天下・百鬼角狩合戦(8/8)
胡火岩は騎馬戦のように獄鬼に担いで貰いながら北東へ逃走する。
「ハアハア……、壱耀が足止めをしてるし、ここまで来れば……。」
「胡火岩様、後ろ後ろー!!」
慌てて肩を叩く獄鬼。
大太鼓のように地面を打つ蹄ーー。怒涛の如く距離を詰めて来たのは綱隊だった。
先頭は射貫だ。血で汚れた裸の上半身と、相手を殺さんと睨むその目と、鬼の牙を飾って作った面頰ーー。掲げた三叉槍の、その刃と柄の間に取り付けられた阿修羅を表す『非天』の旗飾りが恐怖を煽る。
顔真っ青の胡火岩。
「げえぇ!?角狩!」
「お前が大将か?!
俺と一騎討ちしろ!」
早くもあと1メートル程の距離となる。
「な、何をしている!獄鬼達!」
胡火岩が迷ってると、変化した人鬼や数百匹の鬼兵が前方で立ち塞がった。
「胡火岩様?!大丈夫ですか?!」
「でかした!ここを頼んだぞ!」
牙を見せ跳びかかる鬼達。
「『追風山荒』の陣形、行くぞ!!」
「「「了解!!」」」
射貫は後ろに手で合図を送る。
すると、綱隊は進行方向に対して縦長の陣形を作る。
全員で槍を斜め前や前方に向けて、後ろ向きのヤマアラシのような姿を作り出す。
かなり密集する陣形なので走行中の馬同士の足が絡めば大きな転倒事故になる。訓練を積んだ者が出来る芸当であった。
「怖がりの戦法め!そんな爪楊枝、引っこ抜いてやるよ!」
鬼達が一斉に槍を掴んで転ばせて崩そうと手を伸ばす。
「左右収納!」
射貫の声で槍を内側に引っ込める。
かわされて体勢を崩す。
「おやっ?!」
「突貫!!!!」
雄叫びを上げ、引いていた槍を前に突き出す隊員達。
射貫の槍が人鬼の喉を、後方の隊員が鬼兵の目や口、喉を突く。
「前進!!」
「「「うおおおおおぉ!!」」」
そのまま速度を緩めない馬の前進に任せ、奥へ奥へと突き刺す。
しかし、このまま突き通しては鬼達の体重には叶わず、槍ごと振り払われる。そんな時、射貫が叫んだ。
「散開してトドメだ!!」
隊員は槍を捨てて馬を走らせ散らばる。
焼けただれた目や口から紫の煙を上げて怯む鬼達に朱刀を突き刺す。
紫の煙を掻き消すように噴き出す鮮血。
脇や頸動脈、手首など、見事に急所へ命中した。
隊員が次々と止めを刺す中、射貫は一人大将を追う。
山道の入り口の林に入る。
「勝負だ、勝負ううぅっ!!!」
半ば白目を剥いて吠える射貫。三叉槍を片手で逆手持ちにし、切先を向けて来る。
「わ、わあああああああぁんあんぁーっ!?」
胡火岩は獄鬼の背におぶさりながら、死を覚悟した。
狂ったのかその場で青い炎を纏い変化。
狸のような尾と顔模様のある小太りの鬼となる。腐っても天鬼と言うべきか、体長は人間より3回り大きい。
怯えた獣のように口を開けて威嚇し、決死で攻撃を仕掛ける。
「合意したと見た!交渉開始だこの野郎っ!!」
運んでいた獄鬼を早々片付け、馬から飛び降りる。
射貫は胡火岩の膝を伝って跳び、顔面を殴った。姿勢の整った直線突き。
頬や目を摩って、痛みでパニックを起こして腕を振り回す胡火岩。
射貫は爪や牙を小さな動作でかわし、背後や横に素早く滑り込んで三叉槍で斬り付ける。
硬い皮膚の一部を削ったらしく、脇腹から装甲がパラパラと剥がれる。
射貫は肩に三叉槍を逆手持ちで担ぐように構える。
「急いでるんでな!!!」
助走をつけ、その脇腹を突き破る。
胡火岩は肉食獣に仕留められる小動物のようにピィっと弱々しい声を上げ、痙攣しながら倒れた。
射貫はその後頭部を踏みつけ、薪割りのように首に朱刀を叩きつける。
変化した鬼の丈夫な骨なので、何度か思い切り叩かなければ首の骨が折れないのだ。通常は数人がかりで斧を使う。
首の骨が折れたと同時に、相打ちで折れる刀。
射貫は土砂降りの雨のようにかかる血に構うことなく、脇差で首を切り取る。
それを馬の鞍に括り付け振り返らずに走り出す。
「間に合え!オッサン……!」
射貫が胡火岩の死体を置いて走り去って数分後。
首のない亡骸ーー。それが僅かに動いた。
ふっくらと太い尻尾の部分。
それがウネウネと動いて近くの茂みに入ったかと思うと、毛皮を剥いで人間態の胡火岩が前転して出て来た。
えっほ、えっほと、大江方面へ走り出す。
(やった騙し通せた!
