貫行く鬼(3/8)
枯皮砦から南。
大岩が重なって出来た渓流がある。
美矢川と言う川であった。
側には山道があり、牛車がそこを通っていた。
牛には背中部分に鱗状の鎧を着せており、角や軛には妖除けの金属飾りが飾り付けられていた。
その周りには、金属の鱗が付いた黒い装束を纏い、朱刀や弩を装備した角狩衆達が数人見張りに付いている。
運ばれている大きめの荷車には、厳重に封がされた葛籠や麻布で包まれた何かが乗っていた。
これらは、全て鬼との戦いで得た物である。
つまり鬼から剥ぎ取った皮や骨などだった。
これらは京にある鬼門省の研究機関や角狩衆の倉庫に送られる。
牛車から少し遅れて歩く三人の人影がある。
黒髪でクセ毛の少年鬼に、大太刀を背負った髪の長い華奢な少女、狐面に全身毛皮を纏った男。
夜光、八重、いろはだった。
枯皮砦での天鬼・富路との戦いの後、夜光は角狩衆の大将の命で八重といろはに連れられ、京へ行く事になった。
京から来た補給部隊が必要物資を枯皮砦に置いて再び京に戻るのに同行し、もう二日になる。
夜光は何故か両手首を鉄鎖で縛られていた。
「あ、魚だ。」
川の方を見て立ち止まる。
しかし、鉄鎖の長く余った部分を誰かが引き、両手を軽く引っ張られる。
「ちょっと!道草してる暇はないのよ?」
夜光の鉄鎖を引いたのは八重だった。
「それにほら。ちゃんと角を隠してなきゃ駄目でしょ。
通行人が見たら騒動になるから…。」
八重は夜光がいつも着ている着物の襟に取り付けられてた頭巾を頭に被せてやる。
「暑かったから…。」
「子供みたいなこと言わないの。我慢して。」
ついでに、肩についていた小さな糸くずを払って身だしなみも整えてやる。
八重のその姿は子供の世話に手を焼く母親の様にも見えた。
夜光は特に抵抗する様子も無く、されるがままだった。
(今は目、光ってない…。
匂いも若い人間の女の匂い。)
夜光は八重の目を盗んで、眼前にある瞳や髪を見た。
最初出会った時に見えた気がした群青色に発光する髪や黄金に輝く瞳は、やはり今の八重からは見られない。
「おいおい!こんな犬みてえな扱いにしやがって!何様のつもりだあん?!」
夜光の胸にぶら下がっているカムナが口を開いて威嚇し、文句を言う。
「大将・百之助様直々の命令よ。貴方達を無事に京まで連れて行く様に言われてるの。
貴方達が逃げないって言う保証もないから…。」
八重は申し訳なさそうに言う。
「けっ!夜光をあの天鬼退治に使うだけ使っておいて勝手な事言うぜ。もともと俺らにとっちゃ角狩衆なんてちっとも信用できないんだよ!」
カムナは恨めしそうに喚く。
そこへ、業を煮やした いろは が割り込む。
「ガタガタぬかすな、腐れガイコツ!
妖怪のお前らが俺らと会って命があるだけマシだと思え。」
「なんだと犬野郎!犬臭え暑苦しい格好しやがって!」
「犬じゃねえ!キ・ツ・ネだ!
最高級の俺様の毛皮によくもいいやがったな!頭カチ割ってやる!」
八重がいろはの鼻先に手の平を突き出して、母親の様に叱りつける。
「いろは!やめなさい!
…恩があるのは分かってるし、私だっていい気はしないわ…。」
いろはは歯軋りしながら、不服そうに退く。
「大体、お前らなんか縛り上げて荷車に押し込んで運ぶつもりだったのに、貼ってある妖避けがビリビリ来るだの散々文句言ったからこうしてやってるのによ。
全く、こいつらの護衛なんてとんだ貧乏くじだぜ…。」
「くそっ。夜光!少しはお前も何か言…、っておい!?」
夜光は急に川の方を向いて道の端に移動し、縛られた両手で自分の着物の裾を開こうとモゾモゾし始めた。
「え!ち、ちょっと何してるの?!」
八重は叫んで慌てふためく。
「てめっこのっ!何しやがる!」
いろはは夜光に掴みかかろうとした。
「そこで用を足すだけ。
何で?」
夜光はいつもの仏頂面で首を傾げる。
「何でじゃないわよ!ひ、人前よ?!」
「だって縛られてる。お前は見張りなんだろ?」
「ちゃんと言えば、行かしてあげるわよ!」
「このクソ鬼!
今度本当に八重の前でその汚ねえブツを出そうとしてみろ?!
