薫る鬼(5/6)
北門では鬼兵との戦闘が行われていた。
堀に落ちた鬼や石垣を登ろうとしてくる鬼には、砦の者達が上から弩の朱矢を浴びせる。
門前ではその朱矢でも倒し切れなかった鬼を八重が切り伏せる。相変わらず、薙刀よりも重い大太刀を、まるで木の棒を振るかの如く軽々と振って見せている。
仕留めた鬼達の傷口から紫の煙が立ち、ジュウッと肉が焼ける音が響く。
この角狩衆達が持つ『朱刀』や弩の『朱矢』などの武器には、鬼の出血を酷くする朱色の物質が塗られており、肉に貫通した際に鬼の血と混ざることで強酸になり、傷の治りが速い鬼を重症化させることが出来る。
「鬼とは言え相手は少数だ!落ち着いて確実に集中攻撃するんだ!」
兼十の部下の一人が叫ぶ。
「開門!兼十様といろはが戻ったぞ!」
北門が開き、部下と月輪が二人に駆け寄る。
「俺の事はいい。砦の状態は?」
兼十は心配させまいと鉞を地面に突いて一人で立ち上がる。
「対・天鬼用の鳳凰札を足して結界を強化した。弩砲も準備してあるよ。」
そう言いながら、月輪が兼十の血や汚れを拭いてやる。
彼の出血は既に止まっている。
「天鬼と戦ってくれているあのちっこい鬼は?」
「先程まで黒い鬼に変化してましたが元に戻って……。
あ!天鬼がこちらに向かってます!先程よりも巨大です!」
物見台の見張りが叫ぶ。
「まずい!結界の外に出てる者はすぐに全員中に入れ!」
「八重!」
いろはが門の上に跳ぶ。
ダンッ
門の外で鈍い衝撃音がした。
「ははは。弱えなあ!あんまりにも弱えから思い出したぜ。
昔軽く遊んでやったら、あいつの子供の癖に弱過ぎて拍子抜けしちまった事を!
紫檀がこんな奴にやられて死んだってんなら、哀れむ必要もない。仇打ちもどうでもよくなって来たぜ。」
富路は夜光を握って、砦の外壁に押し付けゴリゴリと擦る。
やがてその場に捨てる。
「夜光!しっかりしろ!」
夜光の二の腕に巻きついていたカムナが地面に降りて叫ぶ。
「あいつ……!ボロボロになってるじゃない!」
門の近くに隠れていた八重が様子を見ている。助けに出ようか迷っているようだ。
そこへ いろは が跳び降り、八重を抱きかかえる。
「八重!早く中へ!」
「いろは!そのちっこい鬼も中に入れるんだ!」
門の内側から兼十の声が聞こえる。
「おいおい正気かあ?!」
富路は夜光を見下し、嘲笑う。
「で、弱えから鬼から仲間はずれにされて逃げ回り続けて、人間とつるむことにしたのか?
弱い奴同士で集まればどうにかなるってか。
無駄だっての!蟻が群れでかかっても、踏み潰されれば簡単に全滅だ!
『無駄死に』って事も分かんないのかよ?!」
その時、夜光の脳裏にある言葉が過った。
『終わりだよ……!
弱いくせに、無駄死にだって分かれよ……馬鹿!』
『……終わらないさ。私達はあんたを信じる……。』
自分に血を与えてくれた『簪の持ち主』。
その彼女と交わした最後の言葉だった。
夜光は震えながら地面に手を突いて立ち上がろうとする。
彼はそれが『怒り』だと知らず、無意識にその感情に突き動かされていた。
「俺は弱かった。アイツも人間だから鬼には勝てなかったし、死んだ……。
でも、無駄死にじゃないっ!
