貫行く鬼(2/8)
大江曽山から遥か南東にある京。
その都では今日も人々が生業の為の準備を始めていた。
それは朝から活気のある豊かな都市に見えるかも知れない。
が、以前と比べると人口は少なくなり、市の数も、品の量も、客さえも減っている。おまけに貨幣の価値は下がり、物価は高騰化している。
また、よく見ると端の狭い路地には多くの乞食がおり、反対に大通りでは人相の悪い傭兵やごろつきが闊歩しており、治安の悪化が伺える。
この都の衰退の原因は、二つある。
一つ目は人間。
十数年前、帝を保護する立場にあった『将軍』が敗死。それ以来、地方を統治する力が弱まり、その地方の国々が力を増して潰し合う、いわば乱世に突入したことが挙げられる。
二つ目はやはり鬼である。そもそも将軍の敗死の原因も鬼に倒されたからであった。
将軍が敗死するよりもっと前は、ただ人間から姿を隠す様に山で暮らすか、もしくは野を行く獣の様に暮らしているだけだった鬼達。
しかし、その鬼達を統率する者が現れ、人間の領地や、鉱脈や物資を奪う様になったのである。
その鬼の統率者こそ赤鬼の長・元実であった。
各地での鬼の被害は、都への流通や人の往来に大きな悪影響を与え続け、今日までも「お上が頼りにならない今、この世が鬼に占領されるのも時間の問題」と人々の恐怖を煽り続けている。
赤鬼軍の各地への進行は十数年経った今でも止まらない。
しかし、それを良しとせず、それを食い止めようと立ち上がる者達は存在した。
その都のある場所にある五暁院。
その中に設置された『鬼門省』は妖や呪術などの人為の及ばないものに対して研究や対策を行う機関であった。
更にその中には鬼などの攻撃性の高い妖を専門に討伐を行う、『角狩衆』と呼ばれる者達がいた。
五暁院のとある区画で、直衣に烏帽子姿の男三人が会合を行っている。
「ふむ、枯皮砦は無事に守り切ったのだな。頼光殿。」
タレ目で痩せた老人の公家の男が言う。
「はい。私の頼れる部下達が天鬼の手から守り切ってくれました。」
『頼光』と呼ばれた男が毅然とした態度で答える。
歳は30代くらいで、礼儀正しそうな佇まいの優男だった。年齢を感じさせない気品さがあり、優しげな雰囲気だが、その目の奥には何者にも物怖じせぬ堂々とした強さが感じられる。
また、『頼光』はその男の名前ではなく、大昔に凶悪な鬼を退治した英雄の名に因んだ大将の称号である。
「そうでなくては困る。ただでさえ『臭い行為』から目をつぶってやっているのだから。」
小太りの中年の公家が言う。
それから暫く、頼光は二人の公家から嫌味を浴びせられる。
そして数時間後—。
「もともと帝からのお声が無ければ、お前達への金の工面などあり得んかった話だ。」
タレ目で痩せた老人の公家の男が、嫌みたらしく言う。
「良いか、これ以上に帝の品格を下げぬよう心せよ。」
小太りの中年の公家の男も同じ様に嘲る。
「仰せのままに……。」
頼光は表情一つ変えず、二人の公家の男に深々と頭を下げた。
会合が終わった後、頼光は人気の無い中庭に一人立って溜息をついた。
烏帽子を取って胸に抱え、美しい春の庭木をぼうっと見た。
余程気を張っていたのか、若干猫背になって、表情も緩めている。
「……はあ。今日も小言が多かった。
それでも兼十達への補給物資の工面の為にも我慢せねば。」
そんな彼に狩衣姿の人物が、声を掛ける。
「随分と大変なご様子だな。角狩衆の大将・頼光殿。
いや、吉備 百之助。」
少し気難しそうな顔をした、白髪の老人だった。
「木次郎様!
