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夜行鬼  作者: 参望
0.5話/子鬼がゆく(夜光誕生編2)
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夜光誕生編2/子鬼がゆく(1/2)

 酒呑童子の父・緋寒と物狂いの人間の母・しきみとの間に生まれた半鬼の子。まだ名もない赤子ーー。

 追い払われた彼は、母の元へ戻れず雨に打たれ、薄暗い森の中を彷徨っていた。


 くすんだ緑の杉の木々が見下ろし、空を葉で覆い隠している。その葉と葉の隙間から鼠色の空が僅かに垣間見える。


 黄金の瞳と栗色の瞳。そして額からちょこんと出ている小さな2本角。

 色白の肌の生まれたままの姿に、蜜柑色の着物を羽織っている。大人用で余るに余ったその裾を重そうに引きずって歩く。

 着物は泥水を吸って重く冷たくなり、子鬼の肩からズリ落ちそうになっていた。子鬼はそれを両肩に両手を置いて握り、落ちないようにする。

 特別綺麗でも無く、びしょびしょのドロドロに汚れたこの着物は彼の母のものだ。子鬼を産んだ直後、自分の着物を脱いで彼が寒くないように包んでくれたのだ。


 子鬼は着物にくるまった。

 当然温かくない。

 あの人が包んでくれた時はあんなに温かったのに、と感じたのだろうか。彼は来た道を、足跡さえも消えてしまった道を振り返る。

 彼の脳裏には母親の顔が浮かんでいた。

 赤子である為、『母親』という言葉を理解してるかは分からないが、安全な場所という認識だけはある。

 赤子の彼がその温かい胸の中に戻ろうとするのは当然の事である。


 だがしかし、引き返そうとしたその時にもう一つの顔が脳裏に浮かんだ。

 鬼の形相で彼を追い払ってきた少年の顔ーー。しきみの弟である密彦だ。

 密彦は姉に子鬼が二度と近寄らぬように、彼を突き飛ばし、泥を投げ、他所へ行けと追い払ったのである。

 

 子鬼はその憎悪に満ちた表情を思い出し、幼くも「戻ってはいけない」と判断した。

 戻れたとしても、あの少年が自分を殺すだろうと本能的に察した。


 途方に暮れている間も、体はどんどん氷のように冷えていく。


 子鬼はその場に蹲った。

 「うう……あぅ!う……。あうああああっー……!」

 子鬼は普通の赤子がするように泣くが、当然助けてくれる者はいない。

 雨は容赦なく彼の体を打って氷水のように冷やしていく。

 やがて雨粒から受ける痛みが鈍くなり、眠気が来て地面に突っ伏す。

 極限まで体が冷え、凍死の一歩手前に差し掛かったのだ。

 このままでは死ぬ。しかし、生まれたての彼にはどうしたらいいか分からない。


 子鬼の眠気は限界に達する。

 彼は母の夢を見た。自分に微笑んで胸に抱き入れ自分の体を温めてくれる夢ーー。 

 最後は美しく温かい夢を見ながら、終わりを迎える。


 だが、そんな安らかな終焉は与えられなかった。

 子鬼は獣のような息遣いを聞き、閉じかけていた瞼を開く。

 

 子鬼の5倍以上の大きさの大きな影。虎目石のような黄金の瞳が彼を見下ろしていた。

 茶色の地味な体色に、虎のような目と牙の色が際立つ。

 鬼の中でも下等な種、野良鬼だった。


 「!!」

 止まりかけていた子鬼の心臓が暴れ出した。

 彼の生き物としての本能が体と脳に激しく血を巡らせて興奮させ、どうにか生き延びさせようとする。

 子鬼は残っていた力を極限まで振り絞り、起き上がった。


 「おっと!!

 逃げられんぞ!!」

 野良鬼はいとも簡単に子鬼の首根っこを掴んで吊し上げた。


 子鬼は口を開いて牙を見せて威嚇し、子猫のように暴れる。

 しかし、野良鬼はそれを平手で叩く。

 子鬼は頬を腫らし、ぐったりしてしまった。口から血を垂らす。

 

