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夜行鬼  作者: 参望
5話/暁の天鬼
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暁の天鬼(5/6)

 やがて、背の低い壮年の天鬼が、屈強な側近を二人と、その他の護衛の人鬼を何人か連れてやって来る。


 「図冥(ずみょう)殿……!」

 陽光が不安そうな表情を浮かべる。見ての通りの波乱を予想したからだ。

 夜光が枯皮砦の戦いで倒した富路。図冥はその父親である。


 図冥は、鬼の割にはずんぐりむっくりの締まりのない身体つきで、そこに不似合いな上等な獣の毛皮の付いた優美な着物を着込んでいる。頭は禿げており、丸い顔と合わせるとまるで角の生えたタコのようだった。


 側近の方はまだ変化してない人型であるにも関わらず、体が人間より一回り大きく、肩が広く手足が太い。全身に黒光りする鉄の甲冑を纏い、頭や顔を熊の毛皮の被り物で隠している。


 「これは図冥様。東の大川山より遥々……。」

 赤鐘がにこやかな笑みを浮かべて会釈するが、図冥はそれを無視して陽光達に迫る。


 「酒呑童子・緋寒!そこにいるな?!」

 図冥が叫ぶ。

 

 緋寒は四つん這いのまま、図冥の方を向いた。

 

 図冥は背中の珠に気が付き、憎悪で体を震わせた。

 「私の息子は、富路は、あの『歪の子』に殺されてしまったと言うに!貴様は自分の子と悠々と……!」


 発狂しそうな図冥を他所に、赤鐘が見張りとコソコソと話す。

 「あーあ、団体さんとは。門兵は何してたんです?」

 「元実様が『もう互いに好きにさせろ』、と……。」

 「こんな内輪揉めで大事に作った兵を使いたくないですもんねえ。」


 図冥は袖を握りしめ、吐き捨てるように言う。

 「緋寒、貴様は昔から危険な存在だった!先代の関緋様を殺めた時もそうだった!

 富路もお前が歪の子に殺させたんだろう!?そしてその子供によって一族を滅ぼし、我が物とする気なのだ!」


 「殺させた?それは違います図妙殿。

 俺がさせたとしても、邪魔な見張りが影で四六時中見ている故に直ぐばれてしまうでしょうな。


 我が子は自らの意志で貴方の息子殿と戦い、勝ったのです。

 鬼の血が半分でも、これだけ強い鬼に成長していたと言うのは本当に誇らしい事だ……。貴方も同じ父親ならば分かりませぬか?」

 緋寒のその発言は火に油を注ぐようなものだった。


 「気違いめぇ!!」

 図冥は喉の奥から怨念のこもった声を絞り出す。着物の毛飾りを搔きむしり歯軋りする。


 「もはや、話し合いの余地は無い!

 愛する子供の骨さえ拾ってやれなかったこの恨み、今ここで晴らしてやる!」

 

 図冥の合図で、屈強な側近二人が前に出る。

 側近は頭に被っていた毛皮を脱ぎ捨てる。

 

 「まず、こいつは甥の勝導(しょうどう)

 財の半分近くをかけて猛者に育て上げた。富路と一、二を争う暴れ馬だ。」

 勝導は男の天鬼だった。顔は傷だらけで、目が据わっている。

 「喜べ童子。てめえから引っ張り出した腸で、富路とその人鬼を殺った息子を絞め殺してやる。」


 「そしてもう一人は、(かすみ)

 私の亡き妻の妹だ。富路以上に気性が荒く、手が付けられなかった妻のな……。」

 霞は無骨な女の天鬼だった。八重歯を見せ、豪快に高笑いをしている。

 「あはっ、いい雄鬼じゃあないか!精を搾り取ってから、バラバラに引き千切ってやる!」


 緋寒はニヤッと笑う。

 「ふうん、お前らも遊んで欲しいのか?『背中のこいつ』と同じように。」

 緋寒は立ち上がる。

 珠が背中からずり落ちるが、全く気にしない。

 「んわっ!

