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夜行鬼  作者: 参望
特別編/まどろむ子鬼(夜光&カムナ過去編)
33/168

まどろむ子鬼(後編2/2)

 寺のあらゆる建物が燃えていた。

 青い炎は短時間であっという間に広がる。

 

 「日仁様!」

 日仁と夜光が駆けつけた時、子供達は外に避難していた。

 「みんな無事か?!」

 「大丈夫。けど、変なんだ!急に何かがドカーンって破裂して…。」

 子供が怯えながら説明する。

 「おい、坊主。この炎は人間のものじゃねえぞ!」

 カムナは周りを警戒しながら言う。

 夜光も異変を感じ取って身構えた。


 「その通り!そしてまんまとあぶり出されたな!

 妖避けは怖いから、そちらから出向いて貰ったぜ!」

 

 物陰から大きな影が飛び出し、夜光達や避難した子供達を取り囲む。

 野良鬼達だった。数は5匹程である。

 

 「昼間の礼だ。

 今度はちゃんとご馳走してくれるだろうな?この子供全員をよお!」

 目と鼻の周りに火傷を負った野良鬼が吠えて、子供の一人を捕まえようとする。

 日仁はその野良鬼の前に出てその腕を蹴り上げて防ぐ。

 僧侶にしては形の整った重い蹴りだった。

 

 「食料はどうにか工面してやる!子供達には手を出すな!」

 日仁は野良鬼を睨み付け怒号を放つ。その威勢は鬼に負けていなかった。

 「…待・て・る・訳・ねえだろ!

 丸腰の坊主なら怖くねえ、お前から喰ってやる!」

 野良鬼が怒鳴り返す。

 

 「…!」

 そこへ夜光が助けに入ろうと近寄る。

 「坊や!どいてなさい!

 いくら君でもこの数と戦うのは無理だ!」

 「チビ…いや夜光。ビビる事はねえ。

 こっちには鬼火があるからな!」

 

 「おっと、全員鬼火が使えない鬼と思うなよ。

 寺を燃やしたのはこの俺さ。」

 5匹の中でも一際大きい野良鬼が前に出る。

 普通の野良鬼より角が太くて長く、筋肉が発達していた。

 

 「お前ら、同士討ちになるからどいてろ。

 後で腹一杯に焼肉を食わしてやるからな。」

 大きい野良鬼は角に光の帯を集中させる。


 「まずい!みんな離れろ!」

 カムナが叫ぶ。

 「でも鬼が…!」

 子供達は動こうとするが、残りの野良鬼が四方に分かれて奥で待ち構えてるのを見て狼狽える。

 

 「逃げた奴から鬼ごっこで遊んでやるよ!」

 「捕まえてパックん、ゴックんだぜ!」

 四方に分かれた野良鬼達は涎を垂らしながら陽気に両手を振っている。


 そうこうしてる内に、大きな野良鬼は鬼火の玉を放つ。

 日仁は鬼を背に、両腕で子供達を包んで庇う。


 「!!」

 夜光も鬼火を放った。


 鬼火と鬼火がぶつかり合い、二人の間で留まり大きな渦となる。


 「おお、チビ。お前みたいな子供じゃ鬼火を出し続ける程の体力があると思えんが〜?」

 「チビじゃない…!『夜光』だ!」

 夜光は両手を突き出し、歯を食い縛って鬼火を絞り出す。


 「坊や…!!」

 日仁は振り返って、一人で耐える夜光を気に掛ける。

 

 「チビ…いや夜光、人間達を見捨て逃げろ!

