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夜行鬼  作者: 参望
3話/貫行く鬼
30/168

貫行く鬼(8/8)

 天津城では蘇った岳鬼達が堀を越えて城壁の目の前にいた。

 城を覆っている結界を殴りつけている。


 同じく蘇った獄鬼や餓鬼も結界を破ろうと齧り付く。結界の効果で痙攣を起こして倒れては、欠損した四肢や抉れた肉を物ともせずにまた立ち上がる。

 彼らは主人である白妙の許可があるまで、粉微塵になろうとも敵に向かい続けるだろう。




 城門の陣は片付けられ、角狩衆の隊員達は城内に退避している。

 狭間から残り少ない朱矢で遠距離攻撃を行っている。


 最上階には天津城の城主や重臣、綱の火矢隊、そして卜部隊の重役である斗貴次郎と彼の側近の女性隊員がいる。

 「結界に四割の亀裂確認!

 巨大鬼二匹は傷口に聖矢八割が命中!しかし、先程よりも効果は薄いです!」

 廻縁から綱隊の隊員が外の様子を報告する。


 「一度死んで生き返った鬼は、痛みや苦しみを感じにくい……。

 札が退魔の効果を発動していても、奴らの執念がそれを上回ってるんだ……。」

 斗貴次郎は爪を噛む。片手には図や文字をびっしり走り書きした草子を持っている。

 

 岳鬼二匹が口を開いて息を吸い始める。


 「兆候あり!例の策に備えよ!」

 見張りの綱隊員が叫ぶ。

 それを合図に火矢隊達が用意していた棒火矢や縄付きの焙烙玉を構える。

 焼けずに、予備として陣に置かれていた残り少ない火器だった。


 卜部の女性隊員が斗貴次郎を後ろに庇う。

 斗貴次郎は後ろに下がらない。

 「まだですよ!もっと息を吸い込ませてから!棒火矢は五数えたら点火を!」


 「後はない!慎重に狙え!」

 火矢隊の隊員達は投擲の準備と着弾地点の位置調整に入る。


 (霊的なものが駄目なら、頼れるのは物理的で徹底的な内部破壊だ!) 

 斗貴次郎は瞬きせずに攻撃の瞬間を見守った。


 岳鬼達の肺が空気で限界まで膨らむ。


 「撃てー!!」

 火矢隊の統率者が叫ぶ。

 岳鬼達が火を吐く一歩手間で、数十個の焙烙玉と棒火矢が口の中で炸裂した。

 岳鬼達は黒煙、残り火、血などあらゆるものを口と鼻から漏らして動かなくなる。


 「全弾命中!爆発が気道や肺臓を傷つけたようです!」

 「あんなウスノロ、火が吐けなければこっちのものだ!畳み掛けるぞ!」

 綱隊の隊員達が歓喜の声を上げる。


 斗貴次郎は肩の力が抜けたのか、その場にへたり込んでしまった。

 「……追加の火薬が足りてよかった。中身に詰めた釘や割れ物も……。」

 

 「後は天鬼次第……。この借りは返せよ、射貫……。」

 斗貴次郎は戦場の奥にいる最後の岳鬼を睨んだ。 

  



*




 「見てあの巨大な鬼、射貫様達の方へ戻ってくるわ。」

 「ありゃ、女の天鬼が乗っていた奴だ。

 今空を飛んでったのは奴か?」

 八重といろはは距離を取りながら白妙の岳鬼の様子を見る。

 「天鬼を倒さなければ鬼達は何度も蘇る……。射貫様が天鬼を何とかする『切り札』として私達を行かせたなら、奴を追わないと。」 

 「そうだな。見た所、城の方は巨大な鬼も動かなくなってるし、あっちはそのまま卜部と綱の同志達に任せた方が良いだろう。」


 「グルルォゥ……!」

 岳鬼が八重達の方に顔を向ける。


 「気付かれた!

 いろは、私の刀を!」

 八重はいろはから大太刀を受け取り抜刀する。




 一方、夜光達は白妙の猛攻を受けていた。

 蜂と鬼の外見を足したような異様な姿であり、昆虫のような外骨格で覆われた六本の長い手足には鉤爪が付いている。また、尻には蜂の腹部のような尾が生えていた。

 重装鎧のように重そうな外見とは裏腹に、読み切れない稲妻型の軌道で空中を高速移動して見せている。

 また一撃は鋭く重く、夜光の硬い皮膚や射貫の鎧を簡単に切り裂く。


 夜光と射貫は攻撃を尽くかわされて防戦一方に追い込まれていた。

 二人は背中合わせになって、互いの背後を守り合う事で手一杯になっていた。


 白妙が嘲笑う。

 「『守る』とぬかした割にはそんなものか?

