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夜行鬼  作者: 参望
5話/暁の天鬼
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暁の天鬼(3/6)

 炎上する城、そこから逃げ惑う人間の兵達。

 

 炎の中に大きな影が見える。

 二本の角と発達した筋肉、時々緑色に変わる黄金の瞳。

 鬼だった。

 背中から生えた髪の毛のように細い触手が、水草の如く揺らめく。

 地獄の業火のような激しい炎の中で佇む、刺々しくもありやや女性的でもある影。

 禍々しくもあり、たおやかでもあった。


 (……お願いだ。もう向かって来ないでくれ。

 もう十分、痛くて、苦しくて、悲しいんだろ?)


 勇敢な若い武者が君主を逃す為に槍や刀を振りかざす。

 彼らは決死の覚悟で叫び、鬼の影に飛び掛かる。


 「……来るな、来るなああああ!!」

 

 鬼の影は悲痛な叫び声を上げ、触手で人間達を全員突き刺した。

 血や肉でグシャグシャになった人間達のバラバラの部位や臓物が地面にブチまけられる。


 その中には十代位の若者もいた。


 鬼の影は罪悪感で取り乱しそうになるのを堪えようと高く遠吠えする。  


 『陽光様は長としての気品さや賢さは十分に備わっている。それに妖力もとても強い。

 しかし、元実様のように皆を従える凄みや力強さはまるで無い。』

 『気が優しすぎるんだよ。鬼なのに……。

 これじゃ次の酒呑童子や族長って言われても正直ピンと来ないんだよな。』

 城の天鬼達の内緒話が彼の頭の中で反響しグルグルと掻き回した。




***




 「わあああああっ!!」

 陽光は叫びながら飛び起きた。

 体は汗でびっしょりに濡れ、心臓がバクバク暴れていた。

 

 夢から覚めたと分かった後も、寝台の上で頭を抱え、何かぶつぶつと呟いた。

  



***




 次の日の朝、陽光は洞窟内に作られた中庭に出かけた。

 ここは天井に思いっきり穴を開け日光をふんだんに取り入れており、日の光が暖かかった。その日光のお陰で笹やブナ、コブシ、その他の広葉樹や野花が自然そのままの状態で育っている。


 陽光は手頃な岩の上に座る。

 そして、革紐を通した水晶の柱の首飾りを握り、ぼうっとそれを見つめた。

 水晶の内部や表面で日の光が反射してキラキラと輝く。


 「よーこー!おはよ!」

 そこへ珠が元気な声を出しながら、袖をパタパタさせてやって来る。


 「おはようございます、珠姫様。早いですね。」

 陽光は慌てて笑みを作る。

 「何してるのじゃ?

 あ!陽光、これは何ぞ?」

 「水晶の結晶ですよ。」

 

 珠姫は興味津々に水晶に顔を近づける。

 暫く睨んだ後、おもむろに舌を出す。


 そして、ベロリと舐めた。


 陽光は慌てて止めさせる。

 「た、珠様!?食べ物じゃありませんよ!?」

 「冷たく無いし、溶けないのじゃ……。」

 珠は舌を出したまま訝しそうな顔をする。

 「全く、つららと勘違いを……。」


 陽光は最初は呆れていたが、急に何かを思い出したのか、驚いた顔をした。

 そして急に笑い出す。


 「陽光?」

 「ご、ごめんなさい。アイツと同じ事をしてらっしゃたので……。」

 「アイツ?」

 「なんと説明しましょうか……。夜光、いや『呪いの御子』『黒き歪の子』と言った方が分かるでしょうか。」

 「教育係のジイから聞いた事がある。人間と天鬼の間に出来た子鬼がいたって。そんなのとわらわを一緒にするでない!」

 珠は頰を膨らませる。

 「……すみません。でも、本当はいい奴なんです。

 遊んだのはほんの短い間だったけど、今でもずっと今日のように思い出せる……。あの『紅葉谷』での事が。」

 陽光は悲しげに遠くを見た。

 「あの頃は本当に楽しかった……。」

   



***




 ーあれは私が4、5歳くらいの時でした。

  天鬼の子供はその年齢になると、大江曽山の『紅葉谷』と言う場所に集められます。

 そこで子供達は自由に行動させられます。大人達はその様子を陰から観察して強い鬼かどうかを調べるのです。


 その時、夜光もそこにいました。

 

 


