貫行く鬼(5/8)
宇永尾にある小さな山城・天津城。
その最上階にいる城主や、物見台の兵が震えてあるものを見ている。
城と同じ位の背丈のある巨大な鬼。
それが城に向かって迫って来ている。
大きな足で一歩一歩進み、蟻のように兵士を踏みつける。
ある者は摘まれて大きな口の中に放り込まれ、またある者は手で握り潰された。
人間達は反撃をするが、矢も、槍も刀もその硬い皮膚を通さず、まるで役に立たなかった。
その一方的な力の差と一匹あたりの勢力範囲は、策や兵力でどうこう出来る次元の話ではなかった。
「あははは!」
城主は狂ったように笑い出した。
「どうかしてる……、どうかしてるぞ!
あんなもの、虫けらのように殺されて終わりじゃないか……。
畜生めええええ!!」
そう言って、軍配を投げつけて床に崩れ落ちて咽び泣く。
「殿、妖避けの結界も穴だらけです。鬼が侵入して来てもおかしくありません!城を捨てて逃げましょうぞ!」
見かねた家臣が脱出を促す。
岳鬼は更に接近する。
「久しぶりの戦だと楽しみにしておったが、まるで骨が無いのう。
こんな事ならば猛槍一匹だけでも良かった。」
白妙は岳鬼の肩の上で欠伸をしている。
スパーッン!!
謎の発砲音の後、堀やその周りの茂みから白妙達目掛けて何かが飛んでくる。
「ん?」
後方に羽飾りの付いた棒状の何かだった。
白妙は鼻をヒクつかせる。
「皆伏せろ!」
爆発音がいくつも聞こえ、岳鬼達の頭部を白煙が包む。
「第二手用意!視界を失っているうちに頭を叩いてやれ!」
茂みの何処からか声が聞こえる。
射貫と彼が率いる綱隊だった。
隊員達数人は棒状の何かを丸太の上に立て掛け、導火線に火を付ける。棒火矢であった。
「せっかく百之助が蔵から泣く泣く引っ張り出して持たせてくれたんだ、派手にいこうぜ。」
射貫は不敵に笑う。鬼の牙で飾られた面頰の飾り穴から白い歯が見えた。
棒火矢は全弾命中した。
煙がやんだ頃。
岳鬼の顔は煤で真っ黒になっていた。所々皮膚が傷付き、僅かに出血している。
満月のように真ん丸の大きな目を開く。
また、岳鬼の煤だらけの鬣を掻き分けて、中から白妙が出てくる。
「ケホ、ケホッ!
出たな角狩どもよ……!そうでなくては面白くない。」
白妙は目をカッと見開き、口角をめいいっぱい上げてニヤリと笑う。 興奮で瞳が黄金に輝いている。
「手始めにこの子らと遊んでもらおうぞ。
餓鬼兵・獄鬼兵、前へ!」
白妙は腰の鉈を抜き、その切っ先を射貫達の方へ向けた。
すると岳鬼達が通ってきた道の端の茂みから無数の餓鬼・獄鬼達が飛び出す。飢えた獣は人間だけを見て向かって行く。
射貫は朱色の刃の長槍を装備した隊員に合図する。
「よし、火矢隊は弩・朱矢・焙烙玉に切り替えて後方支援。
長槍隊出るぞ!怖すぎて夜寝れねえようにしてやれ!」
彼らは鬼兵達に向かって駆け出した。
*
射貫達が戦っている側の門とは逆方向の裏門の外。
天津城の城主が家臣と移動していた。
そこへ獄鬼が数匹現れる。
「止まれ!
……へへ。ここで喰っちまいたい所だが、お前らは捕えて拷問官の寵愛を受けさせろと元実様の命でな。」
にじり寄る獄鬼達。
だが、城主はニヤニヤと笑っている。
「へえ。妖の気配が分かって鼻が利くお前らでも、『俺様の術』は見破れねえって訳だ。
面識はないが、思ったより化けられるもんだな。」
「おまっ……!?」
動揺する獄鬼達の喉元に投げ針が突き刺さる。
同時に家臣の姿は棒切れに変わり、城主の姿は「いろは」に変わる。
紋付の旗を頭に被り、香炉を持っている。
いろは は毛皮をはためかせながら駆け寄る。獣のように低く、素早かった。
痛みで苦しむ獄鬼達の追撃をかわし、鬼達に噛みつき、血管を引き千切って回った。噛んだ箇所は全て首や手首などの皮膚が比較的柔らかい部分だった。
鬼達が動かなくなると、いろは は紅葉色の赤い火の玉を手の平から出して空に飛ばす。火の玉は城の上で花火のように光って散る。
「ここの所イライラする事が多かったからな。憂さ晴らしの礼を言うぜ。」
いろは は皮肉っぽく言うと、また城の方に去って行った。
*
天津城内部。
下層の階は鬼兵達の死体が数体転がっていた。
そこに真新しい死体が階段を転がって加わる。
鬼兵を蹴散らしながら、最上階を目指しているのは八重と夜光だった。
夜光が下層からやって来た獄鬼に回し蹴りを放つ。
そこへ八重が大太刀で霞の構えから獄鬼の喉を突き刺す。
相変わらず夜光は角を頭巾で隠し、両手首を鉄鎖で縛られたままだった。
鉄鎖の端は八重の腰に巻かれている。
「あなたは手を出さなくていいって言ってるでしょ!」
「手、出してない。足だ。」
夜光が蹴りを放った足を上げる。
「もう!そうじゃなくて!
