まどろむ子鬼(前編)
カムナと夜光の出会いに関する短編エピソードです。
時系列は三話の終了のすぐ後くらいです。
また、回想内の出来事は『番外編・降りる鬼』の数ヶ月後ぐらいです。
それではどうぞ。
天津城の城壁の外にある廃材置き場。
その隣で夜光が膝を抱えて眠っている。
首にはカムナの長い髪を二重に巻き、膝と胸の間でカムナをしっかりと抱きしめている。
その姿は玉を抱えた赤子にも見えた。
「こいつ、飯もまだなのに、寝ちまいやがった。」
カムナが溜息を付く。
夜光の手は鉄鎖で縛られている。鉄鎖の余った部分を持っているのは八重であった。
彼女も同じように膝を抱え、横目で夜光の表情とカムナを盗み見ている。
「カムナって親みたいね。」
八重がポツリと呟く。
「ああん?誰の親だって?」
「夜光のよ。」
怪訝そうなカムナに、八重が答える。戦場にいる時の顔と違い、少し優しそうな表情だった。
「俺様の子供がこんな変人のアホ面なら、泣きながら河原に置いてくね。」
「友達にしては付き合い長そうに見えるけど。」
最始、カムナは気に入らなそうに黙っていた。
が、八重が角狩衆としてでなく、一個人として興味を持っているだけだと判断したのか、渋々語り出した。
「…何でもねえさ。こいつとは腐れ縁というかな。
あれからまさかこんなに一緒にいることになっちまうとはな。」
カムナは夜光と出会った時の事を思い浮かべた。
*
ーもうどれくらい前の事か忘れちまったなあ。
確か、俺が3回目の『引越し』をしようと思った時だったか。
鬼に滅ぼされた村で女の遺骨を見つけたんだ。
霧のような線の細い雨が降っている。
その中に潰されたように倒壊した木造の家屋や壊れた農具・家財道具や枯れた井戸などが見える。
それに混じって白い物があちこちに転がっているのも見える。
白骨化した骨だった。
それも人間の骨だった。
肋骨、大腿骨、背骨、寛骨などの様々な部位の骨があちこち無造作に転がされている。
その中には頭蓋骨もあった。
白くて長い髪が付いたまま白骨化した不思議な頭蓋骨。
大きさから言って、女の頭蓋骨であった。
その頭蓋骨に向かって、何かが雨に打たれながらぴょんぴょんと跳ねてやって来る。
「近頃、骨や死体が増えたな。」
渦巻き状の尻尾を生やした、真っ黒な蛙のような怪しい生物。
これがムクロカムリという妖怪の本体部分だった。
つまり、カムナの本当の姿でもある。
「ま、俺たちにとっては住みやすいに越した事は無い。引越しし放題だぜ。」
カムナは頭蓋骨の下に潜り込む。
頭蓋骨は暫く顎骨をガタガタと鳴らしながら震えた後、眼窩に青くぼんやりと明るい火を灯す。
「こいつは上々!今までのより着心地が最高だぜ。」
「特にこの髪!ムクロカムリの中でも格の違う俺様にぴったりの…。
むきょっ?!」
新しい住処を得て歓喜するカムナを何者かが抱き上げる。
2歳くらいの赤子だった。
クセのある黒髪で、瞳は片方が栗色で、もう片方が黄金だった。
額には非常に小さな角が生えている。
泥だらけの素肌に、あちこちが破れてボロボロになった大人用の着物を肩にかけているだけの粗末な格好だった。
ー夜光との出会いは、なんというか唐突だったな。それも野良犬より酷い格好してやがってな。
「な、何だ!これは俺のだ、離せ!」
カムナは顎骨を鳴らして暴れるが、赤子の夜光は気にせずカムナを高く掲げ、くりくりとした目でじっと見つめた。
「くしゅっ。」
夜光は雨で体が冷えたせいか、くしゃみをした。
そして思い付いたようにカムナの長い髪を襟巻のように首に巻く。
「な、な、なんだやめろ!新居がっ!バッチイ!汚れる!」
