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夜行鬼  作者: 参望
2話/薫る鬼
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薫る鬼(1/6)

 風の無い夜。

 月夜が木々の葉を柔らかく照らし、夜の動物や虫の声が聞こえてくる。

 森は安らかな眠りをもたらす音で包まれていた。

 

 ふと、月に薄く雲がかかり、音が止む。

 

 森の獣道から荒々しい息遣いが近付いてくる。

 連なるようにして闇に並ぶ無数の黄金の目。


 それは巨大な駕籠を担いだ、下級の鬼・獄鬼(ごくき)達だった。


 植物などが彫られた金属の版で装飾された優美な駕籠。

 それは人間が何人も入れそうな程大きく、運んでいる獄鬼も人間の二倍程の背丈があった。彼らは獣に近い姿であるが、元は人間でとある方法で鬼の姿に変えられた者達である。


 駕籠は何台も列になって運ばれており、森の奥にある鍾乳洞へ続いていた。



 

 鍾乳洞の中には、人間に近い顔や身体付きの鬼達が祭壇らしき岩の卓の周りに集まっていた。

 どの者も染めの美しい上等な着物を着込み、色鮮やかな石の付いた貴金属を身に着けている。都に住んでいる公家達が霞んで見えそうな程、豪奢な出で立ちであった。

 ただ、彼らにはどの者にも額に二本の角があった。

 

 彼らは上級の鬼、天鬼(あまき)だった。

 

「よくぞ。参られたのう。

 ふふふ。今度の子らも良い匂いをしておる。

 疼くのう……。」

 祭壇の上では、薄く透けた着物をはだけさせた妖艶な女が座している。

 女といっても額には角があり、目には血文字だらけの札を何枚も貼り付けている。


 女の前に若い天鬼が数人前に出る。

 またその後ろから、天鬼ではなそうな地味な身なりの鬼がにこやかな表情を浮かべながら会釈する。

 植物模様が描かれた黒い麻の着物を着、真っ直ぐで短い髪を綺麗にまとめた、見た目は好青年の鬼だった。


 「お久しゅうございます。巫女よ。」

 「久しいのう、赤鐘(あかがね)。」

 「ふさわしき時が来た故に、例によってこの赤鬼の御子達の中から次の『酒呑童子』に相応しい者を占って頂きたい。」

 『酒呑童子』は強い鬼に与えられる名誉ある称号であり、同時に族長になる資格も与えられる。

 「ではこの子らの血を。」

 巫女と呼ばれた女が手招きする。


 「大川山・図冥(ずみょう)の御子。富路(ふじ)。」

 赤鐘に呼ばれ、獣の毛皮で飾られた鎧を着込んだ大柄な天鬼が前に出る。

 不敵な笑みを浮かべながら、巫女に片手で盃を突き出す。

 

 巫女は富路から血の入った盃を受け取り、ゆっくりと飲み干す。

 飲み終わると吐息を漏らし、うっとりとした表情を浮かべた。

 その瞬間、周りで静かに喜びの歓声が上がる。

 列に戻った富路の側ではその父親らしき小柄な天鬼が満面の笑みで頷く。


 「大江曽山・元実(がんじつ)の御子。陽光(ようこう)。」

 次に呼ばれたのは、富路より小柄で美しい顔立ちの天鬼だった。

 華奢な体に見合った細身で赤黒い鎧を着込み、艶やかな朱色の長い髪を頭の上の方で丁寧に結って垂らしていた。

 陽光は会釈をしてから奥ゆかしくその場に跪き、両手で盃を掲げてから差し出した。

 

 巫女は陽光の盃を飲み干すと、今度は慈母のような穏やかな笑みを浮かべ、陽光の頬に指を滑らせた。

 再び静かな歓声が上がる。

 先程よりも大きい。

 列の後ろから、陽光の母親らしき気品のある天鬼が勝ち誇ったように微笑んでいる。


 巫女がもう何人かの血を飲み終わった後、赤鐘が尋ねる。

 「巫女よ。如何でしょうか?」

 参列者達は固唾を呑んで見守った。

 

 「これは大江曽山の……!元実の?いや、違う。

 それよりも……。」

 巫女は声を曇らせ、突然前のめりに倒れた。

 

 そして突然立ち上がり、髪を振り乱し、肌を掻き毟りながら叫びだした。

 男の声だった。


 『ああ!我が血の主人・富路様!我が失態をお許しください!

 そしてこの紫檀が残された力でしたためる血文を、最後の言葉をお聞きください!

 「酒呑童子の落とし子」が……、元実様の命の邪魔をし、反旗を翻しました!