 「食ったら妖力が強くなりそうな、いい鬼の子だ……。」

 野良鬼は子鬼を草鞋のような大きな舌で舐め、グヘグヘと低い声で嘲笑った。

 「子供って無力だよなあ。獣の世界でも真っ先に獲物に選ばれる候補の一つがはぐれた子供だ。なんて言ったって弱いからなあ……。

 特に親が側にいなければ、簡単に食われる……。」


 野良鬼は鋭い歯やトゲトゲだらけの大きな口を開いた。


 子鬼には野良鬼の言葉は理解出来ない。しかし、尖った物、例えば目の前の牙は危険だと本能が伝えていた。


 彼が言葉を話せたらこう言っていたかも知れない。

 「ここで死んでたまるか。死ぬのはお前だ」、と。


 己の鼓動が「生きろ」と強く高鳴った。


 野良鬼は子鬼を口に放り込み、歯をガチッと噛み合わせる。

 と、はずだった。


 「う……アアアアアアッ!!!」

 子鬼は小さな牙を見せながら唸り、眉間に皺を寄せ、角に力を集中した。

 眼球、全身の神経に振動が走り、青い炎が彼の額の付近から出現する。

 放たれる炎の矢。


 「んごっ!

 んヒイッ!ヘアハアアアアアアアッッッ!?」

 それは鬼の口の中で燃え広がった。


 放った反動で吹っ飛び、泥まみれになりながら地面に落ちる子鬼。煙の出る口を押さえて酷く熱そうに転げ回る野良鬼。


 子鬼は隙を見て地面を這って逃げる。

 

 「……この、や、ろうっっっ!!!

 グチャグチャに叩き潰して小便ぶっかけてやらああっーー!!!」

 真っ黒になった口から歯や溶けかけの肉片が混じった血を吐き出しながら、ドシドシと駆け寄って来る野良鬼。怒りで見開いた瞳がギラギラと光る。


 「あううっ!!はっあっ!」

 子鬼は白い肌を泥まみれにしながら必死に進むが、目の前は川だった。増水して濁流になっている。

鹿さえも躊躇うこの激しい流れでは、野良鬼から逃げられても溺れ死ぬだろう。


 考えている暇はない。

 憤怒した野良鬼の歯牙がすぐ後ろに迫る。


 「……!!」

 子鬼は着物をギュッと握り、川に飛び込んだ。

 

 耳を壊すような、暴れる流水の轟音。

 体が色んなものにぶつかって回る。抗えず、身を任せるしかない。

 更なる冷たさで手足の感覚も無くなる。息も苦しい。


 それでも、子鬼は着物を手放さなかった。

 母と離れたくなかった悲しさを形にするように。

 もし生き残れるなら、またあの胸の中に戻りたいと願うように。


 

***




 山の麓にある人里ーー。

 少しの民家や水田が並んでいる。農村のようだ。


 その近くにある河原で村の住人と思われる女がタライに水を汲んで洗濯をしていた。

 痩せ型だが顔立ちは良く、一つに束ねた長い黒髪を胸元に垂らしている。腕と裾を捲っており、そこから見える四肢は細い。


 川の水は昨日の大雨のせいで増水して流れが速くなり、灰褐色に濁っていた。

 その上流から鮮やかな蜜柑色の何かが流れて来るのが見えた。


 「ん?

 布に……手と……。」

 女は首を傾げて一瞬考え、直ぐに洗濯物を捨てて走り出す。


 「大変、赤ちゃんが!」

 女は自分も流されないように注意しながら川に入り、着物とそれにしがみ付いた赤ん坊を引き上げる。

 

 女は赤ん坊を横向きに寝かせる。

 「こんなに体が冷たいんじゃ、きっと生きて……。」

 と言っていると、赤ん坊は自分から水を吐き出した。

 「良かった、生きている!」

 赤ん坊が呼吸を始めたので安心する女。

 しかし彼を胸の前で抱いてやった時、直ぐに顔を曇らせた。


 (額に角……!

 鬼の子だ!)


 そう、この赤ん坊はあの子鬼である。川に飛び込んだ後、ずっと下流に流されていたのだ。


 子鬼は息を整えながら目を薄く開けた。片目が虎目石のように輝いている。

 女は冷や汗をかきながら子鬼を見下ろしている。

 (鬼なら、大きくなったら悪さをするかもしれない……。そうじゃなくても病とか悪いものを運んで来るって話だ……。関わっちゃいけない。

 放っておこう。こんなに弱っているのだから勝手に死ぬだろう。)


