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夜行鬼  作者: 参望
3話/貫行く鬼
23/168

貫行く鬼(1/8)

挿絵(By みてみん)


 朧月が空に高く上がった頃。


 古くて深みのある色の竹が群生した竹林に、一軒の寺がある。

 大して古くもなく、建てたばかりでもない、ごく普通の小さな寺。

 入り口から弱々しい灯りがほんのわずかに漏れており、微かに話し声も聞こえる。


 寺の中では男一人と若い女二人が向き合って座っている。

 男と女達の奥からは銅色の如来像が3人を見下ろしている。

 

 「…神も仏もありやせん。

 世の中が乱れて戦は多くなり、野武士や盗人は増え、そいつらに村の米は奪われ、俺の妻子も奪われた。

 それなのに、民がどんな生活を送っているのが伝わってないのか、お上は狂ったように年貢を要求する。

 おまけに人を喰う鬼…。この世は腐りきって伸びきった悪だけが残っていやす…。」

  そう言う男はいかにも農民らしい貧相な身なりの者だった。大層思い詰めた顔で俯いてる。

 

 一方若い女二人は、尼には見えない。そんな格好をするどころか、長い髪を降ろし、煌びやかな美しい着物に身を包んでいる。

 また不思議なことに若い女達は、俯きながら重々しく話す農民の男に対して、ニヤついた表情を浮かべていた。

 「大変な思いをされましたね。

 その苦しみ、私たちがお救いしましょう。」

 若い女の一人がにこやかにそう言うと、懐から油紙で包まれた何かを取り出す。


 「さあ、これを。これを飲んでから丸一日、あなたは人の世の苦しみから解放されるでしょう。

 …そう、いっそ人間よりも遥かに怖い存在になってしまえば何も怖くない。」

 油紙を開き、農民の男に赤い結晶を手渡す。


 農民の男は最初少し躊躇ったが、野武士に連れ去られた妻の悲鳴と泣く息子の顔を脳裏に浮かべる。

 

 そして、虚ろな目で結晶を見つめ、力無く笑う。

 

 農民の男は赤い結晶を噛み砕き、飲み込む。

 (体が燃えるように熱い!それに何かに押し潰されるようだ!)

 瞳を黄金に光らせた後、体を膨張させ、角を生やし、その身を獄鬼に変化させた。


 「なんて事だ。俺は鬼になってしまったのか?!」


 農民のとある男だった獄鬼は、竹林を四つん這いで疾走した。

 体に吹き抜ける風は、今までに感じたことが無いと思える程心地良かった。

 体の軽さに感動し、時々高く跳ねたり、竹を両手で掴んで体を回転させて歓喜の雄叫びを上げる。


 遥か遠くの獣の音を聞いたり、暗闇でも物をはっきりと見る事が出来た。また、人間には見えない霊や妖の類を認識する事も出来るようになっていた。


 (何もかも失った今、鬼として生きるのも悪くないかもしれない。)

 

 農民だった獄鬼は、ふと立ち止まって地面に伏せる。

 風の中の、人間や煙の匂いを感じ取ったからだった。


 (数十人の人間と焚き火の匂い?それに金属の音…。

 確かこの辺は…、野武士が出るという…!)




 「鬼が出たぞー!」

 竹林の奥で野営していた野武士達は、突然の獄鬼の出現に慌てふためく。

 農民だった獄鬼は、野武士達に反撃の隙を与える前に彼らの体を五本指の鋭い爪で引き裂き、虎のような牙で喉を砕く。

 

 野営地はあっという間に死体が浮かぶ血の海になった。

 

 (アハハハハハハ!!!オモシロイ!

 ドイツモコイツモ、おがくずノ様ニ死ンデイク!)


 農民だった獄鬼は憎い野武士を八つ裂きにした快感と血の匂いに堪らない心地良さを感じる。

 やがて耐えられなくなり、血溜まりから彼らの血をがぶ飲みする。


 (モット!モット!!モット!!!アアアアアアァァァァ!!!)


 その瞬間から、先程まで残っていた人間としての理性は消え、破壊衝動が抑えられなくなり、野武士以外の武装してない捕虜の人間にも襲いかかる。

 

 野営地の死体は更に増えていった。


 しかし、とある捕虜の女の首に喰らい付いた時、農民だった獄鬼は動きを止めた。

 (コノ匂イ、ドコカデ?)

 近くは怯えた子供が物陰に隠れているのを感じた。

 

 「マサカ、秋…!小四郎ー!!