今日はこちらに?」
頼光・百之助は嬉しそうに叫んだ。
「まあ、卜部隊の小童達の研究成果を見にな。
しかしお前なあ。今はお前の方が偉い身分なんだから『様』はやめろって。」
呆れ顔で言う木次郎。
「いいえ。私にとって木次郎様はずっと先生の様なものですから。」
二人は百之助が普段仕事をしている区画へ移動する。
一応、角狩衆の司令部で、大将である百之助が控えてる場所と言う事になっているが、几帳に囲まれたその区画は四畳間以下しかない。
「すみません。少し散らかってますが、どうぞ楽にして下さい。
なにぶん、使用人を雇う余裕がないので……。」
百之助は書や読んでいない文や書き散らかした文や草子が山積みになっている机の上に、更に床に塔の様に高く積まれていた紙束を移動させる。
「しかし、お前も出世したよな。
研修中のヒヨッコだったのが大将になって早くも十数年か……。」
茵に足を組んで座った木次郎が呟く。
「ええ、あの時は出世なんて気は無かったんですけどね。」
百之助の瞳孔が少し小さくなる。
「『酒呑童子の変』……。
確かお前が正式に角狩衆に配属されて間も無くの頃だったな。」
『酒呑童子の変』。
それは十数年前に起こった、都の人間達や朝廷を震え上がらせた、角狩衆にとっても忌まわしき事件であった。
赤鬼の長・元実の配下にして、鬼の中でも最恐最悪の天鬼・『酒呑童子・緋寒』が都に攻め入って来たのである。
それもたった一人でだった。
迎え討った角狩衆達や将軍の兵達は、疾風の如く一気に攻められ手も足も出ず、その大半が肉塊に変えられたと言う。
そんな中、先代の角狩衆の頼光である大将・隠岐波綱は、命に代えて酒呑童子を退け帝を守り切った。
が、将軍までも守る事は叶わず敗死させてしまった。
「あの地獄の中で俺やお前は生き残り、そしてお前は隠岐から頼光の名を継いだんだったな。」
百之助は、そう呟く木次郎の顔から目線を外して手の平を軽く握る。
そして、ふっと笑う。
「継いだはいいですが、そこからは『復興』と言う新たな戦いの始まりでしたよ。ある意味、鬼と戦うより大変な。
専門分野のバケモノを仕留められず、しかも将軍を守れなかった角狩衆の面子は丸潰れ。おまけに将軍を失った帝のお力も弱まってしまった。
当然、壊滅状態なのに復興資金も活動資金も雀の涙しか入らない。
よって、武器防具など物資が揃わず、人も雇えない。
問題だらけなのに、赤鬼軍の追撃があるかどうかも分からなくて不安でしょうがありませんでした。」
「運が良いことに、奴ら別の種族からの攻めに気を取られて、それ以上は来なかったらしいな。」
「ええ。でも私達の貧乏は直ぐに解消する必要がありました。
そして、その為に臨機応変に考えるしかなかった。
鬼の牙や皮などの再利用、現地調達、身分には目を瞑って実力重視での雇用……。
後、隣国の海賊との少々の取引。妖怪の内臓や殻は面白い事に薬として需要がありましてね。
とまあ、少々背徳感を感じる所もありましたがなんとかここまで来ました。
資金援助をしてくれる貴族の反感を抑えるのが大変でしたけどね。」
百之助は今までの苦労を話し終わった後もその笑みを崩さなかった。
「いや、あの状態から本当に良くやったよお前は。隠岐もあの世で感謝してるさ……。」
木次郎は静かに頷いた。
「木次郎様は……昔よりなんだか丸くなられましたね!」
百之助は更ににっこり笑って言う。どこか子供の様な無邪気な笑顔だった。
「ぬかせ!全く、湿っぽい昔話なんぞするんじゃなかったぜ。」
木次郎は肘で軽く小突いた。
「で、その昔話のついではありますが木次郎様。
その酒呑童子の『子』の事を覚えておられますか?」
百之助は再び真剣な表情になる
「あの貧乏神でロクデナシの鬼に、子供?」
木次郎は少し考える仕草をしてから、眉を潜ませた。
「ああ。『酒呑童子の変』の2〜3年前、俺が研修中のお前の顧問をやった時だったな?
今になってそいつがどうした?そもそもまだ生きてるのか?」
百之助は声を潜ませる。
「それらしき少年の鬼が兼十達に加勢して天鬼を倒したと報告が……。」
「どうする気だ?」
「『考え』があります。混乱を避けたいのでそのまま忘れたフリをしていて下さい。
恐らく今の角狩衆で彼について知っているのは私と木次郎様だけですから……。」
「木次郎お爺様ー!何処におられるのですか?」
別の区画の奥から子供の声が聞こえた。
百之助と木次郎はすぐに会話を止めて、茵に座り直した。
暫くすると、子供が几帳を潜って、百之助たちの前に姿を表した。
歳は10代前半位で、少し寸法が大きめの狩衣を着た、少年にも少女にも見える顔付きの子供だった。烏帽子は被らず、尼削ぎの髪をうなじの辺りで束ねている。
ややつり目な所は、木次郎によく似ている。
「ここに居られたんですね?」
「やあ、斗貴次郎。」
「百之助様!またお会い出来て光栄です。」
最初子供とは思えない様な落ち着きのある振る舞いをしていた斗貴次郎だったが、百之助の顔を見るや否や、嬉しそうに声を上げた。
「ああ、そうだ百之助。
今度の出陣がある時に俺の孫が卜部隊と共に後援でつく事になった。よろしく頼むぜ。」
木次郎は、誇らしげな斗貴次郎の頭を撫でる。
「いくら斗貴次郎が出来る子でも、戦場はまだ早くは無いですか?」
「心配には及びません、百之助様。
僕も角狩衆の端くれ。鬼から自分の命くらい守れますよ。」
斗貴次郎は腕を組んで、不敵に笑った。
「そう言えば、私と木次郎様に用があって来たんじゃ無いか?」
「あっ。いけない!
