貫行く鬼(7/8)
蘇った岳鬼が迫る、城門前の陣。
斥候が斗貴次郎に報告をしていた。
「隊長のくせに何勝手な事やっているんだ、バカ射貫!みんな死なせる気か!」
斗貴次郎は乱暴に床几を倒しながら立ち上がった。
「斗貴次郎様!この陣ではもちません。早く城内へ!」
別の卜部隊員が跪く。
「分かっています。
でも今は綱の火矢隊何人かを最上階へお願いします。……ようやく策が浮かびました。」
斗貴次郎は集められた綱隊の隊員達と作戦内容を打ち合わせしながら、城内の階段を急ぎ足で上る。
「しかし俺、こういう作戦は初めてだな。なかなかぶっ飛んでますね……。」
隊員が頷く。
「多少無茶苦茶なのは分かってます。でもこの策が成功しなければ僕達に明日はありません。」
「そっすね。
でも後は俺たちだけで十分っすから、斗貴次郎さんは先にお逃げください。じゃ無いと、木次郎様と射貫様にどやされちまいやす。はは……。」
別の綱隊員がわざと笑って言う。
「僕も卜部季武の名を預かる『角狩衆』の一人です。
今更子供だからと逃げたりしません……。自分の策は最後まで見届けます。」
斗貴次郎は狩衣の袖をギュッと掴む。気丈な振る舞いをしていてもその瞳は不安の色をしていた。
「分かりやした……。
あ、そうだ。最後に伝えときたい事が。」
「何ですか?」
「すみませんね、うちの射貫隊長。
無茶苦茶過ぎてビックリしたでしょ?」
「まあ、噂は聞いてましたけど。僕にはあの人が自分の感情だけで無茶な行動しているようにか見えません……。」
「ほんと、マジそれなんすよ。俺なんか思わず『あんたバカでしょ!?』って言っちゃた事あるもん。」
射貫に対する部下の言いように斗貴次郎は苦笑いする。
「でもね、あの人は自然に泳がせてそれを俺たちが支えてやった方が上手く行くんですよ。不思議な事に。
俺達が補った分、必ず大将首かそれに値するもの持って倍に返してくれますから。どうか信じてあげて下さい。」
隊員は笑みを零しながら頭を下げる。
斗貴次郎には射貫へのその信頼が何処から来ているのかまだ少し疑問だったが、少し不安が晴れ、他の事は任せて自分の仕事に専念する気になっていた。
*
戦場では射貫が夜光の猛攻をやっとの思いで防いでいた。
夜光は人鬼どころか天鬼も倒した事がある。決して圧倒的では無かったが、その強さは未知数であった。
また、彼の鬼としての基礎的な腕力や俊敏さは人間には十分脅威だった。
射貫には、そんな彼の攻撃を防ぐ事で手一杯だった。
体のあちこちが切り傷と血まみれになり、やや息を切らしていた。
夜光の薙ぎ払いで射貫の面頰が吹き飛ばされて地面に転がる。
それでも射貫は笑みを崩していなかった。
「おいおい!お前がそんなに柔だと思わなかったぜ。
そんな奴に簡単に取り憑かれるなんて!」
夜光は射貫にのしかかる。
射貫は三叉槍を上一文字に構えて夜光の爪を防ぐ。
しかし鬼と言うものは、両手を塞いでも油断ならない生き物である。彼らには虎のような鋭い牙があるのだから。
夜光は頭を前に突き出して射貫の肩に噛み付いた。
「うぉぉぉぉぉっっ!!」
射貫は痛みに耐える為に吠えた。
*
夜光は相変わらず外の視界が戻らず、黒一色の空間で身動きが取れないままだった。また、鬼の姿も解け人間の姿になっていた。
また、白妙が『ある女』に化けて彼を抱擁したままだった。
これは意識と意識の繋がりであり、白妙の魂の一部が夜光の魂に接続していると思われる。
それにより、現在白妙の魂の一部が黒い鬼の夜光の体を動かして射貫と戦っているのであった。
(おや?お前、己の母の顔を覚えとらんのか?)
「こいつが俺の、母親だったのか……?……人間?」
夜光の頬や背中を色白の美しい手で摩る。
髪は夜光の髪と同じ、深い漆黒だった。
夜光は目を大きく見開いたまま何も出来なかった。
(そうだ。これがお前の母の姿ぞ。
今までの寂しさを埋める為に心ゆくまで甘えるが良いぞ。)
夜光は暫く俯いた後、乾いた声で力無く笑いだした。
無邪気に歯を見せてにっこりしていながら、少し泣き出しそうでもあった。
「もし俺を産んだ奴に会ったら、一つ聞いてみたかった事がある……。
何故、半端な俺を産み落とした……。人間なら尚更……。
完全な鬼か人間のどっちかだったらこんなに苦しむ事はなかった……!」
そして白妙を突き飛ばす。
(何をする?!
お前はもう鬼との無益な戦いをしなくて良いのだぞ?この私が異端の子だと疎まれる事もさせぬ!ただ弱い人間達を狩って、鬼である喜びだけを感じさせてやると言ってるのだ!
それの何が不満なのだ!?)
