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夜行鬼  作者: 参望
6話/烈風の鬼・後編
59/168

烈風の鬼・後編(7/8)

 珠が森の入り口に立っている。

 戻ってきた夜光に手を振る。

 「あ、兄上ー!」

 夜光は無表情のままだった。

 カムナはまだ気絶している。


 「赤ちゃん、無事だった?」

 「ああ……。」

 「まあ、兄上が助けに行ったから大丈夫だって思ってたよ!

 八重ねえ達は?」

 「戻ってくる……、多分。」

 夜光は気怠そうにその辺の石の上に腰掛ける。


 「今日、楽しかったね!

 雛菊と友達になれたし、人間と仲良くなる勉強も出来た!」

 珠は無邪気に夜光の隣に座る。

 「……それよりお前、ここに居ていいのか?」

 「なあに……?」

 「俺は赤鬼を殺してきた……。これからもそうする。

 お前の仲間も。

 俺達に付いて来るならお前は赤鬼と敵同士になるし、赤鬼の仲間だと言うなら今すぐお前を追い払う。」


 珠は少し不安な顔をした。

 「わらわは……、兄上と八重ねえの味方だよ。」

 「……何も考えて無かったのか?」

 「わらわはただ、兄上と仲良くなれば父上が喜んでくれると思ったから会いに来たんだ。

 でも、八重ねえの事もこんなに好きになるって思わなかったから、人間の仲間になるって気は無かった。

 でも今は違う。兄上と同じように人間と仲良くなりたい。」


 「じゃあ、俺が赤鬼の誰かを殺しても本当に平気なんだな?」

 八重からの拒絶で思う所があったのか、夜光は暗い表情のままだった。

 珠は言葉に詰まる。

 

 「お前は温かい場所に抱かれてて育ったんだろ……。

 そんな場所を抜け出すまでしてする事だったのか?」

 夜光は少し責め立てるように言う。

 珠は静かに口を開く。

 「人鬼や下っ端の天鬼はみんな良くしてくれた……。でもそれは、わらわが酒呑童子の娘だから。みんな本当はわらわを怖がっていた。」

 「そんなの、同じ鬼に殺されそうになるよりマシなはずだ。俺のように……。

 それに、きっとみんなに望まれて生まれたんだろう。」

 

 珠は少し黙り込んだ。

 「父上、言ってた……。

 わらわの事なんて興味無いって。仕方なく産ませたって。」

 夜光は珠の方を見る。

 珠は俯きながらも笑顔を作ろうとしていた。

 「母親は?」

 「母上もわらわの事が嫌い……。

 会う度に意地悪な事しか言ってくれない。」

 珠は寂しさを紛らわすかのように足をパタパタさせる。


 「でもね、父上言ってたよ!

 父上の子は兄上だけだって!兄上の事が好きだって!」

 「俺を?」

 疑う夜光。

 「本当だよ、直接聞いたもん!

 兄上の事になると嬉そうで、わらわの事は見てくれなかった……。」

  珠の嬉そうな口調が急にしおらしくなる。

 「でも、だったら何故今までそいつは俺の前に現れなかった……?

 何故今まで鬼達に殺されそうになるのを助けてくれなかった?」

 「それは、よく分からない……。

 でも、兄上が強くなって嬉しいのは確かだよ。」


 (知れば知る程、分からなくなる……。やっぱり会ってみるしか無い……。)


 「兎に角、わらわは兄上達にずっと付いていくからね。

 鬼の味方とか人間の味方とか正直難しいけど……、例え辛くても我慢する。」


 珠は夜光に寄りかかった。

 「兄上は兄上で、八重ねえが母上の代わりで、父上がいて……。あとカムナも!