このまま山道の伏兵と合流しよう!そうすればまだ、死んだ鬼兵達を蘇生させたり何なりして戦わせられる!
消耗戦をやらせて岳鬼が火を点けさえすれば、こっちの勝ちだ!
ざまあみろ、人間ども!汚い手で私を殴った事を後悔させてやる!)
その時、木の上から何かが跳び降りて来た。
木の葉は落ちようとも姿は見えない。
「あらあら、大将の天鬼と聞いて期待していたのに……。こんな小鼠だなんて。」
女の声が聞こえ、布のはためく音がしたかと思うと、いきなり目の前に姿を現した。
「女ぁっー!?しかも裸ぁっー!?」
胡火岩が指差したのは宮比であった。
鬼隠れの布を被って潜んでいたのだ。
(だが、こんな無防備な女一人なら、私だけでも……!)
そう考えた時、宮比は忽然と消えた。
「ぬぅ?」
胡火岩の視界が見えなくなる。耳から何かを突っ込まれ、耳や目の奥が焼けるような感じがしたかと思うと、その場に倒れていた。
宮比は耳穴から小刀を抜いて血を払い、極楽琴の柄に納める。
宮比は紫の煙を出して痙攣している胡火岩を、欲求不満そうに見下ろす。
「鬼なのにお前は燃え滾らんな。
『食ろうてやる、破壊し尽くしてやる』という飢えた獣の心が感じられん。股の奥まで痺れんのだよ。」
宮比は胡火岩の首を他の貞光の隊員に持たせる。
「百之助も可愛いものだ。射貫を信じてると言いながらちゃっかり私という保険を仕込んでおくとは……。」
***
所変わって遥か北。大江曽城。
天守の最上階には甲冑を着込んだ陽光と家臣の大志摩がいた。
陽光は父親の元実に初めて城の守りを任され、緊張気味であった。
いつも頼っている赭はここには居らず、今この城で頼れるのは家老で彼の教育係でもあった大志摩だけである。
大志摩は角に神経を集中させる仕草を止める。
「陽光様、都の戦場から私の人鬼へ伝達がありました。
どうやら、胡火岩は駄目だったようです。」
「……!!」
震える拳を握り、不安そうに汗水を垂らす陽光。
「落ち着いて下さい!
