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夜行鬼  作者: 参望
9話/鉄籠の鬼
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鉄籠の鬼(9)

 気絶後、八重はまだ目覚めない。


 「八重!八重、起きろ!

怒りがなくなったのに鬼の匂いが濃いままだ……!髪の色も戻らない……!どうして?!」

 横抱きしたまま彼女の頬を軽く叩く夜光。

 「やっぱり浄化能力がなくなっているのか……!赤鬼共に何かされたに違いない!」


 そこへ蒼が変化を解いてやって来る。


 人間態の彼は筋肉質で背が高く、歳は人間の30代半ば位に見える。

 裾と袖が破けた小袖に帯を締めただけの簡素な服装。髪型は短髪で色は群青色だった。

 全体的に顔の掘りが深く、痩けた頬や目元の皺が古い巨木を連想させる。やや釣り上がった目でじっとり見てくる所は八重に似ている。


 「俺なら、応急処置できる……。

 彼女を。」

 蒼は八重の下腹部に手を当て、力を込める。

 すると小さく雷火が散り、軽く痙攣する八重。

 いろはは仕方なさそうに黙っているが、鼻頭と眉間に皺を寄せて蒼を睨み続けていた。


 暫くすると、八重は深く呼吸を始めた。

 髪色が黒に戻る。

 「良かった!胸の音が安定してきた。」


 蒼は自分の着物を脱いで八重に掛けてやる。

 「富士から得た浄化の気を微量の雷に乗せて流してやった。

 これで暫く大丈夫……。

 恐らくまだ体内で処理しきれない邪気が残っている。これ以上、鬼化させないように何処か清浄な場所に連れて行かなければ。」

 「前に百之助が五暁院の地下(晶洞)は悪い物を浄化してくれるって言ってた!急いで都に帰ってそこに連れて行く!」

  夜光は安堵の表情を浮かべ、蒼に感謝する。

 「ありがとう!えっと、八重の……。」

 「青鬼の蒼だ……。

 お前は渓谷で角狩と一緒に戦っていた娘の仲間だな?酒呑童子との決闘が済むまで様子を見させて貰っていた。

 八重が世話になった……。」

 二人は軽く自己紹介を終える。


 愛おしそうに、眠った八重の髪を撫でようとする蒼。

 しかし、いろはがそれを尻尾で払い除けた。

 蒼はそれに反撃せず、申し訳なさそうに俯き目を逸らす。 


 いろはは9本の尾を扇のように開いて身を低くして身構える。

 威嚇の体勢だ。

 「夜光……、八重を先に連れて行け。

 俺はこいつを殺してから行く。」

 「いろは!?駄目だ!」


 夜光が止める前に蒼に飛び掛かるいろは。

 蒼は八重に噛まれた時のように、無抵抗のまま押し倒される。


 いろはは蒼の首に噛み付く。


 「4年前にようやく何処かへ消えたと思ったが……懲りずに自分が親だって面でノコノコ帰って来やがって!!」

 憎しみを込めて吐き捨てるいろは。


 狩った獲物を痛ぶるように、首を振って蒼の頭を振り回す。

 蒼は苦痛で顔を歪めるが、呻き声一つ上げない。


 「いろは、そいつは八重の親父だ!何で戦う!?」


 夜光の問いに、いろは鼻で笑う。

 「父親なもんかよっ!!

 彼女の母親・与紫乃(よしの)を孕ませはしたが、その後は親になる事に怖気付いて逃げたからなあ!


 お前がこそこそ陰に隠れて見ている間、八重を育てたのは俺と与紫乃!!

 だから八重は俺と与紫乃の子供だ!

 俺から与紫乃を奪ったお前なんかじゃない……っ!!」

 紅の瞳が炎よりも赤く染まる。


 その時、八重が目を開く。

 周りの声は微かに聞こえていたらしく、止めようと夜光の腕から身を起こす。まだ息が辛そうだった。

 「いろは……!やめて!」


 蒼は、先程の暴走状態とは違い、正気に戻った八重が自分を見ているのに気が付く。一瞬怯えたような表情を見せ、慌てた様子でいろはを押し退けて近くの木の陰に身を隠す。


 八重は寂しそうに嘆願する。

 「お父さん……逃げないで!

 もう怒っていないから、いい加減ちゃんと顔を見せてよ……!」


 「……!!」

 しかし、蒼は俯いて黙り込んだままだった。


 「どうしてなの……?お母さんが死んだ時も、私が萩ノ助さんを失った後も、その前も、私にばれないように姿を隠して時々様子を見に来るだけだった……。

 それに私がお父さんの気配に気が付いて何度も呼んでも、返事してくれなかった……!

4年ぶりに私の近くに来た今だって……!


 本当は私が嫌いなの!?生まれて欲しくなかったの……?」


 「それだけは違う!」

 隠れたまま顔を向け、即答する蒼。


 「じゃあ、何で?!

