貫行く鬼(6/8)
地獄の炎に包まれた、刺々しい巨大な影。
その中で赤子の声を低くしたような不気味な咆哮が聞こえる。
炎は近くの林に燃え広がり、どんどん大きくなる。
綱隊達は辛うじてあの中から脱出し、城門近くまで撤退していた。
卜部隊が看護を務めている。
角狩衆の標準装備である黒い装束は妖の鬼火などを防ぐ為に火浣布(かかんぷ・石綿をまぜて織った布)という火に強い素材で出来ている。その為彼らの火傷の大半は軽度で済んでいる。
が、戦場を埋め尽くす広範囲の炎であった為、酸素不足による体調不良や熱による脱水症状などで動けない者が続出していた。
「射貫がまだあの中に?!」
斗貴次郎が負傷した隊員の一人と話をしている。
「……ええ、取り残された者達がいないか確認してから撤退すると……。」
「斗貴次郎様、綱隊からの情報収集と守りは私と他の卜部の者が受け継ぎます。もし策があるならお早めに。
それとも、私がお側にいますか?」
卜部隊の女性隊員が間に入る。
「だ、大丈夫だ。」
斗貴次郎は気丈に振る舞うが、少し不安そうに自分の狩衣の裾を握った。
初めての戦場であっても、自分の知識で解決する自信があった筈だった。しかし今は予想外の出来事を目の当たりし、それを冷静に対処できない自分の未熟さを痛感している。
(結界で奴を食い止めることが出来たとして、またあの炎を出されたらどうする……?この城では耐えられないぞ……。)
*
燃え盛る鬼火に囲まれながら、焼け焦げた倒木を持ち上げようとしている者がいる。
倒木の下には負傷した隊員がいた。
「射貫様!俺は足をやられてます!もう構わず行ってください!」
射貫は荒い呼吸をしながら、槍先を倒木の下に入れて体重をかける。
「いいから、助かる事だけに集中しろ……!」
そんな彼らに頭上から岳鬼の影が落ちる。
「見つけたぞ!
大将は捕まえてなぶり殺しにしてやれ!」
白妙の合図で、岳鬼が手を伸ばす。
射貫は意を決して三叉槍を構えた。
「ギャアッ!」
その時、別の岳鬼の悲鳴が聞こえた。
腿の内側辺りから血を噴き立たせている。
目を凝らすと悲鳴を上げた岳鬼の背中を勢い良く登って行く黒い鬼が見える。
変化した夜光だ。
八重を片手で抱きかかえ、蹴りで反動を付けながら、もう片方の腕で皮膚の凹凸を掴んで上がって行く。
岳鬼は手で叩き潰そうとするが、避けられる。
夜光は富路を倒した時のあの斧のような突起であちこちを切り裂く。
やがて頭部まで登り詰め、岳鬼の瞼ごと目玉を突く。
そして苦しんでいるうちに首の肉に手を突っ込み、太い血管を探して握り潰した。
岳鬼は首から噴き出る血を燃える大地に降らせながらその場に蹲った。
血の雨は炎を僅かに小さくする。
「なんと?!那賀槍!!」
白妙は獄鬼の大きさとさほど変わらない一匹の鬼が、岳鬼を僅かな時間で倒したことに驚く。
「あれが例の、『黒い鬼』の夜光か!?
……何で八重を抱えながら?」
射貫は跳び回る夜光を目で追う。
「綱殿?!お早く!」
「いろは!火が平気なお前なら有難い!」
八重達を追いかけてきた いろは が射貫達に手を貸す。
隊員は様子を見に来た斥候の肩を借りて、城へ撤退していった。
(卑しい血筋の野良鬼なら地味な色をしているが、あの暗闇のような色と眩い光沢をもつ者はいない……。
やはりあれが緋寒の『呪いの御子』……!
……むしろこれは好都合。)
白妙は夜光に目標を定める。
そして、口から何かを吹き出す。
それは豆粒程の蜂の形となり、何処かへ飛んで行く。
夜光は二匹目の岳鬼を倒し終わっていた。
三匹いた岳鬼の中、二匹の血が燃える大地に注がれた事で、業火はだいぶ勢いを失っていた。
片腕で抱えられたままの八重は、散々急降下と急上昇をさせられたせいで目を回してぐったりしている。
「ほ、ほへはひ……ほほひへ。」
お願い下ろして、と言っているようだ。
「へっ、いいひみは!」
夜光の鬣に噛り付いていたカムナが嘲笑う。いい気味だ、と言っているらしい。
「後一匹だ。我慢しろ。」
夜光は、蹲って動かなくなった岳鬼の背中の上に一旦八重を下ろしてやる。
カムナも顎が疲れたと言って、一緒にその上に降りた。
そして何気無く立ち上がろうとしたその時、夜光の脛を小さな何かが刺した。
その瞬間、夜光の耳元で女の声が聞こえた。
(大江曽ノ関緋ト契リシ実鈴ノ御子……。)
「!!」
「誰だ……?!」
夜光は咄嗟に身構える。
「ど、どうしたの?」
「夜光、でかい奴もう一匹はあっちだぞ?」
八重とカムナは、辺りを警戒する夜光を心配そうに見る。
(寒山ニ立ツ緋色金ノ命……!)