奴が負けたからと言って人間達は直ぐにここまで攻めて来ません。」
「う、うん。」
「ですが、いつまでも兵を向こうに残しておく理由もありませぬ。
今、我々の真の目的は珠姫様の奪還であり、都攻めは二の次。
今回都を攻めたのは交渉中の元実様に敵の戦力が集まらなくする事が一つ、もう一つは将来の『本攻め』の為に角狩の力を見ておく為です。
まあ、あの数の鬼兵達を送ったのだから人間側は驚いて我々が本格的に潰しに来たと思っているでしょうが……。」
「では、撤退で良いだろうか?」
自身がなさそうな陽光に、大志摩は少し強い口調で言う。
「陽光様、貴方様はもう既に元実様に力を試されているのです。ご自分でしっかりご判断とご命令を。助言は私めが幾らでも致します。」
「う、うん。撤退を命じる。都の鬼達に伝えてくれ。」
「仰せのままに……。」
陽光はまだ不安そうに俯いてる。
「胡火岩は……私に救う事が出来たのだろうか?」
「あの様な小物、気にしなさいますな。
強くもないのに血統だけの身分の高さで奢って、他の朱天鬼にも元実様にも煙たがられていた男で御座います。
人間の軍師の猿真似が得意でそれが役に立つ事もあったので使っておりましたが、それ以上に自分勝手な振る舞いが目立ちましたので、厄介払いの為に今回の都攻めを任したのです。つまり、生きてても死んでもどちらでも良いのです。
「そ、そうなのか。……何だか少し可哀想だ。」
「いいえ。弱い鬼が我が物顔でいる事の方が一族にとって脅威なのです。」
***
綱隊が胡火岩の鬼兵を打ち破っていたその頃。
兼十は桃花、紅梅と交戦していた。
桃花と紅梅は身体を一つに合わせ、一体の変化した天鬼になっていた。
基本の発達した筋肉と硬化した皮膚と3回り大きな身体。そこに蟻のような外骨格を纏い、腹に4本の昆虫の手を生やし、尻から女王蟻のような腹を生やしている。
人間形態の可愛らしい双子の少女とは打って変わって、牙を剥き出しにした雄鬼と然程変わらない姿ではあるが、大胸筋の下方にぶら下がった丸い膨らみと、骨盤の大きさから雌個体という事が分かる。
兼十はそんな桃花と紅梅を鉞で両断し終わった所だった。
紅梅はか細い声で兼十に呼びかける。
「あ、あの子達は私達がいなくなると混乱する……。それをどうするかは貴様ら次第だ……!」
「勝負の約束を覚えてくれて感謝する……。」
紅梅は苦しそうにケラケラと笑う。
「……ふん、たわけが。せいぜいこれが『最後の戦い』と酔い痴れるが良い……。」
(可愛い岳鬼達……先に行く事を許せ……。もし胡火岩様の命令が無いなら……撤退せよ。
そして、死んだ岳鬼達、桃花、白妙ばあ様の所へ行こう。)
紅梅は先に死んだ桃花の手を握って息絶えた。
***
午後3時。
都外壁。
外壁には突破して来た鬼兵がビッシリと張り付いて登って来ていた。
しかし、結界のお陰で外壁の中までは入れない。火に集まって虫のように身体を弾かれ、落下して仮死状態や心肺停止となって地面に転がる。
そして、外壁付近まで接近してきた岳鬼はーー。
「倒れたぞー!!破城槌をぶち込めー!!」
深い堀の中に転び、杭に刺さった身体を引き抜こうともがいている岳鬼。
そこへ、上官の合図で予め作っていた木板のレールへ破城槌を押す隣国の兵と角狩の隊員。
重い突起が急角度の坂を暴れ牛の如く下って激突。
「脚部破壊!足を潰せました。」
「良し!次だ!」
堀の中で立てずに、暴れて火を噴く岳鬼をそのままに、他の堀に落ちた岳鬼の元へ走る兵士。
その様子を櫓から斗貴次郎が見ていた。
(あの岳鬼の軍団を全滅させるのは不可能だと思ってたが、足止めして都に火を吐かせない事は出来た!
堀や穴に倒れさせて、火器や借りた攻城兵器で脚部を重点的に破壊。前日の遅くまで皆んなで知恵を出し合った甲斐があった!
そうして動ける岳鬼は早くも残り2体!)
その時、隣の見張りが叫ぶ。
「接近中の岳鬼が動きを止めました!」
「火を吐く兆候は?!」
「い、いえ。
大声で泣きながら大江方面へ引き返しを始めています!」
斗貴次郎は半信半疑で目を凝らす。
岳鬼は本当に泣いていた。門と同じくらい大きな口を開け、月のような目玉と瞼の間から懇々と湧き上がる水を滝のように流し、肩を落として幼子のように泣いていた。
「まさか、兼十さんが岳鬼使いの天鬼を倒したのか?!」
「それだけではありません!北西の山で待機していた鬼兵部隊が撤退を始めたと、宮比様の鷹文がたった今到着しました!
