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夜行鬼  作者: 参望
6話/烈風の鬼・前編
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烈風の鬼・前編(5/7)

 駆け出す2匹の馬。

 紅鳶がその内1匹の背に跳び乗り、首を絞めて大人しくさせる。

 馬は珠の姿に戻った。

 紅鳶はそのまま肩腕で首を絞め続ける。

 立て続けの変化で珠は体力の限界だったが、喘ぎながらも抵抗する。

 

 「因みに貴女があまりにも激しく抵抗した場合、手足だけは折っても良いと許可が出ております。

 大丈夫。骨が治るまで牢で静かにして貰うだけです。ご実家の薄紅天鬼にはバレませんし、出た後も告げ口なんかしない良い子に更正してるでしょうぅ。」

 「わ、わらわは、酒呑童子の、父上の子じゃ……。やるならやるが良い!」

 「宜しい。じゃあ、歯喰い縛れぇ!」

 珠はぎゅっと目を瞑る。

 紅鳶は喉の奥から気味の悪い笑い声を漏らしながら、珠の両腕を背中側に回し、肘の関節をじわじわと逆側に曲げる。

 珠は、悲鳴は我慢できず、直ぐに金切声を上げた。


 紅鳶はまだ続けようとする。

 だが、怪しい気配を感じ取って動きを止め、後ろを振り返る。


 背後の燃える桜の木の下ー。地面に手を着いてる少女が見える。

 少女は火の粉や熱風と共に髪をなびかせ、立ち上がる。

 発光するに留まらず、髪は群青色に色濃く染まり、瞳は鬼と同じ黄金色をしていた。

 

 その少女・八重の脳裏にある昔の光景が浮かぶ。

 燃える村。鬼達の獣のような息づかい。悲鳴。

 自分の目の前に立つ、鬼になりかけた人物。その人物が自分に向ける覚悟の眼差し。

 火の色に染まった桜の木。最後の言葉。口へと流し込む血の味。白く冷たくなった亡骸。


 「もう誰も、何も残されて無い……。そんな場所にまで、まだ……!鬼は、お前達は!!」

 髪の毛が大きく広がり、炎のように揺らめく。


 八重は涙を流しながら、憤怒の表情を浮かべて走り出す。外套を投げ捨て、重い大太刀を片手持ちにする。


 (今のこいつの匂い?いや気配は……。

 あははは、やられたぜ……!角は無い、でも鬼だ……!)


 紅鳶は珠を投げ捨て身構える。

 一旦そうしなければ珠が巻き込まれると思ったからだ。それ程までに八重が怒りで我を忘れているという事でもあった。


 大太刀が、空に激しく線を刻む。

 紅鳶は避けるので精一杯だった。跳ぼうが退こうが、鬼神のような少女が彼にぴったりと喰ら付いて来る。

 そうこうしている間に、あっと言う間に間合いを詰められる。

 身体中に出来た細かい刀傷から紫の煙が立ち始め、紅鳶は呻きながら膝を突く。

 八重は大太刀を逆手持ちにし、吠えながら、振り下ろす。


 紅鳶はニヤっと笑い、足払いで姿勢を崩させる。

 「バァカ!力み過ぎだぁ!」

 そのまま下から小手を打って、大太刀を落とさせる。


 だが、八重は少しも怯まない。

 紅鳶の首や腕に爪を立てて掴み掛かろうとする。その手は紅鳶の面頰を叩き飛ばす。

 紅鳶は腕を掴んで、八重が突きを放った方向に投げを放つ。

 「どんなに馬鹿力が出せようが、格闘は素人!人間時代、上忍だった俺に勝てるかぁ!」

 紅鳶は歯を見せて、勝ち誇ったように笑う。

 八重は背中から地面に叩き付けられる。

 

 「これで終わりだ!」

 手先を槍のように尖らせ、八重の首を目掛けて突く。

 「うああああぁ!」

 八重もまた突きを放つ。


 二つの力は各々の急所逸らし合う。

 紅鳶の手刀は八重の肩を抉り、八重の拳は紅鳶の口に入る。

 拳からは血が出ていた。紅鳶が噛んで止めたのだった。


 「あ、あああぁっ!」

 呻く八重。

 荒い息の紅鳶。勝ち誇ったように笑みを浮かべる。


 (へへへ、やっとか。

 しかし、『鬼のようなものに変わる人間の雌』か。城の知恵者に持ち帰って特別手当を貰うのも良いが……、これ以上はどんな妨害をされるか分からん。可愛い悲鳴を聞きながらズタズタにしてやる。)

