烈風の鬼・後編(3/8)
夜光達は岩の牢から外に出る。
出たその場所は崖の上だった。
下を見下ろすと、開けた岩場で村人らしき男達が何やら作業をしているのが目に入った。祭事に使う船を造っているようだ。
他、近くの小屋の窓から湯気が立ち、そこから竹ザルを持った女達が出入りしている。
更にその開けた岩場より下の遥か遠くの麓には、10に満たない数の茅葺屋根の家屋や、斜面に沿って段々に作った水田が見えた。
人口30人程度の小さな山村だった。
夜光達が立っている場所は山の上らしい。
「おーい、こっちだ!」
冠羽が崖の下から呼ぶ声が聞こえる。
下に行くと、冠羽が岩の祭壇で横になっていた。
寝台にも見えるが、背もたれが付いている長座椅子の機能もある。
彼は若い女達に囲まれ、特大の徳利に入った酒を煽っている。幼い少年のような姿ではあるが、やっている事は荒くれ者が女遊びをしているようにしか見えない。
彼の後ろには洞穴があり、その入り口には恭しく丸太のように太い注連縄や幣で飾られている。
「改めて挨拶させて貰う。ここの『鬼神』をやらせて貰ってる、冠羽だ。
ようこそ、阿陀護村へ。」
女達のはだけた着物から胸元や腿が見えるが、夜光はそれを何とも思わず、ただ怪訝そうに冠羽を見ている。
「へっ、偉そうにしやがって……。
人間達を術で操って従わせて、山の神でも気取ってるのか?あぁん?」
カムナがつっかかる。
「操って従わせる?そんな赤鬼みてえな事しねえよ。
『共存関係』にあると言って貰いてえな。
野盗や侵略者、悪意を向ける人間達、それから人間を喰いたい鬼や支配したい鬼、そして自然の力。あらゆる脅威から儂がこの村を守ってんだ。
もう30年位になるかな……。」
「根暗で縄張りに閉じこもって何してるか分かんねえ『青鬼』らしいぜ。脳味噌筋肉で直ぐキレる赤鬼と比べたらマシだがな。」
カムナは顎を開いて警戒するが、夜光は興味を示す。
「俺と同じ、人間を守っているのか……。」
「おいおい、そんなにお人好しみたいに言うなよ。
儂は鬼だ。自分の身を守れない弱き者達をタダで助けやしない。
守りの対価には、『畏怖』と『供物』、それから『娯楽』を要求している。そりゃ、村人達は儂を『鬼神様』と畏れ敬い、毎日酒と飯を捧げて、相手をする生娘を差し出して来るもんさ。」
冠羽は近くにいた女の顔に接吻し、怪しく笑う。
「ふふふ、『キツイ農作業』と『鬼神様の話相手』って言われたら、鬼神様の相手の方が楽だもんねー。どうせ、適当にお酒飲ませていい子いい子してれば後は勝手に潰れて寝ちゃうし。」
女の1人が言う。
「えっ!?」
「そうそう、抱き付いてスケべな事ばっか言うけど、無理矢理押し倒したりして来ないからねー。」
「それに雛菊ちゃんが奥さんだから、変な事出来ませんよねー。」
若い女達がキャッキャと笑いながら各々の腹の中を暴露する。
「っぶはっ!!儂がいつ雛菊をカカア(妻)にした!?子供の言う事を真に受けんな!」
冠羽はむせながら指摘する。
すると、何処からとも無く雛菊が走って来る。
「冠羽ー!昼間から飲んでちゃ駄目でしょ!
見回りのお仕事して来ないと夕飯抜きですからねっ!」
「うるせいやい!『祭り』の日ぐれえ、いいだろ別に!」
舌足らずの雛菊に説教される冠羽を見て、若い女や周りで作業してた村人達がどっと大笑いする。
「お前ら、儂をもっと敬えって……。」
冠羽は指摘するのが面倒臭くなって不貞寝した。
「鬼神様……ねえ。随分と緩い上下関係だな。」
カムナが興味無さそうに言う。
一方、夜光はその光景を好意的に見ていた。
(何でだ……。凄くあったかい感じがする。)
(人間をこんなに野放しにして、一緒に笑いあっている。赤鬼じゃ考えられないのじゃ……。)
珠はその暖かな光景を不思議そうに見ていた。
八重が手を挙げて、割って入る。
「所でおじ様。用って何です?」
「ああ、まずは坊主の方だ。八重はひとまず休んでいてくれ。
えっと、夜光だっけか?ちょいと一狩行こうや。」
夜光と冠羽は雑木林の方に出かける。
呑気に鼻歌を歌っている冠羽に対し、夜光とカムナは横目で彼の動きを探っている。
(わざわざ人気のない所に連れて来やがって。何を企んでやがる……?)