そのせいか、ほら。空に烏鬼が鳴きながら旋回してます。きっと奴らの撤退の合図ですよ!」
「射貫、宮比がやったか……!
全く、ヒヤヒヤしたぞ……。」
斗貴次郎は溜め息をついて微笑んだ。
***
都の郊外、北西。
怒り狂って移動していた土蜘蛛が足を止める。
8つの目を下方に向ける。
足から生えている天鬼達も下方に注目する。
「我ノ歩ミヲ、我ノ怒リヲ止メル事ナカレ……!」
下方に立つ鬼ーー、銀の毛を纏った赤鬼は黙って立っている。
高く四股を踏み、熊の様な掌底をゆっくりと突き出して構える。
悲しげな瞳は静けさが感じられながら、眼中に反射する光を纏い前向きさや不動の闘志が感じられた。
土蜘蛛はそれを開戦の合図とみなし、前足を高く振り上げた。
壱耀と土蜘蛛の戦いを離れた所から見守る者が二人。
一人は万耀。地面にどっかりと胡座をかいて座り込み、食い入るように二人の戦いを見ている。
もう一人は足を挫いた綱隊の新人だった。射貫にここへ置いて行かれたままである。
(何故だ?何故同じ鬼とたった一人で戦う……。)
まず動いたのは壱耀。
獣のように四つん這いで地を駆け、土蜘蛛の腹の下を通り抜け跳ぶ。
腹を庇うように足をバタつかせて走る土蜘蛛。
逃げると見せかけて後ろ4本足で立ち上がり、前足4本で喰らいつくように腹側に関節を畳んだ。
土蜘蛛の腹側に抱き込むように鋭い疾風が吹いて、壱耀の体が風に持って行かれる。
宙に浮いた体に鎌のような足先が迫る。
だが、壱耀はその足の関節に捕まって逆に抱き付く。
そこから関節に生えた天鬼に向かって跳躍。
掌底を作った両手を交差ーー、手を捻って裏拳に変えながら風を切って腕を開く。
すれ違い様、天鬼の喉元から血飛沫が上がった。
その天鬼が生えていた足は壊死したように黒ずんで動きが悪くなった。
壱耀はまだ止まらない。
攻撃の勢いを連鎖させるように、土蜘蛛の足と足を蹴って渡り、その両手で天鬼達を引き裂く。
腕を頭上から下半身に振り下ろすと共に、体で眩い銀の巴を描きながら回り、投げられた鋸の刃のように急所の肉を刈り取っていく。
(真の鬼とは何か……?
それを後世に生き続ける者へ示す為ならば、俺は血の全て、魂の全てを……。)
足を3本負傷させた時、土蜘蛛は尻から勢いよく何かを出した。糸である。
丁度空中にいて避けられない壱耀。
為す術もないまま、前足で引き寄せられ、体を齧られる。
8本の牙が彼の体を粉砕する。
「ぐぁあああっっっ!!!」
「オヤジ!」
万耀は駆け出そうとするが、拳を握り締めて踏み留まる。
『万耀、何があってもお前は最後まで見て学べ……。何があってもだ……。』
(オヤジは俺の肩を抱いてそう言った……。
本当は助けに行きたい!でも……駄目だ、オヤジが決めた志と鬼としての名誉を傷つけちまう!それに、悔しいけど俺じゃ足手纏いだ……!)
歯を食い縛っても涙は流れてしまった。
(まだ、腕の感覚があるなら…・!)