何を怯えているの……?」


 「……それは……まだ、言うことが……出来ない……。」

 蒼は震える手で背中側の木の幹を引っ掻く。


 「分かった……。もういい。」

 八重も泣きそうな声で諦めたように俯く。

 

 いろはは起き上がり、八重と夜光の周りをウロウロする。

 「……八重。これだけ冷たくされても、そいつのせいで半鬼として辛い人生を歩んでも、まだそいつを気にかけるのか?

 俺よりも、そいつを父親と言うのか……?」

 「前にも言ったけど、いろはには感謝しきれないよ。口が悪くて、乱暴な事もされたけど、年上のお兄ちゃんがいるみたいで寂しくなかった……。

 でも、お父さんは、お父さんだから……。」


 「ははっ……。これだから鬼は嫌いだ……。」

 いろはは自暴自棄になったように、笑って吐き捨てる。

 「いろは……。いろはが私のお母さんの事を本当に大好きだったって分かってるよ。

 だから、娘で、しかも顔に面影がある私を大事に想ってくれたんだよね。

 お母さんもいろはを家族のように大事に想っていた。

 ……でもね、お母さんが夫婦として選んだのはやっぱりお父さ……。」


 「やめろっ!!

 ……もういい。」

 いろはは涙混じりの声で吠えた。


 「全部お前の言う通りだ八重……。

 俺は人間の女に本気で惚れた馬鹿な狐だ。足の数も合わねえ癖に。


 ……彼女の絹みてえな毛並みが、髪が好きだった。俺の毛並みと並んで相応しいと感じた。

 おっとりした話し方で天然ボケの変な雌だってのに、心に芯があって相手を寄せ付けず砕けねえような強さがあって、そこに従いたくなるようなものがあった。彼女は魔を祓う存在だって言うのによ……。」


 いろはの脳裏に生前の与紫乃の姿が浮かぶ。




 八重が2歳くらいの頃。

 いろはは村の近くの人気の無い森にいた。

 狐の姿で寝そべり、背中の上に八重を乗せて遊ばせてやっている。

 いろはの尻尾の先や毛を握って遊ぶ八重。艶のある綺麗な髪を伸ばしていながら、顔は鼻を土埃で汚してやんちゃそうであった。


 『おら八重、尻尾触んじゃねえ!

 敏感なんだよそこ!!』

 いろはは苛立ったように尻尾を高く上げる。

 八重は尻尾に組み付こうと、手を伸ばしてぴょんぴょん跳ねる。

 『やーの!いろはの、しっぽー。ぱたぱたしたいー!』

 『跳ねるな!落ちて怪我でもしたら俺が与紫乃に怒られるだろうが!

 とっとと、お昼寝しねえと食っちまうぞコラ!』

 牙を見せながら怒鳴りつけるが、八重は少しも怖がらず、キャッキャとはしゃいでいる。 


 そこへ巫女装束を纏った若い女がやって来る。


 艶のある腰まで長い髪は、灰みがかった淡い茶色を帯びている。瞳も同じ色をしており、色白の肌とあいまって異質さが目立つ。

 柔らかな曲線で描く顔の輪郭と、やや垂れた目尻、緩急のある体型と細っそりとした四肢がたおやかさを強調する。


 『ふふふ。

 仲良し兄妹みたいね、いろは。』

 

 春風のようなおっとりとした口調で話すこの女こそ、八重の母・与紫乃であった。


 『ふんっ。使い魔にガキのお守りなんて頼むなよな。巫女さんよお。』

 不平を言いながら少し顔を綻ばせ、八重の後ろ襟を咥えて与紫乃に差し出す。

 

 『ごめんごめんーー。

 凄く助かったわ、いろは。』

 与紫乃は顔と顔を向き合わせ、すらっとした手でいろはの額や顎を撫でる。

いろはの彼女を見つめる視線はいつもより色めいて見える。


 『おかあさん!おかえりー!』

 八重は抱っこしてくれる与紫乃の顔を覗き込む。

 『ごめんねーー。お祓いの仕事に時間かかっちゃって……。』

 にこにこと柔らかに笑う表情は慈母と呼ぶに相応しい。


 『ん……っ、ゲホッ!』

 急に顔を背けて咳をする与紫乃。

 『与紫乃、大丈夫か?』

 『おかあさん、どっかわるいの?』

 『埃っぽい所にいたせいよ。大丈夫、大丈夫。』

 笑って誤魔化すが、二人に心配かけまいと、長く咳き込まないよう我慢してるようにも見えた。


 与紫乃は側の木の根に座って息を吐く。

 その彼女の膝の上に顎を乗せてウトウトする八重。

 

