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夜行鬼  作者: 参望
5話/暁の天鬼
40/168

暁の天鬼(4/6)

 酒呑童子・緋寒。


 20年程前、先代の酒呑童子である父親・関緋と戦い、これを打ち負かす。


 決闘に至った理由ー。


 「今の天鬼はつまらな過ぎる。俺は朱天鬼の一族を抜ける。」


 という緋寒の一言に、関緋が激怒した事が始まりだった。

 関緋は自分を殺して勝てばその要求を受け入れ、負ければ死もしくは下鬼と同等の扱いを受けさせると言い放った。


 関緋は酒呑童子の称号をもつだけの強さがあった。

 血の気が多く残虐性の強い赤鬼のあらゆる部族と戦い、挑む将達の首を全て捻り切り、争いが絶えなかった部族を力によって一つに纏め上げた。

 

 しかし、緋寒はそんな実父を難なく殺し、勝ってしまったのだった。

 

 緋寒の底知れぬ力の恐怖は赤鬼全てを震え上がらせた。

 突然指導者を無くし混乱した一族を、長男である元実が新たな族長となって治める事に成功。しかし結局、力で酒呑童子の称号を受け継いだのは次男の緋寒だと言う事実は覆らなかった。

 

 その後、予告通り一族の前から姿を消した。

 それは彼の初子である『歪の子』、つまり夜光が生まれ、ある約定を結ぶまでの話である。


 


 陽光は後ろを振り返り緋寒と目を合わせるが、萎縮して声が出せなくなる。その目に映る緋寒は笑みを浮かべているが、『妖しさ』とも『怪しさ』とも言える底知れぬ気配が感じられる。

 

 中性的な顔立ちや、クセ毛、瞼が閉じ気味で怠そうな目付きである点は夜光によく似ている。

 瞳の色が左右で違う点も一緒だった。緋寒の場合は片目が黄金で、もう片方は白濁した色だった。片目の視力を失っているようだ。


 (変化しなくとも強靭な肉体、妖艶ささえ感じられる端麗さ、そして如何なる時も崩れる事の無い超然とした物腰ー。これが緋寒……。

 

 正直、儀式的な集まり以外で、しかもこんな間近で叔父上の姿をあまり見たことが無い……。

 拘束用の呪符を貼って力を抑えていると言われても、正直勝てる気がしない。)


 緋寒は急に屈んで、陽光に顔を触れそうな距離まで近付ける。

 「ふうむ?元実の子はいつから女子に?」


 物珍しそうに首を傾げる緋寒。

 陽光は突拍子も無い言葉と行動に苦笑いをする。


 「よ、陽光です。叔父上。

 この容姿に生まれた事は自分でも恥じておりますが、ちゃんと父上の『一男』です。」

 「おお、そうだった『陽光』。俺は名前と言うものに執着がない。執着の無い事はすぐ忘れてしまうのだ。

 元実の子であることも、雄鬼なのも匂いでわかる。ただ、鬼が何故人間の女のように着飾るのか、と思ったのだよ。」

 緋寒は不敵に笑い、目を細める。率直過ぎる言い方ではあるが不思議と嫌味っぽさは無い。

 「は、はあ。」

 天鬼達が皆高貴な服装をしているのに、緋寒は荒くれ者のような格好である事が陽光には不思議でならなかった。

 

 「叔父上、随分お久しぶりのお帰りですね。一月、いや二月?」

 「元実が会いたいと聞いたのでな。」


 「父上!やっと会えたのじゃ!」

 感激して震えていた珠がやっと落ち着いて口を開く。


 「わらわは薄紅天鬼の隠れ里から出して貰った事ないから、ずっと父上に会いたかったぞよ!」


 珠はぱっちりとした無垢な瞳を輝かせ、緋寒の胸に飛び込もうと岩の上から跳んだ。


 しかし、緋寒は一歩後ろに下がる。


 「お、叔父上?!」


 珠はそのまま顔から地面に落ちていく。

 このままでは顔を打って鼻を折り、怪我をするだろう。


 陽光は咄嗟に手を伸ばすが間に合わない。


 その時、水草のような触手が伸びる。


 「赭!」

 

 先程の触手は既に無い。代わりに地面すれすれの距離で珠を抱き留め終わっている赭がいた。


 「親類同士の団らんの邪魔をした事をお許し下さい。

 お預かりしている姫君の顔に傷を付ける訳にはいきませんので。」

 赭は無表情で緋寒を見上げ、丁寧に説明する。

 「ああ、お前は覚えてる。陽光の面白い『飼い犬』。」

 緋寒は楽しそうに指さす。


 赭は珠を優しく立たせる。陽光も胸を撫で下ろした。

 珠は深く動揺し、言葉にならないまま緋寒を見上げている。


 「叔父上!何故あのような事を?!」

 「俺はこいつに興味が無い。それが?」

 

 緋寒は自分の子供が怪我をする所だったのに微塵の罪悪感も感じてないのか、非難する陽光を不思議そうに見ている。

 

