天下・百鬼角狩合戦(7/8)
中途半端でお待たせして申し訳ありません;;
土蜘蛛はプロットでは瞬殺の予定だったのがそうもいかなくなったり、オッサン達の友情が思ったよりも発展してしまった為、パートがもう一個増えました。
都から北東の郊外。
紅の巨大蜘蛛・土蜘蛛が戦鎚のような爪を地面に振り下ろしながら進む。上空から見て岳鬼以上に目立つ大きさと異形さだ。
地面が抉れ、逃げ遅れた餓鬼や獄鬼が潰される。この巨大蜘蛛が通った後は地面に無数の穴と潰れて形の分からなくなった生き物の死体が連なっていた。
頭部には黄金に輝く8つの目と、鬼の角にも似た8本の立派な鋏角(きょうかく ※蜘蛛のような節足動物に見られる牙のようなもの)、白い鬼の鬣、ムカデのような長い触角があった。そして頭部の後ろは女王蟻のようなふっくらとした腹部があり、側面にムカデの足のような飾り、先端に毒針が見える。
一本一本の足は変化した鬼の筋肉質な足一本を蜘蛛の足の形に変形させたような形状だった。
太陽を背に隠しながら迫る巨大な影に、綱の隊員も、金時の隊員も、新人も足がすくんだ。
(土蜘蛛ーー。
8人の天鬼が呪術によって合体し、巨大蜘蛛へと変化した姿……。
その足一本一本、目の一つ一つはそれぞれ一匹の天鬼の物で、胴体部分は名も無き地底の神が授けた分身だと言われている……。
坂上田村麻呂はクシナダの鎧を纏ってこれと戦い、スサノオの剣で体をバラバラに切って復活しないように一個一個の部位を遠ざけて鬼塚を作り、封印したというが……。)
「17年前の酒呑童子の変の後、俺らが壊れた鬼門省を立て直してる間に鬼塚が暴かれたって知ってはいたけどよ……。」
「射貫様は先に天鬼の方へ……!」
兼十は美濃太郎を地面に下ろして、鉞を構える。
「おい!俺も人の事言えねえが、その怪我でいけんのか?おりゃ月輪に恨まれたくねえからな!
それに今の金時隊は足(馬)が無いし、いくら自慢の筋肉があっても潰されちまうぞ!」
「うぅむ……。ならばお頼み申す。
だが、そっちの髭面の天鬼は?」
壱耀を指差す。
「次回のお楽しみだ。
天鬼への手土産は虫ちゃんに切り替えるぜ。
取り敢えず綱隊が気を引く。お前らは距離取って周りの獄鬼・餓鬼達を片つけてくれ。」
射貫は先に馬に乗って走り出し、他の隊員にも乗馬を促す。
「そういう事だ!またな壱耀のオッサン!」
射貫は壱耀に手を振る。
壱耀は苛立ったように山犬を呼んで背に乗り追いかける。
「まだ和解した覚えは無いぞ、このトンチンカン!行かせる訳あるか!
万耀!お前は先に胡火岩様の所へ!」
「お、おう!
……い、行くぞ、くじな姉ちゃん!」
万耀も雌の山犬に跳び乗って北東へ向かった。
「瘴気避けの襟巻を装備!綱隊、気を引き締めろ……!」
今まで以上に死者が出るのは免れない相手と悟ったのか、真面目な口調だった。
「言われなくても!
隊長が出番全部持ってくと、百之助様がまた大臣に『何人穀潰し抱えてんだお前の所は』って怒られちゃいますからね。命懸けで戦いますとも。」
五平は何を今更と言う顔をしながら、襟巻きで口をしっかり覆う。
「……すまん。」
前方から土蜘蛛が接近。
綱隊は左へ大きく外側に避ける形で回り込む。
近くで見ると、その足は樹齢1000年の大木のように太く、足先がギザギザの鎌のように鋭く、体毛が針山のようになっているのが分かった。
土蜘蛛は蹄の振動を足から感じ取り、8つの目をぐるりと一斉に向けた。瞳孔が威嚇する虎のように細くなる。
8つの牙を開き、8つの足でその場を足踏みしながら横へ体を方向転換。踏み潰そうと速度を上げて来る。
「なるべくバラけながら奴の後ろから腹へ!