京に送り届ける前にあなたに何かあったらこっちの責任になるのよ。」
八重は呆れたような顔をする。
夜光の首からぶら下がっているカムナが嫌そうに言う。
「……また戦闘に参加させといてよく言うぜ。」
城の結界は壊れて穴だらけとは言え、わずかに残った妖避けの効力で具合が悪そうだった。
「違う。
加勢するようにって百之助様の鷹文が来て、置いてく訳にいかなかったからやむを得ずよ。
あなた達は逃げた前科があるし……。」
「……ったく。お前らはそうやって自分たちが正義だと決めつけて、すぐ俺たちを悪者にする。」
「おい。」
夜光が八重に声をかける。屈んでじっと八重に目線を合わせている。
「な、何よ?」
八重は後ずさる。
「お前、戦っていると髪が青く光って、目が鬼みたいにギラつく。
でも、武器を下ろして話をしている時は光らない。
何でだ……?」
「貴方には関係ない事よ。」
八重は腫れ物に触られたかのように目を反らす。
夜光は八重と距離を詰める。
もともと、鎖でお互いを繋いでいるせいで両手を広げたくらいの距離感はあったが、それが更に足裏の長さ位に縮まる。
二人の身長では夜光の方が少し高い。
痩せ気味の夜光からしても、八重の体は十分捩じ伏せる事が出来そうな程華奢だった。
夜光は怠そうな目を僅かに大きく開けて八重を見下ろし、それを八重が上目使いで睨む。
そして、八重は大太刀を素早く自分の背後に向かって横薙ぎに振った。
また、夜光も駄目押しと言わんばかりにしゃがみ込みから斜め上に蹴りを放った。
「アーッ!!!???」
八重の背後にいた餓鬼はそれらに吹き飛ばされ、間抜けな叫び声を上げて階段を最下層まで転げ落ちていった。
「今度から無言で変に近づいたら切るわよ?
貴方に変な気が無くても、不愉快なのよ……。」
八重は少し苛立ったように言い、踵を返す。
「?」
夜光は八重が何故怒っているのか理解出来ていなかった。
「急ぐわよ!最上階の城主様をお助けしないと!」
八重達は再び階段を駆け上がり始めた。
*
天津城・城門前。
そこでは卜部達達が小さな陣を張っていた。
卜部隊は角狩衆の中でも主に鬼や強力な妖怪の生態について研究し、それに対抗する兵器開発を行っている部隊であった。
基本的に後方支援以外の戦闘を率先して行う事は無い。装備も狩衣に朱刀と言う実に軽装備である。
しかし、彼らは妖避けなどの魔除け札の結界の扱いに長けており、一人一人が鬼から身を守れるだけの技量があった。
「斗貴次郎様。
外側の鬼達を片付けました。囮のいろは からも合図を受け取りました。
城の結界の修復も完了しています。」
卜部隊の女性隊員が斗貴次郎に跪く。
斗貴次郎は床几に足を組んで座り、顎を弄りながら前線の岳鬼を見つめている。幼い姿には不似合いな仕草だった。
また、巨大な鬼を前にしながら、怖がる素ぶりを見せていない。
「八重さん達は?」
「先程最上階より合図がありました。城主は無事です。」
「そうですか。では卜部のみんなを早くこちらへ撤収させて下さい。
面白い研究対象を見逃したら可愛そうですから。」
斗貴次郎は不敵に笑った。
*
射貫達が戦う、天津城正門側の合戦場。
綱隊の長槍部隊が鬼兵達と交戦している。
枯皮砦を守る金時隊は防衛に特化した部隊であるのに対し、綱隊は迅速な攻めを得意とする部隊であった。
皆、獄鬼の巨体にも物怖じせず、槍で的確に急所を突いて多量の出血を促して弱らせる。
反対に小柄な餓鬼は片手で朱刀を抜いて豪快に斬り伏せる。
また動きの鈍くなった鬼兵や突破してきた鬼兵は後方の弩部隊が朱矢を放って仕留める。
最前線では射貫が三叉槍で敵をなぎ倒していく。