その角引っこ抜いて咬み殺すぞ!」
いろはが我慢の限界とばかりに全身の毛皮を針の様に逆立てた。
カムナが夜光なんていつもの事だと言わんばかりに呆れた顔をする。
「あー、この馬鹿は女に興奮して股座出した事なかったと思うから大丈夫だと思うぞ。
てか、犬野郎お前はこの怪力女の何なんだ?親か?ただの飼い犬か?」
「怪力って。その言い方やめてくれない?
…理由があるんだから。」
八重はじっとりと睨み、ムッとする。
「…彼女は訳あって守ってるだけだ。てめえには関係ねえ。」
いろはは急に冷めた様に腕を下ろす。
仮面の覗き穴は暗くて、その瞳がどんな表情をしてるかわからない。
「まだ?
早く…。もう限界…!」
夜光は苦しそうに脂汗を流す。
「「「あ。」」」
カムナ、八重、いろはは、忘れてたと言う様に声を発した。
道から少し逸れた林の中。
結局、夜光が用を足す間、いろはが夜光の鉄鎖の端を持っていることになった。
いろはは夜光たちに背を向けて近くの木に寄り掛かっている。
夜光はほっとした表情を浮かべ、茂みの中から出て来る。
「夜光、ちょっと耳貸せ。」
カムナが小声で夜光に耳打ちする。
「何?」
「隙を見て逃げるぞ。
角狩どもなんかに付き合っていられるか…!」
「なんで?『みやこ』に連れてってくれるって言ってる。」
「馬鹿!こんな扱いを受けながら、そんな言葉を信じるのか!?」
「『かねとー』が『もののすけ』なら悪い様にしないから大丈夫だって言ってた。」
夜光が言ってるのは兼十と百之助の事である。
「目を覚ませ!
奴らは妖怪を殺すことしか考えてねえんだぞ!
本拠地に行ったら最後、拷問か実験体にされるのがオチに決まってる!」
「…『ゴーモン』って?」
「お前のそこをこーしたり、あそこをあーしたり、ここがこーなったり…。」
カムナの説明に、夜光は少し青ざめる。
「それはちょっとやだな…。」
「いろは。カムナが大変。」
夜光が待たされて苛立ってるいろはの背後に近寄る。
「ああん?終わったのか?
って、げ!」
振り返ったいろはの視界に、口から涎を垂らしてぐったりとしたカムナの姿が目に入った。
「うぷっ。おぶぇっ。
昨日動物の腐った腹わた喰ってからおかしいんだ…。」
カムナは今にも何かを吐きそうな雰囲気であった。
「おい!そう言う汚いのだけはやめろ!俺様の毛皮が汚れる!」
いろはは思わず鉄鎖を持つ手を弛める。
「今だ!」
その隙に、夜光は鉄鎖を引っ張っていろはの手から奪い、カムナの合図で脱兎の如く走り出した。
「俺とした事が!くそ!」
いろはは急いでそれを追いかける。
「はは!やったぜ!
思ったより上手くいくもんだ!」
全力疾走する夜光の胸でカムナがなびく。
夜光はそのまま林を突っ切って、街道に出る。
しかし、その目の前には馬で移動する、とある集団の姿があった。
角狩衆達である。
しかも丁度その時、夜光の頭巾は風でめくれて角が丸出しになっていた。
「お!鬼だー!」
隊員が叫ぶ。
「思ったより、上手くいかない…。」
顎が外れそうな程口を開けて固まっているカムナの代わりに、夜光が呟く。
ゴンッ
夜光は後頭部を何者かに槍で殴られて俯せに倒れた。
その瞬間、男の部下達が気絶した夜光を大勢で取り押さえる。
「むにゅっ!や、夜光!」
夜光の体に潰されながらカムナが叫ぶ。
そんな夜光達に影が落ちる。
「おいおい、子供の鬼かよ。
倒し甲斐がねえな。」
芯のある髪を束ねた、背の高い男が残念そうに言う。
男は鬼の牙で飾られた面頬で口周りを覆い、蜘蛛を模ったと思われる革の鎧を纏っている。
槍は旗付きの、刃が朱色の三叉槍で、旗には阿修羅を表す非天の文字が描かれていた。
そこに息を切らせたいろはが茂みから現れる。
「クソー、追いついたぜ…!
って、綱殿?!この様な所に居られたか…。」
「おう、いろは!奇遇だな。
で、九尾のお前がなんで鶏逃した百姓みたいな事やってんだ?」
輪郭の鋭い目を緩めて、射貫は腕を組んで不敵にフッと笑う。
この男が綱隊の隊長、柴本射貫であった。




