貫行く鬼(4/8)
八重達が同行している補給部隊と、射貫率いる綱隊とそれに同行した卜部隊はそのまま一緒に合流し、一時休息を取ることになった。
「申し訳ありません。射貫様。
大事な任務の途中で、私達の不手際に……。」
八重は、床几に腰掛けてる射貫に向かって頭を下げる。
「まあまあ。そんなに暗い顔するなって。
可愛い顔が勿体無いぜ?」
射貫は色めかしくそう言って優しく微笑んでみせる。
面頰を外した彼は、顔や鼻の輪郭が整った中々の色男だった。
「は、はあ。」
庶民の女性なら射貫の仕草に頰染しそうな所だが、八重は困った顔をするばかりで微塵の興味も無さそうだった。
それでも いろは は少し心配そうに八重の前に出る。射貫の女好きを噂に聞いていた為である。
「お言葉ですが綱殿……。どうか……。」
「わーってるよ、いろは。そんなつもりで言ったんじゃないって。
流石の俺も同業者の女と小娘は、いくら美人でも手を出さないと心に決めてるさ。」
射貫は手をヒラヒラさせながら毅然とした態度で否定する。
「本当だか……。このケダモノは二枚舌だしな。」
後ろに居た斗貴次郎は侮蔑の表情を浮かべ、ボソッと呟く。
「……何か言ったかい、斗貴次郎くん?」
射貫は引きつった笑みで、後ろを振り返る。
「いいえ。綱たいちょー。」
斗貴次郎は舌足らずの子供のように、棒読みで答えた。
「……相変わらず可愛くねえガキんちょだ。」
射貫は握った拳をどうにか抑える。
一方脱走を試みた夜光であったが、結局また両手首を鉄鎖で繋がれ、振り出しに戻っている。
あの後、八重に『夜光を傷つける為に連れて行く訳じゃない』と説得されて納得したらしい。
主犯のカムナは、卜部隊が野営用に貼った妖避けの札のせいで泡を吹いて気絶している。
夜光は射貫に食い入るように見つめていた。
「狼の尻尾みたいな髪……。
お前、見た事ある……気がする。」
「「「え?」」」
八重達は一斉に射貫を見る。
「はあ?俺に鬼の知り合いなんかいねえよ。」
射貫は怪訝そうな顔をする。
「鬼の女性との隠し子はいそうですけどね。」
後ろから射貫に斗貴次郎の皮肉が刺さる。
「おい、斗貴次郎。君、さっきから酷くね?」
射貫は再び後ろを振り返る。
そして何気無く視線を夜光に戻した時、『ある物』が目に入って驚きの表情を浮かべる。
「!!」
射貫は険しい表情で立ち上がる。
そして夜光の腰帯に刺さっていた赤メノウの玉簪を荒っぽく抜き取った。
「射貫様、何を?!」
八重は射貫をなだめようとする。
射貫はそれに構わず、声を荒げて、夜光に玉簪を見せつける。
「……おい!何故お前がこれを持っている!」
「貰った。」
「まさか……。玉川に、玉貫行に会ったのか!?
彼女は今どこに?!」
すがる様に夜光の肩を揺さぶった。
「死んだ。」
射貫は黒目を細くして、夜光の肩を掴んだまま硬直した。
「まさかお前!彼女を……!」
射貫は胸ぐらを掴んで震える声を絞り出した。
夜光は瞳に影を落としながら、独り言の様に答える。
「違う。
『おたま』は、一緒に暮らしてる仲間達と俺を助けようとしたんだ。
俺が鬼に変化して人鬼と戦えるように傷付いて、自分の血を飲ませて、それから……。
血を貰った時に一瞬だけ頭の中にお前が見えた。それを今思い出した。」
「貫行……。貫行……!」
射貫は夜光から力無く手を離す。
空を仰いでどこかへ歩き出しながら、口から何度も女の名を漏らした。
目の端からは止める事が出来なかった涙が流れる。
*
日が沈んだ後。
野営地近くの林で射貫が一人力無く突っ立ている。
今の彼には木の葉のざわめきや美しい虫の声などは一切耳に入らない。
そこに夜光が現れる。
「なんだよ。このいい歳の男を慰めに来たのか?
情けないのは俺も分かってる。」
射貫は力無く笑う。
「あいつ、俺と別れた後は『おたま』って呼ばれてたんだな。
俺がいい名前付けてやったのにさ……。
『玉石を貫いて行く』。綺麗で芯が強くて、筋が通ってるあいつらしいだろ?