 大江曽山・紅葉谷。

 ここに来るには険しい山道や断崖絶壁、火山による有毒ガスの発生する地帯を越えなければならない。

 人間の身では到底辿り着けない秘境であった。


 起伏の激しい地形の森。

 紅葉した美しい広葉樹の下を子鬼が走る。


 クセのある黒い髪に、片方の瞳だけが黄金の子鬼だった。

 体はあちこちがアザや傷だらけで、着物も血や泥で汚れていた。

 彼は何かから逃げるように息を切らしながら必死に走り、時々木を蹴って跳ぶ。


 後ろからは数匹の餓鬼が四つん這いで追いかけて来る。


 黒髪の子鬼はやがて岩壁に追い詰められる。

 地層が隆起した壁は木々よりも高く、跳んで上に行く事が出来ない。

 黒髪の子鬼はそれでも登ろうと壁を必死に引っ掻く。


 しかし、餓鬼が追い付く。

 黒髪の子鬼は押し倒され、首や腕を噛まれる。


 そこへ水牛のような角のある、赤い肌の獣の鬼が現れる。大人くらいの大きさだった。

 「よっわ。半分は酒呑童子の血を引いてるって噂なのにそんなもんかよ?

 どけ、餓鬼ども。そいつの首を捻じ切って父上の手土産にしてやるぜ。」

  水牛の角の赤鬼はそう嘲笑いながら、黒髪の子鬼に迫る。

 

 そこへ、別の子鬼が現れた。

 頭の上で朱色の長い髪を結った、女子のように美しい子であった。


 「富路、やめるんだ!同じ鬼なんだから傷つけちゃいけないんだぞ!」

 

 「何だ、陽光?こんな弱いの仲間じゃねえよ。死んじまってもいいじゃねえか。

 文句あるなら変化して俺と戦え。あ、弟に負けて酒呑童子になれなかった元実なんかの息子が勝てる訳ないか。」

 富路は大笑いした。


 陽光は穏やかそうな表情を一変させ、体を震わせ、富路を睨み付ける。

 髪が水草のように広がり、黄金の瞳が緑色に変わる。

 「他の誰よりも赤鬼の為に沢山頑張ってるんだ。僕のお父さんの悪口を言うな!」


 富路はその気迫に少し怯む。

 

 「ふ、ふん。腹が減ったから後で相手してやる。

 精々、仲良しごっこでもしてろよ。」 

 富路は変化を解き、子供の姿になる。

 そのまま、餓鬼を連れてどこかへ去っていった。


 陽光は我に返り、血だらけの黒髪の子鬼に駆け寄る。

 

 「君、大丈夫?」

 


 

 陽光は血を拭いてやり、近くの切り株に座らせてやる。

 黒髪の子鬼が落ち着くのを見て、自己紹介などを終える。


 「そっか。気絶させられて無理矢理ここに連れて来られたんだね。」

 「カムナともはぐれた……。」

 黒髪の子鬼は落ち着かなそうに自分の首を触っている。

 「友達とはぐれたの?

 ここに居させられるのは3夜だからそれが過ぎればまた会えるよ、夜光。」

 

 陽光は夜光の隣に座る。


 「お前、鬼なのに、俺をぶったり、追いかけたりしない?」

 夜光は体を小さくしながら、不安そうに陽光を横目で見る。

 「うん。お父さんが『これからの時代は人間に負けないように

鬼も力を合わせて戦う時だ』って言ってるからね。従ってくれない鬼もまだいるけど。」

 「ほんと?」

 「本当だよ。僕も誰かを叩いたり、傷付けるのは好きじゃないから。

 にしても、『お前』って呼ぶのははしたないってお母さんが言ってたよ。名前で呼んでくれたら嬉しいな。僕も君を名前で呼ぶから。」

 陽光は安心させようとニッコリ微笑んだ。

 「えっと、よ、よ、よ。」

 「陽光だよ。」

 「ようこ。」

 「違うよ、陽光だってば。よ、う、こ、う。」

 「ようこう。わかった。」


 夜光はじっと陽光を見つめる。

 「どうしたの?」

 陽光が首を傾げる。

 

 夜光は陽光の首に顔を近付ける。

 陽光の胸には革紐を通した水晶の柱の首飾りがぶら下がっていた。

 

 「綺麗な水晶だろう?自分で見つけたんだよ。

 僕の宝物なんだ。」


 嬉しそうに話す陽光をよそに、夜光はおもむろに舌を出す。

 そして、ベロリと舐めた。


 陽光は慌てて止めさせる。

 「わー!な、何するの!?」

 「冷たくない、溶けない……。」

 夜光は舌を出したまま訝しそうな顔をする。

 「そりゃそうだよ!つららじゃないもん!石だもん!」


 二人がそうこうしてる時、近くを何かが跳ねてやって来る。

 バッタだった。


 夜光はおもむろにしゃがんで、後ろ足で跳ぶ。

 バッタの真似をしてるようだ。


 「し、ショウリョウバッタがどうかしたの?」

 「その虫みたいにとぶ練習。鬼に襲われたらうまく逃げられるように。」

 「君も虫に興味があるの?!