その言葉を最後に、夜光の体は動かなくなり視界は真っ暗になった。
*
(この反対側の字、やはり緋寒の子か。母親の方はつまらな過ぎて分からん。
何はともあれ、会いたかったぞ……。)
やがて夜光の目には、黒一色の空間に佇む白妙が映るようになっていた。
「何を、した……?!」
(お前こそ何をしておる?
人間側について戦っているなど……。自分を捨てた伯父の元実と父の緋寒に対する復讐か?)
「誰だ、それ?そんな奴知らない!」
(噂通り、本当に何も聞かされてないのだな。
半分とはいえ高貴な天鬼の血を引いていると言うのに、同族を殺す道しか選べなかったとは……。哀れな子よ。)
「人間の中には俺を許してくれる奴がいた。でも、鬼は俺を殺そうとするだけだった……!」
(そうか、私たちが誰もお前を受け入れようとしなかったのだな。すまなんだ……。)
白妙は幼子にそうするように、夜光の背中に手を回して抱きしめた。
(だがもう大丈夫だ。
この世に生を受けた鬼は、私にとっては皆愛しい我が子だ。
元実と緋寒が拒絶しようとも、この白妙だけはお前を心から愛してやる。)
白妙の姿はとある女の姿に変わった。
(血から読み取った記憶によれば、こんなものか。
緋寒も悪くない女を嫁に選んだのう。私の若い頃には負けるが。)
腰まで髪の長い女。
夜光が微かに覚えている、幼い頃の記憶に出てくる不思議な女。
鬼や魑魅魍魎で埋め尽くされた森の中ー。夜光を庇い、背中から血を流しながら安心したような笑みを浮かべる妙な女。
それが今、夜光を大事そうに抱きしめている。
「あんたは……。」
夜光は無意識に悲痛な表情を浮かべていた。
*
「夜光!夜光、さっきから何を言ってるの?」
取り乱した後、その場で動かなくなってしまった夜光を八重が揺さぶる。
夜光は顔を上げる。
「気がついた!ねえ大丈夫?」
「グウゥゥッ!」
夜光は唸り声を上げ、八重に牙を剝く。
そして腰に巻いていた鉄鎖を引きちぎった。
「……夜光?」
夜光は八重に向かって腕を振り上げた。
「八重!逃げろ!」
いろはが八重を抱きかかえる。夜光がおかしくなってから、不審に思って近くへ駆け付けていたらしい。
「夜光……。どうしたの?!」
夜光は いろは達は追わず、白妙達のいる場所まで駆けていく。
そして岳鬼の肩に乗った白妙を見上げながら跪く。
「ふふふ。これで完全に勝負あったな、角狩?」
白妙は再び射貫に向き直る。
「お前……!妖術で何かしたな?」
射貫は白妙を睨む。
「何故そう言い切れる?
この子は元々鬼だ。自分の意思で人間を襲わない理由がどこにある?
人間如きが我々の仲間を飼い慣らせると思ったのか?!」
白妙は自分の子を庇う母親のように厳しく言い放つ。
夜光は口を開けて射貫を威嚇し、咆哮した。
「クソっ!」
射貫は三叉槍と朱刀を構えた。
「では、猛槍。他の兄弟と一緒に城まで参ろうぞ。」
白妙が乗っている岳鬼は再び城へ向かって歩み始める。
白妙は肩の上で舞を踊りながら子守唄を歌う。
すると夜光が最初に倒した二匹の岳鬼の骸が目を開ける。
そしてなんと、血が抜けている体で立ち上がった。
また、綱隊が倒した餓鬼や獄鬼も蘇る。
「この間の枯皮砦の天鬼と一緒だ!死体を蘇生させやがった!」
いろは が八重を下ろす。
「射貫様!夜光!」
八重は対峙している射貫と夜光に呼びかける。
「八重、お前は先に城に向かってくれ。
俺はこいつを叩き起こしてから行く!」
射貫は飛びかかる夜光を横飛びで避ける。夜光の攻撃速度は肉食獣のように速く、爪が射貫の腕を掠める。
「綱殿!そいつを殺さず幻術を解くなど無茶です!
それにそいつが本当に裏切った可能性も捨て切れません。もしそうなら八重の力で殺してしまうしか……。」
いろはの紅の瞳が一瞬鋭く光る。
「いいからその力を天鬼に使って城を守るんだ!」
「……了解した。どうかご武運を。」
いろはは静かに頭を下げた。
「夜光、私達が駄目なら兼十さん達を思い出して!貴方をあんなに可愛がってくれた!枯皮のみんなもあなたと戦いたくないって思うはずよ!」
いろは は夜光に向かって叫ぶ八重を無理矢理担いで、城の方へ駆けて行った。
夜光は射貫に肘の突起を振りかざして突進する。
カムナは復活した岳鬼の背中から退避し、岩陰に跳んで移動していた。
「夜光、これで良かったと思わねえか?
今までもそうだった。お前がどんなに人間と仲良くなろうが、お前が鬼である以上、最後は争いを引き寄せちまうんだ。
それがどういう結果になったかは言わなくても分かるよな?
ましてや角狩衆なんざ遅かれ早かれ、お前が邪魔になればこうなってたに違えねえさ。」
カムナは火花を散らす二人を見ながら一人呟いた。
それは何処か、夜光を哀れんでいるようにも聞こえた。
黒炭と灰で覆われた戦場で、残り火と熱風が彼らを包む。