 父上……、どこ行くの?」

 珠が目を覚ます。敵を見つけて嬉しそうな緋寒を不安そうに見上げる。

 「叔父上!」

 陽光は慌てて珠を抱き起し、緋寒を引き止めようとする。

 しかし、その陽光の肩を赤鐘が掴む。

 「陽光様、なりません。元実様のご命令です。」

 

 緋寒は一度だけ珠の方を振り返る。

 「小さな戦士よ、『約束』の続きは後で果たしてやる。」

 黄金の瞳は白昼の太陽の色に変わり、怪しく揺らめいていた。


 


 勝導と霞は着ている鎧を吹き飛ばしながら、獣型の鬼に変化する。

 赤くなった皮膚を硬化させ、長く太く湾曲した水牛の角を生やす。

 大きさは緋寒の三回り以上もあり、回廊の天井を突き破ってしまっていた。

 また、異常に盛り上がった筋肉は、人間の四肢など簡単に引き千切ってしまいそうだった。


 「拘束用の札のせいで変化出来ぬようだな、童子?!」

 「あははは!弱い人型のままでどれだけ持つかしら?!」

 

 勝導と霞は地響きを立てながら緋寒に走り寄る。

 天井のあちこちが崩れる。

 人間ではこの揺れで立ってはいれられないだろう。


 赭は陽光と珠を脇に抱えて跳び、安全な場所まで退避する。赤鐘は呑気に歩いて後ろに下がる。


 図冥は狂ったように高笑いする。

 「そもそも、こやつを『囚人』と言いながら手綱を握っておけない元実は腰抜けだ!

 今我らが酒呑童子を討ち取る事で、赤鬼の一族の主導権を紅赤天鬼のものとしてくれる!」


 緋寒は動かない。珠の相手をした時と一緒だった。

 

 「叔母上、俺が先だ!」

 まず勝導が霞を追い越し角を振りかざす。


 巨大な角が緋寒の胸まであと僅かの距離になった時。緋寒が動いた。


 正面から勝導の角を掴み、弧を描いて横に投げ飛ばす。

 そして、その投げ飛ばしの遠心力を利用して、上段に回し蹴りを放つ。

その先には次に追い付いた霞がいた。腹が緋寒の爪先で掻っ捌かれる。


 投げられた勝導が土煙を上げながら回廊の壁に激突し、霞の腹から大量に血が噴き出す。


 「んあああああっん?!何で、何で、ここが、どうして、こんなに裂けてるのおぉ!?」


 痛みで見境無く壁を壊して暴れている霞。

 目の形にパックリと裂けたその傷口に、緋寒は容赦なく手を突っ込む。


 「くそ!こいつ本当に力を抑えられているのか?!」

 勝導が立ち上がる。


 その時、おぞましい断末魔が聞こえた。

 「?!」

 勝導は声の方に目を向ける。

 目線の先には、臓物を全部引っこ抜かれて絶命した化け物が転がっていた。

 「上?!

 ぐっっ!!」

 勝導は緋寒の気配を感知するが、その時既に遅し。


 勝導の首は『長い何か』によって締め付けられていた。

 赤い液体だらけで、生暖かい、ぬめりのある何か。


 「ま、まさか、叔母上の……!」

 「さっき『腸で首を絞めてやる』と言ってたな。

 どうやるのだ?こうか?」 

 緋寒は力を入れる。どうなるのか興味津々というように、無邪気にはしゃいでいる。

 勝導は息が出来ずに喘ぐ。

 ブチっと嫌な音がする。

 「あ、切れた。何だ絞め殺せないじゃないか。」

 緋寒は残念そうだった。


 図冥や周りの者達はそのおぞましい光景に声を忘れ、震えている。

 陽光は吐きそうなのを堪えながら、珠の目を手の平で隠している。

 「陽光、父上は奴らに何をしてるのじゃ?凄い血の匂いがするぞ?」

 珠は不安そうに言う。

 平気そうなのは赤鐘と赭だけだった。


 緋寒は勝導が逃げる前にその太い首に跨り、両足をガッチリと巻き付ける。

 「俺の子を絞め殺したいなら、俺の腕か足でも引き千切って持って行くんだな。」

 緋寒は笑みを崩さぬまま、耳を凍らせるような冷淡な声で囁く。

 

 

 そして勝導の喉と首の付け根に両手を掛け、背中側に引っ張る。

 喉の溝に指が深く食い込み、頸骨がパキパキと鳴る。

 勝導は叫び声も出せず、泡や唾液を吹き始める。


 数秒後、大木が折れたような音がした。


 「確かに力も妖力もそれなりにはある。だが、お前達の戦い方はつまらな過ぎる。」

 緋寒は勝導の首を図冥に投げ付ける。

 