それだけじゃない、犬畜生以下のあの酷い女郎屋からあいつを助け出した。その後も一人で生きていける様に剣術まで教えてやった……。
あの時は若かったせいとはいえ、お上に目を付けられる事も恐れず、初めて抱いた時からあいつの為なら何をくれてやってもいいと思った。
だが、俺に迷惑がかかると案じて、あいつは俺の前から去って行っちまった……。
でも生きててくれさえすれば、また何処かで巡り会えるだろうと割り切っていた……。
それなのに酷いじゃねえか……。何も言わずに先に逝っちまうなんて……。」
射貫は乾いた声で一人呟く。
夜光は黙って、射貫に玉簪を差し出した。
「やめろよ……!よりにもよって鬼のお前なんかにそんな事されるのは、あんまりにも惨めじゃねえか……。」
射貫は少し強い口調で吐き捨てた。
「俺にはもう必要ないかも知れない。
『おたま』は俺の中に居る気がするから。」
夜光は玉簪を射貫に突き出したまま続ける。
「最初はこの赤いのからアイツの何かが見守ってるって思ってた。
でも違った。
富路に負けそうになった時、あれが手元に無かったのに、頭の中で『おたま』が見えた。
あいつが血だらけで俺に何か言う姿が何度も見えた……。
最初に俺を助けてくれた時と同じように……。」
「それはお前の貫行に対する記憶だ。もっとも強く残った記憶。
しかし、鬼は血を飲んだ人間の『魂を従える』と言う。
本当にいるのかもな……。お前の中に。
……最後のあいつは、どんなだった?」
「ただ、静かに笑っていた……。」
「恨めしそうな顔でない所をみると、あいつは自ら望んで戦う女として散っていったんだな……。」
射貫は首を振りながら夜光の手を突き離した。
「振られた女の形見を持ったまま戦場で一緒に朽ちるのは格好悪いからな。
そのまま大事にしてやってくれ。」
射貫は野営地の方へ向かって歩き出した。
途中、夜光に背を向けたまま問いかける。
「なあ、最後に教えてくれ。
『彼女の血』から見えた俺はどんな姿だった?」
「はっきり覚えてない。
ただ周りが朝日みたいに眩しかった。」
「そうか。」
射貫は穏やかな声でそれだけ答えると、それ以上何も言わずに去っていった。
*
月が昇り始めた頃。
大江曽山の南にある宇永尾と言う名の土地。
そこでは野武士達が野営をしていた。
野武士は略奪した食料を貪り、村から攫った女達に暴力を振るう。
「こんな世でも、こうすれば飢えないってのは良いもんだ。
なるべきものは、奪われる者より奪う者ってな。」
野武士の頭が笑う。
ズゥゥンッ!ゴゴゴッ!ズゥゥンッ!ゴゴゴッ!
一定間隔で地鳴りが聞こえ、地面が揺れる。
それは段々と近づいて来た。
音が止まった時、野武士達は漆黒の空を仰ぐ。
「ダイダラボッチ……?
いや、あれは……!」
山の如く巨大な三つの影。その顔に付いた月と変わらぬ黄金の目。
それらは荒い息づかいで彼らを見下ろしていた。
数分後ー。
「腹がいっぱいになったか?
猛槍、徹槍、那賀槍。」
鉈を持った白髪の少女・白妙が岳鬼の肩の上にいる。
彼女の周りには他にも二匹の岳鬼がいる。
白妙は岳鬼の赤黒い液体だらけの口周りを、両手で愛おしそうに摩ってやる。
「クォォォン……。」
岳鬼は喉の奥から甘えた声を出し、大きな目をトロンとさせる。
そして眠そうに段差のある大岩の上に腰掛けた。
「よく眠れるように、婆が子守唄を歌ってやろう……。
明日、あの城の人間どもを一人残らず踏んで、握りつぶして、焼いて、殺せるようにのう……。」
白妙は八重歯を見せながら、ケタケタと笑った。
『柴本射貫』
・綱隊の隊長。
太刀と三叉槍で戦う。蜘蛛を模った軽装鎧と鬼の骨や牙で作った面頰がトレードマーク。
女と酒好きで、休日は遊び歩いている。
軽い男に見えるが心から惚れた女性には深く愛を尽くし、幼い娘や同業者には手を出さないという方針もある。
最終的に自分を振った玉貫行についても、幸せを願い続けていた。
百之助とは研修時代からの友達。
大雑把でサバサバとした性格。いい歳してだらし無く見えるので後輩からも適当にあしらわれる事もある。
根は正義感の強い人物で、道理の通らないことや、人が苦しむのを放っておけない。その為、大義の為の戦いならば鬼が怯む程の残虐な態度を演じる事もできる。
<好みの神仏…阿修羅>