伝令の者が探しておられましたよ!鬼に動きがあったそうです。」
百之助を先頭に、木次郎、斗貴次郎、その他百之助に仕える部下達が廊下を進む。
「貞光隊から昨日深夜の大江曽山で動きがあったと連絡が。
奴ら、妙なものを連れて宇永尾方面に南下しております。」
伝令の言葉を伝える部下。
「『山の様に巨大な鬼』だと?妖術か?
ともかく天津城が目的か……。
あの城は帝の遠縁の物故、落とさせる訳にはいかない。
すぐに『綱隊』を派遣する。『射貫』に伝えて欲しい。」
「はっ。」
「……あいつ、一昨日戻ったばかりだが仕方ない。休みは取り消しだ。」
他の部下から受け取った別の文に目を通しながら、百之助が残念そうに言う。
「百之助様が気を遣う事はありません。
あんな飲んだくれの怠け者……。
百之助様は休みなく毎日四六時中きちんとお仕事をされてると言うのに……。」
斗貴次郎は『射貫』と言う名前を耳にしてから、露骨に嫌そうな顔をしている。
「まあ、そう言ってやるな斗貴次郎。あいつは、あいつなりのやり方があるのさ。」
「へへん。いい歳こいて、だらし無いだけに見えるがな。百之助と同い年だってのによ。」
木次郎が鼻で笑う。
「僕はあんなやつ、大人だと思いません。百之助様こそ尊敬すべき大人の中の大人だと思ってます。」
「あはは……。ありがとう、斗貴次郎。」
百之助は、子供をあやす様に斗貴次郎の頭を撫でた。
*
同時刻。
「へーくしょい!」
とある小さな屋敷で男が盛大にくしゃみをした。
背が高く、肩幅の広い、30代位の男だった。
芯のある髪を束ね髪にし、小袖を派手にはだけさせて、引き締まった胸板を見せている。
片手には盃を持ち、もう片方の手は酒の入った大きな甕を抱えている。
顔は般若の面を着けている為、素顔は分からない。
「やだあん。射貫様あ、風邪え?」
周りにいた、淫らな女達が身をくねらせながら寄り添う。
「ええん!大丈夫。大丈夫。」
射貫は盃の酒を一気に飲み干し、勢い良く立ち上がった。
「俺は鬼だ、酒呑童子だ!
ほーれ、逃げろ逃げろ!はっはっは!!」
「きゃー!」
淫らな女達は、はだけた小袖から豊かな胸元や腿を見せながら、楽しそうに射貫から逃げて行く。
そんないい歳の男の酔っぱらいによる、見ていられないほどの体たらくな茶番。その状況を目撃してしまった者がいる。
「あの、綱……隊長殿……。
休みに何をしようと勝手だが、毎度毎度これは……。」
百之助の命を預かった伝令が、げんなりとした顔で話しかける機会を伺っていた。
『吉備百之助』
・角狩衆の長の称号である「頼光」を名乗る総大将。
戦で人材・資金不足である組織を動かして行く為に、例外を妥協し、臨機応変に対応する。組織の復興で辛苦を共にしてきた仲間たちを深く信頼している。
温厚で礼儀正しく冷静沈着。人の意見をよく聞いた上で臨機応変に判断を下す。
結構いい身分だが質素倹約が板につきすぎて、貧乏くさい事をしてしまう。たまに凄く反応に困る変なことを言う。
<好みの神仏…天照大神>
『浅葱木次郎』
・元、卜部隊の隊長。引退した今は後援者。
陰陽術や妖の生態に精通した陰陽師。
仕事人気質で、皮肉屋。孫に甘い。
『浅葱斗貴次郎』
・木次郎の孫。
若くして卜部隊の統率者であり、鬼の研究者であり、兵器の開発者。戦闘に直接参加はしないが、後方支援で多く活躍する。
その類い稀ない才能から、謙虚な台詞を吐きながらも周りに持ち上げられているので少し天狗になっている所もある。
真面目で仕事人気質。
大人に対しても臆せず間違いを正し理屈をこねることがある。だらしない事や理屈に合ってない事が嫌い。
<好みの神仏…妙見菩薩>