白妙は元の少女の姿に変化する。
夜光は尻餅付いている白妙を無視して天井を仰いだ。
黒一色だったはずの空間に、赤いものが滲んでいる。
「『いぬき』の匂いだ……。それと血の匂い……。
『守り』に行かないと……。」
(他にもお前の記憶を読み取ったぞ!
最初は受け入れられても、最後は手の平を返して、石を投げられ、汚い言葉を浴びせられ、人間に裏切られてばかりだったでは無いか!
人間の心の醜さは、鬼の顔や体の醜さと変わらぬ!そんな奴らの中で平穏に暮らせると思うのか?
何故また自らそんな針山の道を行こうとするのだ!)
白妙は夜光を非難した人間達の姿に、次々と姿を変える。
夜光は淡々と答えた。
「俺を嫌いな人間は沢山いる。
でも、俺を嫌がらないで許したり、助けてくれた人間もいる……。俺は、俺の前で笑ってくれる人間は殺したくない……。」
夜光は夜霧峠の『おたま』や『すずね』達との夕食や、枯皮砦の兼十達との宴の光景を思い出していた。
「それに分かったんだ。
俺がずっと戦って守り通せば、皆んな笑っていてくれるかもしれないって。」
「だから、出て行け!」
夜光は怒号を放った。
徐々に体の感覚が戻り始める。
想像で形作られた赤メノウの玉簪を手に握り、白妙の腹に突き刺す。
(守るだとぉ?!弱き者は、愛でて、憐れみ、虐げるものだ!
鬼の血の流れる者がそんな事をほざくなあああ!)
黒一色の空間は白へと変わり、醜く吠える白妙を光が包んだ。
*
再び城へ接近する岳鬼の肩の上で、白妙が唇を噛み締めている。八重歯が深く食い込み、血がポタポタと流れる。
「……私の放った鬼蜂の糸が切れた。」
その顔は深い憎しみで歪んでいた。黄金の瞳がギラつき、角の周りの皮膚が木の幹のように硬くなる。
「那賀槍、徹槍。城はお前達に任せた。
……猛槍、行くぞ。」
蘇った二匹の岳鬼は城へ向かう。
一方、白妙は自分が肩に乗っている岳鬼と共に来た道を引き返す。
「殺してやる。殺してやるっ……!汚らわしい人間の情が根付いた鬼など!」
可憐な少女の声が掠れた老婆の声に変わって呪詛となる。
白妙は背中から羽虫のような大きな羽を生やして広げた。
*
操られた鬼の姿の夜光は射貫の肩から流れた血の匂いが堪らなくなって、それを舐めている最中だった。
「……ははっ。お前の腹の中で俺の血が初恋の女の血と再会するってのも滑稽だと思ったが……。そろそろ限界だ……。」
射貫は痛みに耐えながら、眼前に見える夜光の耳を噛んだ。
「ぐギャッ!」
射貫は夜光が怯んだ隙に、みぞおちを蹴って脱出する。
「お前が信じた男だ。最後まで俺も信じ続けたかったぜ……。
貫行……!」
そして、笑みを崩し、夜光の顔を突き刺そうと三叉槍を構えた。
だが、夜光はかかって来ない。ただ口を開いて突っ立っている。
やがて動き出す。何かに抵抗するようにブルブルと震えながら、脛に手をやる。
そして、赤い模様のある小さな蜂を摘んで潰した。
その瞬間、夜光は何かに解放されたようにその場に倒れ込んだ。
黒い鬼の姿から人間の姿になると同時に、苦しそうな顔で口から血を吐き出す。
「ぁがはっ!ゲホゲホッ!」
「夜光!正気に戻ったのか?」
夜光は射貫の手を借りる。
「いぬきの血、苦しょっぱい……。」
「わ、悪かったな!
……ったく、戻るのが遅いんだよ。」
射貫は不機嫌そうな顔をしながらも、夜光を殺さずに済んでホッとしていた。
「いぬき。お前の肩、俺が噛んだのか?」
「ちょっと縛っとけば平気だ。俺はデカイ鬼と天鬼をヤりに向かう。」
射貫は面頰を拾う。
そして布切れで肩を縛って止血しながら城の方へ駆けて行く。夜光に噛まれた事を根に持つ事も無く、次自分が何をすべきかだけを考えているようだった。
「カムナ拾ったら俺も行く。」
夜光は岩陰にいるカムナを見つけ出した。
「夜光お前、……操られただけだったんだな。」
「いぬきは、殺す理由ない。」
「そうかい……。」
カムナはそれ以上何も言わなかった。
しかし、夜光はカムナを持ち上げようとして手を止めた。
「奴だ……!」
「自分からおいでなすったかい。」
射貫も足を止めて天を仰いだ。
城のある方角から、蜂に似た羽や胴を持った鬼が飛ぶ矢の如くやって来る。
顔の部分は白妙だった。
白妙は速度を落とさず、夜光に突進する。
夜光は咄嗟に『黒い鬼』に変化しながら横に飛んで受身を取る。
白妙は砂埃を立てながら戦場に着地した。そして狂った笑みを浮かべる。
「歪な子よ、貴様などもう鬼とも我が子とも思わん。
全員纏めて殺してやる!」




