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夜行鬼  作者: 参望
4話/双鏡の鬼
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双鏡の鬼(1/3)

 緩やかな起伏の山々に囲まれた広大な平地。その平地には長方形に壁で囲まれた都城が見える。

 遥か上空から見るそれは格子状の仕切りがあり、碁盤の目よりも細かい。仕切りに見えるそれは全て都にある道だった。

 市、身分の高い者の屋敷や身分の低い者が密集して暮らす居住区など様々な領域があり、奥には区画が広い神事や政などに使われている複数の大きな院、更に最奥地には都で一際目を引く帝の御所がある。


 御所の遥か東端ー。

 八重と いろは に連れられ、夜光は立派な門の前に立つ。

 三階建て相当の高さの圧倒的な迫力があり、瓦を細かく張り巡らした反りのある屋根や、壁の朱・白塗りの配色や、金の屋根飾りの輝きが美しかった。

 門と建物より遥か向こうには巨大な木の上部だけが見えている。


 「ついたわよ。

 ようこそ、五暁院へ。」

 八重が手の平で指し示す。

 「わあ…!これもデッカい!」

 夜光はいつもよりも興奮した様子で声を上げる。

 ここに辿り着くまでの間も目を丸くしながら都のあらゆる物に心を踊らせていたようである。


 天津城の戦いの後、数週間程の旅を終えて遂に角狩衆の本拠地に辿り着いたのであった。


 「お帰りなさい。八重さん、いろは。」

 門の内側から斗貴次郎が卜部隊員を数人従えて現れる。

 天津城の戦いの後、別の任務が入った柴本射貫率いる綱隊と共に先に五暁院に戻っていたらしい。

 

 「長旅お疲れ様でした。

 ゆっくり休んで下さい、と言いたい所ですが百之助様が用があるそうなので八重さんは先に行って下さい。夜光さん達は僕達がご案内します。」

 「恐縮ですな。このような邪魔な荷物を木次郎殿のご子息に押し付けてしまって。」

 いろはが夜光を横目でチラッと見ながら皮肉を言う。夜光はそんなことも知らずに珍しそうに門の壁をペタペタと手の平で触っている。

 八重が迷ったような顔で近づき、斗貴次郎に耳打ちする。

 「あ、あの斗貴次郎君。

 あの子常識を知らないし変な所もあるけど、ちゃんと教えれば素直に言うこと聞いてくれるから、あまり痛い事はしないであげてね。」

 「ええ勿論。……夜光さんも天津の戦いで僕に大切な事を気付かせてくれた恩人の一人ですから。」

 いろはは二人のやり取りを遠目に見て、空を仰ぎ静かにため息を漏らした。


 「じゃ、百之助様にお会いする前に色々調べさせて頂きますのでどうぞこちらへ。」

 「調べる?何?」

 夜光が少し警戒する。

 「大丈夫、直ぐに済みますから。

 鎖ももう要りませんから解きます、内部の者には伝えてあるので頭の頭巾も取ってもいいですよ。

 で、この風呂敷包は?」

 斗貴次郎の命令で卜部隊員が夜光が抱えている風呂敷包を手に取り開こうとする。

 「あ、それ……。」

 夜光が何か言いかけるが、それを風呂敷に包まれた何かが遮る。


 「オデ、人間ニクイ食ッテヤル。オデ、角狩怖クナイ、ヤッテヤル。

 ムギィーッ!!」

 開きかけの風呂敷から頭骸骨が飛び出し、斗貴次郎の頭に噛み付く。

 「や、やだやだ!わーっ!?」

 悲鳴を上げる斗貴次郎を助けようと隊員が駆けつける。


 そして軽く平手打ちする。

 カムナは叩き落とされた蚊のように呆気なく地面に落ちた。

 「っきゅう…。」

 

 「これ、カムナ……。都の人間が怖がるって言うからこの中に入れてた。札のせいで苦しそうだったし……。」 

 今更夜光が説明するが、カムナは目に灯った炎を消して動かなくなっていた。色々な事が一節遅過ぎであった。

 



*** 

 

 