腹の下は足が下りて来ないから安全な筈!入ったら朱矢、聖矢!」
蜘蛛の足を避ける為に上を見上げたものの、その巨大な影の咆哮と地響き、光る無数の目に、若い隊員が悲鳴を上げる。
「ぅぅわああああっ!」
「目を見るな!足を見ろ!」
射貫が激を飛ばして正気に戻すが、新人隊員の何人かが恐怖のあまり外側に逃げようとする。天鬼程の鬼となれば目が合っただけでその妖力で精神異常を起こす事も不思議では無い。
「馬鹿!腹の外側は駄目だ!潰されるぞ!!」
巨大な戦鎚の如く振り下ろされる足。馬や人を潰れた赤い果実に変える。
突き刺さった爪が再び振り上げられる時、こびりついていた肉片や馬の頭が地面にバラバラと落ちる。
その中には動くもの、生存者がいた。射貫に反抗心を抱いていた新人だった。
落下で足を挫いたのか、上手く立てないでいた。
「五平、前を頼む!」
「隊長?!」
急停止からの方向転換。射貫は新人の方へ走り出した。
速さを緩めず、彼の後ろ襟を片手で掴んで、馬上に上げる。後ろスレスレの所に足が突き刺さるが、振り返らず全速力で土蜘蛛の腹側に入った。
「ふいー。危なかったぜ。」
汗を拭う射貫。
新人は射貫の膝と馬の首の間に座り、放心状態だった。生きてる事が幻のように思えていた。
「何で、助けたんですか……。」
「ん?」
だんだんと思考が戻り、悔しさと怒りが込み上げる。
「俺はビビって命令違反した……。そんな無能は戦で命を落として当然だ!
なのに、任務を中断してその無能を助けるなんて……アンタはやっぱ馬鹿だ!」
「文句なら後で幾らでも聞く。」
「アンタのような感情で動く人間はきっと組織の統率を駄目にし、冷静さと目標を見失わせる……。」
「わりい。俺は馬鹿だからモモみたいに頭で考えてお前らや目の前の人間を死なせないように出来ん。動いて体でぶつかるしかできねえ……。」
射貫は腹を立てる事無く、申し訳なさそうに言う。
情け無さと生きてる安心感で涙が込み上げ、歯を食いしばる新人。
「すみません……。
昔、そう言う貴方に鬼から村を救われたから俺はここにいるんでした……。なのに、俺は……。
戦と何かを救う者ーー。理想と現実を自分の頭の中で勝手に比べて独り善がりになってました……。」
「でもお前の言う事だってある意味正しいんじゃないか?俺には難しいってだけで。」
「二度救って頂いた命、近々お返します……。だから部下を助けて先に死んだら一生恨みますからね、隊長……!」
射貫はフッと笑う。
「その様子なら手当ては自分で出来そうだな。」
二人のやり取りを離れて見守っていた鬼がいた。
壱耀である。
(他者を守るのは強者に許された行動。弱者が半端にそれを行うのは愚行。お前はどっちだかな、射貫……。
さて追って来たは良いが、ここまで来たら土蜘蛛を倒すまで待ってやるか……。)
射貫は土蜘蛛の腹への攻撃に加わろうとする。
隊員達が弩で腹を狙うが、射程距離が足りず上手く刺さらず矢が落ちていく。
しかし、土蜘蛛は動きを止めた。魂が抜けたようにピタリと静止した。
ただ、2本の触角だけが動いていた。
「な、何だ?!この巨体じゃ魔除け札が直ぐに効くはずない!」
土蜘蛛のいる場所から北の林ーー。
上空には烏鬼、地上には青白く痩せ型の天鬼がいる。
烏鬼の視覚と自分の視覚を繋いで、上空から土蜘蛛を観察しているのだ。虫眼鏡で覗いたかのような視界だ。
彼は『寒咲』と言い、岳鬼を始めとする様々な妖怪兵器の開発に携わってきた朱天鬼の知恵者である。
「どうした土蜘蛛!何故止まる?」
指をガシガシと噛んで焦ってると、土蜘蛛は足踏みをして動き出した。
方向転換である。
再び、土蜘蛛の真下ーー。
不審に思って腹の真下に固まる綱隊。
「な、なんだ?!こいつ都と逆方向を向きやがるぞ!」
ギュバッという肉が開く音が聞こえ、五平は顔を向ける。
「ん?