夜光は髪を巻き終えて、頭蓋骨のカムナを両手で胸に抱えると、目をトロンとさせた。眠くなったらしい。
「おい、ガキ。あったかそうじゃねえか。」
後ろからドスのきいた声が響き、夜光ははっとして後ろを振り返った。
後ろには夜光の5倍以上の大きさの野良鬼が立っていた。
茶色の地味な体色に、虎のような目と牙の色が際立つ。
人鬼や獄鬼や餓鬼は鬼の血などによって人間から鬼にさせられる鬼であるのに対し、野良鬼は山奥で獣のように暮らす鬼同士の間から生まれる鬼であった。彼らは時々、餌などを求めて里などに降りて来る。
「ひっ!野良鬼だ!」
カムナの顔も青ざめる。
「俺によこせよ。」
夜光は怯えた表情を浮かべながら、カムナを後ろに隠そうとした。
「何だ、逆らうのか?よこさねえと踏み潰すっつってんだよ!」
野良鬼は腕を伸ばした。
「ぅはぁあっ!!」
夜光は声にならない悲鳴を上げて、脱兎の早さで駆け出した。
「待ちやがれ!」
野良鬼は四つん這いで追って来る。
夜光は後ろを振り返る暇も無く、ただ必死で走った。
「どわー!兎に角逃げろー!」
カムナは夜光に抱えられたまま、身動きが取れないままだった。
夜光は薄暗い林に足を踏み入れる。
木の根に躓き、枝に体を引っ掻かれながら、無我夢中で木の葉を掻き分けひた走る。
「お、おい、待て!前見ろ、前!」
カムナは叫ぶ。
夜光はその声で何かを察したが、その時にはもう遅かった。
崖だった。
夜光はぬかるんだ地面に足を滑らし、崖に生えている枝を折りながら、そのまま転がり落ちていった。
「ぬおー!!」
カムナもまた、夜光に抱えられたままその身を共にする。
ー出会って早々死にかけて、こいつは疫病神に違いねえと思ったわ。
反面、その頃から悪運も強かったとも言うべきか。
崖から落ちた場所の、目の前には隠れるのに手頃な穴があったのさ。
夜光は息を切らしながら這う。頭からは血が流れている。
そして、やっとの思いで大木に空いた小さな穴に体を潜らせた。
「っは…、っは…。」
夜光は横になったまま湿った土や枯れ葉の上で息を整える。
相変わらずカムナを胸に抱いたままだった。
「クソ、いい加減離せ!」
カムナは上顎を上げて、口から蛙のような舌を伸ばす。
その舌で夜光の頬や素肌を叩く。
叩くといっても、柔らかい紐をペチペチとぶつけるようなものである為、夜光に大した痛みを与えられない。
「このこのこのこのこのこの!」
夜光はぐったりした様子のまま、カムナから手を離す。
代わりに首に巻いた白い髪の毛をぎゅっと握り、膝を曲げる。
寒さを和らげる為にしたと思われるその体勢は、胎児の格好に似ていた。
ボロボロな体のせいで疲れたのか、寝息を立て始める。
冷たくなった体の中で、首元だけが温かそうであった。
一方、手を離されたカムナだったが、髪の毛のせいで夜光から逃げられないままである。
相変わらずカムナを無視する夜光に対して怒りが絶頂に達し、カムナは頭蓋骨の顎で夜光の指に噛み付いた。
「ぅうう。ぅんん…。」
夜光は痛みで唸ったが、抵抗はしなかった。
一瞬目を開いてカムナを見る。
恨めしさか、寂しさか、無心の表情なのか分からない暗い瞳。
その瞳を血の付いた瞼でゆっくりと閉ざす。
カムナは自分の方が疲れてしまったらしく、噛むのを諦めた。
「っぷは!ご、強情なガキだ!」
ーあれから夜光は死んだみてえに寝たまま、俺は動けないまま。
馬鹿みたいに無駄な時間が流れて、次の日の朝になっちまった。
夜光は次の日も寝込んだまま。
…あいつ、あのままほっといたら本当に死んでたかもな。
昨日と同じ体勢のままぐったりとしてる夜光の顔に、木の穴の外から日の光が差す。目は半分開いている。
「おめえ、鬼の捨て子か?