 いろはは与紫乃の背に横腹を当てて彼女の肩を抱くように寝そべる。

 『……疲れたか?』

 ふわふわした尻尾で彼女を包み込み、鼻先でつむじや髪を撫でて匂いを嗅ぐ。サラサラと流れ、絹糸のように輝く与紫乃の髪。

 『い、ろは……。』

 目を閉じたまま、くすぐったそうに声を出す与紫乃。

 彼女の頬と口元を舐め、立ち上がって正面から体を近寄せるいろは。彼は使い魔とその主人の間柄を越えようとしていた。


 『あははっ、やだ!くすぐったいわ。』

 しかし与紫乃は可笑しそうに笑い、彼の頭をくしゃくしゃと撫でくり回した。

 『お、おい。俺は……!』

 子供か飼い犬のように扱われ、気まずそうになるいろは。


 『よしよーし。いろはも、八重も、いい子いい子。』

 与紫乃は子供二人を寝かしつけるように、八重といろはのの頭を撫で、優しい言葉を囁く。


柔らかな手の温もり。だがそれは彼の中で熱を失い、切なさを孕んだ雫になる。




 「俺がどんなに寄り添っても、アイツは俺を番いを望む雄(男)として見る事はなかった……。自分の子供か家族として見てくれたが、それ以上に想ってくれる事はなかった……。それは、蒼と会う前から変わらなかった……。」


 いろはは蘇る切なさを噛み締め、ふっと笑う。


 「当たり前か……。俺は所詮、九尾……。

 本来は悪戯狐だと人間に嫌われてるし、種族としての生き方も感覚も子育ての仕方も違う。

 だから、人間の夫にも、半分人間の子供の父親にもなれなかったんだ……。

 思えば簡単な理由だよなあ。」


 八重は夜光の手を借りていろはの方へ行く。何と慰めたら良いか分からず、幼い時のように彼の首を抱きしめる。


 「与紫乃は本当に馬鹿な女だ……。

 雄鬼(蒼)の子を産んだせいで身体が弱って早死にしたって言うのに、蒼に恨言一つ言わず、俺に「八重を守ってくれ」と言って、先に死んじまいやがった……。


 そしてそんな酷え女にこんなに惨めにされても、忘れ形見のお前を手放せない俺は……もっと大馬鹿な狐だ……。」




 全部を吐き出し、いろはは火が消えたようにそれ以上は何も言わなくなった。

 そして八重の容体がまだ不安定なので、先に都へ急いだ。


 夜光はいろは達の空気を見兼ねた末、言う通りにさせた。自分は追っ手などを警戒しながら後から追い付くと言って見送った。




 蒼は移動しながら、今までの経緯を簡単に話してくれた。


 「……妻が亡くなった後、俺は娘を陰で守っていた。近寄ってくる悪鬼や妖からな。

 そしてその内、八重が人間の良い夫を持ったので、俺の役目は終わったと奥山に篭っていた。

 だがその矢先、その男は侵攻する赤鬼によって死に、幸せを奪われたあの子は戦いの道を選ぶ事になった。


 その時、俺は娘の為に赤鬼を滅ぼす事を考えた……。力しか無い俺にはこれが精一杯だった。 

 そして4年間、富士の霊山に籠り、鬼を滅する浄化の力を操る技を覚え、その力をずっと蓄えていた。


 だが、渓谷で予定よりも大きな合戦が起きてしまった為、蓄えが不完全なまま戦って、それを放出し切ってしまった。

 また一からやり直しとなるだろう。」


 「そういえば、冠羽から血を貰った時、頭に流れてきた記憶の中にアンタが見えた気がした。

 冠羽の知り合いか?」

 蒼は目を細める。

 「……ああ。昔から一緒に技を高め合ってきた唯一の親友だ。

 お前も冠羽の友か?」

 夜光は風の流れる夜空を見上げる。

 「大切な事を教えてくれた先生だ……。

 今も俺の血の中に巡って力を貸してくれている。」

 「そうか……。」

 蒼はその言葉だけで十分と、それ以上聞かなかった。


 「蒼はこれからどうする?」

 「富士から降りて来たからには、暫くは影からお前達角狩を助けたいと思う……。」

 「ありがとう。百之助もきっと喜ぶ。

 ……でも、まず八重と顔を合わせて話してやって欲しい。

 八重は母親と、大事な男を失ったって聞いた……。そんな辛い時、親のお前に頼りたかったはずだ。」

 蒼は再び顔を曇らせる。

 「駄目だ……。あの子の為なのだ……。

 恨まれてもいい。俺などが与えやれるのは温もりではなく、この身が塵になるまであの子の為に戦い続ける事だ。」

 

 夜光は少し失望したような顔をする。

 「アンタも子供の話を聞いてくれないのか……。八重の親父なら、きっと子供と顔を合わせて、どうしたいか聞いてくれる親だって思ったのに……。」

 「すまぬ……。」

 「俺に謝っても困る。

 ……もし戦いが終わらないとそれが出来ないのなら、俺も頑張る。」

 「ありがとう。お前は冠羽のように頼もしいな……。」


 その後、二人は無言で都へ急いだ。


 その道中、夜光は一つの課題に答えを出せずにいた。

 (戦いを終わらす。

 でも向かうその先には、陽光もいる……。)




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