何あれキモっ!!ぬるぬるしてる‼」
見ると土蜘蛛の腹側の関節に鬼の目玉が一つ。開いた瞼のようなものにはまったそれがギュルギュルと回転して暴れる。
と、思えば今度は目の隣から、鬼の上半身が足の肉をこじ開けながら生えて来る。変化した天鬼である。
天鬼は8本の足の関節からそれぞれ一体ずつ生えて来た。
束状になった血管や筋繊維を払いながら、一匹の天鬼が吠える。
「……忌ワシイ鎧・クシナダ、タムラマロ!今行クゾォォォ!!!
バラバラニシテ、ツブシテ、埋メテヤル!!!」
再び寒咲側ーー。
「????
ま、まさか、大江山に向かった頼光の鎧に反応を?!憎き坂上田村麻呂が着ていた鎧と同じのせいか!
起動してから身体も神経も温まってきたと思ったら、そんな遠くの物にっ!8人分の知覚だから感度が良過ぎたか!
いやそれよりも、今のコイツは人間への怨念のみで動いていて、気が立ってて敵にも味方にも力加減が出来ん!」
寒咲は視覚を切って近くの獄鬼を捕まえる。
「こ、胡火岩様の人鬼はおるか?!暴走した土蜘蛛がそっちに向かったと今すぐお伝えしろ!!」
一方、土蜘蛛が方向を変えた方向。胡火岩側ーー。
万耀は岳鬼の手の上にいる胡火岩に向かって恭しく頭を下げている。
「って、ことっす、ハイ……。
でもその角狩は面白い奴で、人鬼とかにして仲間にすればウチだって嬉しいんじゃないかって思うんすけど……。」
「もーいい、お前の意見など聞いとらんわ!長々と中身の無い話をしおって!
……何が『犬穴の大賢狼』だ。田舎のボケ犬め。まだ角狩を倒せとらんとは。」
「っ!!」
胡火岩の言い方に、目付きが鋭くなる万耀。しかし、父の立場の為と深呼吸をして堪えた。
「ん?こんな時に人鬼から連絡が……。」
胡火岩はこめかみに指を置いて角の神経に意識を集中させる。
同時に叫ぶ桃花と紅梅。
「「胡火岩様ー!!土蜘蛛が何故かこっちにくるんですけどぉー!?」」
胡火岩は自分の人鬼から連絡を受け、引きつった笑みを浮かべてた。
簾を上げる胡火岩。軽く化粧をしたその顔はさっぱりしていて薄く、甲冑と鬼という要素には不釣合いであり、あまり強そうに見えなかった。
「そ、そうか、つ、土蜘蛛が暴走したのかー!
は、鼻息の荒い奴だのお!」
胡火岩は目を泳がせ、だらだらと、冷や汗を流し、コッソリと人鬼に念じる。
(急いで壱耀に『私は別の角狩の相手で忙しいから、お前が止めるように』と伝えろ!くれぐれも内密にな!!)
土蜘蛛の腹の下。綱隊の様子ーー。
8本の足を激しく地面に突き刺して、全速力で動き始める土蜘蛛。
射貫達は土蜘蛛の後方に出て様子を伺う。
「おーい!射貫殿、これは一体?!」
片手で餓鬼を後ろに放り投げながらやって来る兼十。それに続く金時隊。
「俺にも分からん。
ん?あれは……!壱耀のおっさん?!」
射貫は土蜘蛛の斜め後方に走る山犬と、それに乗った壱耀を目撃する。
山犬は土蜘蛛の腹目掛けて跳び上がる。
同時に跳び降り青い炎を纏い、変化する壱耀。
巴の形に回って火の玉を掻き消した彼は基本的な鬼形態と同様、牙や爪を生やして身体2回り大きくなっていた。違う特徴があるとすれば狼のような耳と尾、赤い皮膚に硬い銀色の体毛を生やしている点だ。元の体型を反映しているせいか腹の出た白い熊か狼とも言える。
壱耀は爪を突き刺して滑り止めにしながら、土蜘蛛の腹の柔らかい部分に回って噛み付く。
怒った土蜘蛛は前足高く上げて威嚇し、振り落とそうと腹部を右往左往に激しく振って暴れた。
「敵同士で戦って、隊長?!」
五平が止める間も無く、射貫は新人を降ろして馬を走らせていた。
「オッさんー!無茶すんな!!」
射貫の声に振り向く。
