表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜行鬼  作者: 参望
9話/鉄籠の鬼
114/168

鉄籠の鬼(2)

 急な山火事に逃げる動物達。

 一本の木の上に誰かいる。

 男装姿の女人鬼が大股を開いてカエルのような姿勢になってしゃがんでいる。

 東雲だった。

 火が出始めた方向を見つめている。 


 城を飛び出した陽光に、元実が監視役としてこっそり追わせていたのである。

 「元実様。陽光様が黒鬼と戦います。

 止めに入りますか?それとも監視を続けますか?」

 東雲は角に神経を集中し、元実と話す。

 

 (手を出すな。

 代わりに自分の目で見定める。……私にお前の視界を貸せ。)

 「御意に御座います。」

 一瞬仰け反って痙攣する東雲。

 姿勢を戻すと、目付きが鋭く冷ややかになっていた。


 


 ***




 陽光が手を広げると、その華奢な体は揺らめく髪と共に青い炎に包まれた。


 (もし陽光が俺にも本気なら……、俺も変化しないと死ぬ……!)

 夜光も黒鬼になる。


 陽光の髪が観音像の後光のように広がる。その外側を飾るように炎が移動する。


 立っていたのはすらっとした体付きの鬼。

 鏡面のような光沢を放つ朱色の皮膚は、炎の動きで時々緑がかった黄金色に変わる。

 筋肉量は夜光と同じくらいで、腰が異様に細く、長い髪や端麗な顔立ちとあいまってどこか女っぽさがある。

 しかし、体のあちこちに纏う炎や、その周りを飛び回る火の蚕、螺旋状の二本角、蛇のように口を開ける髪の毛などが、魔の力強さをもつ禍々しい鬼である事を伝えていた。


 両手を広げて立ち塞がる夜光。接近する陽光。

 彼は浮遊しながら間を詰めて来た。足を着ける事なく、足を揃えた端麗な姿勢のまま地面から数センチ上を滑空して来た。


 「夜光……どけ!!

 私を止めるな!」


 (やるしか……、ない!

 でも……、出来る事なら……。)


 夜光は素早く陽光の背後に回り、羽交い絞めにしようとする。

 陽光の瞳が緑色になる。

 夜光が背後に回り始めたと同時に横へ飛ぶ。

 しかし、それは囮。

 夜光は彼が着地する前に髪の毛に手を掛けようとする。

 が、髪の毛はひとりでに上に向かって夜光の手を避けた。片手で引っかけをしながらもう片方の手を伸ばしてみるが、全て避けられる。

 そうこうしている内に、陽光は夜光をすり抜けて八重や隊員の方へ向かう。


 夜光は力技の赤鬼達と比べると、小柄で動作が素早く、引っ掛けなどの巧妙な戦い方をする方だ。だが陽光はその夜光を難なく振り切った。


 (陽光が俺より素早いのか?それとも俺の親父みたいに相手の動きを読むのが得意なのか?

 それにしては、俺が何か思い付いたくらいから落ち着いて動いてる……。

 それに、目がちょくちょく緑色に変わるのは何だ……?)


 陽光はまだ追いかけて来る夜光を振り返る。

 (夜光……!どけ、何処かへ行ってくれ……!)


 陽光の髪がまた広がって観音像の後光のようになる。火を纏った巨大な太陽のようなそれが猫目のような光沢を放つ。

 そこに実物の太陽光が当たって輝きを増す。

 腕や身体を揺らめかせ、インドのシヴァ神のように踊る。

 

 追い付く夜光。

 振り向く陽光。


 同時に髪から発射されるオレンジの光の帯。突風よりも速い。

 夜光の視界が強い光で包まれる。 


 「っ!!」

 夜光は辛うじて側転でかわす。


 夜光が元いた場所の背後の木は、丸ごと炭のように黒くなっていた。

 大穴が開き、穴の周りは溶岩のように赤い泥が溶けたようになっている。


 父・緋寒が二瀬渓谷の戦いで空から火を降らせたのと同じ、度肝を抜かれる奇術にやや足がすくむ。

 「鬼火とも違う……。

 木が一瞬で芯まで燃えるなんて……なんて技だ……。」

 

 その様子を見ながら陽光は進む。

 (思った通り避けてくれたし、驚いてもいる。

 これで不用意に近寄って来る事は無いはず……!)


 森を掛け抜け、遂に隊員と八重の姿を捉える。


 陽光の気配を感じ、先に振り返る八重。

 横で並走している隊員の小刀を借りて構える。


 「先に逃げて!私の血で何とかする!」


 「逃すか……っ!!!!!」

 憎悪の顔を向ける陽光。


 陽光の髪の毛先が針のように固くなって二人を狙う。


 「わああああああ!」

 隊員の悲鳴。


 しかし、何も起きない。八重の方も同じだった。


 毛先は隊員の一歩手前で止まっていた。

 汗をかいて震えている陽光。瞳を緑色に変え、腹を押さえ膝を着く。


 隊員が恐怖で叫んだ瞬間、陽光の脳裏に流れ込んで来たのは、死への恐怖で身が縮まる感覚や寒さ、家族への懺悔だった。

 

 『ヨモギ!こんな所で死ぬ父さんを許してくれっ!あと少しで家に帰ると約束した父さんを許し……、ぃやだ!!やだやだやだやだやだ死にたくない!死にたくない!死にだぐなぃっっっ!!!!』

 

 陽光は頭を抱えて叫んだ。

 (まただ……!また、相手の感情が……、記憶が……、私の中に入ってきて刺してくるっっっ!!)


