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夜行鬼  作者: 参望
2話/薫る鬼
22/168

<おまけ>

 枯皮砦内の館では夜空の寂しげな色を吹き飛ばすような賑やかな宴が続いている。


 八重は血の流れる肩を布切れで止血しながら、その館の戸に手をかける。

 浮かない顔で一度溜息をついてから、憂鬱な表情を切り替えるように顔を上げる。


 「みんなちょっとごめん。今外に……。

 ひっ?! 」


 戸を開けた八重の眼前に、夜光の顔があった。


 「おっかえりー!八重ちゃーん!」

 夜光の背後から金時隊の隊員達の陽気な歓声が上がる。

 大分酒が入っているらしく、皆仲良く肩を組んで赤い顔で大声を張り上げている。


 一方、夜光は普段怠そうな目を更にトロンとさせて、口の端から涎を流している。おまけに普段は色白い頬が赤く染まっている。

 「あー。カムにゃ、こんなとこにいた。」

 呂律の回らない口調でそう言って、八重の顔を両手で引き寄せる。

 そして彼女の長い髪を掴んで自分の首に巻こうとする。何故か本人は八重をカムナと見間違えているらしい。


 パーンッ


 八重は怪訝そうな顔をしながら、無言で夜光の頬を強く引っ叩いた。

 夜光は特にそれを防ぐ事も無く、それをまともに食らって吹っ飛ばされ、仰向けに倒れた。

 そして、気持ち良さそうな寝息を立てながらそのまま動かなくなった。

 

 「あーあ。こいつ酒だって知らないで『果物みたいな匂い』とか言って全部飲んじゃったらしいぞ。夜光、大丈夫かー?」

 兼十が空になった甕を逆さにしながら言う。

 「もー!兼さん、近くに居たのになんでちゃんと見てなかったの!

  あ。八重ちゃんお帰り。」

 月輪は兼十に文句を言いながら、夜光を担ぎ上げて土間から床の上に移動させている。

 

 「次触ったら今度こそぶっ殺す……。」

 いろは は小声で夜光に何やら吐き捨てながら、八重の方に近寄る。

 よく見るとふわふわとした毛皮をモゾモゾさせながら、投げ針を中にしまっている。どうやら八重が夜光に触られていた時に投げようとしていたらしい。

 

 「ん?

 八重、その肩はどうした!?」 

 いろはは八重の前で屈んで傷の様子を見る。

 兼十と月輪も心配そうにそちらを見る。

 「大した事ないわ。」

 「……だから俺も付いて行くって言っただろ!」

 いろは は八重の腕を掴みながら少し苛ついたように言う。

 「これくらいでそんなに騒がないで!

 貴方にはやる事があったでしょう。ちゃんとあの子に謝った?」

 八重は少し声を荒げていろはの手を振り解く。 

 「簪はちゃんと返したよ。……ったく。」

 いろは は少しムキになっている八重の態度にため息を付く。そのまま何かブツブツ言って引き下がる。

 

 「それより兼十さん。砦の外で妖術鬼がうろついているわ。

 一匹は私がやったけど、まだ居るかもしれない……。」

 「分かった。直ぐに見張りを増やそう。

 おい、左衛門、熊蔵、後で交代を出すから暫く見張り台を頼む。」

 兼十はまだ酔いつぶれて無い元気そうな隊員を何人か呼ぶ。

 「うっす。眠気覚ましに干し肉と目刺し持ってっていいっすか?」

 「眠くなる物以外、好きなもの何でも全部持って行け。」

 「あざす。……じゃあ、みたらし団子とおはぎ、草餅、饅頭も追加で。」

 「……食い過ぎて寝るなよ?」

 呼ばれた隊員達は直ぐに支度を整えて武器を肩に担いだ。

 

