表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜行鬼  作者: 参望
5話/暁の天鬼
42/168

暁の天鬼(6/6)

 大江曽城の地下居住区・元実の寝所。


 部屋は広いが、寝る・寛ぐ・調べるのに必要最低限の家具しか無い。それでも飾り物は金、石畳や柱は翡翠の硬玉で作られおり、豪華に違いなかった。


 元実は侍女の人鬼達の手を借りて甲冑を着ている最中だった。


 その寝所の入り口では男装した女の鬼が跪いている。

 淡い朱色の短髪に、植物模様の描かれた黒い麻の着物を着ている。

 額に角が一本あり、人鬼のようである。


 「時に野良鬼や赤鬼以外の天鬼と戦い、時に嵐と戦い、時に人間の武者と戦い……。奴は相変わらずそんなことばかりしていたと、東雲(しののめ)?」

 不機嫌そうに顔をしかめる元実。彼が安堵で眉間のシワを伸ばす時は来なそうだ。

 

 「仰せの通りです。定期報告通り、緋寒様は『黒き歪の子』とは接触しておりませんでした。

 確認の為、私の瞼の血をお飲みになりますか?」

 東雲は淡々とした口調で返事する。

 「よい。偽りだと疑うようでは、奴の見張りにわざわざ私の人鬼を使っている意味がない。」


 東雲は一応囚人である緋寒を常に陰から見張り、何かあれば念じて元実に報告していたのだった。この人鬼の言葉を使わない会話は、血を与えてくれた特定の天鬼、つまり『血の主人』との間でしか出来ない、内密の会話である。




 「緋寒様!身を清めてからお入り下さい!」

 入り口の外から侍女や見張りの慌てた声がする。

 

 「ははっ、久しぶりだな兄上。」

 緋寒は嬉しそうに声を掛ける。

 手足は血で汚れたままだった。青白い石畳に赤い足跡がつく。


 「流石、我が愚弟。いい加減、私の奴隷であるという自覚を持ったらどうだ?いや、愚か者には出来ぬか。」

 元実は睨んだ。いつもの淡々とした話し方に、苛立ちと嫌悪が混じっている。

 「分かっているとも。ほら、こうして巣に戻って来てやった。

 遅れたのは子供『3人』の相手をしていたせいだ。」

 「ふん。どの道、最近の図冥は忠誠心が揺らいでいて、こちらから圧が必要だった。今回の件だけは許してやる。」


 「ん?東雲もいるのか。兄弟と仲良く話す時まで俺の尻を追っかけ回さないでくれ。それとも、そんなに俺が好きか?」

 緋寒は東雲を嫌そうに見る。

 「黙れ囚人。

 自由期間中の貴様の奇行は全部報告させて貰った。元実様のお叱りでも受けるが良い。」

 東雲は腕組み、仏頂面で言い放つ。冗談は好きではないようだ。


 元実はうんざりだと言うように溜息を付く。

 「本題に入る。全員、外せ。」




 「緋寒。白妙も殺された……。」

 元実は石の椅子に腰掛けている。肘掛に膝に肘を立てて頬杖を突いている。


 「聞いた。悲しいか、兄上?

 あの婆は父上や俺達を好いていたからな。」

 緋寒は壁を背もたれに、片膝を立てて楽に座っている。

 「あんな失敗した老婆の話をしておらん。」

 元実はそう冷たく言うが、少しだけ目に影を落としていた。


 「お前の息子の話だ。

 後悔しているのだ。あの時、あやつを野に放ってしまった事を。」

 元実は手の平を握る。


 「緋寒、お前は父・関緋を殺した後、無責任にも一族から逃走した。

 その後、あろうことか下等な人間などとまぐわい、子を成した。

 お前のその軽はずみな行動で、他の赤鬼の一族からどれ程不満を言われたか……。」

 「あの後、追っ手に見つかってしまったな。

 兄上と大喧嘩したのもその頃か。赤鐘達の邪魔が入って勝負がつかなったが。」

 

 少しも罪悪感を感じてない緋寒。

 元実は額に手をやり、片方の折れた角に触れる。怒りで手が出そうなのを抑えているようにも見える。


 「私は直ぐに、生まれた『歪の子』に追っ手を放ち、捕えて殺してしまおうと考えた。

 だがその時、青鬼の一族や九尾との抗争が勃発した。

 それを見てお前は私に条件を叩きつけて来たな。

 『一人で彼らを鎮圧させてみせる。その間だけ我が子を捨て置け』とな。

 怪物が親馬鹿に目覚めたのかは知らんが、私はそんなお前に嫌気がさし、もう一つの条件を突き付けた。

 角狩衆と帝を討つ事を。

 