アイツが俺を助けて、そして俺が生き残っているから……!」
「ふーん。じゃあ……今、無駄にしてやるよ。」
富路は興味が無さそうに呟き、夜光を踏み潰そうと片足を上げた。
迫る大きな影の下。カムナが夜光の手の皮をかじって引っ張ろうとする。
「馬鹿、今は何でもいいから逃げろ!おおお、俺まで潰されるっ!」
すると間も無く、富路に砦の上部から弩砲で巨大な銛が打たれる。
富路がそれに気を取られている間に、いろは が舌打ちしながら跳んで来て夜光を肩に担ぐ。
「馬鹿狐?!何するつもりだ!」
「知るか!こいつを中に入れろとよ!」
「結界だらけの砦の中に!?夜光は大丈夫だが、俺はごめんだ!」
「時間がないわ。ムクロカムリ君は何処かに隠れてなさい!」
カムナは慌ててぴょんぴょん跳ねて移動し、側にあった岩の後ろに隠れる。
いろは は富路の手が背後に迫る中、二人まとめて運んで門の隙間に滑り込んだ。
門が閉まり、苛立つ富路。
「小賢しい角狩供が!
こうなれば今日ここを片付けて、俺一人で都に進軍して頼光も帝も血祭りに上げてやる!」
富路は門を殴るが、結界の効力で手が痺れて呻いた。
門の内側。
「弩砲の効果は?!」
「駄目です!奴の皮膚を少し傷つけただけです!」
兼十の問いに、物見台の見張り兵が答える。
「あの嘘みたいな馬鹿力じゃ結界も長くは持たないよ!」
月輪が砦の揺れを見ながら言う。
「あ!天鬼の妖術で死んだ餓鬼や獄鬼達が蘇り始めてます!」
別の物見台の見張り兵が言う。
兼十は暫く黙った後、申し訳無さそうに八重を見た。
八重はその視線に気付いて、何かを察した様に頷く。
「八重ちゃん。すまない……。
『あれ』の準備を頼む。」
「謝らないで下さい兼十さん。その為に来たようなものです。」
八重は心配させまいと微笑んだ。
いろは が小刀と竹筒を八重に渡す。
八重は小刀を握り、手の平に刃を当てた。
夜光は震える手を伸ばし、その八重の手首を握った。
「俺にその血をくれ……、血を飲んでもう一度戦う……。」
夜光は四つん這いで丸まって、荒い息をしている。
それでも床に爪を立てながら、どうにか立ち上がろうとする。
「あなた……自分も鬼なのに、何故そうまでして鬼と戦おうとしてるの?!ほら、骨もこんなに折れてる。
簪ならもう返してあげるから、じっとしてるか、逃げなさい……!」
八重がしゃがみこんで言い聞かせる。
「頼む!俺が倒さないと駄目なんだ!
血を分けてくれ!」
夜光は顔を上げて、先程よりもはっきりした声で言う。
八重はその気迫にはっとした表情を浮かべたが、悲痛な顔で首を振った。
「……駄目!私の、私の血は……。」
その二人の側に兼十が立つ。
「いろはは九尾だし、うちの嫁さんは子供を産む前の大事な体だから一滴もやれない。
俺がやろう。お前はさっき助けてくれたしな。」
「兼さん、鬼よ?!鬼なんかに血をやるの?!」
月輪は不服そうにすがる。
兼十はそれを制して淡々と続ける。
「で、どれ位いるんだ……?」
「苦しくなるからそんなに沢山は飲めない。
でももし、少しでも怪しいと思ったら、迷わず俺を殺してくれていい。」
「わかった。
最後に俺もこれが知りたい。
何故、部外者で、しかも鬼であるはずのお前が鬼と戦う?」
「俺は半端な鬼だから、そのせいでいつも鬼に馬鹿にされて殺されそうになって来た……。俺自身もそんな俺はどうでもいい奴だから生きる所まで生きて、負けたらそのまま死んでもいいと思ってた。
でも今は勝って生き残りたい!
これは人間のアイツが死ぬまで全力を尽くして、俺にくれた大切なものだから……。死んで終わらせちゃいけないんだ……。」
「大切なものか……。お前も何かを守り通す為に戦っているんだな。」
兼十の声は鬼に吠えている時よりも優しく、微笑んでいるようだった。
「わかった。いいぜ。」
兼十は腕を突き出す。
夜光はその腕の傷口の一つに小さな八重歯を当て、吸い始めた。
「クソが!