 今日みたいにみんなで一緒に楽しく暮らせたらいいのに……。」

 「相手にされないのに、何でそこまで父親といたいんだ……?」


 「近くに居ても手が届かない、そう言う鬼だって分かってる。

それでもこの世でたった1人の父上だから……大好き。」

 珠は堪え切れず涙を溢れさせた。


 「鬼の癖に泣くな……。

 半分だけ鬼の俺だって泣かないぞ。」

 夜光は泣き顔から目を逸らし、わざとぶっきら棒な言い方をする。

 しかし、着物の袖で珠の涙をしっかり拭いてやった。

 思っても思った通りに気持ちが届かない歯痒さは、今の夜光にも分かる気がした。


 「おーい。夜光。」

 珠が夜光の膝で眠った後、森の奥から青い鬼の姿の冠羽が声を掛けた。


 


 「もう一晩泊めてやろうとも思ったが、急ぎの用みたいでな。」

 「あいつを、珠を1人で行かせ無いほうがいい気がする。俺も出て行く。」

 「いや、お前は後から行った方がいいかも知れん。1人機嫌がヤバイのがいるからな……。」

 「……?」

 「それにお前にはまだ課題があるしな。

 先に今日修行した場所に行ってろ。」


 冠羽は泣き疲れて眠っている珠を背負って、八重達のいる方へ飛んで行った。

 

 


***




 それから数十分後。

 月夜の光に照らされ、木の葉が落ちる音だけが響く森。

 黒と青。輝く体。変化した鬼が2匹対峙する。


 「昼間と一緒だ。小細工なしで儂を捕まえる、これだけだ。

 それが終わったら村から出してやる。」


 夜光と冠羽は対峙したまま動かない。

 そこに風が吹き、落ち葉がカサカサと音を鳴らす。よく聞くと虫の声もした。


 夜光が最初に動いた。

 落ち葉をじっくり踏みしめ、真っ直ぐ歩み寄る。

 冠羽はまだ手を出さない。

 夜光は冠羽の間合いにゆっくり踏み込み、手を伸ばす。

 (昼間の夜光なら投げ飛ばしてやる所だが……。)

 冠羽は大きく後ろに跳ぶ。

 しかし夜光は追って来ない。

 その場で片足を軸に大きく回る。戦う意志など感じられない。

 (作戦か?頭ん中の事が全然読めねえ。)

 冠羽は近寄らなかった。

 

 夜光は目を閉じ、舞うようにその場で回ったり、体を反らしたりする。

 その動きは冠羽が山の神に捧げた舞を彷彿とさせた。


 (あの船から落ちた時に感じた風の匂い。濃くなったり、薄くなったり……。)

 体を撫でていく風の中、夜光の脳裏に髪をなびかせて落ちていく八重の横顔が浮かぶ。


 風が大きく吹いた時、夜光は体を大きくしならせて上空へ跳んだ。 


 冠羽は緩急のある動きに警戒する。

 しかし、夜光は木の上を行ったり来たり、変則的に跳び回るのみだった。

 時々冠羽に接近するが、攻撃の為に接近してるように感じられなかった。


 (こいつ、掴んだのか?いや、掴もうとしている所か。

 だったら!)

 冠羽は風袋のような膜を横薙ぎに振って強風を起こす。

 

 (風が乱れた……。でも向かう場所は遠くに行ってない。)

 夜光は風にそのまま身を預けてふらりと倒れそうになる。

 

 (流石に受け身を取らずじゃ、隙が出来るぞ!夜光!)

 冠羽は夜光の着地地点を避けるように跳んだ。体勢を崩しているとは言え、着地地点は罠では無いかと感じたからだ。

  

 しかし、夜光は冠羽の予測地点に動かない。

 (自然の風が冠羽に繋がった……!)