 珠は瞳を震わせ涙を溜めた。

 「ずっと会ってないから忘れちゃったの?母上の名前は黄環(おうかん)、わらわは娘の『珠』であるぞ……!」


 「覚えてはいる。

 元実との約束で、『つまらない雌鬼』と無理矢理まぐわされ出来た子だ。血の強い子を作り、朱天鬼の一族と同じ赤鬼の薄紅天鬼の一族との繋がりを強めるとかの下らん理由でな。」

 緋寒は暇そうに余所見しながら答える。

 「ふん……あの雌鬼、縛られた俺に跨って気分を良くしたのか、自分が『高貴な生まれで、しかも数少ない産める体の鬼だ』とか『酒呑童子も私の前では子孫を残させてくれと嘆願する』とか五月蝿かったのでな。肩ごと腕を噛みちぎってやった。

 お前が産まれた後、そいつ、片腕がなかっただろう?」

 緋寒は目を細め、可笑しそうに笑っている。

 

 珠は父のその無垢な笑みから、冷たさを感じた。


 陽光は少し声を荒げた。

 「叔父上!幼い珠姫様にそのような……!」


 珠は望んでいた父の姿との相違に傷付き、震えている。涙が溢れてしまっていた。


 「な、なんで、そんな事……、言うの……?」

 「何故?俺が我が子と認めるのはあの『歪の子』のみだからだ。

そして、正妻はその子供を産んだ『人間の娘』のみ……。」

 緋寒は少しも引かず、不敵な笑みを向け続ける。


 「……父上は兄上が好きなの?兄上は半分人間なのに?

 わらわは?」

 「何かが欲しくば、泣いてねだるな。己自身の手で掴め。

 俺はそう言う強い奴を好きになる。」


 緋寒はそう囁くと、また何処かへ行こうと踵を返した。


 打掛の裾をギュッと握って、俯く珠。

 陽光はその肩に手を置いてやろうとする。


 しかし、珠は顔を上げた。


 「待たれよ、父上!!」

 涙は乾いている。驚くべき立ち直りの早さだった。


 「わらわと勝負じゃ!

 わらわが勝ったら、今日一日わらわと遊ぶのじゃ!」

 

 珠の一声に、緋寒がゆっくりと振り返る。

 今まで閉じ気味だった瞼を大きく開いている。


 「ほう、穴蔵育ち(温厚育ち)のお前が、俺に?

 面白い。やってみろ。」

 緋寒は意外にも珠の挑戦に興味津々だった。

 

 陽光は開いた口が塞がらなくなり、赭は大事に備えて静かに身構えた。



 「ではこうしよう。

 お前が俺の体に一回でも触れる事が出来たらお前の勝ちだ。

 俺は両手を使わんし、この地面の円から出ない。もしそれを破ったらその時もお前の勝ちだ。

 100数え終わる間にやってみせよ。」

 「分かった!」


 緋寒は棒で地面に描かれた直径60cm程の円の中に入る。殆ど動き回れない狭さである。


 珠は打掛を捨て、袖をまくる。

 緋寒を睨むその闘志だけは立派であったが、子供故に構えは素人以下であった。


 「は、始め!」

 陽光が心配そうに叫び、赭が時を数え始める。


 「えいやー!」

 珠が腕をグルグル回し、緋寒の腹に向かって思い切り打つ。

 だが、当たらない。

 緋寒は片足を軸に体を右に向けただけだった。

 「どうした?俺は横を向いただけだぞ?」

 緋寒は不敵な笑みを浮かべたままだった。

 

 珠はその後も立て続けに拳や蹴りを入れる。子供とは言え、鬼である故に基礎的に人間の大人の突きに匹敵する威力が備わっている。

 

 しかし、当たらない。

 その間、緋寒は体の向きを変える事しかしていない。

 

 珠は次第に疲れ果て、息を切らし始めた。

 緋寒は殆ど動いておらず、汗一つかかず、髪も乱れていない。


 赭は早くも70を数え終わっていた。


 「まだやるか?」

 「ぐもん(愚問)じゃ……。

 こうなったら、『あの技』を使うしか無い……。ジイや家臣に『非道極まりなき、正に鬼だけに許された鬼の所業』と言わしめたあれを!」


 十分距離を取ってから、そのまま緋寒に突進する。

 「父上!覚悟おおおお!!」

 珠は凄みを出そうと必死な、実に可愛らしい雄叫びを上げる。


 そして、盛大に転んだ。自分で脱ぎ捨てた着物に足を引っ掛けたらしい。


 「た、珠姫様ー!」

 陽光が取り乱して叫ぶ。


 珠は地面に突っ伏して動かない。

 目の前は惜しいことに円と緋寒の足があった。

 

 小さくすすり泣くのが聞こえる。

 「……そうだよね。父上は弱い鬼なんか嫌いだもんね。

 もっと、父上が好きになってくれるくらい強い鬼に生まれたかった……。」 

 

 緋寒はつまらなそうにそれを黙視してるだけだった。


 陽光は目を閉じ、首を振る。

 「赭、もう数えなくて……。」

 

 その時、珠が開眼。黄金の瞳が輝く。


 「かかったの!!