 「ごめんなさい。折角休んでもらっていたのに……。

 私も直ぐに見張りに戻りますから。」

 八重が申し訳無さそうにそれを送り出す。


 そんな八重を見かね、月輪は八重の手を引く。

 「なんであんたが謝るのさ。

 ほら、こっちで手当てしてあげるよ。」

 ずっと険しかった顔を綻びさせ、優しげな顔で八重をゴザに座らせてやる。

 「私、『血』のおかげで鬼からの感染の心配はないですし……。」

 「でも鬼からの傷に限らず、こうして出血してるし、外傷は外傷だから、ほっとくと良くないわ。」

 「戦士ですからこれ位……。」

 「戦いが終われば戦士も女の子よ。綺麗な肌なんだから大切にしなさい。」

 月輪はそれでも気遣おうとする八重をなだめながら、固く絞った布で肩の血を拭いてやる。

 八重はようやく肩の力を抜く事が出来たのか、安心したような表情を浮かべる。八重にとって少し年上の月輪は、男の多い角狩衆の中で唯一頼る事の出来る数少ない女性であった。

 

 「服の下は大丈夫?一度着替えるかい?」

 「ええ、ありがとう。肩だけですから平気です。支度が大変だからこのままで……。」

 

  その八重の台詞に、何故か背後にいる軽症の隊員達の間で静かに落胆の声が上がった。


 「向こうに行け!怪我人と酔っ払いは大人しく寝てろ!」

 月輪が活を入れると、軽症の隊員達は蜘蛛の子を散らしたかのようにワサワサと一目散に逃げていった。

 「……ったく、女の子が来ると直ぐ変な気を起こすんだから。」

 

 「月輪殿、俺が見張っております故。

 見るだけは捨て置きますが、触れたら問答無用で殺します。」

 近くの柱に寄りかかっていた いろは が、毛皮から針を何本か取り出しながら得意そうに言う。

 「ひっ!」

 その物騒な台詞を聞いた隊員達は怯えて布団をかぶる。


 「いやいや月輪さんも全然まだまだ行けますよお〜。

 でも、俺たちはいつも見慣れてるしー。やっぱたまには華奢で色白でもっとウブな子を目の保養に……。」


 ドッスッ


 照れながらそう言う隊員の膝と膝の間にハサミが鋭く突き刺さる。

 「っひ!?」

 「は・よ・寝・ろ。」

 飛んで来た先では獄鬼や餓鬼のような形相の月輪が睨んでいた。


 「つ、月輪さん。ここ常に女日照りだから、し、仕方ないのよ。そ、それに、女の子見せて元気なったら傷も早く治るかも知れないじゃん?ほら、病は気からって言うし。」 

 鬼相手に少しも怯まないあの兼十までもが、女々しい口調になって震えながら宥める。 

 「いいわよ!私みたいに筋肉付いた女じゃ元気出ないんでしょ!」

 「ち、違う!そう言う意味じゃないよ?!月輪さん!

 むしろ、俺はそっちの方が好きっていうか……。」 


 終わらぬ抗争に、八重は愛想笑いを浮かべた。

 



 隊員達が寝に入って暫く。


 八重は肩の手当をされている間、眠る夜光の横顔を遠目に見ていた。

 その無垢な寝顔は、彼が天鬼を倒したあの禍々しい黒き鬼である事を忘れさせるようだった。


 「ねえ、兼十さん。

 あの時……その夜光が血を欲しがった時、この子は鬼なのに何で言う通りにしたの?」

 近くの柱にもたれかかって居た いろは が一瞬八重の方を見る。


 月輪と八重に背を向けて座って居る兼十は、どう説明しようかという具合に唸る。

 月輪も少し悲しげに目を潤ませていた。

 

 「昔話してくれましたよね。

 兼十さんの虚無僧笠は、頭の皮を鬼に剥がされてできた傷跡を隠すためのものだって。

 そしてその傷が出来た日、多くの部下を殺されたって……。

 鬼が憎いはずなのに……何故ですか?」

 八重は大きな瞳に悲しげな影を落としながら、淡々と話す。 


 兼十は少し間を置いてから、剽軽な口調で語り出す。

 「そうだな。あの時大変だったなー!

