烈風の鬼・前編(1/7)
大江曽山と京の中間地点にあたる山の中。
青白い月光に照らされた岩肌の上を駆けて行く者がいる。
前髪が長く、細身で背の高い男。角狩衆・貞光隊の隊員、三ツ葉であった。
背中に脇差し程の長さの直刀二本、腰に弩、その他にも単独任務で必要な装備を装束に仕込んでいるが、表面に複雑な凹凸がある岩場の斜面を軽やかに跳んで渡って行く。
常人なら、装備の重さでまともに動けないだろう。距離が離れた岩と岩を跳んで渡るなどもっての外である。
この軽業に秀でている所も貞光隊の特徴である。
「!」
三ツ葉は何かに気が付き、近くの木の上に登る。
そして太い枝の上で、手首に付いた何かを確認する。手首には革紐の腕輪のようなものが括り付けられ、その腕輪の表側では金属で出来た小さな風車の飾りが静かに回っていた。
この携帯用の風車は、角狩衆の砦などで使われている風車よりも小型であるが、邪気を感知して回ると言う機能は変わらない。
三ツ葉は、直ぐに襟元に潜ませていた頭巾を引っ張り出して頭や口を覆う。
そして何かを待った。
数分後ー。
3つの人影が進行方向からやって来るのが見えた。
1人は黒い麻の着物を色っぽく着崩した女。残りの2人は腰巻きだけ纏った目元にクマのある男だった。
「ったく、こんな妖避けの多い方面に行かされるなんて……、主様も無茶言うよ!
ほらお前ら!へばってないで早く私の先を行ってちゃんと確認して剥がして来るんだよ!幾ら私には妖避けが効かない言っても、ピリピリして気持ち悪い事には変わりないんだからね。」
女は機嫌が悪そうに、男達の尻を叩く。
「で、でも、流石に飲まず食わずで城からここまで走らされては身が持ちません……!は、早く金魚石の許可を!鬼になって血肉を喰らわねば苦しくて堪りません!」
「お前らは一回鬼に変化すると暫く元に戻らないだろ!その間の札剥がしはどうするんだ?あ?!それに飲まず食わずはこっちも同じだよ!」
男達は半泣きになりながら、隠れた札を探しに辺りに散開した。
人が近くに住む山道や森には妖避けが貼られている事が多いが、ここ最近では元実の命令で獄鬼達が剥がして回っている。都への流通や人の往来に対する被害もこれが原因であった。
三ツ葉はそのやり取りを落ち着いた様子で聞いている。
(人鬼に、獄鬼2匹か。
こいつらは何をこんなに急いでいる?)
女人鬼は溜め息を吐いて近くの木に寄りかかる。
しかし、直ぐに目をカッと開く。
「殺気?!」
気付いて角を生やした時にはもう遅く、三ツ葉の手が下顎を掴み、直刀の先を首に当てていた。直刀には朱色の液体が塗られている。
「いつの間に!?
匂いも、姿もないぞ!」
鬼には優れた嗅覚や動体視力がある。普通ならば三ツ葉は見つかっても可笑しくない。
見つからなかった理由は装備にある。貞光隊の装束は通常の角狩衆の装束と違い、隠密に優位な加工が施されている。
『鬼隠れ(おにがくれ)』と言う柊の葉のや花弁の粉末を水に溶いて染み込ませているのだった。
節分の魔除けにも使われているこの柊は、鬼が認識出来ない色素を含んでいる。その為これを染み込ませている装束を纏えば鬼達は姿を捉える事が出来ない。
また独特な匂いがあり、それも鬼には認識する事が出来ない匂いであり、着ている人間の匂いを打ち消してくれる。
「な、刃が浮いてる?!」
異変に気付いた獄鬼達が近寄るが、主人の女人鬼が何に拘束されているのか認識出来ず、混乱している。
三ツ葉は直刀に力を込める。そして、冷淡な声で囁く。
「答えろ。何の目的で此処にいる?
何故、こんな少数でこの方角に?都が目的か?」
「へへ、言うかよ……!こっちも主人に命握られてんだ。墓場まで持ってくさ。
でも墓に行くのは、お前が先だ!!」
女人鬼は笑い、三ツ葉を背負い投げする。
三ツ葉は冷静に受け身を取った。
「お前達、獄鬼になれ!許可する!」
女人鬼は皮膚を硬化させて鬼に変化する。
三ツ葉の背丈の3倍はある、化け猫に角を生やしたような醜い姿になった。鋭く長い五爪が目立つ。
男達も、赤い結晶を飲み込んで獄鬼になる。
三ツ葉は木の陰に隠れて弩を構え、まず変化途中の獄鬼に朱矢を飛ばす。1匹目が叫ぶ。心部を押え、地面でもがく。
「何処だ?何処に?