 女は子鬼を河原の石の上に置こうとした。

 だが、子鬼は女の襟を掴んできた。寒さで手が震えている。


 「っ……!」

 女は顔を歪めた。

 子鬼が鬼だからではない。何かを思い出し、迷っているようだった。


 数分後ーー。

 女は子鬼をタライに入れ洗濯物を被せて隠し、それを持って村の方へ去って行った。




 女は村に着くと、洗濯を干して自分の家に入る。

 「そういえばこの子、鬼なのに魔除け札が効かなかったね。何でだろう?」


 他に誰もいない事を確認すると、囲炉裏に火を入れた。

 「んんっ!冷たっっっ!」

 女は眠った子鬼を自分の懐に入れて抱っこし、上着を羽織って横になる。

 子鬼はスヤスヤと眠っている。それを見守る女。

 「鬼も寝てれば可愛いものだね……。

 もしかしたらこの小さな角、唯のおできか何かで、実は唯の人間だったりして。

 現に人間にそっくりな顔や体付きだし……。」


 約1時間後、子鬼の身体はすっかり温まった。

 目を覚ましたかと思えば、クリクリとした目に涙を溜めてぐずり出す。

 「へうう〜……ひっく、あうああああっん……!」

 「えっ?!あっ!

 よしよーし。どうしたのー?」

 女は子鬼が空腹なのだと気付く。

 泣き声が近所にバレると不味いと慌て、迷った末に、襟を大きく開いて上半身をはだけさせた。


 子鬼を静かにあやしながら自分の乳をやる。


 子鬼は極度の空腹だったせいか、特に抵抗せず出されたそれを大人しくゴクゴクと飲んだ。初めて授乳をしてくれた母親の顔と体の感触をぼんやりと思い出し、安心感したように目をトロンとさせた。


 終わると、女は襟を整えた。

 「鬼のより美味くなかったらごめんよ。」

 優しく言う女のその顔は、憂いを含んでいる。


 「知らない所に連れ込んで悪いね。……鬼でも、赤ん坊が死ぬのをどうしても放っておけなかったんだ。

 つい最近、私はあんたみたいな赤ん坊を亡くしてね。死産だったんだ……。

 アンタが今飲んだのはその子のご飯になる筈だったものだよ。」


 子鬼は目をくりくりさせ、座って指しゃぶりする。言葉は分からないが、女の表情をずっと観察している。 


 「お母ちゃんとお父ちゃんは?はぐれたの?

 って聞いても分からないか。」

 子鬼は四つん這いで這って側にあった女の上着の所に行き、それを掴んでバサバサと煽ったり、裏地を覗いたりする。

 「うー、あうわ。」

 急に立ち上がり、ヨタヨタと歩き出す。

 「ちょっと、どこ行くの?

 ……あ、もしかして。」


 女は子鬼を抱き抱え、玄関の横の格子窓から見える外の洗濯物を指差す。


 「アンタが握ってた蜜柑色の着物はそこに干してあるよ。

 今日は天気がいいから直ぐ乾くと思うから待ってな。」


 子鬼は縄に通した洗濯物が風にパタパタとはためくのを見る。

 ふと笑い声が聞こえ、子鬼は視線を更にその奥に移す。


 向かいの家とその住人らしき若い女が目に入った。その女も赤ん坊を抱いていた。勿論その赤ん坊は人間である。

 そして若い女の隣には赤ん坊の父親らしき若い男がいて、赤ん坊を若い女から受け取って、高い高いをして楽しそうにあやす。

 それを見ていた近所の住人も冗談を言って笑ったりしている。

 赤ん坊は大勢に囲まれて、その存在を祝福されているようだった。


 子鬼には深い事はまだ分からないが、隣の家の赤ん坊を見て、『向こうの方が良さそう』と感じた。

 向こうには本当の両親が側にいて、しかも周りから自分の存在を祝福して貰えているが、自分は違う。そんな風に立場の差を直感的に理解した。

 子鬼は女の胸にギュッとしがみ付く。


 女は子鬼の角を手の平で隠してやる。

 「さあ、村のみんなに見つかると厄介だから奥に行こうか。」




 それから暫く子鬼は女と一緒にいた。

 子鬼は家事仕事をする女の後を付いて歩く。特に邪魔するでもなく、女のやる事をじっと見て驚いたり、前触れも無くすっ転んだりした。

 女は子鬼が人間の赤ん坊のような初々しい反応をするので可愛らしいと思い、彼に微笑みかけたり、優しい言葉をかけたり、抱き締めてやった。

 

 そうしてあっという間に夕方になった。

 女は夕食の支度をしながら、背負っている子鬼を起こしてやる。彼は女の着物の中に入って寝ていた。

 「坊や、行こうか。

 もう直ぐ夫が畑仕事から帰って来ちゃうから……。」

 