 そんな!生きてたのか?!」

 

 農民だった獄鬼は先程まで自分の妻だった血だらけの死体から手を放し、妻子の名前を叫んだ。

 しかし、獣の唸り声が混じったその言葉は、彼の息子に通じる事はなかった。

 必死に伸ばしたその禍々しい手も、父親の手だと分からせる事も出来るはずはなかった。

 「来るな化け物!いつか母ちゃんの仇を取りに…殺しに戻って来てやる!」

 恨めしそうな顔で叫び、走り去る息子。

 

 農民だった獄鬼はそれを呆然と見つめ、立ち尽くした。


 「初めてにしては上出来でしたね。お利口さん。」

 獄鬼の脇に二人の若い女が立つ。先程の寺にいた女達だった。

 しかし、先程と違って額には一本の角が生えており、瞳は黄金色に輝いていた。

 

 「では、お作りしましょう。」

 「そうしましょう。」

 二人の若い女の人鬼は自分の角で自分の手の平を突き刺す。

 そして、流れ出るその血の雫を野営地にある死体に振り撒き始める。

 暫くすると、血がかかった死体は、獣のような唸り声を上げながら動き出し始めた。

 角を生やし、瞳を黄金に輝かせ、四つん這いで駆け回り始める。

 

 死体はたった今、この女の人鬼達の血によって餓鬼に変えられたのであった。


 「元実様や白妙様がおっしゃってる数にはまだ足りません。」

 「人間達を滅ぼす鬼兵の獄鬼や餓鬼を、もっともっとお作りしないと。

 さあ、次行きますよ?」

 若い女の人鬼が農民だった獄鬼に声を掛ける。

 「待ってくれ…、こんなはずじゃ!元に戻してくれ!」

 農民だった獄鬼はその巨体のまま土下座し、嘆願する。

 

 若い女の人鬼はその獄鬼の後頭部を二人で踏みつける。

 

 「寝言いってんな。お前は、私達の血で作った『金魚石』を飲んだ。

 私達に従う『鬼』になったんだよ。」

 「『金魚石』の効果時間が切れると暫くは人間の姿にはなれるけど、また結晶を飲まないと体が痛くなっちゃうよ?そりゃ死ぬほど!

 自害なんて考えないで。あんた、他人に殺されるか『血の主』の私達が許可しないともう死ねないからね?キャハハハ!」

 

 「そんな…!俺は…俺は!」

 嘲笑う人鬼と餓鬼に囲まれ、獄鬼は悲しげに遠吠えした。







 赤鬼軍の本拠地がある横広の山・大江曽山。元は大江山と言う名前である。

 その山の一部を切り開いて建てられた城がある。

 数多ある赤鬼の部族達を統率する朱天鬼の長・元実の根城。大江曽城である。

 もともと人間から奪った城を岩や金属で補強しており、赤黒いヤマアラシの様な形状は鬼らしい禍々しさを漂わせている。


 その城の天守の最上階では、城主の元実が重臣の赤鐘から自軍の状況報告を受けている。

 

 植物模様が描かれた黒い麻の着物を着、真っ直ぐで短い髪を綺麗にまとめた好青年。この赤鐘もまた元実の人鬼である。

「とまあ、人間に化けた人鬼達に獄鬼になりそうな人間達を秘密裏に集めさせ、また死体から餓鬼を生成させてますが、目標の『鬼兵10万体』にはまだ届いていません。

 人間を殲滅させる準備はまだかかりそうですね。」

 

 「人間達は人間同士で勝手に殺し合いをしてる時代だ。戦場から死体はいくらでも手に入る。

 鬼兵の生成を急がせろ。」

 元実は廻縁から獲物を射殺すかの様な鋭い目つきで下界の景色を見下ろしている。

 彼は鬼の中でも最高位の力と権力を持つ、雑じり気ない由緒ある血統の鬼・天鬼である。

 また、禍々しく赤黒い甲冑を着込み、鬣の様な朱色の髪と片方が折られた二本の角をもつその堂々とした姿は、天鬼の中でも『長』と呼ばれるのに相応しかった。 

 

 「仰せのままに。」

 「角狩達の動きは?」

 「図冥殿のご子息の富路様が枯皮に単独強襲なさって以来、それに反発して特に攻めて来る様子もありません。」

 「緋寒の倅は?」

 「角狩達に匿われている様です。妖術鬼を送ってみましたが、奴らにに阻まれて詳しい情報が掴めないままです。」

 