 お前達が共倒れするのが楽しみだの!」


 「いぬき、生きてる……?」

 「見りゃわかるだろ!ピンピンしてる、と言いたい所だが流石にこのままじゃ二人仲良くお陀仏だ!」

 「いぬきは逃げろ……!人間じゃ死ぬ……!」

 「人の心配してないであの鬼ババアを捕まえる方法を考えろ!」


 夜光が射貫に気を取られている隙を見て、白妙が尾から毒針を発射する。

 しかし、それは射貫の三叉槍によって弾かれた。


 射貫は肩に縛り付けた布を真っ赤に染めながら、歯を食い縛って白妙の追撃を防ぐ。

 「俺の槍の阿修羅と英雄・渡辺綱に誓って、お前の背中守る事くらいどうって事ない……!」

 

 夜光は射貫の体力を案じながら必死で考えていた。

 (駄目だ……。俺の肘の尖ったのも、奴に届かなければ意味がない……。

 手がもっと長ければ……。ん、長い……?)

  振り向いた夜光の目に、射貫の三叉槍が映る。

 

 (あれだ!

 前の戦いで かねとお の血を飲んだ時と同じように……。頼む!また力を!)

 

 その時夜光は、白妙の洗脳を解く瞬間に頭の中で見えたものを思い出していた。それは、操られている時に誤って飲んでしまっていた射貫の血から流れ込んで来た光景だった。




 射貫の顔に似た壮年の男が怒鳴る場面が浮かぶ。

 『今は一族を存続させる事が大事!武士の誇りだの、正義だの、大儀だのその歳でいつまでも青臭いことを申すな! 

 鬼退治などやれる者がやれば良い!』 

 

 次に裸の男女が見えてきた。

 若々しい姿の射貫が畝り髮の美しい少女を胸に抱く場面が浮かぶ。

 暗い顔で涙を流すその少女は、よく見ると若い頃の『おたま』だった。

 『外に出れば本物の鬼に食われ、蚊帳の中では人の皮を被った鬼と変わらぬ男達にこの身を貪られる。

 あなたにならいい。その槍で私を終わらせて……。』


 最後に角狩衆の装束を身に纏った若い姿の射貫が三叉槍を高く掲げる場面が浮かぶ。

 『鬼供の悪行、世の乱れ……。

 その世に必要とされている正義も大儀も見定めず、何も成さないのであれば俺とは、武とはなんなんだ?

 武士の槍や刀は、成せる者に与えられた「貫き通す力」だ!』




 「貫く力!」

 夜光は尾骶骨の辺りから、骨で構成された細長い尻尾を生やす。

 そして、その尾を掴んでするりと引き抜くと、鞭の様に鋭くしならせた。

 その瞬間、骨の鞭は一本の鋭い槍となった。




 岩陰に退避していたカムナが唸る。

 「あの枯皮の兼十とか言う奴の時と同じ……。

 アイツ、飲んだ血の持ち主の影響を受けて体の一部を武器に変化させやがった……!」



 立派な槍を構える夜光に、射貫は仰天していた。

 「おいおい?!何処にしまってたんだよそれ!」

 「いぬき、暫く奴の気を逸らしてくれ!」

 「いきなり餌役か?!……いや、そうこなくちゃな!」

 射貫はニカッと笑って前へ出た。


 空を裂いて突進して来る白妙を見据えて、射貫は片手で投擲の構えをとる。

 夜光は骨の槍を縦一文字に構え、額を付ける。それにより熱が槍に伝わる。


 「オモチャを手にした所で無駄な足掻きよ!纏めて突き刺してやる!」 

 白妙は長く伸びた二本角と、尾の針を構え、回転を加える。


 「射貫、伏せろ!」

 夜光が叫ぶ。

 青い鬼火の帯を骨の槍に這わせながら、一気に駆け出して助走をつける。

 夜光の上腕が唸り、投げられた槍が矢の如く飛ぶ。

 それと同時に、射貫は受け身を取りながら地面に転がり込む。

 