壱耀は口の中の手首を捻った。
口の中に切り傷を負わせ、土蜘蛛が怯んだ隙に脱出。地面に落とされる。
彼の右肩と顔の一部は齧られて無くなっていた。
それでも壱耀は立った。
「……頭一つになろうとも、我らはタダでは死なんっ!!!」
残った手足と顎を使って土蜘蛛の足に抱き付き、その関節をねじり切って回った。
数分後ーー。
辺りにはおびただしい量の血や体液で地面が沼となり、そこに千切れた8本の足が丸太のように転がっていた。
その中央では足を失ってオケラのようになった土蜘蛛。
そしてその割れた背中の隙間に顔を突っ込んでいる鬼が一人ーー。
「ピギィィーーッ!!」
何かが潰れた音がしたと同時に、土蜘蛛は断末魔を上げてグッタリとして動かなくなった。
壱耀が血まみれの顔を出す。銀の毛が血糊で赤く染まっている。
今彼は土蜘蛛の心の腑を噛み千切った所であった。
沈みかけた太陽を背に、スッと立ち上がる。
右上半身を失い、残りの手足が枯れ枝のようになろうとも、残った片目は闇夜の山犬のように鋭く、凛としていた。
その目に息子・万耀の姿が映った時、僅かに微笑み、そして地面に崩れ落ちた。
「オヤジっ!!」
万耀は直ぐに壱耀に駆け寄る。変化が解けていた。
「い、嫌だ!死なないで……!」
万耀は血だらけの壱耀の胸に伏せる。
「赤鬼なんだからこんな事で泣くんじゃねえ……馬鹿。」
ボンヤリと天を見つめ、か細い声を出す壱耀。
「でも……!でも……!俺は、まだまだオヤジが教えてくれなきゃダメなんだ!ちゃんと言う事きくからっ、……置いてかないで!」
壱耀は残った腕で万耀を抱き寄せた。力が残ってるはずの無い腕での強い抱擁ーー。
その温もりは、万耀に昔の事を思い立たせた。
一部族の父親として厳しくしながらも、乳飲み子だった頃に母親を亡くした自分を慰めるように、時々抱き締めてくれた事をーー。
そして、その抱き締める強さは『別れ』を伝えていた。
「……強くなれ、強くなり続けろ。……鬼らしく、お前らしくあり続けろ。」
壱耀は万耀の髪をわしゃわしゃと撫でる。
そして、万耀の頬を殴り飛ばした。
万耀は起き上がって頬を摩った。
引っ込んだ涙。だが、それよりも大事な何かを感じとっていた。
(わかったよ……。今ので全部……!)
***
午後4時。
山間部に潜んでいた鬼兵も撤退し、また射貫が大将首を掲げた事により(後に宮比が獲った首も加わる)、戦場では残党狩りが行われていた。
全隊や隣国の兵が居残った鬼兵を片付けているのを余所に、射貫は壱耀を探して回った。
夕日に照らされた巨大蜘蛛の死体を見つける。
隣には風にサラサラと流れる灰もあった。
「遅かったか……!」
そこへ近くに座っていた新人が声を掛ける。
「隊長ご無事で!」
「おい、オッサンを見なかったか?!」
「それが……。」
新人は土蜘蛛の戦いと壱耀が残した言葉の全てを話した。
その場にしゃがみ、まだ温かい灰を手にする射貫。
壱耀は最後に万耀に力を継承させる為に自分の血肉を喰わせる時、こう言い残していたらしい。
『……アイツだけには、射貫だけにはこの無様な姿を見られたくない。人間に死を見送られる鬼など、格好悪い。笑い話じゃないか……。
俺の骸の残りは灰になるまで燃やせ……。』
射貫は面頬を外して投げつけ、震える手で灰を握り締めた。
「たった少しの間でも、アンタも俺も楽しく仲良くやれたんだからよお、少しぐれえアンタの為に泣いたっていいじゃねえかよ……!
