まどろむ子鬼(後編1/2)
再び天津城の城壁の外にある廃材置き場。
カムナは八重に昔の話をし終えて一息ついていた。
話の当人である夜光はまだ眠っている。
「カムナって結構世話好きな所があるのね。なんだか印象が変わったわ。」
八重が少し楽しそうに言う。
「へっ、こんな手のかかる奴…。別に嬉しくもねえ。」
カムナはそっぽを向く。
「それでその話の後、夜光の名前はカムナが付けたの?」
「いや、それがな…。」
カムナは夜光との出会いの話の続きを語り出した。
*
草が生い茂る草原を幼い子供の鬼が歩いてる。
夜光であった。首には白い髪の毛を巻き、胸にカムナを抱いている。
「で、またいい名前を思い付いたんだけどよ。
髪の毛が黒いからな、『野良黒』、『のん黒』、『真黒九郎助』、『左丹黒須』…。どれがいい?
俺的には『左丹黒須』が強そうだと思うんだが?」
夜光は顔を引きつらせた。
「なんだよ。文句あるなら言葉で言わねえと分かんねえって散々教えただろ。」
「ぜんぶ…やだ。」
夜光は必死に首を振りながら答えた。
カムナと旅をしている最中に少し言葉を教えてもらったらしい。
「っちぇ、しょうがねえな。待ってろよ、もっかい考えるから…。」
ふと、夜光達の進行方向に3つの影が見える。
2つは野良鬼2匹。
残りの1つは背が高く、痩せている男だった。
その男は笠を被り、手に錫杖を持ち、薄地の黒い法衣を着ている。僧侶のようだ。
「おい坊主!その風呂敷を置いていきな。」
野良鬼の怒鳴り声が聞こえてくる。
「寺には腹を空かせた子供達が待っております。どうか通しては貰えませぬか?」
僧侶は低く落ち着いた声で丁寧に言う。
「腹を空かせているのは俺達だよ。
なあに、高潔な坊様に手荒な真似はせん。その食い物さえ貰えれば命は取らねえさ。」
鬼達は僧侶ににじり寄る。
僧侶は怖がる事なく手慣れたように錫杖を中段で構える。
僧侶の姿を視界に入れてから、随分嫌そうなカムナ。
「はん。余程腹減ってんのか知らんが、『坊主』に手出すなんて馬鹿な奴ら…。
行こうぜ、チビ。鬼や妖怪がアレに近づくもんじゃ…。っておい!」
カムナの忠告を無視して、夜光が僧侶の隣に駆け寄る。
「坊や…。危ないから下がってなさい…。」
僧侶は夜光を横目で見て、鬼に視線を戻す。少し優しそうな口調だった。
2匹の野良鬼達が飢えた獣のように涎を垂らしながら、掴みかかろうとする。
僧侶は随分と落ち着いた様子でいる。
夜光は野良鬼の顔に小さな鬼火を投げつける。
「坊や!?」
「うがああ!目が、鼻がああ!」
野良鬼達は顔を叩いて火を消しながら、何処かへ逃げて行った。
「鬼火…。坊やは、鬼の子か?」
「…。」
夜光は黙って僧侶を見ている。
「だ、だったら何だ?札や仏様の力で俺たちを痛めつけるか?」
代わりにカムナが僧侶に警戒して吠える。
「…いや、助けてくれてありがとう。私は日仁。」
日仁は夜光と目線を合わせて屈む。
こけた頬と整った顎、皺がありながら力強さを感じさせる目が見える。
「鬼とは言え、その小さな体で大きな鬼に立ち向かい助けてくれた。何かお礼をしなければな。」
ー夜光は鬼と会えば問答無用で暴力を受ける。
じゃあ、人間と会えばどうなるか?