 「そうか。

 『あやつ』の倅は角狩達より先に潰せ。」

 眉をひそませた元実の鋭い眼光から殺気が放たれる。

 それは『緋寒』の事となると、冷たく淡々とした口調に加えて深い憎しみがこもる様に見える。

 

 「仰せのままに。

 あ、残念ですが富路様の遺骨は回収出来なかった様です。」

 赤鐘は人差し指を顎に当てながら、とって付けた様に言う。 

 「そうか。図冥には適当に上手く報告をしておけ。」

 元実は大して気に留めてないかの様に受け流す。


 「富路…。」

 夜光に倒された天鬼・富路。

 同じ赤鬼であるはずの元実も赤鐘も彼の死について気を止めない中、近くに一人だけ彼の死を悼む者がいた。


 元実の息子・陽光である。

 

 柔和で女子の様な顔立ちに、艶やかな朱色の長い髪を頭の上の方で丁寧に結って垂らして、華奢な体に赤黒い鎧を身に着けている。

 顔と体格を合わせて見ても、厳つい元実と似ても似つかない美しい青年の天鬼だった。

 (富路…。あまりいい奴では無かったが、骨も拾えぬのでは息子を失った父君の図冥殿がただ哀れでならない…。)


 「そろそろ、白妙の元へ行く。

 陽光も将来『あれ』を扱う事になる。付いて来させろ。」

 元実が踵を返して下へ降りる階段へ向かう。

 「だ、そうです。参りますよ、若様。」

 部屋の隅で正座していた陽光に、赤鐘がにこやかな顔で呼びかける。

 

 目と鼻の先に居ながら直接陽光を呼ばず、目も合わせないで階段を降りていく元実。

 「…はい、父上。」

 陽光は少し悲しげに顔を背けながら返事した。




 城の廊下を移動してる最中、役人の天鬼達のヒソヒソ話が陽光の耳に入った。 

 

 「図冥殿も哀れなことだ。あそこまで手塩をかけて育てた若い一人息子を失ってしまうとは。」

 「しかし、富路殿も人鬼を殺された事に腹を立てたからと言って、元実様の許可なく私兵を連れて勝手に枯皮に攻め入ってしまわれるとは、少々…。」 

 「でも次の酒呑童子と族長の候補だったんだろ?」

 「ふっ、そうだな。富路殿本人だけはそう『豪語』されていた。

 けど有り得ない話だ。力が強いだけの、あんな野蛮人…。他の皆んなも影ではそう言ってる。

 今までの粗暴な振る舞いも、あくまで財と権力のある図冥殿の後ろ盾があったから目をつぶってやっていただけに過ぎんよ。」

 「成る程。それじゃ目の上のタンコブが勝手に落ちてくれて良かった様なもんだな。あははは。」


 (亡くなった者にそこまで言うことは無かろう…!

 これからの時代、太平の為に鬼同士も団結しなければと父上もおっしゃっていると言うのに…。こんなことをしていては…。)

 陽光は顔をしかめ、心の中でそう呟いた。




 先程元実がいた天守よりも小さめの天守の一階まで移動した3人は、

そこにある鉄製の昇降機を利用して更に下層まで移動する。滑車にかけられた縄を獄鬼が引っ張って操作する仕組みだ。


 この天守の地下に掘られた巨大な穴は城の高さよりも深く掘られている。

 岩肌に繁茂した青白く発光する気味な植物や、忙しなく土や死体や捕虜の人間などの必要物資を運ぶ鬼兵達を眺める事数分ー。

 昇降機は最下層に到着した。

 

 辺りは暗く、発光する不思議な枯れ木や鬼火の僅かな灯りしかなかった。


 「元実様。陽光様。お待ちしておりました。」

 痩せた男の天鬼が少々緊張した様に出迎える。

 彼は元実の下で兵器開発を担当している、鬼の中でも数少ない知恵者であった。


 「寒咲(かんざき)。『あれ』を見せて貰う。」

 「ええ勿論ですとも、元実様!

 ご注文通り、『人間達に圧倒的な恐怖を植え付けられる風貌に、獄鬼よりも強力で、量産のできる鬼兵』に仕上がっています。」


 案内された先の、大きな空間に数体の巨大な何かが胎児の様に丸まって座っているのが目に入った。

 「その名も『岳鬼(がくき)』です。」


 「なんと大きい…!獄鬼の十倍近くはありそうだ!」

 陽光は岳鬼を見上げ、声を上げた。

 「左様でございます、陽光様!