 そのまま後退してこいつらを盾に後ろに回り込めばいけるはずだ!」

 夜光の首からぶら下がってるカムナが叫ぶ。

 「やだ!」

 夜光は体を震わせ、汗を流しながら首を横に振る。

 「馬鹿野郎!お前が生きようが死のうが、後ろの奴はどの道助からないぞ!」

 カムナがそう諭そうとも、夜光は一歩も退かない。


 「坊や…、あと少しだけ耐えてくれ…!」

 日仁は何を思ったか、急に駆け出した。

 

 「来い馬鹿鬼ども!私はここだ!」

 日仁はそのまま挑発しながら四方にいる野良鬼の方に向かう。

 「ば、馬鹿?!」

 「馬鹿にすんな!」

 「俺、頭悪く無いもん!」

 「俺なんか群で一番頭いいもん。」

 四方の野良鬼達は四つん這いで一斉に走り寄る。


 日仁は近くにあった熊手を手に取る。

 「では、日はどの方角から昇る?!」

 野良鬼達は日仁目掛けて腕を振り下ろす。

 「「「「西!」」」」

 日仁は跳んで身をよじらせ、4本の鬼の腕をかわす。

 そして、よじった時の勢いを利用して、野良鬼の一体に突きを放つ。

 熊手の先はその野良鬼の目に突き刺さる。


 「グガアアアア?!」

 

 仲間の悲鳴に、大きな野良鬼が気が付く。

 「人間の坊主相手に何手こずって…って、あ!」

 

 大きな野良鬼と夜光の脇を、子供達がすり抜けて行く。

 子供達が向かう先には寺の釣鐘があった。

 鐘には小さな妖避けが貼られている。

 つまり子供達は日仁の時間稼ぎのお陰で安全な場所に退避出来たのだった。


 「クソ坊主が!謀ったな!」

 大きな野良鬼は鐘に気を取られる。 


 「今だ坊や!横へ跳べ!」

 夜光の後方から日仁の声が聞こえる。


 「!!」

 半分相手の炎に飲まれて苦しんでいた夜光。

 鬼火を出すのを止め、横へ跳んで地面に転がる。

  

 「あ!」

 大きな野良鬼が視線を戻した時、その前方に居たのは四方の野良鬼達だった。

 その後ろに日仁がいる。一体の首を熊手と両腕で締め上げて動きを止めている。

 四方の野良鬼達の攻撃をかわしながら、ここまで誘導したのであった。

 「「「「アアアアァ!俺タチガ焼肉ニー!?」」」」

 大きな野良鬼の鬼火が仲間の鬼達を包み込む。

 

 「よくも仲間達をこんな目にぃ!!」

 大きな野良鬼は怒り狂い、日仁を目掛けて突進する。

 日仁は身体のあちこちから鬼に引っ掻かれたと思われる傷から出血をしており、動けなくなっていた。

 「坊や…。逃げろ夜光!」


 「に、ち、じ、ん…。お、とう、さん!!」

 夜光は手を伸ばし、立ち上がる。




ー今思えば、こいつは幼い時に人間に慣れ過ぎちまったんじゃねえかと思う。

 だから、鬼の癖に中途半端な人間の情が根付いて、こんな『半端者』に…。

 …いや、もしかしたらこいつ、本当は…。




 夜光は大きな野良鬼の方に跳び、太い首に跨る。

  

 「馬鹿、戦えるか!鬼火出す体力も無えのに!」

 カムナの叫びを聞かず、夜光は額を太い首に何度も打ち付けた。

 大きな野良鬼は痛みを感じていないようだった。

 

 大きな野良鬼は憎い日仁の首を乱暴に掴んで釣り上げる。


 日仁の首が折られようとしたその時。

 夜光の二本の角が大きな野良鬼の硬い皮膚を抉り、肉に突き刺さる。

 そして、その角は熱した鉄のように緋色に染まった。


 「な!?なぜ体が燃えてイルウウウウ?!」

 

 角が突き刺さった所から激しい炎が上がり、野良鬼の巨体を焼く。

 鬼の悲鳴と、それを取り巻く業火と黒い煙。

 夜の闇の中で、その紅蓮は激しく踊り続けた。




ー夜光には昔から妙な時があった。

 条件は定かじゃないが、戦っている時に妖気が震える程『濃く』なる瞬間がある。

 俺と会う前に生きてられたのも、本人が隠し持ったその『何か』のお陰かも知れんな。




 いつの間にか日が昇り、辺りは明るくなっていた。

 

 野良鬼達が死んだ事で、寺の火はすっかり消えていた。

 しかし建物は殆ど真っ黒に焼け崩れ、僅かな支柱が残っているのみだった。


 全ての力を使い果たし、地面に仰向けで気絶していた夜光。

 その顔に石が当たる。煤だらけの皮膚に血が滲む。

 夜光は目を覚ます。

 

 怯えた顔をした子供達が彼を取り囲んでいた。 

 

 「鬼達、お前が呼んだんだろ?お前も鬼だもんな?仲間だもんな?