同じ鬼でもあんな状態なら、どうせ人間からも拒絶される。
俺様はそう思ってたんだがな…。
夜光は日仁に連れられて、小さな寺に辿り着く。
「今食事の支度をする。こんな所で申し訳ないが、ここで待っていてくれ。」
日仁は寺の敷地内を繋ぐ石の階段に夜光を座らせ、寺の奥へ入って行った。
「クソっここからでもピリピリきやがる。…だからこういう所は嫌えなんだ。」
カムナが不満そうにブツブツ言っている。
「おい、チビ助。食い物貰ったらさっさとズラかるぞ。
って、げ?!」
足をブラブラさせてる夜光と、その膝の上のカムナを数人が取り囲む。
貧しそうな身なりの子供だった。夜光と同じ歳から7歳くらいまでの年齢の者がいる。
彼らはこの寺に住む孤児だった。
「日仁様が大丈夫って言うから来てみたけど、弱そ。」
「俺達鬼ごっこしてるんだ。お前鬼なんだろ?鬼なら鬼やれよ。」
意地の悪そうな少年と、大将らしき傷跡だらけの少年が言う。
カムナをギュッと抱いて警戒する夜光に、子供達は朴葉のお面を被らせる。
また、カムナを近くの木の枝に結んで吊るした。
「やーい!醜い子鬼!」
「くやしきゃ、捕まえて喰ってみろ!」
子供達が笑い、時に悲鳴を上げながらはやし立てる。
夜光はお面姿で子供達を追う。
夜光の身体能力なら逃げ回る人間の子供を捕まえる事など造作もないはずである。しかし、夜光は一人も捕まえる事が出来ない。
子供達に簡単に追いつくのだが、その背中に触れようと手を伸ばすものの、どうした事か自らその手を下ろしてまうのだった。
子供の一人が走りながら後ろを振り返る。
「きゃー!!殺されるー!」
真後ろで手を伸ばしてる夜光を見て、無邪気に悲鳴を上げる。
夜光は立ち止まって俯き、お面を突き刺している自分の小さな角2本を両手で握った。
寺の障子が開き、中から日仁が出てくる。
「さあ準備が出来たぞ。
おい…坊や?!」
夜光は疲れて寺の縁側に座ろうとしていた。
「あ、チビ助!寺の建物には触れるな!」
木に吊るされてたカムナも叫ぶ。
しかし、夜光は何の問題も無く腰を下ろす。
日仁は慌てた様子で夜光に駆け寄る。
「建物には『妖避け』があると言うのに。何とも無いのか?」
「?」
慌てている日仁達を見て、夜光はただきょとんとしている。
「札が効かねえだと?妖怪の俺はこんなにピリピリ来てるのに。
…あいつ本当に鬼か?
…いや、ちっちぇえけど角があるし、鬼火を使えるんだ。人間のはずは無い。」
夜光はそのまま、寺の中で日仁や子供達と一緒に昼食を取る事になった。
初めて食べるおにぎりに目を丸くしているのを、皆に笑われていた。
その後はお下りの着物を着せて貰ったり、日仁に付いて歩いたりしていた。
そのうち日仁に頼まれて、見よう見まねで片付け、寺全体の掃除、庭の草取りなどを手伝う。やり方を教えられて、挑戦して、何回かは失敗する。
しかし、最後にやり遂げた時は必ず日仁が夜光を褒めた。
日仁の大きな手で頭を優しく撫でられる度、夜光は無邪気に笑っていた。
カムナはその様子を木からぶら下がったまま、先程までの夜光達の様子を黙って見ていた。
これらの光景はあくまでカムナから見える内部の様子である。寺の障子戸が閉まっている時は中で何をやっているかは分からない。
「あいつ、妖避けが効かないからって俺をほっぽりやがって…!