 髪の毛ごと頭と顔の皮剥がされちまって、滅茶苦茶痛いわ、包帯は苦しいわ、血は止まらないわ、髪は生えてこなくなるわで、もーヤバかった!」

 まるで昔の笑い話をするかのような調子だった。


 「でさ、月輪なんか『もう戦わないで!』ってずっと抱きついて泣き止んでくれなくてさ!

 知ってた?!月輪ってあの頃は八重ちゃんみたいなほっそりした体型だったんだよ!それを『兼十様の為にもう泣きません』っつって体を鍛え始めて……んぐぼぉっ!?」

 話の途中、顔を真っ赤にした月輪が脱兎の速さで駆け寄り、兼十の太い首に後ろから抱きついて両腕で締め上げる。

 「そんな恥ずかしいことまでベラベラ話すな!!!」

 「ま、また一段と二の腕が引き締まったじゃないか!?」

 兼十は苦し紛れに月輪の腕を軽く掴む。それは月輪の締め付けに若干苦しみながらも、何故か興奮して喜んでいるようにも見えた。

 

 (なんかもう、疲れてきたわ……。)

 八重は見てられないと言うように、少し顔を赤らめながら苦笑いする。


 「で、本題に戻るが……。」

 月輪に解放されて再び語り出す。

 今度は戦場に立っている時の真剣な口調に近かった。

 

 「俺は仲間達を殺した鬼達を許した事はない。

 だが、あいつらを失って月輪を泣かしたのは、俺が無力だったせいだ。それをいつまでも恨み言ばかり言っていても前には進めない。

 

 俺の任務は激戦区のここを守り通すことだ。

 それは山賊に堕ちていた俺達を救ってくれた大将・『百之助』様から与えられた使命。

 鬼を殺す事に躍起になり過ぎてそれを守れなかったら、それこそ先に行ったアイツらに顔向け出来ないだろ?

 だから、守る為に何が何でも生きてやるし、その為に利用できるものは何でも使う。仲間達もとにかく多く生かす戦略を立てて砦の防御力を下げないようにする。


 夜光に血を与えたのも、そんな利用できる戦力を取り入れて砦の被害を最小限に止めようと考えたからだ。

 とは言え当然、仮に夜光を鬼の罠だと判断してたら、敵の鬼としてあの愛らしい顔を迷わず叩き割っていただろう。


 それこそ自分の心を鬼にしてな……。」

 兼十はスヤスヤと眠る夜光の横に座る。

 その体格差は熊と人間の子供だった。


「まあ、それでもこいつを信じた最後の決め手は、こいつの『大事なものの為に戦う』っていう意志に共感しちまったからっていうのは、正直指揮官としては感情的過ぎる理由だったかな……。」

 兼十は穏やかな声でそう言うと、夜光の黒髪をくしゃくしゃにしながら優しく撫でた。

 月輪は兼十から目を逸らしながら大事そうに自分の腹部に手を当てている。


 その様子を見て、八重は月輪に手当てしてもらった肩にそっと触れる。

 「……そう。

 でも、もし私に『血の力』がなかったら、私も兼十さんと同じように夜光に血をあげてたかも知れない……。

 鬼を憎んでないといけないはずなのに。」

 

 いろは は壁を見つめたまま八重の言葉を聞いている。仮面の覗き穴は暗く、その瞳がどんな表情をしているか分からない。


 「八重ちゃん。あなた……。」

 「変な事聞いてすみませんでした。

 ちょっと休んでから見張りの交代に行きます。

 お二人も少し休んで下さいね。」

 

 八重は兼十と月輪の夫婦二人に微笑みかけ、いろはと共に館の奥へ去って行った。





(完)

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