こんなの何度も叩けはどうにかなるって分かってるんだよ!」
富路は砦の結界を殴り続けている。
結界はヒビだらけで崩壊寸前だった。
また、その周りでは富路の天鬼の力で蘇生させられた鬼兵達が同じように結界に噛り付いていた。
その下に兼十と夜光が現れる。
兼十が鉞を肩に担ぎ、夜光がその刃の上に乗る。
「うおおおお!」
兼十は思いっきり鉞を振り、夜光はその反動で富路目掛けて跳んだ。
夜光は跳んだまま青い炎を纏い、黒い鬼の姿に変化する。
「鬼ばっかりに戦わせちゃ、角狩衆の名に傷が付く!
頼光四天王が一人、英雄・坂田金時の名を預かる戦士として、たかが雑魚鬼100匹、いや数1000匹、軽く捻り潰すぞ!」
兼十の声に砦の者達が鬨の声を上げる。
「また戻って来たのか?今度はちゃんと殺してやる!」
富路は高笑いをしながら太くて長い角を振りかざす。
夜光は体格差を利用して、小回りを効かせてそれをかわす。
夜光は砦を背に立った。
後ろの外壁の上では砦の者達と結界の隙間から侵入した鬼達との戦闘が繰り広げられている。
富路はその巨体の重さで加速しながら突っ込んできた。
(あれがぶつかったら壁が崩れて上の砦のやつらが巻き込まれる……。)
夜光の中で兼十の血を吸っている時に流れてきた言葉が溶け出す。
『もう失わない……。月輪も泣かせない。俺は枯皮を守り切る。』
頭全体に血で染まった包帯を巻いた兼十が、無数の土饅頭の前でしゃがんでいるのが一瞬見えた。
夜光は立ち塞がり、富路の角を掴んで受け止めた。
「次代の酒呑童子の候補に上がっているこの俺に、力比べを挑むのか?馬鹿め!」
初戦よりも増した富路の力は夜光を上回っているはずであった。だが夜光は足を地面にめり込ませながら、富路の進行を止める。
「夜光組み合うな!またあれが来るぞ!」
岩の後ろに隠れていたカムナが叫ぶ。
富路が夜光を捕まえる。
「止めたと思ったか!?学習しない下鬼が!」
富路は夜光を空高く放り投げ、自分も跳んだ。
初戦の時のように富路の巨体が夜光に組み付いて捕らえようとする。
夜光は反対に富路の片腕に自分の足を組み付かせてから、蹴って反動を付けて、富路の更に上へ跳ぶ。
富路は上を向く。
そこには夜光の姿があった。肘に斧の刃のような突起を生やし、それを高々と掲げる。
夜光の肘の突起と光沢のある体に太陽の光が当たって、鋭い輝きを放つ。
その光の反射は富路の黄金の目に射し込んだ。
「ぐっ!光が。」
そのまま重力に沿って降下。
富路の額に肘の突起を打ち下ろす。
そして目を潰された富路の首に跨り、両角を掴みながらそのまま富路の顔を地面に向けた。
富路の体は顔から地面に叩き付けられる。
「俺の、角が!」
夜光は折れた角を捨て、富路の喉元を両手で掴んで、ヒビ切れて血を流すその額に頭突きする。
緋色に輝く二本角が勢いよく突き刺さり、傷口から真っ黒な煙が上がる。
悲鳴を上げる彼を業火が包む。
「グソウ!ハナセ!俺ハ誇リ高イ純潔ノ鬼ダ!
俺ガ次ノ赤鬼ノ長ニ、酒呑童子ニナルンダ!
コンナ所デ死ヌハズナイ!
早クタスケニ、来イ紫檀!
タスケテ、オヤジ……!」
富路の巨体は業火の中でもがき続け、やがて動かなくなった。
「あの馬鹿、遂に天鬼まで……倒しちまいやがった。」
全てを見ていたカムナは、そう漏らす。
「……おめでとう。決めた事を、やり通したのね。」
八重は外壁の上から夜光の勝利を祝福する。浮かない顔で、血だらけの大太刀を持ったまま腕を下ろした。
その顔をいろはが遠目から見ているが、狐面の下の表情は分からない
富路の死により蘇生していた鬼兵達は元の屍に変わる。
「天鬼が落ちた!勝鬨だ!」
兼十の声に続いて、砦からは大きな歓声が上がった。