冠羽が最初に口を開く。
「お前、ただの鬼じゃねえよな。
半分人間か何かだって?」
夜光は身構える。
「そんな怖い顔しなさんな。
いやさ、牢屋の方に向かう時、自然に聞こえてきちまったんだ。
まあ戦った時、何となく普通の鬼じゃねえとは思ったけどよ。」
「馬鹿にして殺したくなったか……?他の鬼が俺にしたみたいに……。」
夜光は睨む。
冠羽は両手を振って彼を宥める。
「落ち着けっての!
……そうとは知らずに『鬼ならどうせ直ぐ治るから』って思ってやり過ぎちまって、なんか悪かったな。」
夜光は面食らったような顔をする。
「なんか、お前に謝られると胸がムカムカする……。」
「そうかいそうかい。
お詫びと言っちゃ何だが……、ほれ聞こえるだろ?」
「!」
夜光は耳に『何か』を感じ取る。
冠羽はいきなり疾風の如く駆け出した。
軽やかでありながら力強い踏み込み。風圧で地面の木の葉が舞い上がる。
動物が4足歩行で全力疾走するよりも速かった。
「どっちが先に捕まえられるか競争だーい!」
「む、かつくっ!」
夜光はそう吐き捨て、後を追う。
「や、夜光ムキになるな!らしくねえぞ!」
カムナが宥める。
(まさかこいつ、青鬼に負けたせいでムキになってるのか?
昔はここまで戦う相手に執着しなかったってのに……。)
夜光と冠羽が跳んで走る事、数秒。
前方に森を駆ける大きな猪を発見する。
「よっしゃ、貰ったぁー!」
冠羽は猪の背に跨る。
猪は興奮状態になり、足蹴りで土や小石を飛ばしながら暴れる。
少し遅れた夜光は、顔をしかめて突進してくる猪の前に出る。
そして毛むくじゃらの巨体に付いた牙を掴んだ。
「お?!馬鹿、何してんだ!死ぬ気か!」
冠羽は何かに焦って叫んでいる。
夜光は構わずそのまま空に弧を描き、横投げで地面に叩きつける。
猪は衝撃音と共に悲鳴を上げ、失神した。
「俺の勝ちだ……!」
夜光は挑発するように閉じ気味の目で睨み、下顎を向けて見せる。
しかし、冠羽はそんな事と言わんばかりに、焦っている。
「おめえ、猪の牙触ったろ!?大丈夫なのかよ?」
「牙がどうしたって?」
「……?」
やけに心配そうな冠羽に、カムナと夜光が不思議そうにしている。
「動物達の角とか牙に『毒』があるのを知らんのか?!」
「毒ぅ?
長年こいつといるが、そんなので変になった事ねえぞ?」
「あーそっか。半鬼だから効果がないのか……。」
冠羽が頭を掻きながら説明する。
「いや、実はあるんだよ。鬼に効く毒がさ。
角とかの表面に細かい棘があって、そこから出て来る油みたいな液に触れると皮膚がかぶれて、それがどんどん広がって体が壊死しちまうんだ。
匂いとかで分かるし、野良鬼でさえ知ってる事なんだがな。」
「ま、まじかよ!」
カムナが青ざめる。
「まあ、考えても見ろよ。
こんな肉好きの鬼達が野山を当たり前に走り回ってんだ。何もしなけりゃこの世界の動物なんて、今頃奴らに全部喰われて絶えてるぜ?
だから獣達は遥か昔に鬼に対抗出来る毒を持てるように、体の一部を進化させたのさ。
動物だけじゃ無い、大昔の人間達だって赤鬼の侵略に堪え兼ねて魔除け札を作り出したんだぜ。
ま、穏健派で人と関わらない青鬼とかには、とんだとばっちりでしか無かったがな。」
「……青鬼は人を襲わないのか?」
「まあ余程ムカつく事されない限り、基本手は出さねえって考えの奴多いな。例え興味が湧いて戦いたくなっても、ちゃんと礼儀を払うぜ。
赤鬼達が色々やらかして悪目立ちするせいで、人間からは鬼全部が悪いって一緒くたにされてるけどな。
……全く、昔から迷惑な奴らだぜ。
そもそも、野良鬼とか言う獣以下の野蛮な鬼がのさばってるのも、元はと言えば赤鬼が原因だしな。強い血統を残す事に躍起になる中で劣等種を生み出したとか……。
最近じゃ、人間を利用して人鬼だか獄鬼だか変なのまで作り出してる始末だ。」
冠羽は煙たそうに手で仰ぐ。
夜光はひたすら目を丸くして聞き入っている。
「鬼は皆んな悪いって思ってた……。
人を襲って、俺みたいに悪い物を引き寄せるって。」
「悪い物?
もしかして『妖気』の事か?