 「棒切れがっ!折れろ!」

 白妙の針と角が高速回転で紡錘型になる。


 骨の槍は高温の熱風を撒き散らしながら巨大な炎の渦巻きを起こす。

 そしてその爆発によって更に加速し、雷となって白妙を貫いた。


 白妙の左翼や左の頬や左肩などの左半身のあらゆる部位が粉砕される。 

 「ぉがあああああー!!」

 白妙は断末魔にも似た悲痛な叫び声を上げながら、遥か後ろに吹き飛ばされる。

 飛ばされた先では、岳鬼と八重達が交戦していた。


 白妙は残った片手で立ち上がろうとするが、力が入らず何度も地面に突っ伏す。

 「ぐうぅっ!私が、下等に成り下がった鬼などにぃ……!。」


 「グウウウ……!クゥゥン……。」

 岳鬼は半身のほとんどを無くした主人を見て狼狽える。生命力が強い天鬼にとっても致命的な傷だった。

 「た、猛槍、今すぐ退け……!

 こ……この姿では、が……元実に面目が、立たない……!せめて……、彼の大事な兵であるお前だけでも……お返しせねば!」




 夜光はすかさず角を緋色に輝かせ、上手く動けない白妙に向かって走り寄る。


 だが、そのトドメを岳鬼が遮ろうとする。

 凄まじい勢いで大地を揺らしながら前に跳び、その巨体で夜光の行く手を阻む。

 「猛槍、命令だ!退け!き、聞こえんのか……!」

 白妙は掠れた声で叫ぶ。


 「夜光、天鬼は私が!」

 八重が大太刀を振りかざす。いろはも八重の援護の体勢に入る。


 「分かった!」

 夜光は叩き落とそうとして来る岳鬼の手を掻い潜り、その胸に角を突き立てる。

 「グガアアア!」

 岳鬼は業火に包まれ、もがき苦しみ、膝をつく。


 だが、岳鬼はそれでも動く事をやめない。

 這うのがやっとの白妙に手を伸ばし、八重を払いのける。

 そのまま、地面に手を突っ込んでその部分の火だけを消し、白妙を優しく掴んで何処かへ歩き出そうとする。


 「お、お前……!わ、私を守ろうとしているのか?元実やその父君から認められた、天鬼の私を……!」

 苦しみながらも大江曽山の方へ進む岳鬼を見、白妙は怒りで歪んだ顔から思わず涙を流した。

 「……『守る』は弱き者に対する行いだ!そのような間違いをする鬼など我が子などではない!お前も今ここで殺してやる!」

 「クゥゥ……!」

 岳鬼は悲しそうな声を出すが、燃える体で歩き続ける。

 「……もういい、離せ!離せええええ!!」

 白妙は悔しそうに声を絞り出す。

 



 燃えて炭の山と化した岳鬼の亡骸の下から、白妙が這い出る。

 多量の出血や内臓の損傷などで弱っており、気力のみで動いているに等しかった。


 そんな彼女を夜光、射貫、八重、いろはが少し距離を取りながら黙視している。


 白妙は岳鬼の亡骸の顔に頬ずりする。

 「猛槍、眠いのか……?私の可愛い子。子守唄を歌ってやろう……。」

 それは赤子に微笑む母親の顔に見えた。


 「敵とは言え、最後の最後でいい顔になりやがって……。全ての鬼がそんななら戦わずに済んだのにな……。」 

 射貫は独り言のように呟いて面頰を外した。

 八重も悲しげに大太刀を下ろす。

 

 「行こうか……。元実様が見ておられる故……。」

 白妙が岳鬼の亡骸に接吻した時、岳鬼の腹部からほのかに光が漏れ出す。


 それにいち早く気が付いた夜光が叫ぶ。

 「みんな伏せろ!」


 夜光は射貫や八重達を庇って地面に伏せる。

 その瞬間、岳鬼の亡骸が爆発した。

 



 煙が晴れ、四人は顔を上げる。

 「クソ……!だから天鬼ってやつは……。」

 射貫が起き上がって吐き捨てる。

 「往生際が悪い。それが鬼ですよ。」

 いろはも同意した。

 

 辺りには、岳鬼の黒い肉片が散乱していた。

 白妙のらしき角も転がっている。

 