 何卒、何卒この者に裁きが下りますよう……。』

 そう言い終わると、巫女は再びその場で失神した。


 神聖な儀式に割り込んだ死者の言葉に、周りはどよめいた。


 「狼狽えるな。」

 重みのある声が鍾乳洞内に反響し、天鬼達は一瞬で静かになった。 

 

 天鬼達が視線を向けるその先ー。

 禍々しく赤黒い甲冑を着込んだ壮年の天鬼が、片腕で頬杖しながら即席の玉座に腰を下ろしていた。

 鬣のような朱色の髪に、立派な二本の角。しかし、その角の片方は折れていた。

 

 この天鬼こそ、数ある赤鬼の部族達を統率する朱天鬼の長・元実であった。

 

 獲物を射殺すかのような冷たく鋭い目つきで、鍾乳洞の奥にいるある者を睨みつける。

 「今の話は聞いていたな。酒呑童子・緋寒(ひかん)。」

 

 奥にいた全身に黒いボロ布を纏った背の高い天鬼・緋寒が不敵に笑う。

 布の隙間から朱色の癖のある髪と顔の傷跡や白く濁った片目を覗かせている。

 彼は酒呑童子と呼ばれるが、族長では無い。

 また、名誉ある称号を持っている者にしては、周りの天鬼達の彼を見る目は畏怖と嫌忌の色に染まっていた。

 「ああ。我が子が図冥殿の息子の『犬』を殺してしまったようだな。」


 詫びる様子もない緋寒に、富路が怒鳴り散らしながら掴みかかろうとする。 

 「犬だとお!俺の可愛い『人鬼(じんき)』に、よくも言ったな!」

 「人間の血を抜いて服従させ、天鬼の血を一滴与えて手駒として縛るのが『人鬼』。犬の首を縄で縛って飼いならすのと何か違いましたかな?御子よ。」

 緋寒は少しも臆せず、何食わぬ顔で首を傾げる。

 「酒呑童子の位なんて関係ねえ!今すぐ老いぼれのてめえぶっ殺してやら!」

 興奮状態の富路が止めようとする父親を突き放し、身構える。


 「やめろ!馬鹿ども!」

 元実が再び鍾乳洞の隅々まで鳴り響くような怒号を放った。

 

 「緋寒、良いな。

 お前の息子が我々赤鬼の眷属を脅かしたことにより、我々がお前の息子に手を出さないという約定はたった今破棄された。

 息子と再会できる日を楽しみに待つがよい。骸の息子をな。」

 

 「ああ。」

 殺気を押し殺しながら淡々と話す元実に対して、緋寒は望む所と言わんばかりに不敵な笑みを返すのみだった。

   

 「くそっ……。奴がダメならせめて。」

 富路は父親に宥められて身を引いたが、歯を剥き出しにしたままだった。

 その富路を横目に、陽光が複雑そうな表情で自分の手甲の端をぎゅっと握る。

 「伯父上(緋寒)の子……。夜光が生きてた……!でも、こんな事になるなんて……。

 どうするんだ夜光?」

 陽光は襟元から水晶の柱を通した首飾りを取り出し、不安そうに握った。

 



挿絵(By みてみん)

元実がんじつ

・人間の権力者の打倒を目指し、鬼中心の天下を夢見る。

 勝手が過ぎる緋寒に手を焼き、疎ましく思っている。

 角は夜光誕生後、兄弟喧嘩で緋寒に片方を折られる。

 緋寒とは逆の思想をもっており、人間が栄える世を覆す為に鬼もまた変化が必要だと考え、人間に対抗できるだけの組織と戦力を得る努力を惜しまない。

 いつも厳格な態度を崩さず、全てを合理的に考え、それが生死に関わる事でも理屈に合った判断を下す非情な性格。恐ろしく見せることが仕事でもあるので怒る時だけリアクションが過剰に見える。緋寒に関しては心から憎く思うことがあり、本気で怒る。

 赤鐘だけは、少し気を許すことが出来る。

 *名前は「寒緋桜(カンヒザクラ)」という種類の桜の別名「元日桜ガンジツザクラ」が元



挿絵(By みてみん)

陽光ようこう

・元実の息子。夜光の従兄弟。

朱天鬼の中で次の族長候補だが、優しすぎる性格故、父親の様に非情になれないことに悩んでいる。

 普段は争い事を好まない温厚な性格。責任感が強く、自滅しそうになる。

 しかし、戦わなければならない時や怒らなければならない時は恐怖から暴走しすぎてしまう。

*名前は陽光桜から。



挿絵(By みてみん)

赤鐘(あかがね)

・元実が信頼を置く重臣の人鬼。

単独で重要な交渉や指揮を任されることが多い。



富路ふじ

・赤鬼の一族の若い天鬼。次の酒呑童子の座を狙う。

戦いに関してはパワーも技能も十分。

相手に力の恐怖を与えて、心身を徹底的に痛めつけるのが好き。

自信過剰で気性の荒い性格。

自分の人鬼は犬の様に激愛する。

*名前は富士桜から

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