最後でもう会えなくなるって時までも、それさえ許してくれないのかよ……お前らは!」
灰は無言でサラサラと風に流れるだけだった。
***
午後5時。都のすぐ近くの開けた野原。
早朝まで草が茂っていたそれは、全てが焼け焦げて黒いススだらけの大地となっていた。
その大地に足の踏み場がなく転がる無数の死体。
鬼、人間、区別が付かなくなった死体。
まばらに生きてる人間が後始末の作業をしている。
追儺面を被り、厄払いの松明や塩を持った卜部の隊員である。
そんな穢れた大地をやんわりと日の光が照らす。
様々な想いを抱えた命がぶつかって散り、戦いは終わったのだった。
しかし、未だに三叉槍を構えたまま城門付近で仁王立ちしている男がいる。
射貫だ。
彼は、大江の方角を睨んだままだ。
そこへ斗貴次郎がやって来る。
「射貫、どうした?まだ残党がいるのか?」
射貫は横目で斗貴次郎をチラッと見て、また視線を山の方に戻す。
「……いや、向こうに行った大将の帰りを待ってるだけさ。
お前こそ一日中神経使いっ放しでダレただろ。ちょっと休め。」
「……いや、いい。
僕も一緒にお爺様の帰りを待つ。」
斗貴次郎は射貫の隣でしゃがむ。
射貫は足元に落ちている器の形に割れた鬼の鎧の破片を拾う。
破片には雨水が溜まっていた。
「こっちはやったぞ……。百之助、後はお前だ。」
そう呟くと、それを盃に見立てて掲げた。
「そしてもう一つ、……帰ったお前に俺からいい飲み仲間を紹介したかったんだが……もう、忘れてくれ。」
射貫は破片を遠くに投げ捨てた。
地面でカラカラと揺れる破片を、寂しげに見る。
そこへ兼十がやって来る。
「ここにおられたか!射貫殿、斗貴次郎殿。
あはははっ!相変わらずちっこくて可愛いなぁ!」
「ちょっ、兼十さん!僕は赤ちゃんじゃないですよ!
そんなに激しく高い高いすんな!!ぅっオェっっっ!!」
夕日に向かって叫ぶ兼十。
「百之助様ー!!!いつかの誓い通り、先の汚名を返上致しました!
うおわあああああああぁっ!!!!」
笠の除き穴から多量の塩水を出して嬉し泣きする。
「ちょっ、兼十うるさい!!耳がキーンってするぞ!
では、僕も。
百之助様ーー!!!おじーちゃーん!!!僕も頑張りましたよー!」
頭を掻き、射貫も憂鬱さを払うように叫ぶ。
「おいコラ、早く帰って来いモモー!
とにかく酔い潰れてえ気分なんだよ!!」
その時、伝令が慌てた様子でやって来る。
「射貫様、大変です!
『武石軍の者』が……!
百之助様には既に鷹文を送りました!至急お戻りを!」
(都防衛編/天下・百鬼角狩合戦 完)
<おまけ 万耀&壱耀 ラフ>
<おまけ2 茜&美濃太郎 ラフ>
<ここまでの新しい登場人物>
『壱耀』*名前は一葉桜と言う桜から
・犬穴の里という山間部の小さな秘境で山犬と狩猟をして暮らす小さな部族の長。元実の遠縁であり朱天鬼の亜種・銀朱天鬼。
元々、独立した部族として他部族と殆ど関わらずに静かに暮らしていたが、赤鬼統一戦争で赤天鬼が朱天鬼によって統一された事により、止むを得ず朱天鬼の本家(元実及びその父・関緋の一族)人間侵略に戦力を貸すことになる。
本心では、人間が魔除け札などで自身の領土を広げる事で鬼達の活動範囲が狭まって狩猟が出来ず生活が苦しくなると理解していながら、何者にも従わず元の自由な生活に戻りたいとも願っていた。
変化すると狼のような鬼になるのは、彼らの部族では成人の儀式として強い山犬に戦いを挑み、打ち勝ってその血肉を糧にするからだと思われる。
性格は義理堅く、真面目で家族想い。遊びや良い戦い楽しみたいという純粋な心もある。
万耀の事は鬼として強く生きていけるように厳しく育てながらも、早くに母親を戦いで亡くしたので寂しい想いをさせないように不器用ながら深い愛情を注いで来た。
『万耀』
・壱耀の息子。
父親の後を付いていきながら族長の仕事や他部族との関わりを学んでいる最中だった。
名前は『一(壱)の輝き(耀)が万の輝きに』という願いを込めて名付けられた。