ー甘いな人間どもよ……。鬼は……、鬼としてしか死ねぬのだ……。

 そう、鬼としてしか……。


 何処からか風に乗って白妙の乾いた笑い声が聞こえた。


 夜光は転がってる角に骨の槍を思いっきり突き刺して砕く。

 声はやがて塵と共に空に流れ、静かになった。

 

 「あんたが俺を抱きしめてくれた時、仲間に入れてくれるって言った時、本当は少し嬉しかった。なのに……何であんたは『そんな』奴なんだ……!」


 八重は、夜光の瞳の色を盗み見た。

 夜光の手は怒りで震え、また悲しさで震えているようにも見えた。

 



*




 天鬼・白妙の死により、戦場や城の外にいた全ての鬼は完全な骸となって転がっていた。

 そんな死体を卜部隊達が一箇所に集めて燃やしている。

 また、地を清める為に塩を撒き、火を付ける。

 漆黒の夜空に炎の色と明るさが混じり合う。


 休む暇もなく、片付けに追われる全ての隊の隊員達。

 射貫も陣の中で手当てをしながら、城主や部下達の対応に追われていた。


 そこに、斗貴次郎が通りかかる。

 「よ。斗貴次郎。」

 射貫は軽い調子で声をかける。

 「何が『よ』だ。お前の無茶のせいでみんな苦労したんだぞ。」

 斗貴次郎は疲れた顔をムスッとさせる。

 「悪かった。

 でも、綱隊とお前が率いる卜部隊なら、俺と夜光が天鬼を倒すまで持ち堪えてるだろうって信じてたぜ。」

 射貫は笑みを作ってみせる。目元には疲れが見える。

 

 射貫は立ち上がり、斗貴次郎の脇を通る。

 「……とはいえ不安な思いさせて悪かったな。初めてなのに弱音吐かずに偉かったぜ。」

 すれ違いざまに斗貴次郎の頭に軽く触れ、聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で呟く。

 斗貴次郎は目を丸くした。そして、射貫に聞こえるようにワザと大声で悪態をつく。

 「へんっ!ほ・ん・っ・と、口ばっかだな、射貫は!」

 

 射貫が遠くに離れた後、斗貴次郎は震える声で一人呟く。

 「……褒められる程の事なんて出来なかった。綱隊や卜部のみんなが支えてくれなかったら、不安のまま多くの犠牲者を出していた。」 




 夜光は、城壁の外にある廃材置き場の隣で膝を抱えて座っている。

 首にカムナの髪を巻き、手は鉄鎖で縛られている。鉄鎖の端を持っているのはやはり八重だった。

 「カムナ……。

 同じ鬼と鬼なら、当たり前に笑って抱きしめ合って、動物みたいに親が子に寄り添う事が出来るんだと思ってた。」

 「今更お母ちゃんの乳が恋しくなったのか?顔も居場所も知らんくせに。」

 夜光は少し黙り込んだ。


 「俺も完全な鬼なら、抱きしめられたりしてかも知れない。」

 でも、違ったらしい……。

 人間相手でも、鬼同士でも、鬼は傷つける事しか出来ないのか?」

 「あの女の天鬼の事か?上級の鬼は自尊心が強いからな、ああいう奴も少なくない。

 それに人間なんかも、人間同士でも、妖怪相手でも殺し合うだろ?

 つまり、そういう事だ。」

 「何処に行けば、誰に出会えば、ずっと争わず安心して生きれるんだろう。」

 「そんな事、俺が知るかい。嫌になったならこいつら人間なんかに付いてくのを止めちまえよ。」

 「……そうじゃない。それでも俺が戦い続ければきっと……。」

 夜光はカムナの髪の毛の温かさで眠くなったのか、そのまま目を閉じた。

 

 八重は横目でその寝顔を見、同じ様に膝を抱えていた。




*




 天津城の屋根の上で下の様子を伺う背の高い男がいる。

 角狩衆の装束を纏い、背に脇差程の長さの直刀を二本を背負い、腰から弩を釣っている。

 顔は暗がりでよく見えない。

 枯皮砦で八重が『三ツ葉』と呼んだ男のようである。


 「天津城の防衛に成功。そして、赤鬼軍の重臣と思われる天鬼を撃破……。」

 男は夜鷹の足に文を括り付けて飛ばす。

 

 「……あの『黒い鬼』も死なず。

 今は予定通り、頼光に委ねる他無いな。」

 その淡々とした口調は、一瞬感情で揺らいでいるように聞こえた。




(貫行く鬼・完)

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