 女は子鬼を隠しながら最初に出会った河原へ連れて行き、その近くにあった小さな道具小屋に案内する。

 「親が迎えに来るかも知れないからね。ここに居な。

 殆ど使ってないから誰も来ないし、雨も防げるよ。


 大丈夫。よくあの川で洗濯してるからまた来てあげるよ。」


 女は後を追おうとする子鬼を何度も言い聞かせ、自分も心配そうに振り返りながら去って行った。




 次の日、子鬼は自分から会いに行こうと思ったが、言い付けを守った。

 女の優しい囁きや柔らかく温かい手や腕を思い出して安心し、それを枕に眠る。

 しかし、女は来なかった。




 更に次の日ーー。

 近付く足音を聞き、子鬼は女が来たと思う。鬼は聴力や嗅覚が優れている為、その血を半分引く彼も人間より耳が良い。

 しかし、風に混じった匂いや他の音を感じ取って青ざめた。

 小屋にあった背負い籠を被って全身を隠し、息を止める。


 乱暴に開かれる小屋の扉。


 「匂いがするなあ……。

 変わった鬼の匂い……。それも柔らかい子供のぉ……。」

 獣のような息遣いの混じった、低く濁った声。


 子鬼は恐る恐る籠の網目の隙間から、鋭く長い爪の生えた大きな足を見た。硬そう皮膚から所々体毛の棘が生えている。

 そう野良鬼の足だ。

 その足の隣にもう一つ。その野良鬼は人間の頭を握って引きずっていた。

 あの優しい女だった。

 「……っ!!」

 女は襟や裾を大きく乱し、剥き出しになった肩や腿から血を流してぐったりしている。


 「イヒッ……ギェへへッ!!そこか……。

 オラァ!!!!」

 野良鬼は籠を持ち上げる。

 「ひあっ!!」

 子鬼は恐怖で声を上げながら飛び出し、野良鬼の脇を掻い潜る。

 しかし、持っていた蜜柑色の着物を掴まれてしまう。


 「よお、まさかこんな所で会うとはなあ〜。」

 口が黒焦げの野良鬼。子鬼が数日前に戦った鬼だったのだ。



 「ぼ、うや、逃げな……!!

 ……んあっ!!!」

 野良鬼は女を片手で高く持ち上げ、腹に齧り付いた。肋骨が軋む音がする。

 「村の中は残念ながら魔除け札の結界で入れないが、運良くその結界の外に出て来た奴なら食い放題だあ!

 それが、こんないい女だなんて!ん〜♡」


 「あうあ!!」

 心配そうに叫ぶ子鬼。

 だが野良鬼から膝蹴りを喰らい、河原を数メートル程転がされた。


 子鬼は頭から血を流しながら起き上がる。折れた乳歯を吐き出し、苦しそうに呻く女に向かって手を伸ばした。

 「あうううっ……!」


 そこへ野良鬼が跳んで距離を詰め、上から踏み付ける。

 「お前にはこのイケメン顔を黒焦げの台無しにした礼があるからなあ!!」

 長く痛め付ける為に力を抜き、ゴリゴリと踏み躙ったり、殴打するように何度も踏んだり、じわじわ体重をかけて窒息寸前まで肺を潰す。大熊が鞠を潰すようなものだ。

 

 子鬼は失神寸前だった。

 意識が無くなっていく恐怖、痛み。地面に押し付けられて息が出来ず、泣き叫ぶ事も出来ない。

 雨に打たれて凍え死にそうになった時のように死を迎えると思われたその時ーー。

 雑音に混じって誰かの呼ぶ声が耳に入った。


 「逃げてっ、坊やーー!!!」

 あの女だ。

 生で食われて苦しいはずが、子鬼を呼んで声を枯らす。


 「うるさいぞ!喋れないように指をぶち込んでやろうか?!」

 野良鬼の怒声が聞こえた後、女が体を痛め付けられる声が聞こえた。


 「!!」

 顔が挙げられず見えずとも、赤子の彼でもその声の傷ましさで、彼女が限界だと理解できた。


 子鬼は小さな頭で考えた。

 本当の母の元に居れず、代わりに自分が安心できる場所を見つけたそれさえもまた無くなるのか?


 嫌だと言う前に、体は動いていた。


 野良鬼が踏み付ける為に足を上げた瞬間、勇気を出して仰向けに転がる。

 額から放たれる鬼火。

 野良鬼は顔を片手で覆って防御する。

 「うっ?!またそれか!

