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夜行鬼  作者: 参望
4話/双鏡の鬼
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双鏡の鬼(3/3)

 『勿論、拒否権もある。同族殺しを頼むようなものだし、無理矢理に大義を背負わせるのは好きじゃ無いからね。

 暫く時間をあげるから、戦いの疲れを癒しながらよく考えるといい。

 

 それに、君の父親の正体は他の者には黙っていると約束する。

 だから君もこの場所と私の「クシナダの鎧」の事は内密にね。』


 『最後に聞かせてくれ。何故俺を?』

 夜光は百之助に問う。


 『確かに酒呑童子と聞けば正直怖い。

 でも、君は仲間の八重や兼十、射貫を助けてくれた。それに誰かを守る為に戦う事、道理から外れず正しい道を選んで行動する事が出来るとも聞いた。

 君は同族の鬼と戦う中、自分の意思による行動で信頼を積み重ねてくれた。だから迎え入れてみようと思った、それだけだよ。』

 

 百之助は最後にそう言い。何も無かったように夜光達に解散を命じた。




 五暁院の中庭。

 月明かりの下、夜光は庭の草木に囲まれながら胡坐をかいて座っている。クセのある前髪が目にかかって表情が分からない。

 カムナは地面に置かれていた。髪は夜光の首から外し、頭蓋骨の後頭部の方を夜光に向けている。

 

 二人はただ黙っていた。

 風が草木を撫でる音と虫の声だけが静かに響く。


 「……はん。まあ、ここにくる前から大方そんな事だろうと思ってはいたさ。」

 カムナが始めに口を開いた。

 

 「人間の血が半分入ってりゃ、今までのお前の行動も、半端な情も説明がつくってな。

 ……だが肝心の鬼の血がよりにもよってあの『酒呑童子』だったってのはこの俺様でも流石に読めなかったがな。

 何だかんだ言ってしぶといし、強えもんな。お前。」

 カムナは力無く笑った。辛気臭くならないように明るく言おうとしていたのかも知れないが、カムナ自身の胸の内のもやもやとした感情がそうさせてくれなかった。


 「……カムナ。『酒呑童子』はそんなに危険なのか?」

 夜光は俯いたまま聞く。

 「あの角狩の大将も言ってたろ?どんな人間も、人間が恐れる鬼や妖怪でさえも、恐怖し震える『魔』。いやその言葉でも表せるかどうか…。」

 「そいつがどうして人間と……。

 カムナ。俺は何故生まれて来たんだろう?」

 「さあな。聞きたきゃ直接その親父に聞くしかねえな。会って命があるか分からねえが。」

 

 (角狩衆は鬼と戦う。もしかしたら、そいつと会う事も……。)

 夜光は鬼の目のように輝く月をじっと見た。


 「……駄目だ、頭がぼうっとして何も思い付かねえ。今日はもう寝ちまおう。

  夜光、尻が痛いんだ。俺様を運んでくれ。」

 カムナがぼやく。その声はいつもより優しく、少しよそよそしい。


 夜光はカムナを拾って髪を首に巻き付け、寝所の方に歩き出した。

 



 中庭の様子が見渡せる院の瓦屋根。そこから何者かがその様子を見ていた。




*** 

 

 

 

 五暁院、大将・頼光の控所。

 

 百之助は周りを片付け、机に向かおうとしていた。

 狩衣に着替え、もう少し仕事をしようと戻ってきた所だった。

 

 胸も股もはだけてあけっぴろげな状態でいびきをかいて寝ている射貫を隅の畳の上に転がしてどける。時々、膝で押して雑に扱うが、最後に適当な着物を持ってきて体に掛けてやっていた。


 やっと机の前に座って一息をつく百之助。

 

 それも束の間、物音がする。几帳の外で人影が跪いている。

 百之助は動じず、人影の方を見てにっこりする。

 「おかえり。」

 「貞光・三ツ葉、ただ今戻りました。」

 「こっちで休みながら話をしよう。ちょっと酒臭いが……。」

 百之助の誘いによって、若い見た目の男が入ってくる。

 短い栗色の髪を頸の辺りで細く結って垂らし、前髪は長く目元がよく見えない。射貫のように背が高いが細身である。

 角狩衆の黒い装束を纏い、背には脇差程の長さの直刀を二本を背負い、腰から弩を釣っている。


 彼は貞光隊の一人だった。

 貞光隊は隠密行動を得意とした部隊である。主に単独で行動し、鬼の動向を探り情報を持ち帰る仕事を行っている。


 「あれから枯皮やその他の砦には異常はないそうです。

 天津の時のような巨人の鬼も報告がありません。」

 三ツ葉は身を低くしながら言う。濁りが無く、落ち着いた声だった。

 「今まで活発に進行してたと言うのに……。

 大江曽山方面の様子は?」

 「潜り込めた範囲での情報では、そちらも大きな動きは見つかりません。」

 「ふむ……。今のうちに隊員たちを休ませておくか……。

 各方面の監視は今まで通り強で。例え、小さな動きでもすぐ鷹を飛ばすように。」

 「承知しました。」


 大体の報告が終わり、解散の雰囲気になった。


 しかし、三ツ葉は最後に顔を上げ、何か心配そうに百之助に問いかける。

 「所で百之助様。例の『黒鬼』は?」

 「ああ。大丈夫だったよ。

 みんなが言った通り、悪くない子だった。」

 「そうですか……。」

 三ツ葉は真剣な表情を崩さない。

 「何か問題が?」

 百之助は一瞬考え、何かに気が付いたように声を上げる。

 「あ、もしかして夜光が心変わりした時の心配を?