 結果、大将は殺せたが、帝までは殺れず、お前は負傷。」

 「忘れられない楽しい戦いだった。人間とはああで無ければ。なあ?」

 緋寒は白濁した片目を細める。

 元実は緋寒を無視し、話を続ける。 

 「問題はここからだ。

 結局そちらに手が回らず、手負いのお前と青鬼や九尾の鎮圧で時間を潰して3年後。いよいよお前の『歪の子』の処置について話が浮上した。

 今では馬鹿らしい話だが『半分でも貴重な高貴な血の入った鬼ならば、身分を隠した上で手懐け、戦での利用価値もあろう』と言う意見も上がっていた。

 そこで、他の子鬼と一緒にさせて『紅葉谷』で見定める事になった。

 

 だが、『歪の子』は弱かった。

 思えば簡単な事だ。例え最強の酒呑童子の血が入っていようが、弱い人間の血が入っていれば子供は親より弱く生まれる筈だ。

 しかし、その予想さえ下回る弱さだった。鬼火は下鬼程度に多少使えても、変化も出来ず、力も弱く、回復も遅い、下鬼の餓鬼にさえ負ける弱さであった。……その時は。

 

 審議の結果、こう弱くては鬼兵としての利用価値もなく、野に放っておけば野良鬼の群か角狩にでもやられて勝手に死ぬであろうと判断した。 


 しかし、お前は何を思ったか、こう言った。」




 『半分でも、俺の血が流れているならお前達に勝てるようになる。今はまだ青い実……。

 

 だから兄上、我が子が赤鬼に手を出さない限り、こちらから我が子に手を出すな。その代わり、俺はここでお前達の囚人にでもなろう。前に断った国取りも手伝ってやる。


 そうして待つ事にする。我が子が俺達を殺しに来るまで。』


 『はっ、馬鹿な!私の息子の陽光に隠れ、どの子鬼の相手も出来なかったお前の子がか?!』

 

 『俺は生まれたての我が子に、鬼火を浴びせられた事がある。その時から俺は……。』




 「私は緋寒が人間の角狩に負け、自尊心を傷付けられて完全に狂ったのだと笑った。

 そして、まんまとその『約定』を結んでしまったのだ。

 思えばあれが最大の過ちだった。


 奴が人鬼どころか、重臣の白妙まで手にかけるまでの鬼になるならば、もっと早く殺しておくべきだった……!」


 元実は翡翠の卓を殴った。卓に放射線状のヒビが入って崩れた。


 緋寒は元実を茶化すでもなく、詫びるでもなく、ただ不敵な笑みを浮かべているだけだった。

 

 「で、兄上。俺に用があって呼んだんじゃないのか?」

 「……ああ、そうとも。」

 緋寒の他人事のような態度に、元実は何故かそれ以上怒らない。俯きながらも、緋寒を上目で睨み、薄ら笑いを浮かべている。

 

 元実は緋寒にある命令を下した。




 「……そうか。」

 緋寒は頬杖を突き、憂鬱そうな表情を浮かべる。

 「嫌とは言わせん。」

 元実は椅子にもたれ掛け、足を組んで楽に座っている。元実の口周りには笑い皺が出来ているようにも見えた。

 