 だが、皮膚の薄い部分に当たらなければ、こんなもの耐え切れるわ!」

 しかしそれは囮。

 野良鬼が防御体勢に入った瞬間、跳んで女を掴んでいる手の前で頭を振った。

 小さな角によって手に硬い皮膚が下の肉まで裂け、野良鬼は痛みで女を落とした。傷口が赤く燃えて黒炭になる。

 「うっ!!

 なぜ切り傷が?!こんなチビの角なんかで!」

 見ると、子鬼の角は熱を帯びて炉のように赤く発光していた。


 「このっ!!」

 野良鬼は着地した子鬼に組んだ両手を振り下ろす。重い叩きつけが河原の石や土を巻き上げる。

 「んっ!」

 子鬼はやや屁っ放り腰ながらも、攻撃から目を逸らさず避けた。

 間髪入れず、怪我した野良鬼の手の傷に向かって頭突き。


 「やっー!!」

 先程の切り傷に、小さな角が刺さる。


 「あヒャヒャ!!そんなニキビみたいな角、蚊に刺されるよりも効か……。」

 傷口から黒い煙が出て、青い炎が一気に全身を包む。


 「やんっ、あひんっ!

 アチャチャッッッ!アアアア〜ンッッッ!!!」

 

 子鬼は野良鬼から下がって女を庇うように立つ。

 「ふんんんんっ!」

 黄金の瞳を朝日のように輝かせ、もっと燃えるように念じた。

 

 野良鬼は真っ黒な炭になるまで巨体を踊らせ続けた。




 肉の焦げた匂いが立ち込める中、子鬼は女の側に寄った。

 女は全身土や血や擦り傷だらけの子鬼の頬を袖で優しく拭く。

 「小さいのに、立ち向かって偉かったね……。ありがとう……。」

 子鬼は嬉しそうに女に頬寄せて甘える。

 女は上半身を起こそうとする。

 だが、血を吐いて動かなくなってしまった。

 腹が齧られた時に内臓も一緒に傷ついていたのである。それに加え大量の出血ーー。

 吐かれた鮮血が子鬼と蜜柑色の着物を汚す。


 目を丸くする子鬼。

  

 女は微笑んだまま、下腹部に優しく手を当てる。

 「浄土で……先に死んだ私の赤ちゃんに会える……。ちゃんと元気に産んであげられなかったあの子を……坊やにしたみたいに、抱き締めてあげられるんだ……。


 さ、よう……な、ら……坊や。」


 女は目を開けたまま、何も言わなくなった。


 子鬼は初めての親しい者の死を前にどうしていいか分からず、ぐずりながら体を揺するしか出来ない。

 「あーわっ!んんーんっ!」


 そこへ村の方から大勢の人間がやって来る。


 男が稲刈り鎌を手に、血相を変えて走って来る。

 「ホオコ!ホオコーー!

 あっ……!!」

 血だらけで動かない女を目にし、鎌を落とす。

 男はすわった目を子鬼に向ける。重い影が落ちて泥沼のようだ。


 「お前が……、妻をやったのか?」

 この男はこの女・ホオコの夫だった。


 子鬼はその気迫に押され、一歩下がった。自分を母親から追い払ったあの少年の憎悪の顔を思い出した。


 後ろから、鎌や農具、松明を持った村人も数十人やって来る。

 皆、殺気立っていた。

 「なんて酷い!可哀想なホオコ……。」

 「鬼だ……!まだ子供だから皆んなで叩けば殺せるかもしれない。」

 

 村人は武器を高く掲げて構えて迫る。


 助ける為に戦って、強敵にも勝ったのに、何故こうなってしまったのか?何故、鬼にも、人間にも殺されそうになるのか?

 幼い彼にはまだ理解出来なかった。


 蜜柑色の着物を手に、走り出した。

 投げられた農具を避け、川を越え、森に入った後も走り続けた。


 子鬼は大声で泣いた。鳥が驚いて飛び立つ程、泣き叫んだ。

 だが彼は、泣く事で母親が気付いて抱きしめてくれるような世界にはいないのであった。




<出てきた登場人物>

『ホオコ』

・夜光が幼少期に出会った、とある村の女。

 夜光と出会う少し前に赤ん坊を死産で亡くして、心に傷を負っていた。

 ホオコの名前はハハコグサ(母子草)の別称の一つ「ホーコ」や「ホオコグサ」から取っている。茎や葉が白い綿に覆われていて、その姿が子供を抱く母親を連想させるらしい。

 ハハコグサの花言葉は「無償の愛」「いつも想っています」「忘れない」など。




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