 五暁院の一画。

 大将・頼光が控所とされている、几帳に囲まれた四畳間以下の区画。

 そこに筆を手に机仕事をする勤勉な30代の優男と、その横で大酒を飲んでいるふしだらな30代の男がいる。前者はきちっとした狩衣姿、後者は小袖を着崩して胸をはだけさせている。

 そして前者が頼光・吉備百之助、後者が綱隊の隊長・柴本射貫である。

 「休みをやったのに職場に来るなんて珍しいな、射貫。

 いつも遊んでいた女性達はどうした?」

 百之助が机に顔を合わせたまま話しかける。

 「ああ、別れてきた。もう会うことは無いな。」

 射貫は甕を片腕で抱きながら、もう片方の手に持った盃の酒をチビチビと口に流す。

 百之助は筆を止めて、射貫を心配そうに凝視する。

 「明日は雪か?いや、空から鬼の大群か……。」

 「おいおいおい。酷い言いようだな、モモ。」

 同年齢の射貫だけが百之助をこのあだ名で呼ぶ。

 「射貫お前、天津城の一件から少し変わったな。」

 「人生終わりがあれば始まりもあるって事だ。

 でも、これは止め無いぞ。」

 射貫は何食わぬ顔で盃の酒を一気に飲み干す。

 「ふうむ…。ところが強がってはみたものの一人飲みは寂しいからここに来たと言った所か。」

 「モモで一杯もなかなか悪くないなー。頭の生え際の後退具合がネタになる。」

 「そりゃどうも。」

 百之助は溜め息をついて再び机と向き合う。


 「それより、百之助。お前、何があっても早まるなよ?」

 射貫の顔付きが真剣になる。

 「何のことだ?」

 百之助は顔を机に向けたままだった。射貫の視線がその横顔を射る。

 「夜光さ。俺みたいな酔っ払いでもお前が一人で何か進めてる事ぐらいはお見通しだ。」


 百之助は困ったように微笑みながら立ち上がる。

 「悪い事にはならないよ。

 じゃあ、八重と会う約束があるから。」

 百之助は几帳をめくり上げてその場を去って行った。

 一人残された射貫は、またチビチビと飲み始める。

 「まあ、お前の事だから信じてはいるが……。」

  



*** 

 


 

 五暁院内の回廊を歩く者がいる。

 カムナを抱えた夜光と、斗貴次郎だった。

 夜光達は大将・頼光に会う前に卜部隊からあらゆる検査を受けさせられ、今それが終わった所だった。


 「……疲れた。」

 夜光の目が疲労でトロンとしている。

 「荷物検査の為とか言って素っ裸にされてベタベタ触られるわ、とんちみたいな質問責めに遭うわ、血は採られるわ、札は色々貼られるわで……、だから言っただろ?角狩に関わるとこう言う事されるって。」

 カムナもクタクタの様子だった。


 「元々ここは鬼や妖を研究してる重要な場所でもありますから、そこで万が一があっては困りますし仕方ないんですよ。それに鬼としての夜光さんは色々と興味深い存在ですし。

 それより、『免罪符(めんざいふ)』の調子はどうですか?」

 夜光の隣で斗貴次郎が言う。

 「おう、この場所にある札全てが嘘みたいに効かねえ。この紙切れ一枚であらゆる魔除け札の影響を受けなくなるってのは美味しい話だ。」

 そう言うカムナの後頭部には小さな白い札が貼られていた。

 札には赤黒い筆文字で何かが書かれているが、札の左半分ごと切り取られていて読めない。またこの字は貼られた本人の血で書かれている。


 「これでカムナも苦しまなくて済む。」

 夜光は嬉しそうに言う。

 「にしても夜光は札が効かないんだが、これを貼る必要はあったのか?」

 カムナの問いの後、斗貴次郎ははっとして笑顔を見せる。

 「え、ええ、決まりなので。九尾のいろはさんも貼って貰ってますよ。」

 「あの犬野郎。道理で妖怪の癖にどこ行っても平気な訳だ。」

 「それにまだ知らないだけで夜光さんに効いてしまう魔除け札も意外とあるかもしれませんし、貼っておいた方が何かと便利ですよ。」

 「……良く分からないが、凄い。」

 夜光は袖を捲り上げて肩甲骨の辺りに貼られた札を見ている。


 斗貴次郎は人知れず、袖に隠れた拳を握り締める。手には夜光達の免罪符の切り取った左半分が握られていた。

 (この免罪符の割符を百之助様に。

 ……命令とはいえ、角狩衆の恩人にコソコソするのは少し良い気がしない。

 それでも何か正当なお考えがあっての事だ……。信じてますよ百之助様。)