 じゃあ一緒に探そう!跳ぶ虫。」

 陽光の表情が今まで以上に明るくなった。

 趣味の合いそうな同い年の子供と出会い、これ以上無い程喜んでいるのだった。




 ーそれから私と夜光は谷中を一日中、一緒に走り回りました。

 虫を捕まえて、木の実を一緒に食べて、日だまりの木の上でうたた寝して……。

 何気ない事も二人で一緒にやったら何もかもが楽しかった。

 

 木々の赤や黄色に染まった葉や澄んだ青空は本当に綺麗で、大地を覆う落ち葉の絨毯は足裏を優しく包んでくれて、汗の流れる頬にすり抜ける涼しい風は心地良くて、今でもそれを思い出せます。




 陽光と夜光は高い木の上から、秋色に染まった遠くの山々に夕日が沈むのを見ている。

 黄金色の眩い光が放射状に広がり、山の斜面や、ススキの群れ、谷川の水面と岸辺を照らす。

 そしてそれが山の陰に入ると、茜色の空はくすんだ青色をにじませ夜の色に変わっていた。

 星が一つ輝いている。


 「……ねえ。

 夜光は今日、楽しかった?」

 陽光が静かに口を開く。


 「うん?おもしろかった。」

 夜光は陽光に顔を向けた。仏頂面でもなく、過剰に笑顔になるでもなく、自然な笑みだった。


 陽光は夜光のその表情に目を丸くし、沈んだ夕日を悲しげに見た。


 「こんな風に僕と遊んでくれるのは君が初めてだと思う。

 みんな身分や僕のお父さんの事を気にして、本当の事を言ったり、したい事をしてくれないから。僕は友達の『本当に楽しそうにしてる姿』を見た事がないんだ。」

 陽光は俯いた。


 「ともだち?

 陽光、どっか、いたい?」

 夜光はしゃがみ、陽光から傷を探し出そうと体のあちこちに触れる。

 「……違うんだ夜光。嬉しいんだよ。」

 そう首を振る陽光の目は涙で潤んでいた。

 

 夜光は陽光が何故泣いてるのか分からず、ただ見守るしか出来なかった。

 

 夜光は陽光の隣で無邪気に呟く。

 「俺も嬉しい。陽光は俺を見ても笑ってくれるから。

 俺と会う鬼が、みんな陽光だったらいいのに。」




ーあの時は赭と出会う前でした。

 だから心を許せる夜光と出会えたのはとても嬉しかった。

 ずっと一緒に遊んでいられたらどんなに良かったか……。

 戻りたい。あの頃に……。




 その夜、陽光と夜光は谷にあった荒屋で寝る事にした。

 

 荒屋には養蚕用の箱や竹の籠があった。箱にはまだ、古くない桑の葉が入っている。


 「あ、蚕だ。他の天鬼が飼育小屋に使ってるのかな。」

 

 夜光はザルに入った繭を一つ手に取る。

 「これ、しってる。」

 「白くて綺麗な繭だよね。」

 「ううん、この中身。」

 「え、サナギの事?」

 「口の中でプチュっとつぶれて、トロトロしたのが……。」

 「わーやめろよ!やめて!」

 陽光は半泣きで、夜光から繭を取り上げた。

 「おいしいのに……。」

 夜光は首を傾げた。


 一悶着あった後、二人は作業台の近くでうとうとし始める。

 しかし、竹籠の中身が気になって眠いのを我慢して覗き込んでいる。

 中には蚕の成虫である白い蛾がいた。


 丸みがあってふわふわの毛で覆われた蛾は、小さな羽を一生懸命にパタパタさせている。


 「成虫になるとね、餌が食べれなくなるし、14夜で死んでしまうんだ。羽も小さいし飛び回る事も出来ない。

 出来る事は交尾をして、卵を産んで子孫を残すだけ。」

 「しそん?」

 「親が子供達に自分の命を託すのさ。」

 