 紅鳶は手刀を振り上げる。 


 その時、口の端から唾液と血が垂れそうになった。

 彼はそれを防ごうと、何気なくそれを飲み込んだ。


 その瞬間、紅鳶の体は痛みと痺れに包まれた。視界も白くなっていく。

 八重の上に覆い被さるように倒れ込む。

 (待て?!いつ、何をされた……?)


 八重は紅鳶の下から這い出て、彼を仰向けになるように跳ね除ける。

 「もっとっ……、飲めええぇ!!!!」

 血が出る拳を喉の更に奥に突っ込む。

 

 「がっ……、ゴボッ!あぁ、あああぁぁぁ……!」

 紅鳶は身体中の色素を失って、骨と皮だけに痩せ細っていった。


 (へへへ……。そういう事か。こいつは、面白い、『隠し種』だ……。)


 八重は地面に転がっていた大太刀を拾い、手首と肩の痛みに耐えながら突き刺す。

 何度も何度も、紅鳶が紫の煙まみれになって絶命しても。

 黄金の瞳から涙を流し、群青色の髪を振り乱し、歯を剥き出しにして刺し続ける。




 「……!」

 珠は離れた場所から、ずっとその戦いを見ていた。

 恐れと畏れが複雑に絡み、立ちすくんでいる。

 

 (角狩なのに、鬼なのか?でも、わらわ達といろんな所が違う……。一体なんなのじゃ?)


 その時、背後から何かが軋む音がした。

 振り返る珠の視界に入って来たのは、幹の真ん中から折れた桜の木だった。 


 「わああっ!!」


 珠の悲鳴で我に返る八重。

 大太刀も、紅鳶も捨てて、その木の下に滑り込んだ。


 珠は顔を上げる。

 八重が珠の頭を腕に抱きながら覆い被さっていた。

 後ろには折れた木が倒れており、炭になりかけて所々砕けていた。

 八重の髪と瞳は元の色に戻り、涙は熱を失っていた。

 

 今の八重は怒りや憎しみが消え、子供の身を案ずる慈母の顔になっていた。

 八重は珠の頭巾に付いた煤を払い、優しく肩を抱く。

 「ごめんね……。怖かったよね……。

 私がやるべき事は、誰かを助ける事なのに……。」


 (鬼に誰かを助ける優しさなんていらなくて、人間は弱いからそうしてるんだって、教えられて来た。甘えちゃいけない。全部自分で勝ち取らないといけない。

 だから、抱っこも我慢して来た。

 でも……。)


 珠は自ずから八重を抱きしめ返し、頬を寄せた。

 こんな時何と言ったら良いか分から無い。だからそうしたのだった。


 (人間の匂いに戻ってる……。

 でも、人間なのか、鬼なのか、今そんなのはどうだっていい。

 強くて、優しくて、あったかいこの人に、ずっとこのまま抱っこして貰いたい……。)


 「名前、何て言うの?」

 珠は瞳の色や髪色を見られないようにしながら聞く。

 「八重よ。」

 「じゃあ、『八重ねえ』って呼ぶね。

 わらわは、珠。」

 「珠ちゃんね。

 お家は何処?送っていくわ。」

 

 八重は何気無く手首を見た。携帯用の風車が回っている。

 「邪気……!まだ、何かいる!」


 珠ではなく、燃える森の奥からやって来る人物に身構える。


 「仕事の出来る奴は『保険』も用意しとくもんだ。

 まあ、『分身』の体で任務に臨むぐらいは常識だろ?」

 しゃがれた声で、忍びのような格好の人鬼。

 紅鳶。それも無傷だった。

 

 八重が倒した方の紅鳶は獄鬼の死体に変わった。

 「この人鬼、本体がいるの?!」


 「てめえの手口は全部見切った。

 元実様は待つのがお嫌いでな。俺も、俺が無能だと勘違いされるのは腹に据えかねる。いい加減終わりにしようやぁ……!」

 紅鳶は大きな鬼に変化する。




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