薫る鬼(6/6)
その夜、砦では貯蔵庫に残っていた水、食料、酒をありったけ引っ張り出し、宴が催されていた。
砦の金時隊の隊員達は、鬼から受けた傷や連戦の疲れを忘れ、酔いに狂い、笑い合っていた。
その騒ぎから外れた場所に、いろは が夜光を呼び出す。
「ほらよ。八重がうるさいから返してやるよ。」
いろはは玉簪を差し出した。
夜光は暫くキョトンとしていた。
それを見て いろは は舌打ちする。
「何だよ。これ以上何しろっていうんだ。あ?」
そこに兼十が現れ、背後から夜光を抱いて高く掲げた。
「よーし、よし!夜光!
今日はよくやってくれた!思う存分飲み食いしてくれ!」
戦場での威厳のある話し方と打って変わって、剽軽な口調だった。
「わ、わあ……。」
「あなた達、病み上がりなんだからその辺にしなさい。
兼さんも大きい子を相手に高い高いなんてやめてあげなさいよ。全く恥ずかしい。」
月輪が隊員達の手当に追われながら、二人をたしなめる。
「あはは。ちっこくて可愛いからから、つい。」
「いや、あんたがデカ過ぎるのよ。」
上機嫌で夜光を上げ下げする兼十に、呆れた月輪の突っ込みが飛ぶ。
「金時殿、強く振りすぎです……。それ赤子なら首がもげてます。」
いろは もそれに加わる。
「あ、籠みたいな笠の中。人の顔がある。」
夜光は兼十の虚無僧笠の覗き穴を覗く。
「あーあんまり、見ないでくれ!実は禿げてるんだよー。
まあそれよりも。」
兼十は夜光を肩車して、宴の様子を見せてやる。
「使命を果たし、こうして今日も生き延びて笑い合うことが出来た。
みんな俺が角狩衆としてここを任される前も後も、ずっと縁のある奴らばかりだ。
お前は鬼だが、家族同然のこいつらを守ってくれて感謝している。
ありがとな。」
「俺が、『守った』……?『守る』って?」
「大事な何かを傷付けない為に、自分の身の危険を恐れず戦う事だ。」
夜光は、今まで守れなかった人間や、鬼だと憎んで責め続けて来た人間、それでも感謝の言葉を伝えて来た人間達の顔を思い出す。
そして、何か急に胸が締め付けられるように感じ、返して貰った簪を握りしめた。
カムナは下級とはいえ妖怪として結界の影響を受ける為、そのまま砦の外に居た。
戦場にあった鬼の死体は全て片付けられ、火による土の浄化が終えられていた。鬼は死んでも怨念が残って悪事を働く事がある為、死体を処理して、大地を清める必要があるのだった。
「角狩のスカポンタン!余計な事しやがって!これじゃ死んだ鬼の脳髄すら吸えねえじゃねえか!
全く夜光の奴……。すっかり人間なんかと仲良くなっちまいやがって。
それもよりにもよって角狩の奴らなんかと。」
少し寂しげに呟く。
「何か夜光が夜光じゃ無くなってく感じだ。天鬼まで倒しちまうしな。
そういやあの天鬼、『緋寒』って名前を出したから引っかかっていたが、何だっけな……。大分昔に聞いた話だからな。鬼の界隈の噂で何かすげえ馬鹿やったみたいな話だったような……。
兎に角、お前の親は鬼で、お前も鬼なんだだから。人間と仲良くしたってしょうがねえんだぞ!夜光!」
カムナは砦まで聞こえるように大声で叫んだ。
*
宴会場から一番離れた所にある物見台。宴の賑やかな声が届かない静かな場所だった。
そこにいる見張りは八重だった。
元々の見張りと交代してやったらしい。
(私は馬鹿だ。何で、あいつの顔で思い出しちゃったんだろう。)
夜光が血を嘆願した時の事を思い浮かべる。
浮かない顔で膝を抱えている。虚ろな目は夜空と遠くの山を見ている。
「八重さん!ちょっと。」
物見台の目の前にある外壁の外から、兼十の部下らしき若い男が声をかける。
「あの……、兼十様を呼ぶ程の事じゃ無いので。
とにかく、二人で少し個人的な話を……。」
兼十の部下は少し落ち着きがない様子だった。
八重は溜め息を吐きながら大太刀を持ち、下に降りていく。
「それで、何があったの?
