鉄籠の鬼(1)
女子のような長い朱色の髪を束ねた5歳くらいの天鬼と、体格の良い男の人鬼が向き合っている。
子供の陽光と赭だ。
陽光は必死に赭の着物を引っ張っていた。
『赭……早く城に帰ろう!
森で捕まえた虫達に餌をやらないといけないし、戦いの稽古にも遅れてしまう!
どうして動いてくれないの?!』
赭はしゃがみ込み、陽光と目を合わせる。実の父・元実と違い、穏やかで優しい眼差し。
彼は安心したように微笑むと、巨大な赤蜻蛉に姿を変え、その場から飛び去った。
目を覚まし、飛び起きる陽光。
そこは彼の部屋の寝台だった。
野外用の軽装に着替え、枕元に置いた赭の篠笛を手に走り出す。
大江曽城・地下居住区。客間。
白狐の敷物が敷かれた9畳程の部屋。植物模様を透し彫りした屏風などが置かれ、客人向けの優美な内装だ。珠が休む場所でもあるので、鞠や毛皮で出来た人形など子供をあやす物も置かれている。
そこでは赤鐘とボロを纏った女の天鬼が、眠った珠を囲んでいる。
この天鬼は精神に働きかける呪術を得意としており、相手の尋問や洗脳を行う。
女天鬼は珠と角を合わせるのを止める。
「ふうむ。余り目ぼしい情報はありませぬ。
どういう訳か姫が角狩の拠点に囚われていた時に姫が見て聞いた事が読み取れませぬ。……何か忌まわしい術で細工をしているようで。」
どうやら珠に免罪符を貼る際、木次郎が万が一の事を考えてそのような効果も札に組み込んでいたらしい。
「うーん。敵ながらこの用意周到さは感心ですねえ。人鬼になって働いて欲しいくらい。」
夜光から受けた傷がまだ完全に回復してないのか、時々辛そうに柱に寄り掛かかる赤鐘。
「ですが、姫が持ってるこのムクロカムリからなら何か分かるかも知れませぬ。」
珠に抱えられたままビクッとするカムナ。珠がずっと抱いていたので、そのまま一緒に連れて来られてしまったのだ。
(こいつら俺様の存在に目をつけるとは、中々見る目がありやがる!
……じゃなくて、このままだと夜光と百之助達の情報が敵に渡っちまう!
ここは下等生物のフリをしてやり過ごそう……。)
そう思い立ち、知能が無いフリを始める。
涎と鼻水を垂らしてアウアウアーと呻いたり、長いベロを出したと思ったら綺麗に巻いて口にしまったり、跳ねてクルッポーと裏声で鳩の真似をしたりする。
それを無視し、慌てた様子で現れる下っ端の天鬼。
「陽光様が城を出て行かれた?
……角狩は兎も角、あの青鬼と出くわしたら不味いですね。直ぐに……。」
「それが、元実様が追わなくて良いと……。」
溜息をついて髪を搔き上げる赤鐘。
「……我が子の心の成長の遅さに気付くのがちょっと遅いですよ。元実様。」
***
都の遥か北西、二瀬川の支流。
近くの洞窟で雨をしのいだ夜光と八重。
夜明けと共に目覚める。
添い寝している八重の隣でモゾモゾと上半身を起こす夜光。
「……ん。まって……。」
怠そうな声を漏らしながら、夜光の手を引く八重。
体を近寄せ、夜光の肩や首に巻かれた自分の髪を解く。
艶やかな髪が素肌を滑る心地良い感触に、全身の力が抜けて再び眠くなる夜光。
「髪を巻いて良いとは言ったけど、立って何処か行く時は声をかけてね……。引っ張られて痛いから。」
「あ、ああ……。」
夜光の小袖を八重が着、夜光は上着を腰巻きにして身支度する。
普段、腰帯に挿している赤メノウの簪を手に取とって何か思い付く夜光。
「そう言えばこれ。女の物らしいからやる。」
「え?ありがとう……。綺麗ね。」
「八重にはずっと持っていて欲しい。……大事な時にお前を守ってくれる。」
恥じらう事なく見つめる夜光に対し、顔を赤らめて辿々しく受け取る八重。
都へ帰る為、更に南の下流へ向かって出発する。
雨上がりで川の水は茶色い濁流になっていた。
その時、河岸で声を掛けられる。
「八重さんと夜光さん?
良かった!見つかったぞ!」
角狩衆の貞光隊の者だった。
先に帰還した百之助の命令でずっと夜光達の捜索をしてくれてたのだ。
生存を喜び合い、鷹文で報告を行ってる間、そよ風に流れてきた匂いに反応する夜光。
(一つは死臭。
もう一つは……、あれ、何だ?……昔嗅いだ事がある気がする……。)
川に流された大木に引っ掛かっている人型の死体。
指が全部切り落とされ、皮膚はあちこち剥がされ、片方の目玉が無かった。他にも色々な部位が欠損している。
陽光はやっとの思いで涙を拭き、震えながら彼の手を取る。
幼い頃に陽光に触れて世話をしてくれた大きく温かった手。それが今では氷のように硬く冷たい。
彼は赭と意識を繋いだ際に、彼から激痛を感じ取って今朝まで失神していた。そして赭の血と魂を預かる主人なので、その時点で赭の生死について気付いていたはずである。だが彼は、認めたくなかったのだ。
(この火傷のような傷は鬼火じゃない、角狩の刀だ……!