*




 緋寒は元実の寝所を出て、回廊に出た。

 獄鬼が天井の修繕で忙しなく動き回っている。


 灯籠に座っている珠が見えた。

 珠は緋寒に気が付く。ずっと待ってたらしい。




 朝、珠と陽光が会話をしていた中庭。


 木の陰から東雲が見張っている。

 視線の先には緋寒と珠がいた。


 緋寒は珠にお馬さんごっこの続きをしてやった。

 午後の日差しを浴びた二人。

 しかし、その暖かい光は二人の心までは通らない。


 「父上はやっぱり兄上が好き?」

 珠は緋寒の背中に頬を寄せて寝そべり、目をトロンとさせている。

 「……そうだな。」

 緋寒は憂鬱そうな表情のまま、上の空で返事する。

 「でももし、わらわが兄上より強くなったら、同じくらい好きになってくれる?沢山遊んでくれる?」

 「どうせ強くなるなら俺を殺せるくらいになれ……。

 そうすればお前を我が娘と認め、お前だけを見て死んでやろう。

 だが今の所、それはお前の役目ではない。」

 「……うん。」

 珠は小さく返事する。

 彼女は緋寒が紅赤天鬼と揉めた時、緋寒を恐ろしいと感じたはずだ。しかし、それでも同じ血の流れた実の父を頑なに求めるのだった。

 「で、小さな戦士よ、次はどこへ行けばいい?」

 「抱っこ……、いや、このままおんぶしてて。

 『約束』だから、きっと今日しかこうしてくれないから……。」

 珠は目をギュッとつむって泣くのを我慢し、緋寒の髪や背中に頬や額を擦り付けた。

 

 緋寒は無関心に、ただ言われた通りにするだけだった。


 午後の日差しは陰に隠れ、地面は少し青くなった。

 



*




 珠が緋寒と合流するのを見届けた後、陽光は部屋に戻って身支度を整え、それが終わった所だった。


 元実と同じく赤黒い色の鎧を着ている。

 最高位の身分にしか着る事が許されない、丹精こめて作られた細身で美しい鎧。

 この時代のこの島国の人間達が作る鎧とは製法がだいぶ違っており、採掘や鉱物の扱いに長けた鬼が独自に編み出した文化によるものである。 

 丁寧に磨かれた鏡面に、赤鬼の荒々しさと血生臭さを表現した抽象的な模様が刻まれており、陽光の優しい顔にその禍々しい鎧はどこか似合っていない。


 これから彼は、赭や家臣達と人間の村を焼きに出かけるのだった。

 元実や緋寒に負けない鬼になる修行の為である。


 陽光は部屋の棚に一つだけ残った虫籠を見つめる。

 中には白い蚕の成虫がいた。飛べないのに、羽を可愛らしくパタパタさせている。


 赭が背後から声をかける。

 「陽光様……。怖いですか?」

 陽光は口を少し開け、暫くしてから答えた。

 「ああ。叔父上も……。父上の私への想いも……。

 でも、珠姫様さえ小さな体で自分の苦しみと戦っている。

 私も、やらなきゃ……いけないんだ。」


 「もし、貴方がよく私にお聞かせ下さった『歪の子』、いや、ご友人の『夜光様』にお会いしたら、どうします?」

 「……父上が手を下す前に、やはり話をしてみたい。」

 「白妙殿を殺してしまわれたのにですか?」


 「分かっている。

 それでも夜光だけは絶対傷付けられない……!

 だってあんまりじゃないか。生まれてから親の愛もなくて、何もしてないのに傷付けられて、彼が悪いんじゃないのに仲間外れにされて……。半分でも、同じ血の流れる従兄弟なのに……。 

 だから説得するつもりだ。

 私達を恨んでるとしても、私が話せばきっと分かってくれる。本当はいい奴だから。」

 陽光は虫籠の隙間に指を入れる。

 蛾は全く警戒せずに、陽光の指をよじ登る。


 「赭。お前も、私は甘いと笑うか?」

 振り向く陽光。泣きそうなのを堪えているようにも見える。

 

 赭は首を振る。

 「いいえ。

 それこそが……、貴方らしさですから。」

 少し表情を柔らかくしていた。


 赭は自分の子を慰めるかのように、陽光の頭に軽く手を置いた。

 



*




 夕刻。

 珠は一人中庭の岩の上で目を覚ます。

 緋寒の姿は既になかった。

 

 まつ毛が濡れている。

 珠はそれを手の甲で拭い、勢い良く駆け出す。




 地下の居住区の脱出用階段を使って地上に出る。

 見張りの獄鬼が何故が股間を押さえながら倒れている。 


 「待ってるのじゃ、兄上!珠が今参るぞ!」


 珠は夕日で朱色に染まったススキの草原へ飛び出していった。




(暁の天鬼・完)




挿絵(By みてみん)

東雲しののめ

・元実の人鬼。囚人である緋寒の監視役。

雌鬼だが、男性的な格好をしており冷静沈着で忠実。

嵐のようなスピードの緋寒にも付いていける俊足の持ち主。その駆ける速さから、「駿馬の東雲」と呼ばれる。

(5話終盤から登場)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