あまり持ち場を離れられないんだけど……。」
八重は外壁の外へ出てみたが、兼十の部下はいなくなっていた。
物音がし、外壁に張り付いていた鬼が跳びかかる。
容姿は獄鬼に似ているが、やや小柄で細身の鬼であった。
「妖術鬼?!さっきのはお前が化けていたのか!」
八重は大太刀に手をかけるが、抜刀が間に合わず間合いに入られてしまう。
後ろから羽交い締めにされ、身動きが取れない。
「富路様の遺骨は何処だ?そして、帝の居場所は?」
「離せっ!」
「言わぬならその血に聞くのみ!」
妖術鬼は八重の肩に噛み付く。
「ああっ!」
八重は痛みで悲鳴を上げた。
「んん、あっ……。……いや!」
妖術鬼は振り解こうと抵抗する八重から血をすすり飲む。
「女の角狩衆など、こうも容易い……。そら、お前の記憶が見えて……。
んっ!?」
妖術鬼の体のあちこちが色素を失い、白くなり始める。
「何だ?!体が動か……な。」
やがて妖術鬼の体は真っ白になり、体は硬さを失い、乾いた木の皮のようになって動かなくなった。
八重は呼吸を整えながら、死んだ妖術鬼を苛立ったように引き剥がす。
「良くやった。」
「!」
八重は振り向いてその顔を確認し、胸を撫で下ろした。
「その声は三ツ葉様……。」
「褒めてやりたい所だが、どうしてあの黒い鬼と天鬼にそれを使わなかった。
その血を持つお前ならやれたはず。」
暗い木の陰に、角狩衆らしき背の高い男がいる。顔は暗がりでよく見えない。
背に脇差程の長さの直刀を二本を背負い、腰から弩を釣っている。
「申し訳ありません……。」
八重は大太刀の鞘を握りしめながら、頭を下げる。
「まあ、そんな顔をするな。
お前はまだ経験が浅い。判断基準をよく復習して、次に生かせ。
それに現場の金時殿の判断もあるし、今回はそれに従ったと言う事で良しとしよう……。」
三ツ葉は八重の様子を見て、淡々とした口調から優しげな口調になる。
「夜光……。いや、あの黒い鬼に変化する少年は人間と深く関わりがあり、慣れてるようです。」
三ツ葉は少しの間沈黙した。
そして再び淡々とした口調で語り出す。
「……お前らしくもない。
八重、これだけは覚えて置け。
例え討伐対象以外で人間に好意があるとしても、鬼という種族は簡単に信用しないほうがいい。
体の作りも違えば、法や信条などの基本的な考え方も違う。
奴等は結局は同じ『人』ではないのだから。」
「はい……。
この後、彼はどの様に?」
八重は自分が口走ってしまった言葉に後悔しながら、受け答えをする。
「今回の戦いの事と一緒に報告書を書いて、都の『鬼門省』に送った。
あとは『百之助』様が判断を下す。それまでは様子見だ。
俺はそろそろ次の仕事にかかる。それじゃ。」
そう言うと、三ツ葉は風のようにその場から姿を消した。
「そうね……。鬼と人では上手くいった試しがないって、私が良く知っているはず。」
八重は夜空に目をやった。
*
都のとある場所にある五暁院。
鬼門省があるその建物のある区画で、机に向かって文を読んでいる者がいる。
歳は30代くらいで、狩衣姿で礼儀正しそうな佇まいの優男だった。
「枯皮は援軍を送らずに済みそうだな。
兼十が頼りになる事は知っていたが、天鬼相手に思ったよりも被害が少なくて助かった。
ふふ。『部下たちの士気向上の為に、残り僅かだった酒や食料を宴で飲み潰した。補給が欲しい。』か。
こっちは相変わらず火の車だと言うのに、言ってくれるな。どうにかして手配してやらないと。
あ、ついでにそろそろ月輪の懐妊祝いを送るかな。」
書や読んでいない文や書き散らかした文や草子が山積みになっている机の上に、僅かな空きを作ってそこに頬杖をついていた。
燈台の灯りが、やや眠そうなのを我慢して楽しそうに目で字を追う姿を照らす。
次の文を読み始めた時、男は険しい顔をして姿勢を正した。
「『赤鬼に関わりがある、黒い髪の鬼』……か。
もしかしたらいつぞやの……。」
(薫る鬼・完)
『三ツ葉』
・貞光隊の密偵。短めの朱刀を二刀流、弩の扱いにも長けている。単独で行動していることが多い。
几帳面で紳士的。任務に忠実でその為に厳しさを見せる事もあるが、事を荒げる事はせず、相手を気遣う事も出来る。
<好みの神仏…須佐之男命>
<おまけ・あなたの筋肉を応援する兼十>