あの角で人間の子供に鞍替えする気か?」
つまらなそうに呟く。
そのまま夜になり、また夕食を食べて、子供達と寝る準備を始める。
他の子供達が床に就く中、夜光だけは僧房の縁側に座って誰かを待つ。
数時間後、念仏を終えた日仁が夜光のいる僧房に戻って来る。
「おや、鬼の坊や。まだ起きてたのかい。
遠慮なく休んでくれていいんだよ。」
「♪」
夜光は嬉しそうに足をブラブラさせる。
日仁は夜光の隣に腰掛ける。
「今日一日見て思ったが、坊やはとても素直で良い子なのだな。
他の鬼のように人を襲うどころか、困ってる人に手を差し伸べようとしてくれる…。
僧侶であるはずの私でさえ君が鬼である事を忘れてしまう程に…。」
夜光は嬉しそうに日仁と背中を合わせて座り直した。
「しかし坊やはどうして一人で旅を?」
「ひとり、じゃない。カムナもいっしょ。」
「あはは、そうだったね。
家は?お父さんとお母さんは?」
夜光は目を丸くしながら、後ろを振り返っている日仁の顔を見上げる。
「いえって?おとうさん、おかあさんって、なに?」
日仁は夜光のその表情を見て、静かに目を細めた。
「そうか…。名前が無いと言われた時から勘付いていたが、坊やもここの子供達と同じ。鬼にも孤児がいるのだな。
…どうも、私自身はそう言う親のいない者たちと深い縁があるようだ。
いや、『業』や『因果』とも言うべきか…。」
夜光は背中のぬくもりの心地良さでうとうとし出す。
その様子を見て、日仁は夜光を背負って寝床に運ぼうとする。
夜光は大きな背中から伝わるぬくもりにしがみ付くかのように、日仁の着物をしっかり握る。
すると、物音に起きた子供の一人が駆け寄って叫ぶ。
「あー!お父さんみたいなことして貰ってずるいぞ!
俺達は人間だから日仁様にお父さんになって貰えるけど、お前は鬼だから無理なんだからな!」
「この、おおきくて、あったかいのが、おとうさん?」
夜光は『父親』という感覚を大きなぬくもりとして心に刻んだ。
夜も更けた頃。
夜光は布団から出て、一人縁側に立つ。
そしてそのまま庭に降りて、木に吊るされたままのカムナに近寄る。
「…ンゴ。俺の事忘れてると思ったぜ。」
カムナは眠そうに皮肉を言う。
「くび、さむい…。」
夜光はカムナを木から降ろして白い髪をしっかりと首に巻いた。
「チビ、寺の中で肉や魚は喰ったか?…人間、は喰ってないな。この様子じゃ。」
「たべてない。おにぎり と やさい たべた。」
「やっぱな。じゃあ、その辺のムササビとか何か捕まえて食え。
じゃねえとこの前みたいに、いざって時に力が出なくて戦えないぞ。」
夜光は近くにあった林に向かって駆け出した。
「坊や?どこ行った?厠はそっちじゃないぞ?」
數十分後。日仁が夜光が寝床から居なくなっている事に気が付き、手燭を持って探しに来る。
ガサッ!ガサガサッ!
林の方で音がする。そちら側は真っ暗闇で何も見えない。
何かが枝を揺らしながら激しく走り回る音だけがする。
すると、蛍のような黄金の小さな光が奥に見えた。
それは猿のように枝から枝を俊敏に移動しながら近寄って来る。
「夜を行く鬼…。」
日仁は複雑そうな表情を浮かべて呟く。
夜光は仕留めたムササビを手に日仁の目の前に着地する。
日仁に向けられた無垢な眼差し。その下に見える口は端が鮮血で汚れていた。
「坊やはまだ名前が無いと言ったね?
では闇夜に輝く黄金の瞳にちなんで、『夜光』と言うのはどうだろう?」
「なに?」
「君を表す名前だ。誰かが君を呼んで繋がり、また君がこの世に有ると言う証明の一つさ。」
「おいおい、こいつは結構こう言うのに五月蝿いぜ?そんな簡単に良いって…。」
不満そうなカムナ。
しかし、夜光は真っ直ぐ日仁を見つめ頷く。
「なまえ、夜光。それがいい。」
「ではその素直で清らかな心のまま、夜の星のように強く輝いて生きるのだ。夜光。」
夜光は初めて名前を呼ばれ、瞳をキラキラと輝かさせた。
そして無意識に高まり震える心で夜空を見上げた。
ー俺は坊主って奴が嫌いだが、この名前だけは悪くないって思った。
…特に、由来の『闇夜』ってのが的を射てるな。明るい道は歩けないって言う皮肉に聞こえる程…。
ふと、子供の悲鳴が遠くに聞こえて来る。
僧房のある方からだった。
「この匂いは…!まずい!」
日仁はそう叫んで駆け出す。