がっ!」
2匹目の目に朱矢が刺さる。
「いたぞお、そこだああああ!」
2匹目の獄鬼は苦痛を掻き消す為に咆哮しながら、矢の飛んできた方に駆けて行く。
追撃の矢が飛ぶが、それをかわして木の茂みに太い両腕を伸ばし、思いっ切り爪を立てる。
だが、その腕に肉と骨を裂く手応えは無い。
代わりに、木を蹴る音がし、それが間髪入れず獄鬼の腕を蹴って懐に入り込む。
獄鬼が最後に見たのは二本の刃の輝きと、氷のように冷たい眼差しだった。
刃は硬い皮膚と皮膚の繋ぎ目の僅かに柔らかい部分、しかも首の太い血管がある部分を見事に刺し貫いていた。
三ツ葉は獄鬼の首元から逆手持ちの直刀二本を抜き、素早く後ろに跳んで離脱。
彼が血振りをすると同時に、獄鬼の肉が酸で焼ける音がし、大量の血と紫の煙が噴き出した。
雑魚を倒したのも束の間、三ツ葉は次の敵に備える。
「!」
回転しながら飛んで来る死体。その血が三ツ葉の腕にかかる。
女人鬼が1匹目の獄鬼の死体を投げたのだった。
「よし、見えたぞ!その血痕のある場所だっ!」
女人鬼は4つ足で駆け出す。
三ツ葉も臆せずただ前へ突き進む。
女人鬼は好機とばかりに、爪を立てて下から上へ片腕を振り上げる。
熊よりも重々しい張り手が三ツ葉の顔を削ぎ落としてしまうかに思えた時ー。
彼は女人鬼の反対の腕の方へ飛び込み、前転でかわした。
そして、すれ違い様に体の突起を掴んで跳び乗り、腰に直刀二本を突き刺す。
刃は肉までは通らず、浅かった。
「馬鹿め!そんなもの、コリが取れて気分が良いくらいだわ!」
女人鬼は勝ち誇ったように嘲笑う。
しかし、三ツ葉は冷静に刀から手を離し、女人鬼の追撃をかわしながら、刺さった直刀の柄に飛び蹴りを加える。丁度槌で釘を打つような感じだ。
それを何回か繰り返した時。
女人鬼の傷から血が流れ出し、紫の煙が出始めた。
「こ、小細工め!」
女人鬼は刀を抜こうとするが、その手の平に朱矢が刺さる。
その後、攻撃をことごとくかわされ、何本もの朱矢を撃たれる。回復の追いつかない、ただれた皮膚から出血が重なり、女人鬼はめまいを起こして四つん這いになる。
「馬鹿な……。こんなチビの角狩たった1匹に?」
「そろそろ終わりだ……。」
三ツ葉は冷淡に呟き、近くの木に勢いよく駆け上がる。
そして枝の上から飛び降り、刀の柄頭の上に足裏を叩き付ける。
高所からの着地の衝撃が響く。
刀はより深く、女人鬼の肉に刺さった。
しかしそれで終わりではなかった。
着地の反動でまた宙返りをし、同じ場所に着地して衝撃を与える。
「やめ……!」
三ツ葉はまた宙返りと着地を繰り返す。
「や、やめろっ!」
また繰り返す。
刃が腰の肉を突き抜けて腸まで達した時、女人鬼は悲鳴を上げた。
地面に降り、悶える女人鬼を見下ろす三ツ葉。
「な、何も吐かぬぞ……。どの道、秘密をバラしたら主に我が魂を握り潰される……。さっさと殺せ……!」
女人鬼は引きつった笑みを浮かべる。
三ツ葉は黙っている。前髪で表情が分からない。
「まあ正直の所、初めから尋問には期待してなかった。
ただ……。」
女人鬼の腹を蹴り上げる。
「……んぐぅああああああっ!」
女人鬼は三ツ葉を見上げた。
彼の口元は笑っていた。
怯える女の悲痛な叫びと打撃音が、暫く交互に聞こえた。
うつ伏せの女人鬼は、血塗れで震え、虫の息だった。
「ワ、私は、鬼になるしかなかった……。こう生きるしかなかった……。シ、仕方なかった。でも、ミ、醜い、ニ、人間の、オ、お前らにここまでされる理由など……。」
三ツ葉は頭を勢い良く踏み付けた。
「……うるせえ化け物。
『鬼』なんかになったお前が全部悪い。汚ねえんだよ。」
ドスのきいた声が囁く。
三ツ葉の前髪の隙間から、隠しきれなかった眼光が見える。
泥のような濁色と、見た者の目玉を串刺しにしてしまいそうな鋭い眼光だった。
辺りは静かになり、虫の声や木の葉の騒めきが聞こえてきた。
「大江曽山の方へ急ごう。……奴らの中で何かが起きているのは確かだ。」
三ツ葉は笛で夜鷹を呼び、文を括り付けて飛ばした。
夜鷹は血の匂いが立ち込める場所を離れ、夜空に羽ばたいていった。