それなら儂もあるさ、でも青鬼は自然と一体になる事でそれをもっと『良い風』に変えて土地の環境を良くするんだ。」
「じゃあ、誰かが悲しい目に遭うのを防げるのか……?!」
「まあな。
しかし、元々妖気ってのは『純粋な力』だ。
厄災を引き起こしたり、妖気が悪い方ばっかに傾くってのは種族が長年溜めあげた悪事や呪いとか、『業』が原因なのかもな。」
「悪事、呪い……。俺に流れる赤鬼の血の……。」
夜光は恨めしそうに瞳に影を落とす。
「しかしおめえ、思ったより鬼の事知らねえんだな。」
「まあ、夜光は物心ついた時から野良鬼とかに弱い者いじめにされてたからな。
俺様も噂程度の鬼の知識しかねえし、細かい事は教えてやってねえ。」
カムナが付け加える。
「ふーん。」
冠羽は暫く夜光をジロジロと見る。何か企てているようだ。
「なあ、夜光よ。鬼にしか分からない事をもっと知りてえんじゃねえか?」
「……ああ。」
「やっぱな。おめえさん、儂に負けて悔しかったろ?」
冠羽はからかうようにケラケラと笑う。
夜光は反射的にキッと睨む。図星だった。
カムナは一理あると思った為、黙っていた。
(確かに夜光は自分よりデカくて馬鹿力な奴とは戦い慣れてるが、自分と同じくらいの奴とはやり慣れてない……。それに駆け引きの上手い奴となると……。)
「色々学んだら強くなって勝てるかも知んねえぞー?」
「……分かった。教えろ。」
夜光は考えた末、同意した。
「……礼儀がなっとらんな。
じゃまず、敬愛を込めて儂の事を『師匠』と呼んでみなー。」
冠羽は上機嫌で耳を澄ます。
「モタモタするな。さっさと教えろ、この『ししょう」。」
夜光は腕を組んで冠羽を見下す。
「かわいくねえな、こ・の・や・ろ・う……!」
冠羽は拳を握ってわなわなと震える。
「何やってんだ……。」
カムナが溜め息を吐く。
そして、夜光と冠羽は鬼に変化し、組み手などを始めた。
色鮮やかに染まり始めた落ち葉が舞う中、黒い鬼が空に突きを放ち、青鬼がそれをヒラリと何度もかわす。
「角の奥で危険を察知してから回避じゃ遅えぞ!
鬼ってのは優れた勘に頼り過ぎている種族だ!
裏をかいて攻めの好機にしていけ!一つの情報から多方面に、そして先の先の動きを想像しろ!」
(届かない……!血の力!)
夜光は肘から突起を生やそうとする。
しかしその隙を突かれ、顎に膝蹴りを食らう。
「おっと、そいつは禁止だ。
まずはお前の力だけで儂を捕まえて見せな。」
夜光はそのまま足を引っ掛けられて地面に転ばされる。
仰向けに倒れ、起き上がってまた冠羽を追う。
しかし彼の速さに追い付けず、何度も転ばされる。
そしてまた立ち上がる。
その中で夜光は悟る。
(子供の時、野良鬼達に勝てなかった時も、よくこんな気持ちになった。胸がムカムカして、体が震えて、奥歯を噛んでないと目から水が出そうになる……。
俺は……、皆んなの血がないと、こんなに弱かったのか……。)
夜光は人間の姿に戻り、落ち葉の上に仰向けになって息を整えている。
目から闘志は消えず、どうすれば上手くいくか必死に考えていた。
冠羽は近くの太い竹を切って筒を作る。
とどめを刺し終わった猪の脇腹に小さな切れ込みを入れ、流れる血を竹筒に溜める。
そしてそれを夜光に手渡した。
「ほら、残りの傷が治るようにもっと飲め。」
「……後でいい。続きを頼む。」
夜光は立ち上がる。
「いいから休憩っつったら、休憩だ。
ったく、ツンツンしてるっていうか、石頭っていうか。」
冠羽は急にふっと笑い、夜光の側に腰掛ける。
「なんか、『あいつ』を思い出すな。
昔は儂が夜光の立場だった。」
「?」
「儂には『雷神の相棒』がいてな。
強え青鬼で、その癖戦うのが嫌いで、引き篭もってばっかの変わった奴でさ。
昔そいつに負けたんだ。
そいつ、負かした奴の存在なんざ眼中になくてよ。
儂は悔しかったから無理矢理付き纏って、勝負を挑んだりしてさ。
でも赤鬼から村を2人で守ったり、懲らしめに行ったり、いつの間にか仲良くなってな。
青鬼は周りとあまり連まねえ、孤高の種族だ。
その少ない関わりの中から、お互いの力を高め合える『友達』と巡り会えたってのは本当に……奇跡だよな。」
冠羽は少し寂しげに笑う。
「『友達』ってよく分からないが……。
お前が強いって言う奴なら、そいつも強いんだな。会わせてくれ。」
「ああ、いつかな。
今は何処にいるか儂さえもわからねえ。
『大切なもの』を手に入れてから、1人ぼっちでそれを守る戦いに出かけちまった……。もう10年とちょっとになる。」
「さてと。」
冠羽は気持ちを切り替えるように、跳び上がって着地する。
「もう少し休んだら続きやんぞ!次はもっとしごくから気合入れろよな!」
意地悪そうに激を飛ばす冠羽。
しかし、今の夜光はそれで苛つくような事はなかった。少し微笑みながら頷くのであった。