 どうしてくれるんだよ…。」

 「待て待て、なんでそうなる?奴らをぶっ倒したのは夜光だぞ!」

 震えながら暗い眼差しを向けてくる子供に、カムナが反論する。

 しかし、子供達の興奮は収まらない。

 「じゃあ、なんでこうなったんだ?

 そいつが人間を襲わないとかそんなの関係ない!鬼だから、普通とは違うものだから悪いものを引き寄せたんだよ!」

 「みんなの家を返せ!」

 子供達は再び石や物を投げつけた。中には岩を投げる者もいた。


 「…?!」

 夜光は訳がわからないと言うような表情を浮かべている。

 昨日とは違う子供達の怯える顔や攻撃的な態度に驚き、震え、いつの間にか目の端から涙を流していた。


 「っち、これだから人間と少しでも連むのは嫌だったんだ…。行こうぜ夜光。」

 カムナは舌打ちをして呆れたように言う。

  

 「止めなさい!」

 そこへ日仁が慌てて駆け寄る。残り火が無いか見に行ってたらしい。

 子供達は石を投げるのを止めた。


 「野良鬼を呼んでしまったのは私のせいだ…。

 昨日、会った時に素直に食べ物を与えておけば、変な恨みを買う事はなかっただろう。」

 「でも…寺が…。」

 「どんなものでもいつかは無くなるものさ。

 幸いな事に、物置や仏様など無事な物もあった。残ったもので新しくどうにかやっていけばいい。

 それよりも、夜光。…私たちを守ってくれてありがとう。」

 日仁は夜光の頭に手を伸ばす。

 

 夜光が好きな、温かく大きな手。それが夜光を安心させてくれる。

 その筈だった。 


 「っつ!」

 日仁は苦痛に呻き、伸ばした手を引っ込めた。

 夜光は顔を上げる。

 そして、目を見開き息を飲んだ。

 「…!!」

 

 日仁の手は火傷で大半が真っ赤になり、所々皮膚が剥け、またパンパンに腫れて水膨れになっていた。

 手だけでなく、破れた法衣から腕や胸も火傷や出血で赤くなっているのが見える。


 頭の中が真っ白になったのか、夜光はそのまま動かなくなった。


 「はん、こいつは鬼だ。なのに高貴な御僧侶様が頑なに人間以外を庇うんだ?」

 カムナは嫌味を込めて言う。

 

 日仁は腕を下ろし、語り出す。

 「…その昔、強き邪悪な鬼が仏の道に目覚めて改心し、『守護者』あるいは善き『鬼神』となった話がある。夜光もまた善き道へ進む素質があると思った。

 それが一つ。

 

 二つ目は…、かつて私が野武士だった頃に業を重ね、その結果守れず失ってしまった若き妻と幼い我が子への『償い』…。」

 二つ目の理由を語る時、日仁は遣る瀬無いような、暗く悲しそうな笑みを浮かべていた。


 日仁は再び夜光に手を差し伸べる。

 「君は優しい、強い子だ。

 きっと鬼であっても仏の道へ、人の道へ帰る事が出来る。

 …共にここで暮らそう。」

 

 カムナの目の灯りが強く輝く。日仁を睨んでいるようだった。

 「こいつは鬼の子だ…!人間なんかにならなくても良い…!