まあ、鬼は弱い奴は捨てていくのが当たり前。珍しくはないこった。
にしても野良鬼にしては見た目が人間に近いし、…天鬼?
…にしては妖気というか凄みが全然無いし、違うな。」
夜光はカムナを黙って見ている。
「おら!いつまでそうしている気だ!?そんなんじゃ熊や狐に喰われちまうぞ!鬼の癖に!
捨てられちまったもんはしょうがねえ。自分でなんとかせにゃ!
おめえは腐っても鬼。人間じゃあるまいし、同情で助かるなんて期待すんな!」
カムナは相変わらず無言の夜光に、呆れたように言う。
「俺なんかなあ、卵から孵ってから最初から一人だったぜ?へっ、自分のお父ちゃん、お母ちゃんの顔なんか見たこともねえし、知りたいとも思わねえ。
そんなんでも、こうしてデカくなれるもんよ!」
夜光は自慢げに語るカムナを不思議そうに見、目をパチパチさせた。
カムナの言葉の意味を分かっているかどうかは不明である。
「うん。こりゃ悪くねえな。
自分で歩かずに飯を手に入れられそうだ。」
夜光は近くの川で体を洗った後、カムナを抱えて森を散策していた。
雨が上がり、木々や草花に雨露が輝いていた。
「あ、あそこにグミの木があるぞ。
俺のは熟れすぎて腐ってるやつな。」
グミの木には赤い実がなっていた。しかし、もう殆ど鳥たちに食べられてしまったのか、高い枝にわずかにしか残っていなかった。
夜光は助走を付けて跳んでみるが、届かない。
何度かやって、その場に座り込んでしまった。
「なんだ腹減って力が出ねえのか?鬼なら余裕の高さなのによ。
…枝が細くて登るのは無理だしなあ。」
ふと風が吹く。
「……。」
夜光は鼻をヒクヒクさせ、風上に顔を向ける。
視線の先には岩穴があった。
夜光はどうにか立ち上がって洞窟の方に歩き出した。
「何だチビ助?洞窟か?」
「おおおおお!これは!
でかしたぞチビ助!」
カムナが歓喜するその目線の先には、平らな岩に乗せられたウサギやタヌキなどの動物の死体があった。
「良し!ちょっと腐りかけの肉もある!
ほら、お前もどれか食えよ!」
夜光はカムナに促されて、腹を切られ内臓を抜かれたウサギを手に取った。
捌いたばかりなのか、柔らかな毛が血で濡れている。
夜光はウサギを持ったまま躊躇っていた。
「鬼なら生き物の肉や血を腹に入れないと、強くなれねえぞ!」
カムナにそう促され、夜光はウサギの肉に小さく噛り付いた。
「っんぐ!」
咀嚼して飲み込もうとした時に、一瞬戻しかけ、それを我慢して飲み込む。
「んぐ、んんー!!」
カムナが突然変な声を上げる。
どうやら、欲張ってタヌキを丸ごと口に咥えて本体の口に詰まらせてしまったらしい。
息ができずにのたうち回っている。
夜光はカムナを腿で挟んでタヌキを上方向に引っ張った。
タヌキがカムナの口からスポッと外れる。
「はあはあ…。チぬかとおもた…。」
カムナはぐったりとした顔で裏返った情けない声を上げている。
「…ふふふ。きゃはははっ!」
それがおかしかったのか、夜光は声を上げて笑い出した。
年相応の幼児の無邪気な笑みだった。
カムナは一瞬笑われた事に腹を立てたが、初めて見る夜光の感情表現らしい行為に驚き、それを忘れた。
「おめえ…、笑えるんだな。」
「?」
少し真面目そうに言うカムナと顔を合わせて、夜光が首をかしげる。
ー鬼ってのは、色んな奴がいる。
殺しや血が好きなイカれた奴、やたら弱い物を苛めて支配したがる奴、心そのものが無いに等しい奴。
俺は夜光もその中の心が無い奴で、てっきりお母ちゃんの腹の中にでも情を全部置いてきてるのかと思っていた。
その顔を見るまではな。
「おい!人んちで何してる?!」
洞窟の入り口から、ドスのきいた声がする。
振り返ると、茶色の地味な体色の野良鬼が立っていた。
「げ!?昨日の野良鬼?