あの肉が焼ける刃で指や目を……!!)
そして手を少し齧り、血肉を噛んでそこから彼の記憶を読み取る。
(四肢を切り落とすに留まらず、こんな……酷い!!
どうして、こんなっ……!)
辛くなり、その場に座り込み泣きながら吐く。
その時、鬼の気配を感じ立ち上がる。
見ると、背後の木の陰に上半身裸の少年鬼が立っていた。
(片方だけ栗色の目……黒い髪、小さな角……!)
陽光は幼い時に出会った鬼の子の姿と重ねる。赭と出会う前の事、『紅葉谷(※5話パート3参照)』と言う場所で出会い、友達になりたかった鬼。
「夜光……。夜光なのか?」
名前を呼ばれ、自然と笑みを零す夜光。
「この匂いと、その氷みたいな首飾り……。
お前は……昔、俺を助けてくれた鬼……!
よ、よう、こ。」
「陽光だよ……!よ・う・こ・う。
ふふふ。本当、お前は名前をちゃんと覚えるのが苦手だな。」
陽光は首にしている水晶の首飾りを掲げた。
一緒に遊んだ事を思い出に慰められ、少しだけ笑みを零す。
「お前とはずっと何処かでまた会いたいって思った……。よく夕日を見た時、お前の顔を思い出していた……。」
夜光は笑みを零して、近寄ろうとする。
しかし陽光からふっと笑みが消える。
「なあ、夜光。富路や白妙殿をお前が本当に殺したのか?」
「……え?」
風が吹き、陽光の朱色の長い髪がなびく。
「……私の父上は元実。そして、お前は私の従兄弟だ。」
「じゃあ陽光は、俺の親父、酒呑童子達の……赤鬼の仲間なのか?」
「ああ。
……そうだった。あの時、互いの素性について知らないまま別れたままだったな……。」
「なあ、皆んなお前を異端の子として扱い、殺そうとしたからそうやって道を踏み外してしまったんだろう?だから同族殺しの罪を犯して……!」
「同族殺し?!……罪?!」
「そうなんだろ、夜光?そんな理由がなきゃ、お前はそちら側にはいないはずだ!」
陽光は夜光が自分が望むような理由を言ってくれるはずだと、すがるかのように問いかける。
「俺は生き残る為に、俺の居場所を守る為に戦ってきただけだ!
……陽光、お前が側にいたら止めてくれたのか?
それとも……、俺なら死んでも良かったって思ったのか?」
幼い時に見て大切に温めてきた陽光の姿が崩れ落ち、泣きそうな顔をする夜光。
夜光の傷付いた表情にハッとする陽光。陽光の瞳が緑色に輝く。
角狩衆と出会うまでに感じて来た孤独感や悲しみが伝わり、何も言えなくなる。
「……違う!しかし……!
でも、だからと言って、角狩の仲間になるなんて……どうかしている!
奴らは赭を殺した!私の大切な、年上の兄かもう一人の父のような存在を!こんな酷いやり方で……!」
赭を指差す。
初めて陽光が怒る姿を見て言い淀む夜光。
だが、赭の死体を見て冠羽達の事を思い出す。
「お前達だって沢山酷い事をした!
冠羽の村の人間や、その他の大勢を喰ったり、餓鬼にしたり、大事な物を奪って悲しませた……!」
「人間だって我々に大昔に同じような事をして来た……!だからそれが回って巡って……。」
「昔の人間がどうかなんて関係ない!あいつらは皆つい最近まで生きてた人間で、俺はその顔も温かさも覚えている……!」
「お前は鬼として育ってないから知らないんだ!なのに知った口を利くな!」
怒りで息を切らす二人。
(陽光、どうして……。)
(夜光、どうして……。)
((折角また会えたのに、どうしてそちら側にいるんだ……!))
同じ悲しみを感じ、同じ言葉を思い浮かべる。
「夜光さん大丈夫ですか?!」
「どうしたの?!大きな声を出して。」
そこへ隊員と八重がやって来る。
貞光の装備を見て、目が据わる陽光。
陽光には赭の血肉から読み取れた人物とほぼ同じに見えた。
同じ隊で装備が一緒でも、この隊員は三ツ葉では無い。
だが、冷静さを失っている陽光の神経を逆撫でするには十分だった。
観音像の後光のように広がる朱色の髪。灼熱を帯びて輝き、ユラユラと揺れる。
「お前か……?
赭を殺したのは……お前なのかっ!!??」
近くの木や湿っているはずの河原にまで突然引火し、あっという間に火の壁が上がって迫る。
直感的に陽光の強さを悟り、八重と隊員を庇う夜光。
「八重とお前、遠くに逃げろ!
今の俺じゃ……守りきれるか分からない!」
(俺は何故、陽光と戦おうとしているんだ……。
好きで、また会いたいと思うくらい大事なのに……。何故、戦わないといけないんだ……!)