 大きいだけじゃなくて、柔順で賢いんですよ!」

 寒咲がすかさず答える。

 「あの体を包んでる蔦というか太い木みたいなのはなんですか?」

 赤鐘が聞く。

 「妖気を吸って成長する特殊な寄生植物でございます。

 周りの地面には人間の戦で汚れた土が撒かれており、あの植物がその土の血や怨念を吸い出して、その栄養を岳鬼に与えて大きくしているのです。」

 「ふうん。でも、木が栄養を与えてるんじゃ成長に時間がかかり…、あっそうか、『あの方』がいらっしゃれば問題ないですね。」

 赤鐘が更に追求しようとしたが、一人納得した様に手を打つ。

 

 「ええ!そうです!

 あ、ほら聞こえるでしょう?」

 寒咲がそう言った後、3人が耳を澄ませると少女の様な声が聞こえて来た。

 子守唄を歌ってる様だ。

 

 良く見ると岳鬼達の足元辺りで、鬼の少女が舞を踊っている。

 

 歳は10代半ば位に見え、白く長い髪を持ち、薄地の着物を大きく着崩して赤味のある肌を見せている。また、腰には大きな鉈を下げ、額には二本角を生やしてる。


 「何と綺麗な声だろう…。それに花の様に優雅な舞だ…。」

 陽光は頬を赤く染めながら、溜息をついた。

 すると、歌が止む。 

 

 「ホッホッホ。大層嬉しい事を言ってくださるなあ、若君?

 この『白妙(しろたえ)』もまだまだ女の色を失ってはおりませんな。」

 澄んだ声の少女はまるで老婆の様な笑い方で笑い、陽光達の方を振り返る。

 「え?」


 「元気そうだな。白妙。」

 混乱している陽光を無視して、元実が呼びかける。

 「元実よ。私に鬼の世話をさせる為にこの穴に押し込めたきり半年も会いに来ぬとは、相変わらずつれない男よのお。」

 白妙は物欲しそうに指を舐めながら返す。元実はしかめっ面のままである。


 「貴方が『白妙』殿!?

 短期間に幾万もの鬼兵達を育成してしまうという力を持つ乳母で、『全ての鬼の母にして狂戦士』と呼ばれたあの?!」

 陽光は叫ぶ。

 

 「そうだ。お前達天鬼や人鬼に、この岳鬼も、餓鬼も、獄鬼も、醜くて捨てられた鬼も、体が不十分で死んでいく鬼でさえも、私にとっては皆愛しい我が子よ。」

 

 白妙が近くの過労で倒れていた餓鬼に歩み寄って優しく抱擁し、接吻する。

 餓鬼は疲れなどなかった様に、甘えた声を上げ立ち上がった。


 「そう言えば陽光様は直接お会いするのは初めてですね。

 ちなみに、元実様よりも目上の御婦人で在らせられます。」

 赤鐘が付け加える。

 「ぶ、無礼をお許し下さい。」

 陽光は急いで白妙に頭を下げる。

 「ホッホッホ。元実とはまた違って可愛いの。

 だが、上に立つ者がそんな簡単に頭を下げてはいかんぞ。」


 「早速だが白妙、お前が育て上げた岳鬼達の力が見たい。

 南に手頃な人間の城がある。それを落として見せよ。」

 元実は淡々とした口調で命令を下す。

 

 「仰せのままに。」

 白妙は元実の前で跪き、不敵な笑みを浮かべた。 




挿絵(By みてみん)

白妙しろたえ

・少女の様な見た目の老婆の天鬼。

下鬼の調教達を得意としており、軍団を作り出す重要な役職に就いている。

 特に新しく導入された岳鬼に関しては、彼女の妖気で作り出す特殊なフェロモンで戦力を増強する事ができる。

 実力主義を謳い、弱い者は老若男女に限らず見下す。

 鬼達の事は兵器として扱いながらも、使い捨ての哀れな存在として実の子の様に可愛がる。また、鬼として生まれられなかった者達を心から供養する。



寒咲(かんざき)

・元実軍の兵器開発者。



<新たに登場した敵>

『岳鬼』

・赤天鬼が従えている鬼兵。

 山の様に巨大な鬼兵。城や10階の建物相当の大きさ。

人為的に木のように成長させられて作られる。

口から鬼火を噴く事が可能。

 素材は身体能力の高い下級の子鬼。

 世話する者によくなつき、扱いやすいように訓練されている。

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