  夜光が追い付いて羽交い絞めにする。

 「陽光!八重達に手を出すな!

 どうした……?泣いているのか?何処か苦しいのか?」




 苦しみの中、陽光の中で昔の記憶が頭を過る。


 家老の大志摩が陽光の肩を掴んで言い聞かせている。陽光は10歳くらいの姿だった。

 『陽光様……!

 貴方様が生まれつき「相手の感情や感覚を感じ取る力」を持っている事は知っております。

 しかし、敵である人間達の死への恐怖を、貴方様が見て感じ取ってしまったとしても、それで怯んではなりません!』

 『でも……苦しいんだ……。私がこんな苦しくなる事をしてるのだと思うと……、殺すのが怖くなるのだ!』

 『だからと言って逃して慈悲をかけてはなりません!

 現に貴方は、止めを刺せなかった人間の武者に斬られる所だったではありませぬか!

 仮にそんな理由で負け死ぬような事があれば、元実様も歴代の酒呑童子も深くお嘆きになります……!私めもです!

 ですから、殺す時は心を無にして確実に殺すのです……!』


 そこへ赭が頭を下げて間に入る。

 『大志摩様の仰る事は最もだと存じます。ですが天性のもの故、陽光様も「感じる力」を制御する事が出来ないのです。

 試行錯誤し、時間を掛けて慣れていく必要があるでしょう。』


 赭の優しさを思い出し、涙が出そうになる。が、ある事に気づき、それは悔しさに変わる。


 (そう私の弱さを庇ってくれた赭はどうなった……?

 もしかしたら私がちゃんと戦えて、赭の側にいたら、赭は苦しみの中、一人ぼっちで死ぬ事もなかったかも知れない!

 ……ああそうだ、私が……、私が弱かったから……赭は……!!)


 陽光は歯を食いしばり、髪を夜光に巻きつけ投げ飛ばす。

 「陽光?!」

 

 「夜光!

 っぁあ!!」

 八重も髪で絡め取り、放り投げる。奥の木に当たって気絶する。


 馬乗りになって隊員の首を絞める陽光。


 「わあああっ!!」

 迫る朱色の顔と翠玉の瞳。見開いた目は透明感があり、穏やかな色でありながら底知れない恐ろしさが感じられた。

 息が出来ず暴れる隊員。


 『助ケテッ!ダズケデッ!!コワイ、コワイコワイコワイコワイコワイ……!ィイイ、グルジイィ!!!!』


 陽光の脳裏に隊員の子供や妻らしき人物、故郷の風景、子供の時の思い出などが流れ込む。


 (痛くて苦しい……胃が熱くて、頭が割れそうだ……。

 知らない思い出、知らない人物が流れ込んで来る!私にお前が可哀想だと思わせるな!

 赭だってそれ以上に苦しい思いをお前達から!!!


 ……全部、消えろ!)


 陽光は心の中で、心の中の目を閉じ、心の耳を塞いだ。

 それは『良心』とか『感受性』の事であろうか。感受性が強い彼がそうした所で完全に相手の感情を遮断出来る訳ではない。

 しかし、陽光は必死に感じる事をやめようと、感じたものについて考える事を止めた。

 漆黒の闇のような『無』を想像し続けた。


 「ィッ!ァア……!」

 隊員の首の骨がへし折れた。


 先程より何倍もの痛みや感情が溢れ、陽光に流れ込む。

 陽光はそれに耐え続けた。


 (痛みと共に、私の前からいなくなれっ!!!!!

 何も、何も、感じなく……なれ!!)




 投げ捨てられた夜光は、体勢を整えて陽光の元へ駆け寄る。


 陽光は息を切らして隊員を足蹴してる所だった。

 その目は一瞬たりとも動かず、冷ややかだった。


 「陽光……!お前がやったのか?!

 角狩の仲間と、八重を!」


 夜光が覚えているのは、紅葉谷で会った幼い頃の陽光だけだ。

 大人しく、にこにこしていて、虫が好きで、物知りな鬼の子。

 彼との思い出は、辛い事が多かった幼少期の思い出の中で、数少ない温かさと優しさのある思い出だった。


 『お前、鬼なのに、俺をぶったり、追いかけたりしない?』

 『うん。』

 『ほんと?』

 『本当だよ。僕も誰かを叩いたり、傷付けるのは好きじゃないから。』

 

 そう言って微笑んでくれた陽光は、もう何処にもいないと感じた。

 夜光は泣きそうになるばかりだった。


 一方、陽光は心を無にしたまま、夜光と向き合う。

 夜光に向かって指差すと、火の蚕が光の尾を引いて飛んだ。


 妖術でできた火の粉のような虫と、軽く叩き払う夜光。

 だが叩いて消した後、その手の表面は溶けていた。火が平気なはずの鬼の硬い皮膚を熱だけで溶かしたのである。


 「夜光、来い。

 私は、今の落ち着いた気持ちならお前だって殺せる……。」

 冷ややかに言う陽光だが、心の奥は揺れていた。


 (赭の死を無駄にしない為、強くならなければいけない……!

 ……その為に、夜光と戦いたくないと逃げていた過去の弱い私も捨てる!)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