それはまるで森の木々を突風が薙ぎ倒していくようだった。
四方八方から来る獄鬼の太い腕や鋭い牙や爪を舞うが如く交わし、鬼達の首、手首、口、目、額などを刺し貫抜く。また、急な挙動には蹴りや頭突きで対応し骨を砕いてやる。
やがて、鬼兵の一軍の残りの一匹を追い詰める。
獄鬼はあらゆる急所を刺され、出血と痛みの衝撃で興奮状態に陥っている。傷からは刃の朱の効果で紫の煙が出ている。
獄鬼は意を決して我武者羅に腕を振り回して突進する。
むやみに近づけば爪で鎌鼬のように裂かれて吹き飛ばされるだろう。
ところが射貫は不敵に笑いながら、片手に持った槍で地面を突き、もう片方の手で朱刀を抜いた。
三叉槍を肩の上で持ち、投擲の構えをとって、そのまま助走を付けながら前方に勢いよく跳んだ。
三叉槍の刃は獄鬼の口を大きく裂きながら喉の奥に刺さる。
射貫は槍から手を離し、しゃがんで獄鬼の爪を躱しながら横腹に朱刀を突き刺す。
腹に足蹴しながら朱刀を引き抜くと、獄鬼は叫びながら夥しい量の血を流しながら仰向けに倒れた。
紫の煙が大きく噴き出て獄鬼を包み、ジュウッと肉が焼ける音が響き渡った。
射貫は獄鬼の頭をジリジリと踏みつけながら三叉槍を引き抜く。
「グガッ!」
「あはははははは!!!」
豪快に、そして不気味に笑い声を上げる。
「悪い鬼はいねえか……?」
威圧的な眼光を放ったまま、ドスのきいた声を放つ。口の禍々しい面頰が益々恐ろしく見える。
周りで足踏みしていた鬼兵達。槍と刀を手ににじり寄る射貫の姿に震え、唸りながら後退りした。
「ウウウ……。こんな事なら、獄鬼なんかになるんじゃなかった!」
数百程いた餓鬼と獄鬼はあっと言う間に数を減らしていった。
白妙は嵐のように距離を詰めて来る射貫を腕を組んで黙って見下ろしていた。
そして、岳鬼の肩から地上に響き渡るように大声で叫ぶ。
「やるな角狩!
我が子らを殺したのは憎いが、名を聞いておいてやろう!」
「冥土の土産に聞かせてやる。
渡辺綱の名を預かる、綱隊・柴本射貫だ!」
「ふうん。元実程じゃ無いが、なかなかいい男じゃのう。
どれ、私の人鬼にして側に置いてやろうか!」
白妙は舌を出して、鉈を艶かしく舐める。
「へっ。鬼の女は妖術で若作りしてるババアが多いってなあ!
残念だが俺は年増に興味は……。」
「傷つくのう……。」
白妙はしゅんとした顔で薄い着物からはだけた自分の尻や胸を淫らに弄ぶ。
思わずそれを凝視する射貫。
「興味は……。」
射貫は生唾を飲み込む。
満更でもなさそうな射貫に、後方の隊員達から罵声が飛ぶ。
「隊長おおお!見境なさ過ぎです!」
「ち、違うんだ!」
「鬼でも、老女でもいいとか、流石にひきます!」
「が、外見だけは悪くないから!」
「今後ウチのお袋に近寄らないで下さい!」
「寄らねえよ!!お前のお袋さん腰曲がってヨボヨボじゃねえか!」
「スケベのバカ射貫!自重しろ!」
しまいには、陣に居る斗貴次郎までが罵声を浴びせてくる。
「よし分かった!お前らそんなに俺が嫌いか?!」
射貫は半べそかきながら恨めしそうに仲間達に怒鳴った。
「さて、いい加減この冗長な茶番にも飽きた。
私の可愛い子達よ、軽く踏み潰してやれ。」
白妙は逆手に持った鉈で自分の鉄の手甲を引っ掻いて、邪悪な笑みを浮かべる。
岳鬼は彼女の声を合図に再び城へ向かって歩き始めた。
「……デカブツが動き出したか。
お前ら『例』ので行くぞ!」
射貫は三叉槍を高く掲げて、後方で驚きの声を上げる長槍隊達を一喝する。
長槍隊は城の方へ撤退を始める。反対に後方の弩隊は茂みを通って前へ出て、逆ハの字になるように隊列を組む。
「うひゃひゃひゃっ!