 鬼だから悪いだの何だのと石を投げられても泣く事しか出来ねえ、こんな半端でどうしようもねえ生き方に苦しむくらいならなあ…!」


 二人の言葉が夜光の両耳に流れ込む。

 

 彼は日仁の方を向いてゆっくり首を振った。

 「…ここ、でてく。日仁しぬの、いやだから。」

 栗色の方の目からも、黄金の方の目からも涙が溢れていた。



 

 昇ったはずの朝日は雲に遮られ、空は薄墨よりも湿っぽくて薄い灰色だった。

 その空の下、夜光はカムナを抱えて暗い森をとぼとぼと歩く。

 

 「ったく、暗くて湿気っぽい森だな。」

 カムナは急に陽気な声を出す。

 そして、反応しない夜光に更に語りかける。

 「お前は鬼だろう?それも野良鬼をぶっ倒せる程の鬼だ。

 人間に心を痛めてウジウジする必要はどこにも無い…。」

 「…うん。」

 夜光は小さく頷いた。


 そして、上を向く。 

 恐らく、旅立ちの際に日仁が言った言葉を思い出しているのだろう。

 

 『夜光。君が行く道は何も頼る物が無い闇夜かも知れん。

 しかし例え小さな光でも、暗闇の中ではその輝きの強さはより際立つもの。

 どうか如何なる時も星の輝きは失わないでくれ。

 その僅かな輝きはきっと誰かの拠り所となるのだから。』




*




 再び天津城の城壁の外にある廃材置き場。


 「ま、人間と鬼と、どっちへ近づいてもそんな事だらけだったな。

 もう慣れちまったが。」 

 カムナはまた一つ八重に昔の話をし終えて一息ついていた。

 八重は最初の話の時と違い、悲しそうな表情で沈黙していた。

 

 「おい、なんだ?そのご身分でまさか同情なんてしてないよな?」

 カムナが皮肉っぽく言う。

 「…いえ、ちょっとね。

 自分の生まれ持ったものせいで、安らぎ全てがすり抜けて行ってしまう。そう、あの子も…。」

 八重は聞き取れない程小さな声で呟く。

 「ん?」

 「いや、なんでも無いわ。」

 「それより、お前とあの犬野郎の関係はなんなんだよ?」

 「あ、ああ。貴方達と近いかしら。

 いろは は小さい時から一緒で…。」


 「八重どこにいる?飯を分けて貰って来たぞー。」

 遠くから いろは の呼ぶ声が聞こえる。

 

 「ほ、本人が近くにいると照れ臭いから、また今度話すわね!」

 八重は照れ臭そうにカムナへ手を振り、話を止めた。




 カムナは溜息をつく。

 「に、しても幾つになってもガキのままだな。

  たまに自分からいなくなった時もあったが、俺様無しじゃ寝るのも満足に出来ねえときた。」

 

 夜光は相変わらずカムナを大事そうにしっかり抱きしめて眠っている。安らかな寝顔であった。


 「お、に、ぎり…。」

 夜光は寝言を言う。

 そして、カムナをベロりと舐めた。

 

 カムナにゾワゾワとした悪寒が走る。

 「モ、モキョォーーーーーー!!??

 キモチわりーんだよ、この寝坊助ヤロー!!」


 カムナの絶叫が城や空に響く。

 死体焼きの煙が晴れた漆黒の夜空には鮮明に星が輝いていた。

 

 

 


(まどろむ子鬼・完)




日仁(にちじん)』(38)

・とある小さな寺の住職。

 もともと野武士であったが、終わらぬ戦いと自分が招いた業のせいで妻子を失う。それをきっかけに出家。実の子への償いとして世の乱れで孤児となった子供を救う事を使命としている。

 かつて戦士だったので、筋力があり、基本的な武術の経験や、磨かれた感覚があるのでいざ戦うと強い。得物は錫杖。

 冷静沈着で、感情の起伏が穏やか。

 もともとは感情を表に出すのが苦手な性格で、若くして持った息子にあまり構ってやれなかったと嘆いている。なので、どんなに忙しい時でも夜光や孤児達が必要とする時に必ず手を止めて話を聞くように心に決めている。

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