 二人は眠気が限界になり、目をつぶりそうになる。

 ロウソクの暖かい橙色の光がやんわりと二人を包んでいる。


 「僕は羽があっても、自由に飛んでいけない。

 夜光は羽が片方しかないから上手く飛べない。僕が蚕だとすれば、君は野生の蛾。それでも僕らは似た者同士かもしれない。」

 「?」

 陽光はそう言うと、夜光と共にその場で眠り込んでしまった。




ー3夜などほんの一瞬の時間でした。

 遊ぶにも、互いを知るにもまだ足りない私達に、別れの時がやって来てしまったのです。




 陽光と夜光は谷の麓まで降りた。

 麓には市女笠姿の女性が立っていた。

 

 「陽光、よく頑張りましたね。お迎えに参りましたよ。」

 「お母さん!」

 

 しかし、陽光は母親である雨樹に駆け寄りたいのを堪える。

 「お母さん、どうかお願いです。一緒に住む事を許して欲しいんです。

 夜光は、彼は身寄りが無いんです。」

 

 合図で夜光が陽光の後ろから顔を出す。


 「あぁ!?」

 雨樹は青ざめて叫び声を上げる。

 そしてすぐさま陽光に駆け寄り陽光の腕を引く。

 汚い物を見るかのように夜光を睨んでいる。

 

 「黒い髪、穢らわしい『歪の子』!

 私の子に触れないで頂戴!」


 「お母さん?夜光は同じ鬼です。怖がらないで!」

 陽光は雨樹を宥めようとするが口を塞がれる。

 「同じものですか!」


 すると、茂みから家臣の人鬼が突然現れ、夜光の後頭部を叩く。

 夜光は気絶して倒れた。


 「駄目!友達なんだ、乱暴しないで!」

 陽光は雨樹の胸の中で暴れ、叫ぶ。

 しかし雨樹は陽光を抱き締め、目を手の平で覆い隠した。

 「見ては駄目よ!貴方の美しい血が汚れてしまう。

 お前、早く殺してしまって!」


  人鬼は夜光の首根っこを掴んで釣り上げる。

 「『約定』の為、殺すは出来ませぬ。雨樹様。

 ですが、酒呑童子と元実様の間で話が付いたので、元の場所に捨てて来る事は出来ます。

 ……へへ、あの変なムクロカムリ、俺が速過ぎてこいつが急に消えたって狼狽えてたな。面白かったぜ。」


 人鬼は木まで跳んで、そのまま何処かへ姿を消してしまった。


 「夜光ー!」


 叫ぶ陽光。その声はもう届かなかった。

  


 

 ***




 陽光は話し終わると、一呼吸置いた。 


 「その後、私と夜光は再び会う事はありませんでした。

 暫くして夜光の父が酒呑童子・緋寒であり、私の従兄弟であると聞いた後も。

 何度も会いに出掛けようとしましたが、『一族の汚点』とされている夜光を追うのを母上や家臣達は許してはくれませんでした。」

 陽光は悲しく、そして悔しそうに顔を歪める。


 珠は目を丸くしている。

 「え、緋寒の……、わらわの父上の?

 じゃあ、その者は私の腹違いの兄上……!」


 「ええ、そうなります。

 夜光がもし一族に望まれて生まれて来ていたら私達はきっと手を取り合って笑い合っていたでしょう。

 ……いや今からでも、まだそうなれるかも知れないんです。」


 珠は真剣な表情を浮かべ、勢い良く立ち上がった。


 「陽光!父上は何処におるか知らんか?!

 実の所ここに来てからずっと探してたのじゃ!」 

 「私も存じ上げません。叔父上はいつもお一人で出掛けてる事が多いので……。」

 「一緒に探すのじゃ!父上から兄上の事を聞きたい!」


 そこへ、背後で何かが地面に降りる音がした。


 振り向くと、全身に黒いボロ布を纏った背の高い男が立ち上がるのが見に入った。纏った布の隙間からは、朱色の癖のある髪と目の周りの傷跡、白く濁った片目、そして額には二本の立派な角が見えた。


 「叔父上!?」

 「父上!」


 緋寒はボロ布を勢い良く脱いで腕に持つ。

 鬣のような髪型と、袖や裾を切って動きやすくした着物より露出する、引き締まった四肢が露わになる。


 「ふん?元実の子よ、俺に何か用事でも?」

 緋寒は不敵な笑みを浮かべて二人を見下ろした。




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