チ、チビ助早く逃げろ!」
夜光はカムナを抱えたまま岩壁を蹴って、手を伸ばす野良鬼の脇をすり抜けようとする。
しかし、体の疲労が残っているせいか、フラついて足を挫く。
野良鬼はその隙を見逃さず、夜光の首根っこを掴んだ。
「あ!よく見りゃ昨日の生意気な子鬼じゃねえか!」
頭に血が上った野良鬼は夜光の顔を何度も叩く。
「うっ!ぁあ!!」
「チビ助!早く首の髪の毛を外せ!
運がいいな、お前だけは逃げられそうだぞ…。」
夜光はカムナの髪の毛をぎゅっと掴み、首を振った。
「…馬鹿、死にてえか!
変なこだわりは捨てろ!自分が生きる為なら何でも犠牲にしろ!俺だってそうして生きてきた!
それをお前にされても恨みやしねえ!」
カムナに促され、夜光は渋々首の髪の毛を解いた。
解けた白い髪の毛を掴んだままの野良鬼の手から、夜光だけが重みで地面に転がり落ちる。
「おお、欲しかった髪の襟巻き!ん?」
「あはは…。ど、どうも本日はお日柄もよく…。」
野良鬼とカムナの顔と顔が合う。
「ムクロカムリが寄生してやがるのか。
失せろ!最弱妖怪め!」
「誰がさいじゃ、もがっー!!」
野良鬼は頭蓋骨の口に指を突っ込み、引っ掻き回してカムナの本体を引きずり出そうとする。
爪の付いた鬼の太い指がカムナの本体を突いて潰してしまうのは時間の問題だった。
夜光は絶叫するカムナを見上げ、そして手を伸ばす。
「ああ!うぁあん!」
まだ言葉を知らない彼であったが、その叫びはある特定の何かを求めて放った叫びだった。
涙で潤んだ夜光の黄金の片目が、更に輝きを増す。
ーあの時の夜光が何を考えたのか、俺様が何に重なって見えてたのか、今でもよく分からねえ。
ただ、思ったよ。
『情け』をかけるようじゃ、コイツは鬼として『半端者』だってな。
夜光は小さな両角の間に小さな青い火の玉を浮かべる。
そして、その火の玉を一本の矢にして放つ。
「鬼火?!ぐあああああっ!」
青い炎の矢は野良鬼の心部を貫き、業火でその巨体を包んだ。
野良鬼の手から離れたカムナを、夜光が拾う。
夜光はカムナとその白い髪の毛をぎゅっと抱きしめて、しゃっくり上げながらぐずって泣いた。
それは親にすがる子供のような姿であった。
「お前、なかなか素質があるんだな。髪の毛一本程度は見直したぜ。」
黒くなって死んだ野良鬼の横で、カムナが言う。
夜光は何も無かったかのように泣き止んで、無表情に戻っていた。
「だが、その甘っちょろい性格じゃ、その力も宝の持ち腐れかもな。
そこで提案がある。」
少し真面目な口調のカムナを夜光がじっと見る。
「ムクロカムリの中でも最強の知恵者である俺様がお前を一番の手下にしてやる。
まあ、生き抜く知恵を授けてやるから、精々有り難く俺様に従うこったな!」
カムナはワザと偉そうな口振りで言う。
夜光はカムナのツンとした態度に構うことなく笑みを零す。
そして、白い髪の毛を首に巻き、カムナを胸に抱えた。
「言うこと聞かないようなら直ぐ見捨てるからな!本当だぞ!
ああ、そうだ俺様の名はカムナ。
お前は…、ああ名前無いのか。まあ、後々考えてやる。」
洞窟を抜け、二人は宛てもなく何処かへ歩き出した。
(前編・完)