 喰らえ『雄鬼殺し』いぃぃ!」


 珠は昇竜の如く拳を突き上げ跳ぶ。

 拳は頭上の『股間』を定めていた。


 「よっと。」


 しかし、難なくかわされた。

 珠は再び地面にずっこけ落ちる。


 「99、100!」

 同時に赭も数え終わった。


 「確かに恐ろしいが、お前の拳では玉も肉棒も潰せん。

 ……しかし、変わり者だな。一体誰に似たのか。」

 姫でありながら下衆な技を考え付く珠。流石の緋寒も訝しそうな表情を浮かべた。


 (多分貴方です。叔父上……。)

 (貴方しかいないかと。酒呑童子……。)

 陽光と赭は脳内で同意見を呟いた。


 緋寒は勝負あったと見なし、踵を返そうとする。

 が、動きを止め、声を上げる。


 「あ、俺の負けだ。

 こいつの髪の毛一本が俺の爪先に触れている。」




***




 大江曽城地下・回廊。

 洞窟内にある通路ではあるが、天井に規則的に開けた穴から光が差している為明るい。

 また、日陰には苔やシダ類を植え込み、黒曜石の角灯を飾っている。


 元実に仕える家臣の人鬼や他の朱天鬼の親類が移動や、雑談などをしている。


 そこへ不気味なものがやって来る。

 

 四つん這いになって背中に天鬼の童女を乗せた、体格の良い天鬼。

 酒呑童子と恐れられている鬼であり、猛者だった先代よりも更に血生臭く猛々しい鬼。鬼、人間、猛獣問わず多くの強者を殺して肉塊に変えて来た魔物。


 それが子供の為に『お馬さんごっこ』をしてやっている。


 通行人たちは酷く恐ろしい物を見た表情を浮かべ、急いで道の端に逃げた。その場にへたり込んで這いつくばって逃げる者までいる。仮にも人間達を怯えさせる側の鬼が同じに鬼に怯えているのである。


 「俺の背から下界を見下ろすのだからな。眺めが良かろう。」

 緋寒は周りの反応に全く興味を示さず、淡々と馬を演じる。

 「うん!」

 珠は楽しそうに返事をする。しかし、珠もまた周りの景色は目に入ってないらしく、緋寒の背中ばかり見つめている。

 緋寒の髪を掴む珠の小さな手。そしてそれより遥かに大きくて広い、温かい背中。

 「父上の背中、こんなに大きいんだね。」

 珠は何処か寂しげに呟く。


 珠はゆっくりとした揺れと背中の温かさにうとうとし始める。

 やがて眠ってしまった。

 緋寒の背中にしっかりとしがみついている。

 「……ちちうえ。」

 嬉しそうでもあり、寂しそうでもある無垢な寝顔には一筋の涙の跡が光っていた。

 

 「変な奴だ。願い通りになったと言うのに。」

 酒呑童子は背中の童女の様子を横目で不思議そうに見る。

 

 離れた場所から赭と様子を見守っていた陽光。

 一瞬だけ陽光の瞳が緑色に光る。

 「叔父上は痛みや弱みを全く感じてない……。自分の娘にも。」

 「天鬼の高みを行き、魔の道を行く酒呑童子では、自分の子の涙でさえ理解するのは難しいのかも知れません。」

 

 赭は悲しげな陽光の心中を察し、肩に手を置く。

 



 緋寒達のいる方へ向かって回廊を歩く赤鐘。

 普段あまり笑みを絶やす事がない彼だが、今は少し不満そうであった。

 

 「本当、いつまで経っても道草する癖が治らないんですから……。

 東雲の言う事を聞かないから、結局は参謀の私が出向くことになってるじゃないですか。

 また元実様が憔悴されてしまう。」


 やがて、緋寒と珠、怯える天鬼達に出くわす。


 「お、赤鐘。」

 緋寒が声をかける


 「貴方何やってんですか?」

 赤鐘はつっけんどんな口調で言う。異様な光景のせいで、いつもの丁寧な言い方を忘れたらしい。


 「今日一日、俺はこいつの馬だ。そう言う事だ。」

 緋寒は四つん這いの癖に何処か自慢げだった。

 

 「いや訳分かりませんけど?

 姫様は赭にでもお預けして、とっとと元実様にお会いして下さいね。今すぐ!」

 赤鐘は少し苛立ったのか、組んだ腕を人差し指でトントンと叩く。

 「赤鐘、すまない!予定があると知らずに叔父上を引き止めてしまった私も悪いのだ。」

 陽光は場を収めようと二人の元に駆けて行く。




 その時、回廊の奥で怒声が聞こえた。


 目付きを鋭くさせた赭が、即座に緋寒や陽光達を庇うように立って身構える。

 

 見張りの人鬼が跳んで来て陽光達の前に跪く。

 「赤鐘様、大変です!紅赤天鬼の図冥(ずみょう)様が!

 緋寒様が城にお帰りになると何処かで小耳に挟んだようです。」


 「用件はアレしかないでしょうね。」

 赤鐘は呆れたような、困ったような顔をする。

 

 「自分の子供をけしかけ、最愛の息子を殺させた酒呑童子・緋寒!出て来い!」

 来訪者は叫んだ。




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