そら、逃げろや逃げろ!遅れた者から踏み潰してやる!」
白妙が全力疾走する綱隊達を嘲笑う。
岳鬼達は段々と早足になり、その足は隊の最後尾すれすれに降りるようになった。
隊員の何人かはその地響きのせいで転倒してしまっていた。
「聖矢撃て!!」
射貫の合図で弩隊が朱矢を放つ。
矢には何か紙のような物が結ばれていた。紙は上位の魔除け札・道風札である。
しかし岳鬼の皮膚に矢は数本程度しか通らなかった。
「獄鬼以上の硬さって訳か……。
じゃあ、次は『あれ』だ!」
後方で控えていた火矢隊は焙烙玉を取り出し、竹より太い筒にそれを押し込む。
そして岳鬼の進行方向にその筒を設置して茂みへ退却した。
火の点いた導火線が筒の中に入り、中の玉が空高く発射され爆発した。
丁度、岳鬼の顔のある高さで、灰と煙が広がる。
「目くらまし、にしては変だ……。」
白妙は手で口を覆う。
岳鬼達が灰を被って数秒。
その歩行速度は減速し、やがて膝を突いてしまう。
「お前達?!
……まさか、この灰は!」
斗貴次郎は跪く岳鬼を遠目に見てフッと笑みをこぼす。
「名付けて灰焙烙。
報告通りのあの巨体じゃ、普通に向かって行くのは自殺行為……。
しかし、相手が生き物で鬼に変わりないなら、弱らせる方法はあるはず。
仮説通り退魔の力が効いてきたみたいですね。巨大だから流石に時間はかかりましたが。」
「良く味わって吸いな。
有名な寺から頂戴した線香の灰だ。『ご利益』ってやつがあるぜ?
それに、わずかに刺さった聖矢もちょっとは足を痺れさせてるみたいだな。」
綱隊は動きが鈍くなった岳鬼達に取り付いて、槍や朱矢や焙烙玉で一気に攻める。
「穢らわしい虫ども……!」
白妙は蛆虫を見るような目付きで綱隊達を睨む。
白妙は岳鬼の肩から牙に飛び乗る。
「お前達は岳鬼になるべく、選ばれた猛き子らであるぞ!
これしきの呪縛、荒ぶり断ち切って見せよ!」
岳鬼は何かを察したように口を開けて、白妙の体を覆う程の大きな舌を差し出す。
白妙は吐息を漏らしながらその舌先に接吻し、粘液を纏った自分の舌を擦り付ける。
岳鬼は目を満月のように光らせた。
「お前ら!一旦離れろ!」
異様な光景に、射貫が叫ぶ。
白妙が乗っている岳鬼は、隊員達を振り払いながら立ち上がる。
そして、大きく息を吸い込む。
息は喉の奥で熱風に変わる。
肺が最大限まで満ちた時、大滝の濁流を浴びせるが如く、青い鬼火を一気に吐き出した。
*
「火を吐いた?!」
城の最上階から城主と合流した八重達が、突如戦場から上がった炎の壁を見て声を上げる。
「射貫様達が!」
八重が急いで階段を降りようとする。夜光は鎖でそれに引っ張られる。
「八重!今闇雲に行っても焼け死ぬだけだ!
自分の任務を忘れるな!」
いろは が八重の腕を掴む。
「でも、あれじゃ全滅よ!」
八重の背後で鬼火が光る。
夜光が『黒い鬼』に変化していた。
「え、ちょっ。夜光、何で変化してるの?!」
「お前達と旅してる時、獣の血と肉は少し食べてた。だから血、足りてる。
それに今はこの姿になるコツ覚えたから、人間の血を沢山飲まなくてもなれる。」
「そうじゃなくて!その姿になるのが何で今なのよって聞いてんの!」
夜光は両腕の鉄鎖を引き千切って、律儀に自分の腰にまた結びつける。
「俺なら奴らを倒せる。
お前は俺の背中にでもしがみついてろ。
カムナもそうしてる。」
夜光は八重をまるで猫の子を扱うかのように軽々と持ち上げ、小脇に抱える。
そして間を置かずに廻縁から一気に飛び降りた。
「ちょっ?!いやああああ!」
「八重ー!?」
いろは の手は虚しくも振り切られた。