  



*** 

 

 


 その夜。

 来客用の寝所に当てられた区画で夜光達は床に就いていた。

 夜光はいつも重ね着している上着を体に掛け、カムナを抱き抱えて胎児のように丸まって寝ている。

 その隣では見張りとして八重が横になって眠っている。体には いろは がいつも着ているふわふわの毛皮を掛けている。

 そして夜光から八重を庇うように いろは が二人の間に胡座をかいて座り、八重の大太刀を抱いてうたた寝している。


 その区画の几帳の外側がぼんやり明かるくなる。外側に手燭を持った者がいるようだ。

 「客人よ。約束の刻故、迎えに参った。浅葱木次郎と申す。

  天津の戦いでは孫が世話になったようで。」

 

 「……ん。」

 夜光は目を擦りながら起き上がる。


 


 迎えに来たのは狩衣姿に白髪の老人・木次郎だった。

 夜光は自己紹介を終え、手燭を持った木次郎の後を付いていく。


 「ったく、遂に角狩の大将の面に唾を飛ばしてやれると思ったのによ、こんな夜中まで待たせるなんてよ……。」

 カムナは木次郎に皮肉をぶつける。

 「へへへ、面白えムクロカムリだ。今から行く所は一握りの人間しか入れない特殊な場所でな。

 しかし、お前も本当に付いて行くのか?待ってた方が良いぞ。」

 木次郎は笑ってカムナの皮肉をかわす。

 「俺の手下の事だ。地獄であろうと俺様が付いて行くのは当たり前よ。免罪符があれば何も怖くないしな!。」

 「そうかい。」


 「着いたぞ。」

 着いた先は五暁院の広い中庭だった。梅や南天、萩など様々な季節の庭木が植えられており、今の季節は桔梗や朝顔、百合、百日紅(サルスベリ)などの花が咲き乱れている。

 また、庭の中央には船遊びが出来そうな大きさの池があり、そこには蓮の葉が浮かんでいる。実際に岸には小舟があった。

 「では、この船に。」

 

 木次郎の漕ぐ小舟に乗って、夜光は池の中央辺りにある小島に辿り着く。

 

 小島には石で出来た墳墓があった。上から見ると八角形の形をしている。

 幅は手を広げた大人3人分位で、石の表面を苔や庭の植物が覆い、周りの景色とほぼ同化してしまっている。

 

 「そろそろだな。」

 木次郎は夜空を仰ぐ。空に高く昇った月は満月だった。

 すると間も無く、墳墓の下にある一部の草が透け始める。

 やがてその草はすっと消えて無くなり、四角い穴と下層に続く石の階段が姿を現す。

 

 「草が消えて階段が?爺さんも妖怪か何かか?」

 カムナは不気味そうに言う。

 「よく分からないけど……凄い。」

 夜光は下の穴と月を交互に見る。

 「俺は何もしてねえ、大昔のちょっとした遺物さ。

 さあ、こんな事で驚いてねえで早いとこ行きな。中は一本道だ。」

 木次郎は辺りを見回しながらそう促す。

 

 「夜光、さっさと終わらせてこんな所はおさらばしようぜ。元の放浪暮らしに戻りてえだろ?」

 「あ、ああ……。」

 カムナの問いに、夜光は目を逸らす。


 夜光は石の階段を一歩一歩下に進み始めた。


 「……デカくなったな。『童子の倅』。」 

 

 途中、木次郎がそう言ったように聞こえた。

 しかし、夜光が振り返ったその時には入り口は再び草で覆われてしまっていた。




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