段あまり表情を崩さず、忠を尽くす赭。

 陽光はその山のように堂々とした態度に、様々な憂いを忘れていった。

 「赭……。」

 (彼はいつもこんなにも私を立ててくれている……。父上のような凄みも強さも無いこんな私を……!

 もっとしっかりせねば……!)


 赭は額当てをし、小刀を腰帯に差す。

 人鬼や他の鬼に武器を携帯する者は少ない。体一つで十分に戦えるからである。

 それでも武器を装備するのは、鬼になる前の人間時代の習慣に思入れがある者だけである。


 赭は主人の前で跪き、重くはっきりとした声で宣言する。

 「朱天鬼の名誉の為に、そして陽光様の為に、必ず勝利を収めて参ります。」


 陽光もまたそれに応えるように気丈な態度を取る。

 「ああ、頼んだぞ。

 帰ったら久しぶりにお前の笛で舞をやりたい。」




 赭が出発した後、陽光は自分の部屋の床に何かが転がっているのを発見する。

 篠笛だった。

 使い古されているが、持ち主がきちんと手入れをしているのか、表面に艶があり状態が良かった。


 「珍しい……。赭が忘れ物をするなんて。」

 陽光はそれを何気なく拾った。

 

 


 ***




 大江曽山と都の中間地点より大江曽城に近い地点。


 なだらかな山肌を満月が照らす。

 大岩の木の上。大江曽山の全貌を遠目に見る事が出来る高さがあった。

 貞光隊の三ツ葉は赤鬼の大群が移動するのをその目に捉える。

 怪しげに光る、星屑のような無数の点。それらは全部鬼の眼光だった。

 (頼光が例の姫を確保した今、痺れを切らして動き出したか……。)

 三ツ葉はすぐに夜鷹を飛ばす。


 それも束の間、腕の風車が邪気を感じて回っているのに気付く。

 「流石に鬼隠れも限界か。予備の柊も尽きたし、行くとするか。」 

 三ツ葉は山肌を鹿のように駆け下りていった。


 


 ***




 五暁院・鷹小屋。


 文を運ぶ鷹を飼育する二階建ての縦細い小屋。

 その二階の縁で、眼帯をした妖艶な女が1匹の夜鷹の帰還を迎え入れる。

 貞光隊の隊長・百日紅宮比(さるすべりのみやび)である。


 「これは、これは……。予想はしておったが……。」

 宮比は口付けするように夜鷹の嘴を舐めながら、足に括り付けられた文を取ってやる。


 そして夜空を見上げる。

 空は鳥の鳴き声で騒がしい。

 「こいつは酒呑童子の変以上の戦になりそうだ……。」

 

 各地から一斉に戻った無数の夜鷹達が旋回していた。

 



 (6話烈風の鬼/後編・完)




鹿和津(かわづ)』*名前は河津桜から

・珠の付き人。大志摩の甥。

 朱天鬼の鬼だが、一族同士の繋がりを強める政策の為に薄紅天鬼の里へ出張して珠の側に付いて世話をしていた。

 血筋も、頭も、容姿も悪くないが、要領があまり良い方ではなく、損な役回りが多い。

 珠との無茶な追いかけっこで相当鍛えられたので、足が速い。この能力は彼の人鬼の紅鳶に継承されている。



大志摩(おおしま)』*名前は大島桜から・見た目のモデルはハルクホーガン。

・朱天鬼の一族の家老のような存在。

 老人ではあるが、妖力と強い精神力のお陰で強靭な筋肉は若い時よりも少しも衰えていない。

 昔は元実の教育係もしていたので、赤鐘の次に元実が信頼している。陽光の教育係も担当している。

 赤鐘が軍事の管理を任されているのに対し、城内とそこで働く天鬼達の管理などを任されている。

 元実より怒りっぽかった関緋との付き合いで鍛えられたせいか、洞察力に優れている。他、部下にちゃんと責任をとらせるなど、人の扱いにも慣れている。



弁柄(べんがら)

・6話前編で三ツ葉と戦って負けた、鹿和津の女人鬼。

 何人かいる人鬼の内、鬼になりたての下っ端だった。

 鬼になる前は病で途方に暮れていた遊女だった。

 ヤケ酒で酔った鹿和津と偶然出会い、必死の色仕掛けで人鬼にして貰った。


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