 「一族で負け無しだった勝導と霞が……!」

 図冥は甥の首の前で膝を突く。首から床に血が広がる。


 緋寒は図冥の前に立つ。

 「図冥殿、貴方の息子はなかなかいい鬼だった、力も体も、気の強さも。

 でも、そんな逸材を駄目にしたのは他ならぬ親の貴方だ。

 居心地の良い環境ばかりを用意してどれだけ甘やかしたのでしょうな?もっと苦難があれば俺の子を凌ぐ鬼になったかもしれないと言うのに。」 

 「気の荒い妻を必死で手懐け、苦労してやっと出来た丈夫な息子だ……!愛でて、甘やかさない理由など無い!」

 図冥は悔し涙を流す。

 「それが弱くしたと言ってるのだ。」

 「何してる!?誰かこいつを殺せ!」

 図冥は残りの護衛に向かって叫ぶ。しかし、恐れをなして誰も動かない。

 

 緋寒は図冥を見下ろし、ふっと冷たく笑う。

 「あんたも天鬼だろ?

 自分で戦えば良いのだ。贅で甘やかしたその体で、それも一人でな。」

 そして周りの鬼達を見回す。

 「貴方だけでは無い。

 人鬼や獄鬼、餓鬼など人間を鬼に変えて頭数だけの力で虚勢を張る事や、保身ばかりを考え、血筋ばかりに気を取られ、自分の力だけでまともに戦えない奴や中途半端な力と技しかない奴が増えた。


 堕落しすぎたのだ。今の鬼は……。『天から力を授かりし鬼』が聞いて呆れる。」

 緋寒は眉間に皺を寄せている。


 図冥は怒りに任せて掴みかかろうとも考えた。しかし、緋寒から感じる静かな憤怒の炎と巨大な影を感じ取り、そのままへたり込んでしまった。

 

 血と生臭い匂いが立ち込める、赤い液体の池。まだ温かい化け物達の骸。

 緋寒はそこを去って行く。

 周りの者は声を殺し、道を空けた。

 珠でさえも呼び止める事が出来なかった。

 

 赤鐘は図冥に会釈する。

 「図冥様、今回はこれでお引き取り下さい。

 そしてどうか今後はこのような無駄な事は考えないよう、お願い申し上げます。」

 そしてしゃがみ、耳元で囁く。大きく見開いた目が、萎縮している図冥の目に当たりそうだった。

 「それと、先程の元実様への侮辱、聞かなかった事にして差し上げます。酒呑童子などいなくとも、私や朱天鬼の一族で彼らを潰す事も出来た事をお忘れなく。」


 「ぐうう!気違いめ!気違い!気違いっ!!」

 図冥は血まみれの勝導の首を抱きながら吠え続けた。




図冥(ずみょう)

・富路(2話に登場)の父親。

 大川山という山を支配している紅赤天鬼の長。

 商才があり、鉱山業と他の鬼との交易で富を築く。赤鬼が一目置く大富豪。

 その代わり個人的な戦力は低く、どちらかと言えば頭脳派。

 財力を利用して戦力を築く。また、財力をチラつかせて停戦を組んだり、戦わずに上手くやり過ごすことも出来る。

 なかなか良い子宝に恵まれなかった為、やっと健康に生まれる事が出来た富路を酷く溺愛していた。

 血の気の多い女傑の妻がいたが富路が生まれた後に死去。



勝導(しょうどう)

・富路と並んで、紅赤天鬼の中でも一、二を争う猛者だった。

 図冥の財力支援によって、強くなるための環境を与えられていた。

 富路とは従兄弟同士で仲が良く、よく戦いの練習相手をしていた。

 富路と比べると冷静沈着で知的。相手を恐怖に陥れる為のパフォーマンスとして残虐行為を好んで行うのが趣味。



(かすみ)

・図冥の義妹であり、富路と勝導の叔母。

 血生臭い事を好む、女傑の天鬼。

 強くて容姿の良い雄鬼を好み、戦で負かした後に無理矢理襲う趣味がある。

 強い富路に欲情し、無理矢理求愛して返り討ちに遭って死にかけた事がある。


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