強そうな相手の前では気持ちで負けないように高圧的な態度を取っているが、反対に無害な動物や弱者の前では物静かであり、根は臆病で甘えん坊。思慮が浅く体から先に動いてしまうのをコンプレックスに思っている。
母親が自分を庇って早死した影響か、苦労して育ててくれた父を大切に想い、父親や家族が貶されると激しく怒る。
『空鬼』
・緑色の体色で、猛禽類のような嘴と目、羽毛、大きな鳥の翼を持った鬼。
本来は富士山や槍ヶ岳など限られた場所にしか生息していない希少種。
スナイパーのように遠距離、特に上空から狩をするのが得意。
人間によって生息域を狭められた結果、傭兵として上空から人間や鬼の元で働く者が現れるようになった。
『胡火岩』*名前は小彼岸桜から
・元実に仕える由緒正しい血統の朱天鬼。
強い個体同士の間に生まれた事を自負し、また、血統を絶対と信じて疑わない思想の天鬼を従えて育ったせいか、鬼本来の強さを極める事を疎かにしてきた。
自分が戦わずとも敵に打ち勝つ事に興味を持ち、人間の兵法を学ぶ。
『桃花と紅梅』
・双子の女天鬼。「乳母鬼衆」と呼ばれる鬼や合成妖怪の育成・調教を行う役職に就いており、その中で岳鬼の育成を担当。
元は白妙の人鬼だったが、彼女の死後に人鬼の契約が解消された際に白妙の魂が自分の血を受け継ぐ許可を与えた事で天鬼として生まれ変わる。
実は3話パート1で尼に化けて農民に獄鬼になるように勧誘していた女達と同一人物。
『土蜘蛛』
・1000年以上も前の大昔に坂上田村麻呂が退治したと言われている巨大妖怪。
8人の天鬼が呪術によって合体し、巨大蜘蛛へと変化した姿。
頭部に黄金に輝く8つの目と、鬼の角にも似た8本の立派な鋏角(きょうかく ※蜘蛛のような節足動物に見られる牙のようなもの)、白い鬼の鬣、ムカデのような長い触角がある。
足一本一本、目の一つ一つはそれぞれ一匹の天鬼の物で、胴体部分は名も無き地底の神が授けた分身だと言われている。
体をバラバラに切って復活しないように一個一個の部位を遠ざけて鬼塚に封印されてたが、朱天鬼の兵器開発部によって復活させられる。
『綱隊の新人』
・基本訓練を終え、綱隊に新しく配属されたばかりの新人。
昔、自分の住んでいた村が赤鬼に攻められて壊滅しそうになった時、射貫率いる綱隊に助けられた事がある。
復興で生活が苦しくなって家族を守り食いつなぐ目的で角狩衆に入ったという理由もあるが、付近の村が完全に侵略され自分の村もまた攻められて完全に奪われるのでは無いかと考え、戦う事を決心する。
真面目で責任感が強く、誰かを守りたいという意志が強い余り、遊びや冗談、妥協を許せない。
また、隣村の赤鬼の侵略で捕虜や捕食など、鬼が人間にして来た事を間近で見て来たせいで、鬼との共存などあり得ないと考えている。
『もず』
・卜部隊の副隊長で斗貴次郎の部下。
実は3話から登場。天津城の戦いで斗貴次郎の側についていた女性と同一人物。
木次郎が信頼している教え子でもあり、斗貴次郎の側にいて彼女に助言したり、研究の助手をしたり、代理で指示出しを行う事もある。
母性が強く、統率者として動くよりも誰かを守って支える事を大事に考える。
『五平』
・射貫と付き合いの長い、綱隊の部下。
実は3話に登場。射貫ついて斗貴次郎に話していた人物と同一人物。
話し方がやや緩いが、仕事は真面目にこなし、逆に射貫の世話を焼いている。
無茶ばかりする射貫に正直に不満をぶつけながらも、彼が曲げない志を尊重している。
『くじな』*名前は古語で『たんぽぽ』の意味。
・万耀が移動で乗り回している大きくて白い山犬。
くじなの母親が自分の子であるくじなと一緒に、まだ乳児だった万耀の世話もしてくれていた。そして一緒に遊んで育って来たせいか、くじなもも万耀も互いを兄弟姉妹のように慕っている。
最初はギャグ多めの明るい合戦物にしてハメ外そうかと思ってたんですが、ウクライナの戦争とか時事的な出来事がそうはさせてくれませんでした。(あと大体オッサンを書くのが楽しかったせい)結果予定外の4万文字です;
今回は番外編なのでスラスラ書けてましたが、次回は最終章前の重要回なのでお時間を頂くと思います。
次回もお読み頂けたら幸いです。




