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夜行鬼  作者: 参望
1話/黒む鬼
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黒む鬼(2/5)

 宴の後、夜光は風太とゆきにせがまれて鬼ごっこやら、かくれんぼやらをして疲れるまで散々遊んでやった。

 その後、用意された寝床で心地よい疲れを感じながら眠りに落ちた。

 

 しかし、眠りの世界ではその心地良さは続かなかった。




 雨が降る墨色の世界から若い男が睨んでいる。

 男は憎悪のこもった声を絞り出して吠える。

 

 ー鬼なんか死んじまえ!鬼め!鬼め!鬼めえ!




 (……。)

 灯りを落とした暗闇の洞窟で、夜光はゆっくり目を開けた。

 

 「ンゴッ。……脳味噌、吸わせろぉ。ングゥー……。」 

 寝言を言っているカムナを起こさないようにそっと手に持つ。

 そして近くのゴザの上で雑魚寝する子供達を横目で見て、そっと立ち上がる。


すずねはその物音に気づき薄く目を開ける。


 夜光はぼうっとしたまま縦穴が幾つにも枝分かれした起伏のある暗い洞窟を進む。行先など決めてはいないようだ。

 暫く進むと、月明かりが差し込む、外への出口が見えた。

 

 下は5メートル位の崖になっている。

 崖の端に足を踏み入れると、青白い光が静かに夜光の肌に降り注いだ。 

 ふと横目をやると、岩肌にある小窓位の大きさの穴から、明かりが漏れているのが見えた。

 

 夜光はわずかな足場を伝って穴を覗いてみる。

 

 自然に形成されたと思われる岩の部屋の中で、女が長い髪を櫛で梳いてるのが見えた。

 着崩した襦袢の首から胸元にかけて柔らかな素肌が露わになっており、その素肌に川のようにうねりのある黒髪が垂れている。

 

 夜光は蝋燭の明かりでツヤツヤとした輝きを放つ髪に見入ってしまっていた。

 劣情にかられているとは少し異なり、美しいものを目の当たりにした時のような反応に似ていた。

 

 「……誰!?」

 女が気付く。おたまの声だった。

 近くに置いていた刀を手にするが、目を丸くしている夜光を見て安堵する。

 「なんだあんたかい。」




 「しかし、鬼とはいえあんたも普通の男と変わんないねえ。

  覗き見なんて。」

 おたまが呆れたように溜息をつく。

 桶に張られた水を覗き込み、身なりを整えてる。


 夜光はキョロキョロと部屋の物を見回しながら、おたまの前であぐらをかいて座っている。


 ゴザの敷かれた地面にはおたまが使っていると思わしき物、畳まれた旅装束や手拭い、木の道具箱などがあり、岩壁には取手付きの竹筒に生けられた水仙、鬼灯(ほおずき)の紐飾り、若竹の鳴子などが飾られていた。

 

 「これ、なんだ?武器?」

 夜光は桶の側に置かれていた(かんざし)を手に取る。

 赤瑪瑙の玉を一つ突き通した、漆塗りの素朴な形の簪だった。

 「それかい?

 玉簪だよ。髪飾りさ。

 昔の……、戦利品と言うべきか。」

 おたまは少し迷ったような様子を見せる。

 「何かを仕留めて手に入れたということか?」

 夜光は不思議そうな顔をする。

 「いや、そういうことじゃなくて……。」

 

 「……昔、遊女として働かされてた時があってね、それは仕事の時にいつも付けていた物なんだ。

 玉簪と川みたいに波打つ髪だかなんだかにちなんで『玉川』って名前でね。

 でも牛や豚以下の扱いをされて嫌になって、何とか抜け出して……、今はこの通り用心棒さ。」

 夜光は聞き慣れぬ単語があったせいか、ぽかんとしてる。

 「ま、鬼のあんたには人間の生活なんて良く分からないか……。いや、実を言うと分からない方がいいんだ。

 とにかく辛い仕事と戦い続けた証と言うべきかねえ。」

 

 「……戦いの証。そういう言い方なら分かる。

 俺もある。」

 夜光は静かに淡々と喋りながら袖をまくり、自分の手に視線を落とす。 

 その白い手や腕にはよく見ると細かい切り傷や、ひっかき傷、などがあった。

 「昔はでかい鬼に負けてばっかりで、追われて、逃げて、身体中から血を流して、飢えて、死にかけて、それを繰り返してばかりだった……。

 でも、自分も段々と背が伸びて、おまけにどう戦ったりどうすればいいかとかが分かって来て、倒せるようになっていた。

 だから今こうして死なずにいる。」

 少し微笑みながら傷跡を見つめる夜光。

 おたまにはその顔が少し悲しげに見えた。


 「いつからそんなことを?」

 「よく覚えてない。多分子供の頃から。」

 「そうかい……。あんたも苦労してきたんだね。

  親は、お母ちゃんやお父ちゃんはいるのかい?」

 おたまが心配そうに聞く。

 「分からない。カムナを拾うまではずっと一人だった。

 言葉とか、生き残り方とか、カムナが全部教えてくれた。


 カムナは俺が鬼にしては弱いから親に捨てられたんじゃないかって、言っている。」

 夜光は淡々と答える。おたまの反応を不思議に思っている様子だった。

 「そう……。鬼の中にも私達と同じのがいるんだね。」

 「同じ?」

 「捨てられたりして、帰る場所がない者っ同士て意味さ。


  風太は戦で孤児で雀は両親を野良鬼に食われ、お仙さんは年をとったから山に姥捨された。 

 すずねは義理のお母ちゃんに酷く虐められて家を追い出された。

 そして私は12の時、親に売られた。」

 おたまは正座し直し、岩壁の穴から見える群青色の空を見た。

 

 「私たちは見ての通り本当の家族じゃない。家族を『やっている』だけ。この荒んだ世で偶然出会った、元は一人の集まりさ。

 でも、私達はこの洞窟で出会った。

 すずねが子供達の面倒を見ながらここをどうにか仕切っていて、そこにまだ用心棒稼業が上手く軌道に乗らなかった私が一晩の宿を借りに立ち寄ったのがきっかけだったかな?