 それなら免罪符の割符を作ったから、仮に夜光が裏切って私達に危害を加えるようならこれに仕掛けられた術を使って即座に封印する事が出来る。まあ、そんな事にはならなそうだが。」


 「いいえ、百之助様。

 ……貴方のお気分が辛くないか心配なのです。

 先代の頼光、隠岐波綱様の仇の息子ですから。」

 百之助の目が一瞬鋭くなり、直ぐ悲しげな色になる。しかし、穏やかな口調で喋り出す。

 「心配のし過ぎだよ。三ツ葉。」

 「過ぎた発言でした。申し訳ありません。」

 三ツ葉は丁寧にはっきりと謝罪する。

 百之助は首を振り、頭を上げさせる。

  「いや、いいんだ。

 今でもふと、酒呑童子と自分の無力さが憎いと思う時はある。

 だが、恨み嘆いてる時ではないのだ。そうする程暇じゃ無いとも言うか。

 倒すべき悪しき鬼を倒すのに好き嫌いを言うほど選択肢は無いし、背負っている責も軽くは無い。

 俺の過去よりも、こんな貧乏組織の中で世の為に命懸けで共に戦ってくれている君達が楽になるような事をしてやる方がやっぱり何倍も大切だよ。」

 百之助は悲しげに微笑む。

 「百之助様……。その言葉、有難き幸せにございます。」

 三ツ葉は深く頭を下げる。


 「思えば夜光も、奴に運命を崩された犠牲者だ。

 だから尚更彼が良い選択をしてくれる事を願う。

 種族や執念の鎖を逃れ、戦場の良き友になってくれる事を……。」




*** 

 

 

  

 先程まで夜光達が寝ていた来客用の寝所。


 「ん……。ん。」

 八重が目を開ける。いろはの毛皮に気が付く。

  

 「ごめん。しっかり寝ちゃってたわ。」

 「いい。そのまま寝てろ。」

 起き上がろうとする八重に、背中を向けたままの いろは が囁く。


 「二人きりになるのは久しぶりだな。最近はアイツらがずっと一緒だったから。」

 「そうね。意外と静かなものね。

 いろはと任務に出かけてる時も十分賑やかな状態だって思ってたのに。」

 八重は少し吹き出しながら、体に掛けている いろは の毛皮を綺麗な指で弄る。

 「いつも小言が多くて悪かったな。」

 いろははそう嗜めるが、仮面で覆われていない口元からは笑みが溢れていた。


 「でも、明日からは暫く一人にならないとね。

 百之助様から『血の力』を落とさないように『下』に籠って禊をするように言われたから。

 ……それからせっかく休暇を貰ったしそろそろ『あそこ』に行きたい。」

 八重の声からだんだん元気が無くなる。温かさを求めるように毛皮をギュッと抱きしめている。

 「ああ。それが良い。

 最近のお前、ちょっと弱くなったからな……。」


 八重はガバッと上半身を起こして いろは の背中に言葉を投げる。

 「いろは、それは違う……!確かにあの子だけは許して良いって思ったけど、鬼そのものを憎む気持ちに変わりはないわ。

 ただあの子、見れば見る程、何だか……。」

 八重の視線が泳ぐのと同時に、いろはが後ろを振り返り、彼女の肩を片手で乱暴に掴む。いろはが抱えていた大太刀が床に転がる。

 

 「あいつは鬼で、『彼』は人間だった。全く違う!

 八重、『彼』への誓いはそんなものだったのか?忘れられる訳がないはずだ、痛くて苦しい程……。」

 狐面の覗き穴から見えるいろはの紅の瞳が、いつもより赤く、そして獣らしく感じられた。

 八重は力が入ったその手を振り解けなかった。彼が感情を酷く剥き出しにしている事に戸惑っている。


 「いろは……。」


 いろはは我に返り、八重からそっと手を離す。彼女が感情的になった親の顔を恐る恐る覗き込む子供のような表情をしていたからだ。


 「さあ、もう寝ろ……。お前は長旅で疲れているんだ。」

 いろはは肩を掴んでいた手を八重の頭に乗せて軽く撫でた。

 「……うん。」

 

 二人はお互い背を向け合い、静かになった。




*** 

 

 


 大江曽山、大江曽城付近の林。

 

 月に照らし出された桜の大木が見える。木は枝がやせ細り、葉が散り、枯れかけていた。


 木の上で寛ぐ人影が見える。

 全身に黒いボロ布を纏った背の高い男。 

 纏った布の隙間からは、朱色の癖のある髪と目の周りの傷跡、白く濁った片目、そして額には二本の立派な角が見えた。


 「歪な我が子よ。

 早く強くなって一族を、俺を殺しに来い……。」


 酒呑童子はもう片方の目の黄金の瞳を輝かせる。

 そして、その輝きに似た月に向かって狂おしく微笑んだ。




(双鏡の鬼・完)

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