辛うじて振り落とされてないが、土蜘蛛が飛び跳ねたりを始めたので、彼も射貫にも危険であった。
「上の命令だ!邪魔だから下がっていろ!!こいつに潰されて預かった勝負を不戦敗にされたんではむかっ腹が立つ……!!」
そうこうしている内に胡火岩のいる場所まで来る。
運悪の悪い事に飛び跳ねた土蜘蛛は、本陣に移動中の岳鬼に衝突した。
避ける万耀。宙に放り投げられる駕籠。キャーっと悲鳴を上げる、桃花と紅梅、そして胡火岩。
桃花と紅梅は早めに自力で外に出たが、胡火岩は駕籠の中をグルグル転げ回って吐きそうになっていた。
地面と衝突と思われたその時、獣の鬼が突風の如く追い付き、それを抱き留める。
「オヤジ!!」
万耀が嬉しそうな声を上げた。
壱耀は駕籠を覗き込む。
「胡火岩様、他の角狩と戦ってたのでは?!相手は?!」
後方から岳鬼の断末魔。
「我ノ邪魔ヲスルナ!!!」
岳鬼の頭を生きたままバリバリと咀嚼しながら迫る土蜘蛛。
胡火岩は一瞬顔を青くしたが、体裁を繕おうと平気なフリをする。
「壱耀、ま、まだ倒せてなかったのか!
貴様のような血筋が弱い野良犬に等しい雑種は、私のような高貴な血筋に仕えて役に立つ所を見せん限り、田舎者と罵られ続けるのだぞ?!」
壱耀は胡火岩が腰が抜けて立てないのが分かり、唖然とする。
(俺はこんな喚くだけで自分で危険を回避できない将の元で働いていたのか……?!)
壱耀は片膝を突いて首を垂れる。
「お言葉ですが、鬼とは本来的、力で全てを示すものでは?!
元実様や関緋様には血筋以前にそれが備わっていたから皆付いて行くが、貴方には勇ましさが感じられませぬ!
血の掛け合わせだけで作った身体能力以外に何かお示しにならぬのですか!?」
声色は怒りを通り越して嘆きや悲しみとなっていた。
「お、お前がやられたら私が出るだけの、単に順番だ!
……桃花、紅梅、本陣に戻るので頼んだぞ!」
「「はーい。」」
胡火岩は近くの鬼兵を呼んで担がせる。
その去り際を見る少女達の目は侮蔑の色になっていた。
((うわあ、あの噂本当だったんだー。この方が今回の戦を頼まれた『理由』。
これもう、潮時かなー?))
「オヤジ、もう駄目だ!罪は俺が被るから胡火岩を殴らせてくれ!!」
「いや、いい……。」
壱耀は項垂れて万耀の腕を掴むだけだった。
土蜘蛛が脇を通って行く中、壱耀は四つん這いになったままだった。
「オッさん……!」
射貫が駆け寄るが返事をしない。
(一族の為に上級の天鬼へ何でもして来たが、それをするだけの強さが備わっているか見極める事を疎かにしていた……。てっきり戦う強さがあるからそれに合った振る舞いをしていたのだとばかり……!
射貫の言う通りかもしれぬ……。
鬼が仮に天下の勝利を収めても、己を鍛えず血統の死守と贅を肥やす事だけが当たり前になり過ぎた天鬼が多いこの現状を変えなければ……、直ぐに人間に天下を取り返されるのは必然……。)
壱耀は背を向け立ち上がる。
「行け、射貫。
土蜘蛛は俺の獲物だ……。」
「岳鬼を喰っちまう奴なんて一人じゃ無理だぜ!」
壱耀は唸って射貫の喉を噛もうとして来た。だが、殺そうと思ってやったのではない事が射貫には分かった。
「五月蝿いっ!!行け!
人間が鬼の生き方を邪魔するな!
……貴様は人間の生き方、貴様の生き方をやれ!貴様のこの戦での目的を遂行しろ!
……失敗したら一生お前を呪うからな!」
壱耀の声から虚無の悲しみが伝わり、射貫は黙って馬を本陣に向けた。
「……オッさん!直ぐに戻って来るからな!
食われるんじゃねえぞ!」
振り返らず胡火岩を追う。綱隊も後に続いた。
「射貫……お前が同じ鬼だったなら喜んで背中を預けたかもな……。」
壱耀のその小さな呟き声は、もう射貫には届かなかった。