 皆で知恵を出し合って、この何も無い洞窟を『我が家』にしたんだ。

 私は外に稼ぎに行って、子供と年寄りは歳に関係なく、皆んな自分に出来る事をなんでもやった。」


 夜光は口を固く結び、おたまを見据えた。

 「分からない。

 あんたも、あいつもなんで弱いやつを庇う。

 自分のことに集中しなければ、一瞬で負けるのに。

 ……それに弱いのはそいつ自身のせいだ。」

 

 おたまは困ったように笑う。

 「すずねを助けてくれた本人が変な事言うね?

 そりゃ、一人一人は強く無いさ。

 私も刀と生きる術を手に入れても、心のひもじさは完全には治らない。

 でもあの子達を守る事で過去を乗り越えて強く生きられる気がするんだ。」


 「それで夜光。この先も行く宛はあるのかい?」

 「……無い、最初から。

 ずっと居られる場所があればいいなって思う。でも、見つからない……。」

 「良ければあんたもここで暮らさないかい……?」


 夜光は少し驚いたように目を見開く。

 しかし、暫くどこか遠くを見て踵を返した。


 「……もう寝る。」

 「ああ、おやすみ。変な長話して悪かったね。」

 二人は互いに目をそらす。


 「そうだ。最後に、すずねの事悪かったね。

 私が仕事に出てる時に、『鬼の真似』して脅かしてここを守ろうと無茶して、今日もあんたに用心棒やれって無理言っちまったみたいで……。

 あの子、自分がしっかりしなきゃって気を張ってて、責任感から無茶しちゃうんだ。でも、一番優しい子なんだ。だから許しておくれ。」


 夜光達のいる場所の入り口の外で何かが座り込む。

 ぼうっと壁を見つめながら膝を抱えたすずねだった。

 ずっと隠れながら二人の会話を聞いてたようだ。




 寝床に戻る途中、カタッと言う音がした。

 カムナが下顎を開いた音だった。

 「夜光。おたまの話に乗る気じゃねえだろうな。

 そうしたいなら、まず今までお前に関わった人間の身に何が起きたかよく思い出すべきだぜ。

 ……勿論、わかってんなら止めやしねえ。」

 責めてる訳でも、慰めている訳でも無い、独り言のように淡々と話す。


 夜光は表情を変えず、口も開かなかった。

 その沈黙から何か察したのか、カムナは含み笑いをしながら先程よりも柔らかい口調で呟いた。

 「まあ、俺様にとっては人間がどうなろうと関係ない話だ。」

 

ー鬼なんか死んじまえ!鬼め!鬼め!鬼めえ!


 よく夢で聞こえる声が脳内に響き渡った。




 次の日。

 夜光はいなくなっていた。子供達が洞窟を隈無く探したが居なかった。

 

 「えー。夜光出て行っちゃったの?」

 「戦う方法教えてもらおうと思ったのに。

  何も黙って行かなくてもいいじゃん。」

 おたまに教えられ、ゆきと風太が残念そうにぼやく。

 「夜光は旅に戻ったんだよ。また会えることもあるさ。」


 「……あいつ。一人で旅する方が大変なはずなのに、何で……。」

 すずねは朝の水汲みをしながら、少し惜しそうに呟く。


 「すずね。留守を頼んだよ。

 ……くれぐれも、変な奴が来たら何もするんじゃ無いよ。私が帰って来るまで真っ直ぐ隠れ穴に向かいなさい。」

 おたまは旅装束に身を包みながら、すずねを睨んで釘を刺す。

「はーい。何度も聞いたわよ。」

 すずねは面倒臭そう返事をする。




 おたまが出かけてから1時間後ー。

 風太が慌てた様子で走って来た。


 「すずね姉ちゃん!また変なのが来たよ!武器は持ってなさそうだけど、洞窟にまっすぐ向かって来てる!」

 「分かった!私が『いつもの方法』で時間を稼ぐから、雀とお仙婆ちゃんに隠れ穴に行くように伝えて。」

 

 すずねは真剣な顔で白い装束を着込み、鈴を持って、笠の紐をぎゅっと結んだ。




***

 



 岩の洞窟の外では、草を掻き分けながら二人の男が様子を伺って居た。

 男達は伸ばし惚けの髪に、ボロボロの粗悪な腰巻を巻いただけの蛮族のような見た目だった。

 彼らはクマで輪郭がくっきりとした目と獣のような息遣いで、生き物の痕跡を探している。


 「何をちんたらやってるんですか。」

 怪しい男達の数メートル後ろから艶っぽい男の声がする。

 

 痩せ型の男が手頃な岩の上で足を組んで寛いでいる。

 植物模様が描かれた黒い麻の着物を着、頭巾で頭と口元を覆っている。

 「中に何人かいるのは感じます。手早くなさい。」

 男は犬か何かに用を命じるように手を叩いた。




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