 夜光は空を蹴って疾風を作り出し、その反動で強風の流れから脱出した。

 冠羽の懐へ一気に踏み込む。


 「クソっ仕掛けるべきじゃ無かったか!」

 冠羽は身を反らそうとするが、その注意は風袋の方まで届いて無かった。

 夜光は冠羽の風袋を掴んで引っ張り、思いっきり振り回す。

 遠心力に巻き込まれ、動けないまま地面に叩きつけられた。


 冠羽は体勢を立て直す。

 既に、首元に爪先を向けた夜光が彼の視界に入っていた。

 実戦ならば冠羽は急所を突かれていただろう。つまり勝負あったのだ。


 「冠羽……?」

 「は、何だよ?」

 夜光は目を開け、我に返ったように腕を下ろす。


 「そうだ。俺は冠羽と戦っていたんだ……。

 仕留めなきゃとか、やられるとか、いつもの体の強張りが無いから、途中から忘れてた。

 凄く静かで、楽しいけど、泣きたいような気持ち……。戦いなのに……。」

 「だはっはっはっ!何だそりゃ!」

  冠羽は大笑いした。


 冠羽は夜光が差し伸べた手をしっかりと握る。

 「……風の気持ちが分かったか。こんな短期間で。

 代わりに儂が火みたいにカッカとさせられるなんてなぁ。」 




***




 村の入り口で冠羽達が松明を持って夜光を送り出す。

 

 「お体に気をつけて。また遊びに来て下さいね。」

 夜遅くにも関わらず、雛菊の母や村人が弁当などを持たせて優しい言葉を掛けてくれる。

 「この子が大きくなったらまたお礼さして下さーい。ありがとー。」

 船から落ちた青鬼の赤ん坊の親達が深々と頭を下げる。

 「夜光お兄ちゃん、カムちゃん!珠ちゃんと八重お姉ちゃんに宜しくね!

 結婚したら教えてよ。」

 雛菊が人間形態に戻った冠羽の腕に抱き付きながら言う。冠羽は目をジトッとさせて鬱陶しそうだった。


 「まあ後はしっかりやれや。

 行き詰まったらまた来い。儂はどうせ暇だしな。」

 冠羽がケラケラと笑う。


 「冠羽……色々ありがとう。」

 「ったく、最後くらい師匠って呼べよ。」

 口を尖らす冠羽。夜光は自然と笑っていた。


 「俺様も今回は礼を言う……。

 やっぱり鬼の事は鬼に頼まにゃな。」

 カムナは珍しく神妙な様子だった。

 「カムナ……?変な物食べた?」

 夜光が心配そうに聞く。

 「うっせえわ!」


 「最後にちょっと……。」

 冠羽が夜光に耳打ちする。


 「実はお前の手当てをしてる時に血をちょっとな……。

 身分証明の代わりに少し舐めさせて貰ってたんだ。

 いくつかの人間の魂がお前の血に同調していた。あんなに信頼してるなんてのは珍しいもんだな。」

 「魂?誰の?」

 「さあ。斧持った筋肉達磨のオッサンと槍と刀持った男、それから黒髪の優しそうな女と、男の格好した良い女。

 お前の方が良く知ってるんじゃないか?」

 夜光は今まで血を貰った人間達の顔を思い浮かべる。


 「まあそっちはいいんだ。問題は『他の鬼の血』だ。

 お前、鬼を倒して血を飲んだか?」

 「!」

 「倒した鬼の血を何度か飲んでる……。妖術で体を乗っ取られた事もある。それが?」

 代わりにカムナが答える。夜光が我を忘れている時の出来事もあったからだ。


 「鬼が鬼の血を飲む事は滅多に無い。思念が強い生き物で、飲んだ者の魂を呪うからな……。

 でも、残念ながらお前の血から、天鬼や人鬼の影が見えた。 

 おまけにお前の血に反発している感じもある。

 今は、人間達の血やお前の血がそれを抑えているが、いつかは暴れ出す可能性もあるって事、一応覚えておけよ。」


 真面目な冠羽に、夜光の顔が曇る。カムナも唸った。


 「まあ、お前なら大丈夫さ。

 恨みや憎しみで心が暴れそうになったら今日の『風の舞』を思い出せ。

 そしたら悪い気持ちなんて何処かに流れて行くさ。」

 冠羽はそう肩に手を置き、夜光を安心させる。

 「風……。」


 夜光は村の祭壇の方を見た。

 山の方から心地良い秋風が通り抜けた。


 


