烈風の鬼・前編(4/7)
八重は大太刀を抜刀した後、両手持ち脇構えの体勢になる。
「音と匂いで武器を持った小娘が近寄って来てると思ったが、やっぱり角狩か。
一人で現れるとは舐められたもんだ……!」
紅鳶は片手で腹を抱えて笑う。
(並みの人間の小娘の体格で、足や腕は細いばかりで筋肉量が無い。そこに、あの大袈裟な大太刀か……。
ふん。案の定、両手持ちでも刀の重さに引っ張られて腕も腰も安定してない。
ハッタリか?)
八重は息を大きく吐き、大太刀の峰を肩に乗せて担ぐ。
栗色の瞳が黄金に、黒い髪が群青色にぼんやりと発光し始める。
それを合図に、紅鳶の方へ一気に距離を詰める。
「!!」
それは暴れ牛のように力強く、素早い踏み込みだった。一蹴りしただけ砂や小石が激しく跳ね、彼女の歩幅の倍の距離を進む。
紅鳶はその動きから彼女が並の人間では無いと悟る。
(最初の時と力加減が変わった?!こいつ……!)
上段からの袈裟斬り。
大太刀の重量とそれを振り下ろす時の遠心力、そしてそれ以外の何らかの力が合わさった、破壊力のある斬撃だった。
紅鳶は片手で受け止めてやろうと言う思考を止め、斜め後ろに跳んでかわす。
ビュオッっと、激しく風を切る音が聞こえ、一瞬近くの草が倒れ、木の葉が騒めく。
紅鳶は更に大きく宙返りして、木の上に着地する。
しかし、八重はそれに追いつく。彼女も木の高さまで跳んだのだ。
「そこだ!」
八重は大太刀の峰を下に向けて持ち直し、逆袈裟斬りを放つ。
その峰打ちの刃は珠を抱えている方の腕を打った。
紅鳶の腕の骨が砕け、珠が解放される。
八重は片手と膝で珠を胸に抱え込んで着地する。
「大丈夫?」
「う、うん……。」
八重は先程までの修羅のような表情を綻びさせ、優しく問い掛けた。
珠は八重の顔を恐る恐る見上げる。
珠の安否を確認して間も無く、八重は再び武器を構えた。
「向こうに馬がいるわ!早くそれに!」
「馬鹿力がっ……!」
八重は珠を庇い、紅鳶の爪と迫り合いを始めた。
珠は八重を振り返りながら、言われた方向に走る。
(あの女の角狩……、わらわが角を隠してるから人間の子供だと思ってる?目的の『兄上』は角狩とつるんでいると言う噂……。これは好機かもしれぬ!
……それに、弱者として守られたのは癪じゃが、……綺麗で、いい匂いがして、ちょっと格好良かった!)
珠は八重の温もりや、優しい声を思い出して頬を染めた。
一方、激しく拮抗したままの両者。
紅鳶がフッとしたり顔をする。
「お前の存在は気になるし、たっぷり腕の礼をしてやりたいが、俺の任務は雑魚相手じゃない。さっさと姫をお届けしなければ。」
紅鳶はそう言うと、片手を挙げて合図する。
既に変化を終えた獄鬼が2匹、咆哮を上げながら茂みから現れる。
「お前ら追い着くのが遅いぞ!
角狩、それも女の生き餌だ。骨も残さず喰らってやれ。最高に、下劣になぁ!」
紅鳶は下衆な高笑いをしながら、蹴りを放って脱出し、八重の脇をすり抜ける。
「待ちなさい!」
八重は追おうとするが、獄鬼達の巨体がそれを阻む。
八重は四方から跳び掛かる獄鬼達に、大太刀を振るって間合いから遠避ける。しかし、獄鬼も肉食獣並の素早さがある為、間を通り抜ける事が出来ない。
「小娘のくせに、でかいブツを!
これならどうだ!」
獄鬼達は角に神経を集中させ、青い火の玉を放つ。
「しまった、鬼火!」
八重は横跳びで火の玉を辛うじて避ける。
しかしそれに気を取られ、獄鬼の1匹に背後から羽交い締めにされる。
宙に浮いた足で獄鬼の腹を蹴とばそうとするが、もう1匹の獄鬼に両足を捕まれる。
「くっ!」
八重は拘束を解こうと暴れるが、体勢のせいで上手く力が入らない。
「生きがいいのはいいが、手こずらせやがって……。」
「ご命令だ。最高に下劣にしてやる、へっヘッヘッヘ……!」
両足を持っている獄鬼は八重の足を左右に広げ、股を開かせた。
「珠姫様ぁ、出て来なさい。」
紅鳶が歩み寄りながら叫ぶ。
珠は馬に化けていた。八重が乗って来た馬の隣にいる。
「フフ、無駄ですよ。私には震える貴女の呼吸音も、匂いも、バッチリ分かります。
それに、また獣に化けてやり過ごそうなんて思わないで下さい?子供の貴女には、もうそんな妖力は残って無いはず。」
「……!!」
珠の頭の中は混乱状態にあった。
(変化も限界……。このままじゃ捕まる……。でも流石にあいつの足からは逃げ切れない!どうしよう……。)
獄鬼達は草鞋程の大きさの舌を出し、虎のような歯を見せて下劣な笑みを見せる。
羽交い締めしてる方の獄鬼が頬から首を、両足を持っている獄鬼は腿の内側を舌でなぞり始める。唾液が垂れている。
「……ぅっ!!」
八重は歯を喰い縛りながら、鬼達を鋭く睨んだ。
「へっヘッヘッヘ、前座はお嫌いで?それとも、もっと痛いのが好きかい?」
「手、足、尻、腹、脇、胸、頭……。ちょっとずつ喰ってやるから、いい声で鳴け、よ……グヘッゴホッゴホッ!」
獄鬼は話の途中でむせる。
煙と煤が口に入ったようだ。
周りからは火の手が上がっていた。
先程、獄鬼が放った鬼火が木に当たって森が火事になったようだ。
「こうケムいと集中できねえ、場所変えようぜ!」
八重は花を供えた桜の木のある方を見て、血相を変える。
「……まさか!」
「……離せ!」
八重の髪から放たれる群青色の光が濃くなり、揺らめく。
「ん?えっ、何だこの力!?」
八重の両足が狭まり、やがて腿を舐めてる獄鬼の首に絡み付く。
そのまま四の字固めで締め上げる。
「ゲグッ!っぉ!!!」
獄鬼は泡を吹く。
「離せっ!」
八重は叫ぶ。
そのまま羽交い締めの獄鬼の腕を力任せに外してしまった。
脱出した八重は、2匹の獄鬼の首を大太刀で跳ね飛ばす。
首は血を撒き散らしながら火の海に落ちていった。
八重は獄鬼達には目もくれず、桜の木のある方へ駆け出す。
「お願い!燃えないで!」