 ***




 九尾が尻尾をはためかせながら、暗い森の中を突風のように駆けていく。

 八重はいろはの背に乗って五暁院に向かっていた。

 百之助の特務の為、このように急いでいる。

 眠った珠が落ちないようにしっかりと抱きかかえ、いろはの首の巻き毛に掴まっている。


 「奴の妹と聞いて、頼光殿が何やら思い立たれたらしい。

 内密に、そして最優先でとの事だ。」

 いろはは淡々と話す。それ以外の事は何も言わなかった。


 墓参りから帰らない彼女に流石に身を案じた百之助が、捜索の無期限延長を言い渡した。それにより2晩の間、人目を避けながら隣の奥山まで探し回っていたそうだ。

 しかし、彼はそれに怒っているのでは無い。

 青鬼と夜光の側に彼女がずっといた事が耐え難いのだった。

 そしてそれが何故なのか、八重は理由を密かに知っている。

 だから彼女も心配をかけた事を謝った後は何も言わなかった。


 「……それから、頼光殿から勅令を賜っている。読んでおけ。」

 

 八重はいろはの首から風呂敷を解き、巻き文を手に取る。

 妖除けの特殊な紐が厳重に巻かれている。


 八重はそれに目を通す。


 「何と書かれていた?」

 いろはが聞く。


 沈黙の後、八重は重そうに顔を上げる。


 「やる事は何も変わらないわ……。

 私のこの血で鬼を殺す……。命を懸けて……。」

 八重は声を低くし、見えない何かを重く見据える。

 珠を撫でる手は僅かに震えていた。




 <おまけ>

 夜光が旅立った後、冠羽は1人祭壇に寝そべって夜空を見上げていた。 

 (八重を頼んだぞ……夜光。

 儂は村を守らにゃいかん……。)

 

 「しかし、お前のように子供を持つのも悪く無いかもしれんな、『雷神』。

 夜光のような生意気な息子と技を競うのも楽しいもんだ。」

 冠羽は友を思い出しながら1人呟く。


 「冠羽、寂しくなったの?」

 雛菊が現れる。

 「ばーか、子供はもう寝ろって。

 ……いや、そうかもな。」

 冠羽はフッと笑う。

 「今日は隣で一緒に寝てあげようか?」

 雛菊は冠羽の隣で頬杖を突く。


 「ばーか。お前みたいな芋っこい娘なんかお断りだ。一生嫁の貰い手なんかねえだろうよー。」

  冠羽は背を向けて尻をかきながら憎まれ口を叩く。

 「えー、何それ酷い!」

 

 「だから儂が貰ってやる。

 大人になるまで待っててやるから、立派な良い女になれよ。」


 雛菊は目を潤ませて顔を赤くする。

 冠羽はそれを横目で見て、頭を掻く。大の大人が幼女に向かって何を言ってるのかと、恥ずかしくなったのかも知れない。


 「ばーかっ!本気にするな。

 人間と鬼とじゃ色々大変なの!ふつーが一番よ。ふつーが。」

 わざとぶっきら棒に言う。

 「冠羽の意地悪ぅー!」

 狸寝入りを決め込む冠羽。それを雛菊がポカポカと叩き続けた。




挿絵(By みてみん)

冠羽(かんば)』*名前は樺桜(かばざくら)から。

阿陀護(あたご)村に守り神として崇められている青鬼の天鬼。

 鬼形態の体色はスカイブルー。風神を思わせる風袋のような膜を生やしている。人間形態の見た目は子供。

 風など自然の中でも空気に関わる天候操作や術が使える。俊敏さ・手数・駆け引きで敵を翻弄。

 お調子者で欲望に素直。怠け癖があるが、本気を出すと計算高く丁寧な仕事をする。友達想い。


 昔から悪戯好きの青鬼でやりたい事を何でも好き放題やっていたが、明るく義理堅い性格で、里の村人からは昔から好かれていた。

 何かと、近所だった八重の父を気に掛けてやっており、村の危機の時には共にタッグを組んで戦っていた。

 八重の父が人間と禁断の関係に陥った後も、少し寂しい想いをしながらも、温かく見守る。失踪した後も、残された八重とその母親達を時々見守ってやっていた。



挿絵(By みてみん)

雛菊(ひなぎく)(7)』

阿陀護(あたご)村の住人。

 冠羽を慕う純真可憐な少女。

 冠羽が大きな子供みたいだと思い、自分から世話を焼く。

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